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この作品には 〔ガールズラブ要素〕 が含まれています。

私たち

作者:鴉城カホリ

私には彼女がいる。

 ちなみに私も女。いわゆるなんちゃってレズ。



 学校の中が騒がしい。ああ、そういえば、そろそろ十月か。テストは終わったから、次は文化祭――学校業行お決まりのコースが流れる季節。

決して他人事ではないはずなのに、そんなことを呑気に考えていた。うちの学校は文化祭はどのクラスもなにかしらの催し物をするのが決まりになっている。それでクラスの結束やら青春らしい青春を送るのに演出をしているらしいが、そんなかったるい。

なにをするのかホームルームをばっくれていた私は当然知らなかった。

「素麺喫茶だそうですよ」

「なんだ、それ」

 思わず顔をしかめてしまう。素麺で喫茶店?

「なんでも喫茶店をするクラスは多くて、他とは違うことをやろうって、だから素麺で喫茶店だそうですよ」

 私の横を歩くふわふわ。

 腰まである髪の毛を三つ網にくくりって二つに分けてる、眼鏡をかけているがどこか抜けた雰囲気が拭えない。女の中じゃ大柄である私より頭一つ小さい。

 こいつはふわふわ。

 存在とか雰囲気が本当に綿あめみたいなんだもん。

 名前は設楽泉美、私の彼女だ。

 ちなみに幼馴染でもある。


 小学生の頃から言い争いばかりする両親に愛想を尽かして、気がついたら荒くれになっていた。中学のころには煙草も酒もやっていた。唯一、褒められたといえば薬だけには手を出していないくらいの立派な不良。年上の不良の先輩に混じって地べたに年中ヤンキー座りして喧嘩をしてバイクもそろそろ乗ろうかってガキのくせしてナマイキなことを考える筋金入りのバカだった。

 幼馴染の泉美は私がそうやって不良になっても見捨てなかったたった一人の友達。

 そう、はじめは友達だった。

 家がお隣で、勉強とかみてもらってた。私がときどきとはいえ中学に通っていたのも、こいつのおかげだった。

 ちなみに勉強は二人ともだめだった。

 おちこぼれと不良のつるみなんて馬鹿みたいだと思う。

 それでも意外と幸せで平和だった。

冬がくるまでは。

ちょっと大きなグループ同士の喧嘩をして、私も敵グループから狙われて毎日喧嘩ばかりしていた。

中学校からの帰りに、バットを持った馬鹿に襲われた。そのとき泉美が私をかばって大怪我をした。

 泉美はバットで頭を殴られた。私のダチだっていうだけで。

 救急車を呼んだ、うるさいサイレンの音、どくどく流れる血、運ばれた病院で慌ただしく集中治療室に運ばれるのを見ながら私は自分が馬鹿であることと、無力であることに泣いた。

駆けつけた泉美の両親からは罵倒され、私の両親は泉美の親に平謝りしていた。

 私は馬鹿みたいに泉美の傍にいて――その頃は私の親も、泉美の両親も私を野良犬みたいに泉美から追っ払おうとしていた。けども隙をついたりして私は泉美の傍にはっついてた。

 だって一番はじめに目をさましたとき私はこいつの傍にいなくちゃいけない。許してもらわなくても謝らなくちゃいけないと思ったからだ。

 日ごろの行いは悪いが、私はついていた。泉美が目覚めたときちゃんと傍にいられた。

 泉美は笑った。

「無事でよかった。ゆきちゃん」

 私はその日からすべての悪事をやめる決意をした。

 族抜けは死ぬほどにきつかった。

ずたぼろにされて、病院に運ばれた。そんな私に両親や周りからは自業自得といわれた、そうだとも私もおもった。

入れ違いに退院した泉美はせっせっと私の見舞いにきてくれて、手作りゼリーをふるまってくれた。

 病院を退院すると中学も卒業間近なのに私は必死こたんで勉強してなんとか高校に入ることが出来た。といってもかなり偏差値の低い、周りからは馬鹿校といわれてるところだけども。私にしてみれば奇跡に等しい。

 泉美と同じ高校。

 偏差値と泉美と一緒にいられる、それだけで決めた学校だった。

 中学の卒業式、周りの同級生はわんわんと泣いていた。なにが感慨深いのかよくわからないけども、いい雰囲気だった。ろくでもない私とおさらばするんだ、とそのとき思った。泉美のそばにいるためにマシになろうと決意として、馬鹿な自分との決別の式だった。

