Struggle?
I’m a black man born and raised in Mississippi.
Ain’t a damn thing you can tell me about STRUGGLE.
ミラ・ネア監督の映画ミシシッピ・マサラの有名なシーンで、デンゼル・ワシントン演じるアフリカン・アメリカンの青年が、「(アジア人である)あんたたちに自分達黒人がさらされてきた人種差別が理解できるわけがない」と述べている。
あんまりアメリカに興味がない人のために余計な説明をしておくと、わざわざborn and raised in Mississippiとこの若者が言っているのは、ミシシッピは、なかでも人種差別が激しいので知られた州だからです。
あるいは、アフリカン・アメリカンの女の人が日系の女の人に、すさまじい勢いで、怒るのを見たことがある。
「なにが、共に戦おうだよ。おまえたち日本人なんかに、わたしたちの気持のなにがわかるというの? おまえたちの『人種差別』は白人として扱ってもらいたいのに扱ってもらえなかった、というだけのことだろう?ふざけるな」
短いあいだだったが、アフリカン・アメリカンのガールフレンドと一緒にいて、素晴らしい人で、モニと会わなかったら、あの人と結婚していただろう、といまでも思う。
そのときに、それまで、ぼんやりとアメリカでの黒人差別について判っているつもりだったのが、なああんにも判っていなかったことが嫌というほど理解された。
あんまり日本語で書いても仕方がない気がするので、書かないが、
一緒にいるときには主に高年齢の白い人から好奇の視線を感じたことがあるくらいで、露骨な差別に遭遇したことはないが、多分、あの人が冗談にいっていたとおりで、白い同族のなかでもでっかい若い男が横にいるので、お行儀よくしていただけなのでしょう。
そのころに垣間見たアフリカン・アメリカンのコミュニティは神経が細やかで、やさしくて、傷付きやすい魂を持った人が多かった。
日本で、汗をかいたボーイフレンドに、「はい」と言って自分のハンカチーフを手渡している女の人を目撃して、ぶっくらこいてしまったことがあったが、アフリカン・アメリカンの女のひとたちも、とてもよく似た気持ちの持ち方の人がおおいとおもう。
caringというか、いつもこちらに注意を払っていて、なにくれとなく面倒をみてくれる感じで、アングロ=サクソン族の女の人なら「おれは、おまえのかーちゃんじゃねーよ」と言うところだが、アフリカン・アメリカンのひとたちは、委細かまわず、玄関に向かえばドアをあけてくれる、コートをぞんざいにおけばたたみ直してくれる、ちょっとでも浮かない顔をしていると、だいじょうぶ? なにか、あったの?
と心配する。
それでは息がつまる、というひともいそうな気がするが、なにしろ子供のときから飼い猫みたいというか、ひたすら甘やかされて、しかし当然ながら、こちらから言い出さなければ特に面倒をみてもらう、ということはなくて、野放しの暮らしに馴れているので、おおげさにいえば感動的なことが多かった。
アフリカン・アメリカンはアメリカWASPよりも正統的なアメリカ人であるのは言うまでもない。
多少でもアメリカ社会への考察が出来る人なら、誰でも知っていることです。
多分、アフリカン・アメリカンたちのほうが先祖代々の習慣や考え方、文化を大事におもうせいで、もともとのアメリカ文明は、WASPや他の白い人たちよりも、アフリカン・アメリカンの側に保存されている。
万事、特に美徳において、たいへんにアメリカ的で、話していて最もアメリカ人と話している気分になるのは、アフリカン・アメリカンのひとびとです。
いまはどうなっているか判らないが、マンハッタンのアッパー・ウエストサイドから北のハーレムに向かって歩いて行くと、途中にアフリカ系移民のコミュニティがあった。
くだらないことをいうと、ここにはお気に入りのエチオピア料理屋があって、よく出掛けたが、アフリカ系移民たちは、アフリカン・アメリカンたちとはおおきく異なっていて、もう顔の表情から違って、ほんの数ブロック先のハーレムのアフリカン・アメリカンの友達と会う度に、このひとたちは、ほんとうにアメリカ人だよなあ、と愚にもつかないことをおもったりした。
アフリカン・アメリカンたちに向けられた差別は、アジア人に向けられた差別とは質が異なるもので、頭がトーフのひとびとからアジア人に向けられる定番のyellingに「てめえの国に帰れ!」というのがあるが、アジア人差別の本質をよくあらわしているともいえて、とにかく、この国から立ち去れ、おれたちの価値が理解できない、おまえらなんか見たくないわ、ということです。
ところがアフリカン・アメリカンに向けられた人種差別意識は、常に「殺して地上から抹殺したい」という衝動に駆られている。
おとなしくしていたり、めだたないように生きているだけでは許されなくて、とにかく死ね、おまえらを全部殺してしまいたい、という理屈もなにもない憎悪で、アフリカン・アメリカンのひとびとは積極的な殺意のなかで、毎日を過ごしている、と言ってもよい。
Recy Taylorは、住んでいる人間がお互いに、みんな名前も顔もおぼえている小さな町で、教会のミサに行った帰りに、ピックアップトラックのなかにひきずりこまれて、おおぜいの白人の男たちに4時間にわたって強姦されつづけて、襤褸くずのようになって家に帰ってくるが、家族がまず神に祈ったのはRecyが殺されなかったことへの感謝だった。
アメリカの田舎の小さな町では殺されて、誰もが犯人を知っていても、被害者が黒人ならば警察はなにもしないからです。
George Floydの例で典型的に示されたように、職務中の警察官がアフリカン・アメリカン殺人の実行犯になりやすいのは、単純に口実がつくりやすいからにすぎない。
ニュージーランドで、COVIDロックダウンのルールを破って、3000人のデモが起きたとき、しまった行かなかった、とはおもわなかった。
頭で考えて「なるほど、たしかにニュージーランド人も法を破ってでもアフリカン・アメリカンとの連帯を表明すべきだよな」とは考えたが、ピンとこなかったのは、おおぜいのアフリカン・アメリカンの友人たちの顔が思い浮かんだからでしょう。
生まれた土地で殺意に囲まれ、誰にも理解されることなく、まるでロードローラーで踏みつぶされるようにして、日々、魂を殺されるアフリカン・アメリカンたちと連帯できる人間が、この地上に存在するだろうか?
できるとしたら、彼らが恣に殺す権利を与えて、われわれは逃げ回るだけの世界にするしかないのではないか。
ねえ、きみ、どうおもう?
とガールフレンドであっただけではなくて、かつて、最も知性的な友人であった、あの人の面影に訊いてみることがある。
モニさんには、内緒だけど。