骨舞う旅路   作:ウキヨライフ

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第7話:初仕事

 城塞都市エ・ランテル、二日目。モモンガ一行の姿は冒険者組合一階にあった。そこは受付カウンターと依頼状が貼り出された壁があるちょっとしたラウンジになっていて、宿で朝食を済ませて寄り道せずに来たにも拘らず、既に何組かの冒険者チームが依頼状を前に相談している。

 やまいこは壁に貼り出された真新しい依頼状を眺める。前日に受付嬢からアドバイスを貰った通り二人組だと受けられない物が多く、また受けられたとしても荷物持ちなど報酬の少ないものばかりだ。

 

「さて、どれにしようか」

 

 今、やまいこは縁無し眼鏡をかけている。勿論これはお洒落の為ではない。<文字読解>の魔法が付与された品である。この世界に来てまだ間もない為、モモンガとやまいこはこの地域の読み書きが出来ないのだ。

 当然、冒険者登録の際はクレマンティーヌに代筆してもらったのだが、驚く事にクレマンティーヌは難しい漢字こそ読めないが、簡単な漢字と平仮名や片仮名であれば五十音を声に出して読む事が出来るのである。

 

「あははー、特殊部隊を舐めてもらっちゃこまるよー。聖刻文字(日本語)は必須科目だよ? 神の遺物を見つけた時、読めなかったら困っちゃうじゃん♪」

 

 と言われた二人は驚愕したものだった。もっとも読めても意味まで理解できるものは少なく、そういった日本語の解読は神官の仕事らしい。

 

(日本語が聖刻文字(ヒエログリフ)かぁ)

 

「どうですか? 何かめぼしい依頼ありました?」

 

 やまいこが物思いに耽っているとモモンガから声が掛かる。モモンガの言う“めぼしい依頼”とは討伐や護衛といった都市の外へ行くものだったが、残念ながら今貼り出されている中に(カッパー)で受けられるそれらしい依頼は無かった。

 

「ダメだね。都市内での荷物運びとかしか無い」

「ふむ。出来れば討伐系の依頼があれば良かったんだけどな……」

 

「それでしたら私達の仕事を手伝いません?」

「ん?」

 

 声をかけられた方に視線を向けると4人組の冒険者がおり、その首には(シルバー)のプレートをかけていた。

 

「……仕事というのは、どのようなものでしょうか」

「はい。懇意にして頂いている薬師さんの依頼で、近くの村までの警護と薬草採取のお手伝いです。それに加え道中のモンスター退治を兼ねられたら良いなと思っています。もし承諾して頂けるなら依頼主を交えてお話ししたいのですが。どうでしょう?」

 

「どうする?」とモモンガはやまいことクレマンティーヌを見ると二人とも了承とばかりに頷いている。

 

「分かりました。お引き受けします。詳しいお話を聞かせていただけますか?」

 

 その返事を聞いた冒険者は受付嬢に会議室を借りるとモモンガたちを招く。会議室には背の低い長いテーブルが一つとそれを挟むようにソファーがある。モモンガ一行と冒険者4人組でテーブルを挟むように座るとお互い自己紹介をする。

 

「依頼主とはここで待ち合わせているので直ぐに来ると思います。それまでに自己紹介をしておきましょう」

 

 最初に話しかけてきた冒険者、このチームのリーダーであろう剣士風の男が話し始める。

 

「初めまして。私が『漆黒(しっこく)(つるぎ)』のリーダーのペテル・モークです。順に野伏(レンジャー)のルクルット・ボルブ、魔法詠唱者(マジックキャスター)のニニャ・術士(スペルキャスター)、そして最後が森司祭(ドルイド)のダイン・ウッドワンダーです」

 

 ペテルは王国民の一般的な容姿である金髪碧眼で、鎖帷子(くさりかたびら)の上に帯鎧(バンデッド・アーマー)を着た戦士風の男。その立ち居振る舞いに隙は無く、長く冒険者をしている事が分かる。

 ルクルットは全体的に細身で皮鎧を纏っている。長い手足はただ痩せている訳では無く、鍛え抜かれ引き締められた肉体であることが窺える。

 ニニャは恐らく最年少であろう中性的な顔立ちの少年であった。チームの中では一人茶色い髪の彼は魔法詠唱者(マジックキャスター)らしく鎧などは纏っておらず、皮の服にベルトで様々な小瓶と木工細工のアイテムをぶら下げている。

