新型コロナウイルスの感染拡大の影響で、雇用情勢が厳しさを増している。総務省が5月29日に発表した4月の労働力調査によると、完全失業率(季節調整値)は前月比0.1ポイント上昇の2.6%と、2017年12月以来2年4カ月ぶりの高水準となった。また、一時的に仕事を休む休業者も約600万人、働く人の約1割相当に増加している。そのうちのかなりの人が失業者に転じる可能性が高いと見られる。

 特に、大きく減った外国人観光客を相手にビジネスをしていた人たちは深刻だ。中国人観光客相手のバス運転手だったAさんのケースを紹介しよう。

 6年ほどまえからこの業界に身を置いてきた40代のAさんが、愛知県に本社を置く中国系企業のD社に転職したのは、2018年のことだった。

「給料はそれなりに良かったんです。中国人の観光客は団体の場合が多いし、1週間ぐらいのツアーが主で、まとまった量の仕事が入ってきます。そういう時は、運転手もホテルに泊まるので、通勤がなくてラクだったんですね。あと、たまにチップをもらえることもありました。ただ、数千円というレベルなので大喜びするようなものではありませんでしたけれどね」

 19年の訪日外国人数約3188万人のうち、中国人はじつに約3分の1を占めた。ところが今年に入ってのコロナ禍で、状況は一変。JTB総合研究所の発表値によると、2月期の来日中国人観光客数は、前年比マイナス87・9%。4月期は外国人観光客全体で「99・9%減」とのデータもある。

 そうした状況で、D社の動きは速かった。中国の武漢市が封鎖され、2週間ほど経った2月7日には、Aさんに「解雇予告通知書」が送られてきたという。「インバウンド需要の激減による、人員削減をせざるをえない状況にあります」という理由で、3月8日付で解雇されることになった。Aさんが続ける。

「1月30日ぐらいまでは客が来ていたのですが、それ以降はパッタリ止んでしまい、バスの運行も停止となりました。コロナの影響なので解雇されたこと自体は仕方がないのですが、給料が未払いになっていることは許せません」

 D社からはさらに〈3月中の早い時期に1月分の遅延給料のうち10万円ぐらいを支払いさせて頂く予定でおります。尚、残りの分(1月分給料の残、出張手当未払い分、解雇通告保証金)に付きましては分割には成りますが順次支払いさせて頂く予定でおります」(写真)と3月10日付けの通知も届いた。だが実際は、10万円は支払われたものの、残りは今も未払いのままなのだ。

「私の場合、給料や出張手当等で60万円弱が未払いとなっています。D社に請求書を出していますが、支払いも返事もありません。頭に来るのは、D社は払えるはずなのに払わないということです。というのも、労働基準監督署に相談に行くと、コロナの特別融資で政策金融公庫から2000万円は借りられるそうなんです。労基署への相談者は55人いましたから、均等に割れば、一人36万円は払えるはずですよね。給与明細は出ているのに、給料が未払いなんて納得できませんよ」(Aさん)

日本語を話せない社長

 Aさんは、労働基準監督署を通じてD社に支払いを督促しているが、事態は進展しない。会社が倒産した場合は、会社に代わって、国が労働者に未払いの賃金や退職金を支払ってくれる「未払賃金立替払制度」により、最大8割まで回収できるのだが、D社は存続しているのでそれもできないという。社長以下の経営陣も“雲隠れ”し、連絡がつかないそうだ。

「そうなると、もともと計画的だったのではないかと疑ってしまいます。過去にも給料の遅配や未払いがたびたびあって、給料を払いたくない雰囲気を感じていました。ですから給与明細をしっかり確認していました。さらにいえば、D社は昨年の9月ぐらいから、雇用保険を国に納めていないことも発覚しました。私達からは雇用保険料を徴収していたにも関わらずです。その頃から会社の経営はおかしくなっていたのかもしれません」

 先の通知文には〈ツアーの回復の様子を見て、ドライバーさんを再雇用させて頂きたいと思います〉ともあるが、その目途は立っていない。

「運転手と違って事務員は『少し減るけど、給料は払うから』と言われて、しばらく残っている人もいたのですが、結局、給料が支払われず、皆、退職しました。D社は会社として存続していますが、資産らしいものもないので、裁判を起こして取り立てるということもできません。社屋は賃貸だし、バスもリースです。交渉しようと会社に行ってみたら、リース会社の人が来ていて『コロナ禍以降、1回も支払いがありません』とこぼしていました。コロナが一段落してもD社は信用がないですね。事業再開は無理だと思いますよ」

 筆者がD社について調査したところ 、3月25日付で中部運輸局から道路運送法違反による2週間ほどの車両使用停止処分が下っていたことが判明した。主な違反内容は、「運賃・料金の収受が不適切だった」「疾病、疲労等のおそれのある乗務をさせていた」「転者に対する指導監督が不適切であった」「運行記録計の記録をしていなかった」「運転者の勤務時間及び乗務時間について、基準を遵守していなかった」等である。

 トラブルだらけのD社だが、「そもそも中国人社長にも問題があるのではないか」とAさんは指摘する。

「成田や関空など空港の近くに営業所のあるバス会社は、D社のような中国系の会社が多いんです。実は社長は日本語も話せない。だから、労基署も社長と話ができないんです。一応、日本語を話せる中国人の部長がいましたが、正直いって、 社長が何を考えているのか、分かりません。こんな酷い扱いをされれば『中国人は日本人と違って自分の金儲けのことしか考えないから、約束やルールを守らないし、何事もいい加減なんだろう』なんて思ってしまいますよ」

 目下、失業中のAさんは、他業種への転職も考えているという。

「知り合いのバス運転手は、今は トラックに乗っている人が多いです。工場の倉庫にある部品などを輸送する仕事は結構あるそうなんです。でも、コロナの影響で生産が止まっている会社が多くて、そろそろ仕事が減るんじゃないかと心配していました。私は就活で、毎日ハローワーク通いです…」

星野陽平(フリーライター)

週刊新潮WEB取材班編集

2020年6月16日 掲載