 クラス別に写真をとって、校舎から出ようとするとき、ふと見れば桜のピンクの花色の花弁がさらさらと散っていて、けっこうきれいだった。

 そのなかで泉美は笑っていた。

「ねぇ、泉美」

「なんですか。ゆきちゃん」

 馬鹿みたいな丁寧語。

 泉美がほわほわの所以。誰にだって丁寧な言葉遣いをして、優しく笑う。この雰囲気、好き。とても好きだ。

「私さ、あんたが好きみたいなんだけど、付き合ってくれる?」

 あっさり言ったつもり。だって女の子同士だもんね。なにかまずい雰囲気になったときはさっさと笑い話にして逃げようっていう、かなりせこい魂胆。けど私の言葉に泉美は頬を染めて頷いた。

 ああ、可愛すぎて、困った。


「でさ、メイドさんとかになるの?」

 私の家に泉美を招く。

 ごたごたはあっても、和解をした。だからもうロミオとジュリエットじゃない。

 うちは共働き。二人きりで過ごすには素晴らしい環境。

 リビングで寛ぎながら、お茶をいれて出してやると泉美は喜んで飛びつく。

「あちち」

「さませよ、ばか」

「えへへ。……メイド服、着るとか聞きましたよ」

「メイド喫茶で、素麺ね。斬新なのかみょうちくりなんだか」

 頭を抱えたくなるコンセプト。

 ま、いいか。

「私には関係ないし」

 そのときは、そう思っていたんだよ、本当に。


 授業が休みになるかわりに、文化祭準備に生徒たちは追われる。私は適当に手伝って、適当に休んでを繰り返した。文化祭ってもそこまで熱をいれてる生徒もあんまりいない。そもそも文化祭というイベントはかなり地味だ。うちの学校は文化祭は学校関係者しか入らないから生徒と教師だけのもので、出会いやら青春なんてもの、ましてや漫画みたいな文化祭なんて間違ってもありえない。っーか、そんな夢なんて見ないし。他の学校は違うかもしれないけど、うちの学校に青春なんて甘酸っぱい言葉はない。怠惰っていう言葉はあってもね。

 適当にやって、適当に終わる。

 それでいいじゃんと思っていたんだけども

「おい、英田」

「ん、だよ」

 つい昔の癖でガンくれる。

別に深い意味はない。ただたんについやっちゃう癖。私はクラスでは怖いやつだと、恐がられたり無視されても仕方がない、はずなんだが――うちのクラスのやつらはみんな暢気で、一年くらいこんな調子だとみんな慣れたらしいくて普通に声をかけてくる。まぁ常に泉美がそばにいてのほほんと笑っているせいかもしれない。

「メイド服」

 めがねのクラス委員に差し出された、それ。

「はぁ?」

「お前もきるんだぞ」

「なんだ、それ!」

 思わず大声。

 いや、だってそうだろう。なんで元ヤンキーの私がメイド服! バツゲェムだろう。それ!

「女子はみんな交替でメイドするんだよ。お前、出席番号はやいから、一日目の前半はお前だぞ」

「うっそー」

「まじでー」

 私とクラス委員は数分にらみ合ったが、どちらも妥協はしない。メイド服なんてきれるかよ。

「わぁ、かわいいですね! ゆきちゃん、似合いますよ!」

 怖いもの知らずの泉美の笑顔に、ノックアウト。

 ああ、そうさ、私は泉美に弱い、甘い、馬鹿。三拍子揃ってる。


 メイド服はそこらへんの雑貨屋で買ってきたものらしい安物でかなり作りが甘い。本当になんちゃってだな。

 それも素麺をふるまうわけだ。

 しかし、文化祭は二日。

 生徒しかいない文化祭。それで素麺だけ売っている喫茶店にくるやつはいないわけで。私と前半のメイド担当の女の子たちは教室に溜まっているクラスメイトとうだうだしていた。

