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日産の社内メール、ゴーン元会長降ろしの実態を浮き彫りに

  • メールでのやり取りはルノーの影響排除を目指した日産の攻勢を示す
  • ゴーンの逮捕から1年半が過ぎた今も日産の苦境は続く

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日産自動車のカルロス・ゴーン元会長は常々、自分は陥れられたと主張してきた。

  彼のこの主張を裏付けるような証拠がある。当時の事情を知る関係者とこれまで報じられていなかった電子メールなど内部文書のやり取りによると、自動車業界で最も著名な日産の最高責任者を権力の座から引きずり下ろすための同社幹部らによる活動は、2018年のゴーン元会長の逮捕のほぼ1年も前から始まっていた。

  この取り組みの背景には、長年の協業相手である仏ルノーとの統合深化を目指した元会長の計画に対する社内の反対などがあったことが、この新情報で明らかになった。

  日産はこれまで、ゴーン元会長追放の決定は報酬の過少記載など会計上の不正行為への疑惑が発端になったとしてきた。内部文書や当時起きていたことについての関係者の回想によると、日産社内で影響力を持っていたグループが、元会長の勾留と起訴を筆頭株主ルノーとの関係を日産にとって望ましい方向に刷新する機会と捉えていたことが判明した。

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カルロス・ゴーン元会長

  センシティブな情報であるとして匿名を求めた関係者らが本物だと指摘した一連の電子メールでのやり取りからは、強い権力を持つ幹部を排除するため組織的なキャンペーンが2018年2月から展開されていた構図を読み取ることができる。

  当時の議論に詳しい関係者によると、18年初頭、企業間のアライアンスを不可逆なものにしようとするゴーン元会長の主張に危機感を抱いた日産の首脳らは、ルノーの会長も務めていた元会長が統合深化に向けてどのような手を打ってくるかという不安について話し合っていた。

構想を「無力化せよ」

  その中心にいたのがハリ・ナダ氏だ。ナダ氏は当時、CEOオフィスの担当役員を務めていた。のちに検察とゴーン元会長に不利な証言をする内容で司法取引を結んだ。文書のやり取りによると、ナダ氏は18年半ばごろに、渉外を担当していた川口均専務(当時)に、日産は「手遅れになる前に彼の構想を無力化するために」行動を起こすべきだと伝えた。

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ハリ・ナダ氏

  ゴーン元会長は金融商品取引法や会社法違反(特別背任)などの起訴内容をすべて否認している。ゴーン元会長は代理人を通じ、この記事へのコメントを控えるとした。

  日産広報担当のラバーニャ・ワドゥガウカル氏はこの記事についてのコメントを控えるとした。ナダ氏に電子メールと留守番電話でコメントを求めたが返答はなかった。昨年12月に日産を去った川口氏と東京地検、ルノーの担当者はコメントを控えるとした。

その前日

  社内文書の内容に詳しい関係者によると、ゴーン元会長が羽田空港でプライベートジェットの機上で逮捕された18年11月19日の前日、ナダ氏が一通のメモを西川広人最高経営責任者(CEO、当時)に回していた。

  ナダ氏はその中で、ルノーとのアライアンスを統制する合意の打ち切りと日産によるルノー株買い増し、さらには買収まで提案していた。日産はルノーが日産の最高執行責任者(COO)かそれ以上の役職を指名する権限の廃止についても模索していたという。

  ゴーン元会長の排除が世界最大の自動車連合に根本的な変化をもたらし、それによって新たな統治体制が求められることになるだろう、とナダ氏が西川氏に文書で伝えたとされている。ナダ氏は、日産が迅速に自社の立ち位置を強く主張すべきだとも述べていた。一方、ルノーは捜査について知らされていなかった、とブルームバーグ・ニュースが19年1月に報じている。

  日産とルノーの不和は、規模拡大を目指して昨年ルノーが仕掛けたフィアット・クライスラー・オートモービルズとの統合の妨げとなり、事業戦略や新車で協力する上での障害ともなっている。日産の経営はゴーン元会長の逮捕以降は混乱に陥り、商品ラインアップの古さや高コスト体質が影響して収益力が低下し始めた。

  先月28日、前期(20年3月期)の純損失は6712億円と00年3月期以来の巨額赤字に転落。新型コロナウイルスの感染拡大の影響もあり、日産とルノーの両社を率いていたゴーン元会長の逮捕以降、日産の株価は一時、逮捕前の半分以下の水準まで下落した。

  ナダ氏と西川氏やほかの上級幹部とのやり取りは、ゴーン元会長がルノーの支配力増強につながる統合関係の深化を計画していたことに対し、深刻な懸念があったことを示している。

  ルノーは1999年、日産に緊急資金を注入して経営破綻から救った。ルノーがゴーン元会長を日産に送り込んだのはその時のことで、元会長は自動車産業の歴史でも最も劇的な再建を成し遂げた。

  しかし、それから20年が経過してゴーン元会長が日産とルノーの両社に時間を割くようになると日産はつまずき始める。

  ナダ氏は2018年4月、ゴーン元会長が日産の業績や、ルノーと日産の統合は「メリットがない」ように見えるとの西川氏の指摘に対し、ますますいら立ちを募らせていると同氏に告げた。「彼は大きな混乱をもたらす可能性があり、あなたはその犠牲者になるかもしれない」とナダ氏は西川氏に送った。その翌月、日産はアナリスト予想平均を大きく下回る業績予想を公表した。

