「鉄道相互乗り入れ」が破壊した「東横ブランド」の価値

新型コロナウイルスの感染拡大によって景気後退が叫ばれ、先行き不透明感が増すなか、日本経済はどうなるか、不動産はどう動くのかに注目が集まっている。本連載は、多くの現場に立ち会ってきた「不動産のプロ」である牧野知弘氏の著書『不動産で知る日本のこれから』(祥伝社新書)より一部を抜粋し、不動産を通して日本経済を知るヒントをお届けします。

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人気ドラマの舞台にもなった田園都市線

東急線というと、首都圏の人間の多くは「ちょっとお洒落でハイソ」なイメージを抱く人が多い。関西での阪急線のイメージに似ているだろうか。

 

東急線の基幹路線といえば東横線と田園都市線だ。

 

東横線は渋谷から自由が丘や田園調布を通り、武蔵小杉、日吉、大倉山などを通って横浜に至る東急線の老舗路線だ。沿線には慶應義塾などの学校も多く、高級住宅街と新進気鋭のタワーマンション街、お洒落なブティック街などが連なる。電車に乗る人もどこか品があって、身なりのよい紳士淑女の電車というのが一般的な東横線に対する路線イメージだ。

 

いっぽうの田園都市線。渋谷から三軒茶屋、駒澤大学、二子玉川を通って、たまプラーザ、青葉台といった横浜の高台を走る路線だ。平成バブル時代の人気テレビドラマ「金曜日の妻たちへ」では、この沿線に住む高年収の夫を持った専業主婦たちの本音を語り、毎回登場する沿線のお洒落な街並みが視聴者を魅了した。

 

ところが最近、これらの電車を利用する人たちの電車に対する評判があまり芳しくない。そして悪評はどうやら他社線との相互乗り入れ開始後から始まったようだ。

 

東横線は2013年3月に大幅な路線改造とダイヤ改定を発表した。東横線の渋谷駅は地下に潜り、東京メトロ副都心線に乗り入れた。副都心線は渋谷から新宿三丁目、池袋を通って西武池袋線と東武東上線に接続したのだ。

 

東横線はこのときすでに横浜駅から先、元町中華街駅まで横浜高速鉄道みなとみらい線に乗り入れていたため、自社を含めて5路線がレールでつながり、各社の車両がこの路線を駆け抜けることとなった。

 

また東横線は日吉駅からは東急目黒線に分岐し、目黒駅から都営三田線と東京メトロ南北線に乗り入れた。南北線は赤羽岩淵駅からさらに埼玉高速鉄道に乗り入れ、浦和美園駅までを結ぶことになった。

相互乗り入れで「時刻通りに来ない」電車

おかげで日吉駅に立って電車を待つとやってくる電車の行先に戸惑うこととなる。

 

「小手指」は「こてさし」と読むが、横浜市内の駅でも東京の駅でもない、西武池袋線の埼玉県内の駅である。小手指以外にも「川越市」「石神井公園」「清瀬」「森林公園」「飯能」など、東横線で計16もの行先がある。目黒線も「鳩ヶ谷」「王子神谷」「西高島平」など行先は9つに及ぶ。相当の地理オタクでなければ安心して電車に乗れるレベルではない。

 

田園都市線も負けていない。たまプラーザ駅から渋谷方面の電車に乗ろうとすると、行先は「南栗橋」だったり「東武動物公園」だったりする。行先は計13もあるのだ。

 

毎日の通勤通学ならどの行先でも東京都心に向かえればよいので気にならないだろうが、地方や他県から来た人はちょっとドギマギしてしまうのではないだろうか。

 

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それにしても、どうしてこんなにたくさんの鉄道路線と乗り入れをすることになってしまったのだろうか。もともと東京の山手線の内側は私鉄が乗り入れできず、必然として東京メトロと都営地下鉄が乗り入れるというのが首都圏の鉄道網だった。郊外部の人口が激増した時代、このままだと渋谷や池袋などのターミナル駅がパンクしてしまうために、地下鉄に乗り入れて直接通勤できるようにしたのが背景だ。

 

