通常国会が閉会 役割を果たさぬ怠慢
2020年6月18日 08時01分
通常国会が会期を延長せず、きのう閉会した。新型コロナウイルスの感染拡大で、国民の暮らしや仕事が脅かされ、政治の役割は増しているにもかかわらず、国会はなぜ、国民から負託された役割を果たそうとしないのか。切実な思いが届かないもどかしさを抱いた人も多いのではないか。
通常国会は一月二十日に召集された。会期は百五十日間だが、当然、延長は可能だ。特に今年は、新型コロナの感染再拡大も想定され、新たな対策や予算の確保が必要になるかもしれない。
そのとき、国会開会中なら、迅速な審議や対応が可能になる。野党側が会期を年末まで、大幅に延長するよう求めたのは当然だ。
◆与党は政府擁護を優先
しかし、与党側は野党要求を拒否し、延長なしの閉会を決めた。当面週一回、関係委員会で閉会中審査を行うことで与野党が合意したものの、野党から政権追及の機会を奪いたいと、与党側が考えているとしか思えない。
憲法は、国会を「国権の最高機関」であって「国の唯一の立法機関」と定める。法律も予算も条約も、国民の代表で構成する国会での議決や承認がなければ効力が生まれず、政府は内政外交にわたり政策を遂行できない仕組み、議会制民主主義である。
国会には国政を調査し、行政を監視する重要な仕事もある。政府が法律など国会の議決に基づいて仕事をしているか、主権者である国民を欺くようなことをしていないか、調べる仕事だ。
こうした役割に与野党の別はないはずだが、特に与党議員は、国民から託された仕事を全うしたと胸を張って言えるのだろうか。
野党の厳しい追及から、安倍晋三首相率いる行政府を守ることを最優先しているのではないか。そう疑われても仕方があるまい。
◆財政民主主義を脅かす
今年の通常国会は政権疑惑の解明を持ち越して始まった。昨年後半に野党追及が本格化した「桜を見る会」の問題、さかのぼれば森友・加計学園を巡る問題だ。
共通するのは、首相に近しい関係者への厚遇であり、それが発覚した後、首相に都合の悪い記録を抹消する政権全体の悪弊である。
これらは国会での議論の前提になる行政の信頼性に関わる問題だが、真相解明には至っていない。野党の力量不足はあるにせよ、それ以上に、与党の問題意識の欠如を指摘せざるを得ない。
加えて、不問に付すわけにいかないのが、黒川弘務前東京高検検事長の定年延長問題である。
政府は一月、検事の定年に適用しないとしていた国家公務員法の解釈を変え、黒川氏の定年を延長したが、法律の解釈を、政府が勝手に変更していいはずがない。
しかも、菅義偉官房長官は法解釈変更に関し、「人事制度に関わる事柄については、必ずしも周知の必要はない」と強弁した。
政府が国民に知らせず、国会で成立した法解釈を勝手に変えるのは「密室政治」そのものだ。三権分立を破壊する安倍内閣の身勝手な振る舞いは許されない。
さらに予算を巡る問題である。
未曽有の危機にあって、国民の暮らしや仕事を支えるために、政府の財政支出が一時的に膨張するのはやむを得ないが、予算の使い方が正しいか、質疑を通じて精査することこそ国会の仕事だ。
しかし二〇二〇年度第一次補正予算に関し、国会は一兆六千七百九十四億円に上る「Go To キャンペーン事業」や中小企業などを救済する持続化給付金の事務委託問題を見過ごし、成立させてしまった。
事務委託を巡る経済産業省の前田泰宏中小企業庁長官と請負業者との不透明な関係や、下請けの連鎖など業者の適格性が疑われる問題は解明されず、国会が行政監視の役割を果たしたとはとても言い難い。
二次補正に盛り込まれた予備費も同様だ。憲法で認められているとはいえ十兆円は巨額である。
政府は、うち五兆円については雇用や医療体制の維持などおおまかな使途を示したが、事前に国会の承諾を経ない巨額の予算支出は「財政民主主義」に反する。
◆緊急事態条項の的外れ
コロナ禍に乗じて自民党内では一時、憲法を改正し、「緊急事態条項」を設ける議論が浮上した。大規模災害などの発生時に、国会議員の任期を延長したり、法律と同じ効力を有する政令の制定権を内閣に与える内容である。
緊急事態時の政治空白は避けるべきだが、政府に立法権を事実上委ねるのではなく、事前の法整備に万全を期すことこそが国会の役割ではないのか。立法府の役割を解さないから、緊急事態条項の議論に安易に飛び付くのだろう。
この国会を振り返り、全国会議員、特に与党議員はいま一度、国権の最高機関としての重い役割を自覚し直すべきである。
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