確かに、テレビなどで露出が多い芸能人たちは、その言動や行動が目につきやすい。また、キャラクターが一般人とかけ離れていればいるほど、批判もしやすい存在になる。だからといって根も葉もないことや汚い言葉が許されるということではない。ネットの中では姿の見えない、別人格になれるということも言葉が過激になる理由のひとつなのだろう。このことは一般人同士が、匿名でお互いに罵(ののし)り合っていた場合も同様だ。
「死ね」という言葉はグレー!?
万が一、自分が被害者になった際は、それまでの経緯や状況をSNS上で公表しないほうが賢明とも教える。
「誹謗中傷によって、精神的な苦痛を受けているという点が重視されるので、迷惑を被っていると言いながら、SNS上で経過を逐一、報告していると、楽しんでいるのではないか、注目を集めるためにやっているのではないか、と指摘され、加害者にアドバンテージを与えかねません」
また、“死ね”を“タヒ”と表現するネットスラングや縦読みも、「直接的か間接的かだけの差異」でしかなく侮辱の範疇(はんちゅう)にあるという。ただし、“死ね”という言葉には意外な事実が……。
「名誉毀損罪と侮辱罪は、社会的評価を下げるということを前提としています。仮に、“高橋は弁護士資格がない”と誹謗中傷されたとしましょう。この場合、事実とは異なりますし、その誹謗中傷の影響で依頼者が減る可能性があるため社会的評価を下げた=名誉毀損になります。ところが、“高橋、死ね”と誹謗中傷されたとしても、私が傷つくだけで依頼者が減るといった社会的評価に影響はないと見なされる。“死ね”という言葉は、刑事罰の誹謗中傷として扱う際は、非常にグレーになります」
もっとも過激な誹謗中傷であると思われる“死ね”という暴言が、刑法の視点から考えると宙ぶらりんの言葉になるとは、知りたくなかった事実。SNS上で“死ね”と精神的に追い詰めることは、自殺教唆(きょうさ)罪や脅迫罪など別の犯罪として扱われるケースも考えられるというが、名誉毀損として扱われないとは……。
「民事事件という枠の中に、刑事事件という部分が含まれていると考えてください。誹謗中傷の問題を考えるとき、このふたつを分けて考えていかなければいけません」
社会的な制裁を望み告訴したとしても、侮辱罪の刑罰は、拘留(30日未満の身柄拘束)または科料(一万円未満の金銭支払いの刑罰)。加えて、刑事事件の罰金は被害者の手元にわたることはない。なので誹謗中傷を行った加害者に対し、慰謝料請求という民事訴訟を選択するケースが多くなるのだが、匿名という安全な場所から好き勝手に投石しておいて、犯罪にはならず、社会的地位も毀損されないというのは釈然としない。
しかも、慰謝料請求にもハードルがある。ツイッターで誹謗中傷を受けた場合、
「まずツイッター社に対してネット上の住所にあたるIPアドレスの開示を求める裁判を行うため、その費用が最低でも20万円ほどかかるでしょう。その後、プロバイダーに個人情報を求めて、相手を特定するための裁判があり、ようやくその相手に対し慰謝料請求の民事訴訟を行います」
裁判を3回起こさなければ、慰謝料請求にたどり着けない──想像以上に手間とお金がかかるのだ。相手の侮辱行為が認められたとしても、慰謝料も数十万円と低くなりがちだという。
「名誉というものに対して、それだけお金と時間をかけられますか? というのが現状です」
リアルな現実世界に比べ、SNSが厄介な存在であることに拍車をかける。例えば、もし職場で、
「お前はいつも仕事ができないんだからもっと努力しろ。あと、体臭がきついから清潔にしろ」
と、毎日のように上司から言われ続けたとしよう。
「この場合、上司からのパワハラにあたるので、会社に対して慰謝料請求ができます。相当額の慰謝料請求を勝ち取りやすく、相手を開示する手間もありません」