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新型コロナウイルスの感染拡大がもたらす景気後退を緩和すべく、財政・金融政策が総動員されている。だが、将来の不透明性を懸念する家計も企業も、お金を使おうとしない。マネーは過剰流動性となった。今こそ政府の出番だ。お金を使うことのリスクを軽減し、消費と投資を刺激すべきだ。

ジョセフ・スティグリッツ氏
1943年米国生まれ。米アマースト大学卒、67年米マサチューセッツ工科大学で経済博士号取得。95~97年クリントン政権で大統領経済諮問委員会委員長、97~2000年世界銀行のチーフエコノミスト。01年にノーベル経済学賞受賞。現在は米コロンビア大学教授。
米FRB(連邦準備理事会)も矢継ぎ早に対策を打ったが(写真=ロイター/アフロ)

 今回の新型コロナウイルス感染症(COVID-19)拡大を受け、世界各国の政府が財政・金融政策に力を入れている。その規模は既に、世界のGDP(国内総生産)の1割に達した。だが国連経済社会局(DESA)が発表した最新の評価によると、一連の景気刺激策は政治家たちが期待するほどには消費や投資を押し上げていないかもしれない。

 問題は、供給されたマネーの大部分が銀行口座に滞留していることだ。消費者や企業は不測の事態に備えてお金をため込んでいる。この状況は、世界大恐慌が起きた際に、経済学者ジョン・メイナード・ケインズが深く懸念した「流動性のわな」によく似ている。

 現在の景気刺激策は当然のことながら、COVID-19のパンデミック(世界的な大流行)がもたらす経済低迷を食い止めるべく、大急ぎで導入されたものだ。当時の環境はパニック状態に近かった。

 対象も絞られず、正確さも欠いた過剰な措置だが、当時、評論家の多くはこれしか選択肢がないと口をそろえた。あの緊急時に大量の流動性を注入しなければ、恐らく倒産が広がり、資本は損なわれ、回復への道のりは一層険しくなっていただろう。

 こうした緊急対策を発動した当初、パンデミックは数週間で収束すると推測されていた。だが今、それよりずっと長引くことが明らかになっている。つまり、これまでの緊急対策を長期的な運営を視野に入れて丁寧に見直す必要がある。先行きが見えない時代には、予防策として貯蓄を増やすのが人の常だ。将来に不安を覚える消費者や企業は現金を手放そうとはしない。

日経ビジネス2020年6月22日号 80~81ページより