 ダインは口周りに髭を蓄えた大柄な男で、図体とは裏腹にその眼差しは優しい。腰に下げた袋からは何やら草の匂いが微かに漂っている。

 

 それぞれ紹介された順に会釈をすると、ニニャが恥ずかしそうにペテルへ声をかける。

 

「……しかし、ペテル。その恥ずかしい二つ名やめませんか?」

「え? 良いじゃないですか。冒険者同士で通りも良くなりますし」

 

「二つ名というのは先程の術士(スペルキャスター)ですか?」

 

 モモンガの質問にルクルットが注釈を入れてくれる。

 

「こいつ、魔法適性とかいう生まれながらの異能(タレント)持ちなんだよ。習得に8年かかる魔法も4年で済むってんで、冒険者たちの間じゃそこそこ有名な魔法詠唱者(マジックキャスター)なんだ」

「ほう。それは素晴らしい」

 

 ユグドラシルのゲームでは基本的にレベルを上げて取得するといったもので、当然何かを実際に学ぶわけではない。モモンガはこの世界の魔法に興味があったので、目の前の少年に自ずと好奇心が向けられる。

 

「別にすごい事じゃないですよ。生まれながらの異能(タレント)と素質がたまたま噛み合ったのは幸運だったとは思いますが。それに、わたしよりもンフィーレアさんの方がすごいですよ」

「確かに。バレアレ氏は別格なのである」

 

 ニニャの言葉にダインも頷くが新たに出た人物が何者なのかわからない。

 

「その方はどのような生まれながらの異能(タレント)をお持ちなんですか?」

 

 それを聞いて四人が驚くような表情を浮かべた。どうやら知っていて当然の情報なのだろう。

 

「なるほど。ンフィーレア・バレアレ氏の事を知らないとなると、やはりこの辺りの人ではないのですね。顔立ちや服装からすると南方から来られたのでしょうか?」

「まさにその通りです。実は昨日着いたばかりでして。かなり遠方から来たんです」

「――モモン。紹介」

 

 今まで静かに話を聞いていたやまいこが催促する。

 

「おっと。そうでした。我々も自己紹介をさせて頂きましょう。私がモモン。魔法詠唱者(マジックキャスター)です。こちらがモンクのマイ。そして戦士のクレマンティーヌです」

 

 マイとクレマンティーヌが会釈する。モモンガの紹介を聞いてペテルが合点がいったとばかりに口を開く。

 

「なるほど! 魔法詠唱者(マジックキャスター)とモンクでしたか! 道理で武器らしい物が見当たらないわけだ。いやー、服装(スーツ)からは職種が分からなかったので疑問に思っていたんですよ」

 

 モモンガとやまいこはお互いを見る。確かにスーツだけでは戦闘スタイルを見抜くことは出来ないだろう。だがしかし、ここで疑問が湧く。

 

「ええ、実はそうなんですけど……。逆に伺いますが、チーム構成が分からなかった我々に何故声をかけたのでしょう?」

 

 その問いにペテルたち四人は目配せし、申し訳なさそうに苦笑を浮かべる。

 

「えーと、実は皆さんに声をかけたのは噂を聞いたからです」

「噂ですか? 昨日来たばかりで噂になるような事は――」

 

 まだ無い、と言おうとして一つ思い当たる。そしてやまいこを見る。

 

「え!? もしかしてボク?」どう考えても宿屋での一件だろう。やまいこは危うく殺しかけた男の事を思い出したのか冷や汗をかいている。

 

「はい。元々珍しい格好の新米冒険者の噂は耳にしていたんですが、追加でどうもその一人が一撃で格上の冒険者を倒したという噂を聞いたら興味が湧きまして。もし実力のある冒険者なら無名の内に仲良くなっておいて、緊急時にはお互い助け合えればと思いまして。こういった商売ですから味方は多い方がいいですからね」

「そういう事でしたか」

 

 ペテルが語る理由には納得ができた。チームを預かる者として、保険をかける意味でも人脈を広げようとするペテルにモモンガは共感していた。仲間を護る為、能動的に動ける人間である彼を評価したのだった。

 

コンコンコン

 