  日本の司法システムをまがい物と表現したゴーン元会長は昨年末に音響機器の箱に身を隠し、ひそかにプライベートジェットに搭乗して日本から脱出、現在はレバノンに居住している。

  グレッグ・ケリー元代表取締役もゴーン元会長と同じ日に逮捕された。今は保釈中で日本国内に滞在し、元会長の報酬過少申告を助けた罪で公判を待っている。検察は金融商品取引法違反事件では法人としての日産も起訴した。

  日産の立ち位置は、ゴーン元会長らの逮捕以降一貫している。「一連の事件を引き起こしたのはゴーン元会長とケリー元代表取締役だ」とした上で、内部通報に基づいた社内調査の結果、「不正について実質的かつ説得力のある証拠をつかんでいる」などとコメントしていた。ゴーン元会長、ケリー元取締役ともにこれらの容疑を繰り返し否定している。

  マレーシア出身の弁護士で1990年代に日産に入社したナダ氏は、多くのゴーン元会長絡みの案件を担当していた。同氏は、ゴーン元会長の不正に関する日産の社内調査を主導し、捜査中のいくつかの疑惑行為に関与していた。

  メールの中には、元会長による会社が提供する住宅の使用状況を調べるために、ナダ氏がブラジルやレバノンまで足を運んで検察のために情報を収集していたこと示すやりとりもあった。

  当時の文書の記録や議論の内容について詳しい関係者によると。同氏はゴーン元会長逮捕まで一週間を切っていた段階で、元会長の容疑拡大をもくろみ、より深刻な背任に関する罪での起訴を働きかけるよう西川氏に伝えた。当初の報酬過少記載の容疑では世論を味方につけることはより難しくなることが予想されたためと言う。

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西川広人氏

Photographer: Akio Kon/Bloomberg

  ナダ氏はこの取り組みにおいては「CGの評判をしっかり落とすための保険としてのメディアからの支持」を得るべきだ、とゴーン元会長の名前の頭文字を使って電子メールに書いた。ナダ氏は社内では過去数年にわたり何度かその表記を用いていた。

  西川氏にコメントを求めたところ、ゴーン元会長追放の背後にいかなる陰謀もなかった、とする従来の公式コメントに言及した。

  ゴーン元会長らの逮捕予定の日が近づいてくると、ルノー取締役会からの予想される反応を探り、ルノー側がもし自説を強く主張してきた場合にどう対応するかを決めるための準備が進められた。

  日産の社内文書の内容に詳しい関係者によると、ナダ氏はルノーが日産の業務上のマネジメントについて介入する権利を持たず、また日産はルノーが選んだ候補者に対して社内のポジションを提供する義務を負わないことをはっきりさせるべきだと述べた。

  ナダ氏はルノーと日産の間のアライアンス関係を定める「RAMA」と呼ばれる合意文書や、アライアンス関係のガバナンスを管理する目的でオランダに置かれていたRNBVと呼ばれる組織は、ゴーン元会長の逮捕の結果としてともに破棄されるべきだと主張。

  そうすることで日産はルノーの株を買い増してルノーの支配権を奪ったり、ルノーを買収することさえできるようになるとメモに書いたとされている。

摩擦の原因 

  RAMAで規定された合意内容は長年にわたって日産にとって不公平な内容を多く含んでいるとされ、両社の間で摩擦の要因となっていた。またルノーの日産に対する権限にも制限を加えており、協業関係の維持に向けたゴーン元会長の役割を強化していた。また、フランス政府はルノー株の15%を保有しており、日産に間接的な影響力を持っている。

  ケリー元代表取締役の逮捕を巡り、日産が元取締役を日本に戻らせようとした計画の詳細についても文書の内容から初めて明らかになった。

  ナダ氏は、「グレッグは日本に来る前に感謝祭の休暇を過ごそうとしている」と西川氏に伝えた。ナダ氏はケリー元取締役に対して彼の出席には差し迫った必要性があると説き、すぐに帰国できるだろうと伝えた。「もし彼が来なければ、二度と戻ってくることはないだろう。私は彼を乗せるためにジェット機を手配している」とナダ氏は書いた。

明らかな不和

  ケリー元取締役の弁護士、ジェームズ・ウェアハム氏は本件は決して犯罪行為にはあたらないとの見方を示した。同氏は「ゴーン元会長を排除し、ルノーから支配的地位を奪うための取り組みにケリー氏が巻き込まれた」と指摘する。「陰謀を完成させるため、彼らは目撃者が拘束されて自分たちがコントロールできる状態に置くことを求めた。そしてそれを実現するために犯罪者の引き渡しに関する国際法を破るまでに至った」。

  ゴーン元会長の逮捕から数カ月後の昨年3月、日産はルノーとの新たな協業案の発表にこぎつけたが、その内容はナダ氏がメールで推し進めていたほどにはアライアンスの在り方を変容させなかった。

  日産は役員の指名で従来より大きな発言権を得て、会長職の廃止も実現したがルノーとの資本関係は変わらないままだ。しかし、両社の関係が引き裂かれてしまうなどの損害が出ている。

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