鉄道各社にとっては駅の混雑のみならず、直通にすれば折り返し車両が主要駅に滞留しないためダイヤに余裕ができ増発が可能となる、また車両の効率的な使用が実現され、地下鉄と接続することで駅を地下化でき、地上部を再開発できるなどのメリットがあった。

 

相互乗り入れでトラブル続出に頭を悩ます鉄道各社。
相互乗り入れでトラブル続出に頭を悩ます鉄道各社。

 

ところが、あまりに多くの路線とつなげてしまったことから起きるトラブルに、鉄道各社は悩まされることとなる。

 

東横線は、乗り入れ以前は遅延の少ない優等路線だった。ところが乗り入れ先での踏切事故、人身事故、電車の故障、酔っ払いの転落など、接続先で発生する、ありとあらゆるトラブルの影響を受けるようになって、むしろ「時刻表通りには来ない」電車に看板がすげ替わってしまったのだ。またこれまでは渋谷が始発で座って通勤できたサラリーマンは、どこから来るとも知れない電車は既に満席で、立って通勤する環境変化に口を尖らせた。

 

田園都市線も各社の車両がごった煮で乗り入れてくるので、ただでさえ毎朝毎夕のラッシュ時には電車がつかえて遅延していたのが、さらに状態は酷(ひど)くなった。また路線の老朽化から車両故障が頻発するなど利用者からの苦情が一気に増えたという。

 

通勤通学客のほとんどにとって、東京都心部まで1本の電車で通えるのはおおいにメリットがある。ところが、そこから先、小手指や森林公園に用事がある人は少なかろう。横浜の人が埼玉県や千葉県に用事で出向くことも少なそうだ。

通勤客の利便性重視だったはずが……

そのいっぽうで乗り入れ後の休日には、埼玉県方面から大量の観光客が東横線に乗って横浜のみなとみらいに観光に来る。彼らは中華街で食事するようになったが、これも横浜の地元民から見れば、電車の雰囲気が変わってしまった原因のひとつかもしれない。

 

彼らからすれば、毎朝毎夕の通勤時にはなんだか名前もわからない駅での事故の影響で待たされた挙句、休日にはわけのわからない乗客が大量に自分たちの街、横浜に押し寄せてくる。自分たちの電車がそうではなくなったような気分になるのかもしれない。同じ路線上にいろいろな人たちが乗った結果、路線のブランドイメージにも微妙に変化が生じたのである。

 

東横線の東京メトロ副都心線への乗り入れは、もう一つの副産物をもたらした。渋谷駅を地下化してしまったために、横浜から渋谷に買い物にやってくるお客様が、そのまま副都心線に揺られて新宿三丁目の伊勢丹に行くようになってしまったのだ。地下深くに潜ってしまった渋谷駅で降りて地上に出るよりも、伊勢丹なら駅直結である。渋谷は終着駅、乗換駅ではなく単なる通過駅に堕してしまったのだ。意外なポイントで人の流れは変わってしまうのである。

 

東急は渋谷に新しい複合施設「ストリーム」など大型商業施設を開業して、通過してしまったお客様を途中下車させようと躍起になっている。

 

それにしても以前、関西の大手私鉄会社の役員と話をしたときの記憶が蘇る。

 

「東京の電車はなんであんなに乗り入れ好きなんやろな。うちは絶対地下鉄にはつなげまへん。だって梅田でお客さん降ろさな、百貨店がもうかりまへんやろ」

 

通勤客の利便性重視ではじめたはずの鉄道相互乗り入れ、足元がぐらつく中、どうやら線路の足並みも乱れてきたようである。

 

牧野 知弘

オラガ総研 代表取締役

 

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オラガ総研 株式会社 代表取締役

1959年、アメリカ生まれ。東京大学経済学部卒。ボストンコンサルティンググループを経て、三井不動産に勤務。2006年、J-REIT(不動産投資信託)の日本コマーシャル投資法人を上場。現在は、オラガ総研株式会社代表取締役としてホテルや不動産のアドバイザリーのほか、市場調査や講演活動を展開。主な著書に『空き家問題』『民泊ビジネス』『業界だけが知っている「家・土地」バブル崩壊』など多数。

著者紹介

連載不動産の動きを観察すれば、日本経済がわかる

不動産で知る日本のこれから

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牧野 知弘

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