 そこへドアが小さくノックされると1人の青年が入室する。金髪の長い前髪に隠れて目元を確認出来ないが薬剤師のような格好と漂ってくる濃厚な薬草の匂いから、彼が依頼人の薬師なのだろう。

 ペテル達を確認し、モモンガ達を見ると首を傾げる。なぜモモンガ達がここに居るのか測り切れないようだ。

 

「お待ちしておりました。ンフィーレア・バレアレさん」

 

(ンフィーレア・バレアレ? 先ほど名前が挙がっていた本人か。まさか依頼主だったとは)

 

 ペテルがンフィーレアにモモンガ達が居る事情を説明し、お互いに自己紹介を終えると彼は困ったように口を開く。

 

「事情は分かりましたが、僕の方は4人分の報酬しか用意していませんよ?」

「そこはご心配なく。先程お話しした森をなぞるルートを通って頂ければモンスター退治で稼げますし、モモンさん達に関しては我々漆黒の剣から工面するつもりですから」

 

 それならばとンフィーレアもモモン達の同行を了承する。

 

「では依頼主として改めて説明させて頂きます。まずエ・ランテルから滞在拠点となるカルネ村まで赴き、そこから採取の為にトブの大森林へ入ります。皆さんにはこの間、僕の警護をお願いします。カルネ村までのルートはペテルさんたちの要望通り森に沿う様に進むため途中で一泊、カルネ村には森での採取量にも依りますが最長で3日滞在する予定です。帰りも森に沿うルートを取ると、全体でだいたい五日間の行程となります。ペテルさんから何か補足はありますか?」

 

「モモンさん達に伝える内容となるとカルネ村の規模でしょうか。小さな村なので食料の補給は望めません。補給は水だけだと思って下さい。それとンフィーレアさんは荷馬車での移動になりますが我々は徒歩になります。全員分の馬となると餌の量も馬鹿になりません。カルネ村にそこまでの余裕はありません。ですので警護の我々は徒歩になります。各自の食料と野営の準備だけは忘れないようお願いします」

「了解しました」

 

 初めての依頼としては申し分のない内容だ。これを足掛かりに顔を売っていけば例のモンスターイベントも問題無く行えるだろう。

 

「モモンさん達から何かありますか?」

「これから協力して狩りをするなら、お互い戦闘面での疑問を解決しておきたいのですが。宜しいですか?」

 

「はいっ! 質問!」

 

 モモンガの問いかけに真っ先に反応したはルクルットであった。

 

「皆さんはどのような関係なのでしょうか!」

 

 部屋が静寂に包まれる。

 質問の意図を計りかねたモモンガが「仲間です」と言う前に、やまいこが素早く答える。

 

「モモンとは兄妹です」

 

《やまいこさん!?》

《ね? モモンガお兄ちゃん♪》

 やまいこがかつての女性メンバー、()()()()()()の声真似をする。

《ぐふぅっ!!?》

《……()()()()、まだ持ってるんでしょ?》

《な、なぜそれを……》

 

「そしてクレマンティーヌとは旅の途中、法国で出会った仲間です」

 

 その言葉にルクルットは頷くと、やまいこに向き直り声を発する。

 

「惚れました! 一目惚れです! 付き合ってください!」

 

 その発言にこの場の全員がルクルットを見る。彼はやまいこに跪き手を差し出して返事を待っている。これがこの世界の一般的なプロポーズの姿勢なのか分からないが、了承の場合は差し出された手を取るのだろうか。

 当のやまいこは突然の展開に目を白黒させている。

 

「は? え? ボ、ボクと!?」

「はい! 宜しくお願いします!!」

「……お、お兄ちゃんが良いって言ったら……ね」

 

 それを聞くや否やルクルットはモモンガに向き直る。

 真摯な目だ。

 

「お兄さん。是非妹さんとの交際を認めてください」

 

《なにこっちに振ってるんですかっ!!》

《ご、ごめん。つい……。でもモモンガさん、分かってるよね?》

《認めればいいんですか?》

《こ・と・わ・れ!》

 

「ふぅ……。ダメだ。初対面なのに認められるわけがないだろう」

「では、お友達か――ごふ!」

 

 ペテルの拳骨が落ちる。

 