 こんな調子で他のクラスの出し物にはいってくる勇気あるやつはあまりいない。なので、かなり退屈だ。

 とはいえメイド服ということで、入口から他のクラスのやつらが覗き込んで物珍しげに見られる――これは、絶対にバツゲェムだろう。

「ゆきちゃん、写真をとってもいいですか?」

「勘弁してくれ」

 一人ではしゃぐ泉美に私はため息。

 お前も、これを明日には着るんだぞ。ああ、泉美ならかわいいかもね。

「ほら、素麺、くえ。素麺」

 クラス委員が持ってきた山盛りいっぱいの素麺。

「うげ、なに、その山もりいっぱいなの」

「予算で、ついつい図に乗って買いすぎた」

「この馬鹿!」

「食べてくれ。おごりだから」

「あー、おごりならくぅ」

 と、たむろっていたクラスメイトたちと素麺を食べた。昼頃になるとクラスのやつが呼び寄せた他の生徒たちもちらほらとやってきて、素麺を食べていく。

 バツゲェムの時間は過ぎて、他の女の子たちにバトンタッチ。

「ねぇ、ゆきちゃん、まわりませんか?」

「まわるってなにを?」

「え、えーと」

「見るものねぇじゃん」

 苦笑い。

 バザーとか、食べ物屋とかあるけど、私は親から小遣いをもらってないから買う金がない。見るだけで楽しむといったら美術部とかの絵の展示だろうが、足は動かない。

 そんなわけでその日一日クラスでのんびりと過ごした。


 泉美のメイド服を見ることばかり考えていた二日目。まぁ呑気にやればいいさ。

 メイド服の泉美はかわいくてキュート。

 思わず抱きしめたいし、そのままどこかに連れ込みたいと思った。おっと、やべ。男みたいな発想。

 泉美がせっせっと不器用ならが支給する姿は、やっぱりかわいかった。


 私は泉美が好き。

 かわいいから。

 ふわふわしていて、女の子らしいから。

 私にはない、女の子らしさを体いっぱいに詰め込んでいるから。

 たぶん、恋愛といよりは憧れみたいなかんじ。


「ゆきちゃん、みなさん、素麺ですよ」

 泉美が素麺をいれた皿と汁のはいった小皿をもってやってきた。六人くらいでたべっていた私たちはそれぞれ皿をとる。

 泉美も一緒に食べるつもりらしいく席につく。両手に小皿と箸を持っているが、しかし、肝心の麺をいれた皿がない。

「泉美、あんたの分は?」

「あっ」

 自分の食べる分まで他人にとられてどうする。

「ほら、私の食べろよ」

「えっと、けど」

「私、いっぱい食べたし」

「あっ」

 私の皿を差し出した。

「おお、いつも食い物にされている泉美が餌を与えられている」

「なんだよ。クラス委員」

 食い物って、おまえなぁ。

 ああ、けど否定できないもかね。

 私には出来ないことを泉美はしてくれる。見捨てられた私を唯一最後まで捨てなかった。私はそんな泉美になにがしてあげられた? なにもしてないし、できなかった。かわりにしたことといえば、怪我させた。困らせた。いやな気分を味わせた。

なにかあるたんびに泉美は私のためにいろいろとしてくれる。私は、なにも、できてないのに。

 クラス委員から、新しい素麺をもらって食べた。

「もっと、食い物にされてもいいですよ」

 そんな泉美の声が、聞こえた気がした。気がしただけだろう。


「ゆきちゃん、見回りましょう」

「ん、いいけど」

 めんどくさいと思いつつ、泉美と一緒に学校をまわっていく。といっても二日目の後半になると見るものなんてまったくないけどさ。

 クラスを出た廊下を歩くが、誰もいない。人の気配もない。ここらへんは出し物がないのか。しまった。けど、いつもは人で賑わっている教室に誰もいないっていうのはいいもんだと、静かな廊下を歩きながら思う。

