このような出演者の人権軽視に走りやすい「危険なコンテンツ」を扱っているという自覚が、果たしてフジテレビや制作サイドにあっただろうか。自覚がなかったからこそ、出演者の一人が「死ね」「消えろ」と番組のファンたちからののしられていたのに、そのヘイトを煽るようなアクションをとっていたのではないのか。
筆者はプロレスファンということもあって、今回、木村さんに向けられた憎悪を見て、タイガー・ジェット・シンさんのことを思い出した。40代くらいの方ならば覚えているだろう。サーベルを口にくわえて観客を蹴飛ばしながら入場し、リングでも凶器や反則を使う悪役レスラーだ。
古くは、休日に新宿伊勢丹で買い物をしていたアントニオ猪木を襲撃するというルール破りをしたことで、「インドの狂虎」などとも呼ばれ、全国のプロレスファンから憎しみの目を向けられた。筆者も子供心に、シンさんをとんでもない非常識な人間だと思って、プロレス中継になると「シンをぶっ殺せ!」なんて叫んでいたものだ。
しかし、これはプロレスでいうところの「ヒール」を演じていただけで、実際のシンさんは礼儀正しい紳士で、祖国では社会貢献にも力を入れる篤志家(とくしか)として知られ、今でも多くのレスラーから尊敬されている。東日本大震災時には日本の復興支援も行った。つまり、日本のプロレスというエンターテインメントを盛り上げるため、日本人レスラーたちをスターダムに押し上げるため、ファンが求めた「ヒール」という役割を果たしていただけなのだ。
誰もがその才能を認めるレスラーだった木村さんもそうだったのではないか。つまり、テラスハウスというリングを盛り上げるために、あえてタイガー・ジェット・シンになったのではないか。
これまで見てきたように、この番組を盛り上げるには視聴者がボロカスに叩けるような「炎上キャラ」が絶対に必要だ。台本はなかったかもしれないが、「プロ」である木村さんはそれは言われなくても分かっている。だから、カメラの前であえて派手に感情を爆発させた。ミスをした出演者男性を厳しく責めて、「事件」として盛り上げるような言動をとった。しかし、そこでご自身が想定する以上に、すさまじいバッシングが起きてしまったのでは――。
もちろん、すべては筆者の勝手な想像なので真相は分からない。ただ、ひとつだけ断言できることがある。それは、SNSで誹謗中傷した者を裁くだけでは、このような悲劇は決してなくならないことだ。ヘイトを煽ることでエンターテインメントにしていくシステムを根本から変えなくては、またしばらくして新たな犠牲者を生むだけである。
最後になりましたが、木村花さんのご冥福を心からお祈りします。合掌。
テレビ情報番組制作、週刊誌記者、新聞記者、月刊誌編集者を経て現在はノンフィクションライターとして週刊誌や月刊誌へ寄稿する傍ら、報道対策アドバイザーとしても活動。これまで300件以上の広報コンサルティングやメディアトレーニング(取材対応トレーニング)を行う。
近著に愛国報道の問題点を検証した『「愛国」という名の亡国論 「日本人すごい」が日本をダメにする』(さくら舎)。このほか、本連載の人気記事をまとめた『バカ売れ法則大全』(共著/SBクリエイティブ)、『スピンドクター "モミ消しのプロ"が駆使する「情報操作」の技術』(講談社α文庫)など。『14階段――検証 新潟少女9年2カ月監禁事件』(小学館)で第12回小学館ノンフィクション大賞優秀賞を受賞。
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