「……仲間がご迷惑を」

「いえいえ。まずは良き友人になれるよう依頼を頑張りましょう」

「そ、そうですね。では準備を整えて出発しましょうか!!」

 

 ペテルの必死の繕いによってこの場は解散となる。

 

 

* * *

 

 

 程なく準備が終わり、昼過ぎにはエ・ランテルを出発する事ができた。まずはトブの大森林へ向かう為に北上し、その後は森沿いに東へ進路を取りカルネ村へ向かう予定だ。

 一行はンフィーレアの荷馬車を中心に、野伏(レンジャー)のルクルットが前方を警戒しつつ先行し、荷馬車の左側をペテル、右側をダインとニニャ、後ろをモモンガ達三人が続いた。

 森までは見通しもよく天気も穏やかな事もあり、道中はエ・ランテル周辺の地理や冒険者生活についての話を漆黒の剣たちから聞くことが出来た。

 

「ニニャさん。するとそのアゼルリシア山脈が王国と帝国を隔てている訳ですね?」

「はい。正確には麓に広がるトブの大森林がですけどね。山脈どころか人の身では森を抜ける事さえ難しいですから。それに山脈まで辿り付けたとしても霜の竜(フロスト・ドラゴン)が生息しているとの噂もありますし。近づかない方が無難ですよ」

「ドラゴンですか。……ちなみにその霜の竜(フロスト・ドラゴン)の難度はどの程度かご存知ですか?」

「いいえ。でも伝説に謳われるような存在ですから。強いと思いますよ?」

「そうですか」

 

≪クレマンティーヌ、お前は知っているか?≫

≪んにゃ~? 戦った事は無いけど、弱い奴でも難度100は超えるんじゃーないかな? 正直、飛んで火を吹かれたら人間なんて手も足もでないよ≫

≪確かに、普通の人間には討伐は難しいか……≫

≪うちの隊員に難度を見れる奴が居るから聞いてみたら? 知ってるかもよ?≫

≪あぁ、その手があったか。今度聞いてみるとしよう≫

 

 ユグドラシルにも強力なドラゴンは何種類もいた。中にはワールドエネミーと呼ばれるボスクラスのドラゴンもいたが、もしあれらもナザリックのNPCと同じように転移していた場合脅威となるだろう。

 しかしユグドラシルではドラゴンの強弱はさておき、倒した場合のメリットもまた当然のようにあった。レア度の高いデータクリスタルや素材などをドロップするのである。この世界のモンスターがデータクリスタルをドロップしないのは確認済みだが、ドラゴンであればその死体だけでも十分利用価値がありそうだった。角、牙、爪、鱗、皮、肉、内臓、どれもが貴重なもののように思える。

 

(スクロール素材の件もあるし、デミウルゴスに教えとくか)

 

「そういえば、自己紹介の時聞きそびれましたけど、ンフィーレアさんの生まれながらの異能(タレント)ってどのようなものなのでしょう?」

 

 モモンガのその質問にンフィーレア本人が反応する。

 

「僕の生まれながらの異能(タレント)ですか? それは『あらゆるマジックアイテムの使用が可能』というものです。なのでたまに鑑定の依頼が来ますが、そもそも特殊なマジックアイテムなんて世に出回っている物でもないですし微妙ですね。正直もっと生活に役立つ生まれながらの異能(タレント)だったらと常々思ってます」

「な、なるほど。上手く行かないものですね……」

 

(使用条件を無視してマジックアイテムを装備できるとしたら……こいつはとんでも無い能力なんじゃないか?)

 

 やまいこに視線を送ると同じように危機感を覚えたのか僅かに頷いて関心を示す。この短期間の出会いの中で、漆黒聖典のメンバーを含めると油断のならない生まれながらの異能(タレント)持ちが多すぎるような気がする。

 確認の為にもクレマンティーヌに<伝言(メッセージ)>を送る。

 

≪クレマンティーヌ。ニニャといいンフィーレアといい、生まれながらの異能(タレント)持ちは珍しいと聞いていたんだが、その辺にこのレベルの異能持ちがゴロゴロ居るものなのか?≫

≪いやー、流石にこの二人が特殊なだけだよ? 200人に1人くらいって言っても、ニニャちゃんも言っていたように生まれながらの異能(タレント)と本人の才能が合致する方が珍しいんだから≫

 