 私と泉美の二人ぼっち。

「ゆきちゃん」

「あん?」

 煙草すいてぇ。一応やめたとはいったけども、たまに、本当にたまにこっそりと吸ってる。

「ゆきちゃん、私のこともっと食い物にしていいですからね」

「はぁ?」

 思わず泉美を見つめた。

「もっともっと私のこと食い物にしてもいいですからね。あの委員長がいったみたいに、ハイエナのように食べていただけたら」

「いやいやいや、あいつ、そこまでいってないし。てか、泉美、なんだよ、いきなり」

「だって、ゆきちゃん、なにもしてくれないから」

 俯いた泉美。

 私は黙った。


 私と泉美はなんちゃってレズ。

 友達の延長で付き合いをしているだけだから。

 といってもキスはした。

 告白した日、桜の木の下でこっそりと、誰にも見つからないように。きらきらと輝く日差しに、あたたかな風のなかで。

 唇は柔らかかった。

 キスのあと、にこにこと笑っている泉美。私は恥ずかしくて、つい馬鹿と罵った。そうしたら、えへへと泉美はまた馬鹿みたいに笑った。

 私は、そのときああ、この子のこと、本当に好きなんだってわかった。

 けどさ、泉美もそうとは限らないじゃん。

 私、なにもできてない。してあげれてない。

 男じゃない。女だし

 迷惑かけ続けてきたし、人の良すぎる、この馬鹿の善良なんじゃないかって、そうやって考えて手が止まる。

 ヤンキーやって人を殴って煙草もやったけど、私は所詮は傷つきやすい小娘でしかない。



「泉美、あのな」

 私は言い訳を探していると、泉美に手をひかれて、あいている教室の一つに連れ込まれた。

 人のいない机と椅子だけの教室。

 そこで壁に追い込まれてキスされた。

 胸に、泉美の手があたる。

「!」

「……私、ゆきちゃんのこと、好きですから」

 真剣な目。

 真っ直ぐな目。

 あ、愛されてる。

 私が昔から欲しかったもの。共働きで両親いなくって、独りぼっち。テレビが友達。そんな一人ぼっちの私ににこにこと笑いながら隣の家からやってきた

「はじめまして。設楽泉美です」

 ちっちゃくて可愛い女の子。


いつの間にか、私たちは大人になった。

小さくて可愛いだけじゃなくなった。

知恵と方法を私たちは見つけ出してしまった。


 こういう切ない、胸が苦しくなる感情を私は前にも泉美で味わった。

 怪我させて親にとめられて、こっそりと会っていたのが泉美の母親にばれて、泉美の両親に家の前に呼び出されて、金輪際、娘と会うなと言われた。

 私はそのとき、土下座までしてヤンキーから足洗ったから、泉美の友達でいさせてくださいといった。

 泉美の両親は静かに私のことを拒絶した。あ、もうだめだとおもった。

 そのときだ。

「ゆきちゃんと会っているのは私なの、私がゆきちゃんについてるの。パパもママもゆきちゃんにひどいことしないで」

 家の中にいた泉美が飛び出してきて私の前に立つと両親に怒鳴った。そして私を立たせると、泣きながら獣のように叫んだ。

そのあと泉美は倒れて三日くらい高熱を出した。そのとき私は泉美の見舞いをさせてもらった。これからは、ちゃんと真面目になります、そう泉美の両親と約束した。泉美の両親が許してくれたのは、泉美のあの怒りを見てのことだと思う。今までみたことのないほどの激しい怒り。私は泉美に、守ってもらった。


 私は、もう夢中で泉美の肩を抱いてキスを落とした。キス、キス、キス。今までできなかった分の埋め合わせするみたいに、ただがむしゃらにキスをして、服越しに胸に触れた。ブラジャー、すげぇ邪魔。このままなにか、もっとしたい。けど、なにかってなに? セックスするにしても、どうすればいい。

 息があがる。それでもキス。

 手は胸に触れて、下に、下に

 スカートをまくしあげて、足に触れた。

 泉美も触れてくる。

 冷たい、汗ばんだ手。緊張する

 あ、好き。

 またキス。

 キス、キス、キス。


「きゃあはははは」

「おい、まてよ」


 廊下から聞こえてきた声に私たちは我に帰って互いに見つめあった。

 やばい。

 あと少しで他人さまの教室でいろいろとしちまうところだった。

 ざぁと血の気が引いた。

 私たちは互いに気まずい視線を絡ませて、教室を出た。

「ゆきちゃん」

 ずいっと泉美が睨みつけてくる。ほんのりと赤い頬とか可愛い。

「なんだよ」

「煙草、吸ってる」

「な、な、なんで」

「キス、苦かったから」

「……」

「もう吸わないっていったのに」

 そういってそっぽむかれて一人ですたすたと歩いて行く泉美にバツ悪くて、その背を見ていた私。

二メートルくらい離れたところで、ぴたっと泉美は足をとめてふりかえった。

「ゆきちゃん」

「ん?」

「私、もっと食い物にされたいから」

「それ日本語としておかしくないか?」

「あれ?」

 小首を傾げる泉美に私は笑って歩み寄って、頭を軽く小突いた。

「ばか」



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