 そういうものか、とモモンガは納得する。正直なところギルド武器のような特殊なアイテムを制限無しで使用が可能というのは、味方であれば頼もしいが敵となると相当恐ろしいものだ。

 モモンガがンフィーレアの対処を考えているとペテルが少し硬めの声を発する。

 

「モモンさん。この辺りから危険地帯になります。対処不可能なモンスターは出ないと思いますが、少しだけ注意してください」

「了解しました」

 

 エ・ランテルまでの道のりでゴブリンを相手に戦ったが、トブの大森林はどうだろうか。話に聞く限り様々なモンスターが生息しているらしいが。

 

「噂をすれば。出てきたぜ」

 

 先頭を警戒していたルクルットから真剣な声が届く。視線の先を見ると100メートル先の森に結構な数の影が見て取れる。モンスターたちもこちらを発見しているらしく、木々の影に隠れるようして機会を狙っているようだ。

 

「多いですね。相手は数で勝っていると襲ってきます。モモンさん、計画通りにお願いします」

 

 事前に計画していた通りンフィーレアは荷馬車に伏せると、ペテル、ルクルット、ダインが森と荷馬車の間に陣取り、ニニャは『漆黒の剣』の仲間達に支援魔法をかけていく。

 モンスターたちは戦闘準備をしているその様子に気付いたのか森の中からその姿を現す。人間の子供ほどの背丈の小鬼(ゴブリン)が30体。2~3メートルほどの背丈の人食い大鬼(オーガ)が6体。それらに飼われているであろう狼5匹が駆けだしてくる。小鬼(ゴブリン)は粗末な武器、人食い大鬼(オーガ)は木をそのまま引っこ抜いたような棍棒(クラブ)を装備している。

 それを確認するとモモンガも、やまいことクレマンティーヌに支援魔法をかける。

 

「<集団全能力強化(マス・フルポテンシャル)><集団硬化(マス・ハードニング)><集団加速(マス・ヘイスト)>。良し、バフ終わり」

「んじゃ、いっちょ行きますか!」

「んふふー、モモンちゃんの支援癖になりそー」

 

 ルクルットが荷馬車に登って合成長弓(コンポジット・ロングボウ)で先制攻撃をするなか、やまいことクレマンティーヌが先行してモンスターの群れに駆けていく。この戦闘の目的は『漆黒の剣』のメンバーにモモンガ達の実力を知らしめる事で、二人の狙いはゴブリンに囲まれた人食い大鬼(オーガ)6体だ。

 やまいこの黒革の手袋には黄金のナックルが装備されている。本気装備の巨大なガントレット(女教師怒りの鉄拳)と比べるとその小ささに頼りなさを感じる。しかし素材にはアダマンタイトよりランクの高いヒヒイロカネを使用しており、<吹き飛ばし(ノックバック)>と霊体対策の為に<神聖属性付与Ⅲ(エンチャント・ホーリー)>が付与されている。特筆すべき目立った効果は無いが、この世界の一般的なモンスター相手なら問題無く対処できるだろう。

 

 二人はすれ違いざまにゴブリン数匹を倒すと、各自受け持った人食い大鬼(オーガ)一体に躊躇なく飛び込んでいく。

 迫りくるマイとクレマンティーヌを迎え撃つために人食い大鬼(オーガ)達は棍棒(クラブ)を振り上げ、タイミングを見計らって容赦なく振り下ろすが、モモンガの支援で加速された彼女達は難なく避けると人食い大鬼(オーガ)達の懐に滑り込む。

 

 やまいこは全力で人食い大鬼(オーガ)の胸に拳を叩き込むと、レベル差が開きすぎていた為か<吹き飛ばし>(ノックバック)効果が発動する間もなく拳は身体を貫き、心臓を破壊して即死させる。

 クレマンティーヌも抜き放ったエストック(鎧通し)を正確無比に相手の心臓に叩き込み、付与された火が燃え上がり体内を焼く。

 

 仲間の2体を瞬殺された人食い大鬼(オーガ)達は信じられない物を見るかのように目を見開くと、恐怖を振り払うかのように吠えて威嚇する。

 

「す、すごいですね。まさか本当に人食い大鬼(オーガ)を一撃で倒してしまうとは……」

 

 ペテルは出発前に豪語していた2人の話を冗談混じりに聞いていたが、今その活躍を目の前に感嘆している。その間にも休みなくルクルットの遠距離攻撃が小鬼(ゴブリン)を順調に減らしていく。ルクルットは自己紹介の時の雰囲気は無く、プロの野伏(レンジャー)らしく冷静に合成長弓(コンポジット・ロングボウ)から矢を放つ。

 

 二人の女性がなんの躊躇もなくいきなり内臓の重要器官を狙った事に若干引くモモンガだが、ルクルットが撃ち漏らした狼5匹が迫るのを確認するとすかさず魔法を唱える。

 

「<集団標的(マス・ターゲティング)><魔法の矢(マジック・アロー)>」

 

 モモンガの頭上に10個の無属性の光球が現れるとそれぞれが狼を追尾して撃ち抜く。

 ギャンッ!と断末魔の悲鳴を上げる狼達に混ざり、ニニャとンフィーレアも呻くような声を上げる。不審に思ったモモンガが視線を向けるとニニャが声をかける。

 

「モモンさん……。あ、あの、今の魔法は……」

「第一位階魔法の<魔法の矢(マジック・アロー)>ですけど。そんなに驚かれる魔法では無いと思いますが。どうしました?」

「い、いえ! <魔法の矢(マジック・アロー)>であんな数の光球は初めて見たので……」とニニャはしどろもどろに答える。ンフィーレアもニニャに同意とばかりにこくこくと頷いていた。

 

「あー……。今日は調子が良かったんじゃないですかね……。ほ、ほら、まだ戦闘は終わっていませんよ。集中しましょう」

 

(これは不味い。単純に低い位階魔法なら能力を誤魔化せると思ったけど、もう少し見た目で判別し難い魔法を選ばないとダメだな……)

 

 術者の能力で同じ魔法でも威力に差が出てしまうのは勘弁願いたかった。ナザリックで実験した際、普通の<火球(ファイヤーボール)>が業火になってしまった時は正直驚いたものだ。

 

(次からは第三位階魔法の<電撃(ライトニング)>にするか。電撃の本数は増えないし、貫通力だけの差異なら誤魔化し易いかもしれない……)

 

 やまいこ達を見ると今のやり取りの間に更に各自1体の人食い大鬼(オーガ)を倒し、逃げ出そうとしている残りの2体に向かっていた。

 荷馬車に迫っていた小鬼(ゴブリン)達は既に勢いが無くなっている。それも当然だ。圧倒的な数の有利に慢心していたところに目の前で5匹の狼が瞬殺され、主力である6体の人食い大鬼(オーガ)もすでに全滅間近。小鬼(ゴブリン)も森から駆けてくる間に弓でずいぶん数を減らしてしまっているのだから。

 

 その後、戦意を喪失した小鬼(ゴブリン)を掃討するのは容易かった。人食い大鬼(オーガ)を倒し終えたやまいことクレマンティーヌが合流するころには、大きな脅威も無くなったニニャも支援魔法から攻撃魔法に切り替え、モモンガも<電撃(ライトニング)>で参戦すると直ぐに片が付いた。

 

 

 

 日が傾き出した頃、一行は野営の準備を始める。

 モモンガとやまいこは、天幕を張り、食事の用意をするこの一連の作業が好きだった。自然環境が破壊尽くされた現実世界ではまず楽しめない行為だからだ。

 

 クレマンティーヌは、他愛のない事に感動を示す神に親近感を覚えていた。もちろん人間の姿であることが大前提ではある。信じてきた神の姿とはかけ離れてはいたが、悪くはないと思っていた。

 自然と戯れる。ただそれだけの事なのに、二人は子供の様にはしゃぐのだ。鍋を前に味見をするやまいこ様を不敬かもしれないが微笑ましく思える。馬を恐る恐る撫でるモモンガ様も可愛く思える。

 誰かが想像した神より、自分で感じた神だ。口伝の神より、この目で見た神だ。

 

(うん。神殿で説く神より断然良い)

 

 

 

 

 食事の準備が終わり、皆で焚き火を囲むとペテルが先の戦闘を振り返る。

 

「それにしてもマイさんもクレマンティーヌさんも本当、お強いのですね。人食い大鬼(オーガ)を一撃だなんて、オリハルコンやアダマンタイトの実力ですよ」

「それはまぁ冒険者登録はしたてだけど、旅自体は長く続けてきたから。漆黒の剣の皆さんも素晴らしい連携だったと思いますよ? お互いを理解し、信頼しあっているのが分かります」

「マイさんにそう言って頂けると嬉しいですね」

 

 ペテルに続きニニャもモモンガに声をかける。

 

「モモンさんもかなり高位の魔法詠唱者(マジックキャスター)とお見受けしました。<魔法の矢(マジックアロー)>であんな数の光球は初めてみました。わたしの師匠より凄いのは確かです。それに、おかげ様で今回の狩りで結構な儲けになりましたし、これで暫くは食い繋げそうですよ」

 

 ニニャが皮袋を覗き込み、冒険者組合に提出するモンスターの部位を数えている。組合はモンスターの指定された部位を買い取ってくれる制度があり、冒険者たちの貴重な収入源だった。

 

「いやー、正直助かるぜ」

「これで消耗品を補充できるのである」

 

 ルクルットとダインも臨時収入に喜んでいるようだ。

 

 食後は『漆黒の剣』の冒険譚を聞いたり、トブの大森林を縄張りにする『森の賢王』の話やンフィーレアの恋話に花が咲いた。

 

 

 

 夜の帳が下りて辺りが完全に静まると、一行は交代で見張りを立て翌朝に備える。モモンガ一行は全員疲労無効のアイテムを装備しているが、その事は秘密にして見張りを漆黒の剣と分担する。モモンガ一行の実力を考えるとある意味他の者にとってこの野営は最高に安全とも言えた。

 

 モモンガとやまいこは飽きもせず満天の星を見上げる。

 クレマンティーヌは天幕で休んでいて良かったのだが、そんな二人の後ろに控え、同じように星空を見上げながらぼ~っとしている。三人同時に見張りをする必要は無いのだが、神が起きているのに独り天幕で休むのも何か違う気がしたのだ。

 

 この穏やかな星空観賞会は、見張りを漆黒の剣のメンバーに引き継ぐまで続いたのだった。

 

 

* * *

 

 

 昼を過ぎて春の日差しが注ぐなか、カルネ村の村娘エンリ・エモットは妹のネムの手を取り必死に走っていた。斬り付けられた背中が痛むが立ち止まる訳にはいかない。視界が霞むが追手が直ぐそこまで迫っているのだ。せめて妹だけは助けてやりたい。

 

 今走っている場所は村とエ・ランテルを繋ぐ舗装のされていない道。村が野盗の一団に襲撃された時、咄嗟に街に助けを求めようと走り出してしまったが、森の中に逃げ込まなかった事を後悔した。

 

(身を隠す場所が無い……)

 

 小娘だと油断した追っ手を運良く突き飛ばす事が出来たが、野盗は逆上し怒声を上げながら追って来る。幼いネムも既に息が上がっている。このままでは追い付かれるのも時間の問題だろう。

 

(今からでも森に……)

 

「あっ!」

 

 進路を変えようとした所で運が尽きたのか、雑草に足を取られて姉妹共々転んでしまう。思っていたよりも足に疲労が溜まっているようだ。膝が笑ってしまい上手く立つことも出来ない。

 そして聞きたくはなかった声が投げかけられる。

 

「手間掛けさせやがって!」追い付いた野盗が姉妹を見下ろし、そしてゆっくりと剣を振り上げる。エンリは血が付着した剣を見て、斬りつけられた背中の傷を思い出す。心臓の鼓動に合せてジクジクと血が滲むのが分かる。

 

(剣を奪えれば……)

 

 奪えなくともせめて命の続く限り掴みかかればネムが逃げる時間くらいは稼げるかもしれない。エンリは覚悟を決め男を鋭く睨むと、これから振り下ろされる剣に掴みかかる為に身構える。

 そして――

 

「死ねぇ!!」

 

 村娘にしては上々、覚悟を決めただけに恐怖で目を逸らすことなく振り下ろされる剣を見続ける事ができた。

 そして自らその剣に飛びかかろうとした時、黒い風が吹いた――気がした。




森の賢王は巣穴で寝ている。( ˘ω˘ )スヤァ

魔法の使い方が自信ありません。
間違っていたらごめんなさい。

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