〇はじめに | |
〇ナウシカ(内容を踏まえて) | |
〇腐海と人間界 | |
〇巨神兵 | |
〇シュワの墓所 | |
〇まとめにかえて |
〇はじめに
漫画版『風の谷のナウシカ』を読み、そこに登場する人物や事象、言葉などに着目し、
そこにある意味や、作者の意図しているものを考える。
〇ナウシカ(内容を踏まえて)
この物語の主人公であるナウシカの立場から内容の荒筋を追い、彼女の言葉や行動につ
いて考える。
この物語は先ず、ナウシカが「腐海遊び」をしている場面から始まる。ここで、彼女は
腐海の樹々の胞子を集め、巨大な王蟲の抜け殻を発見する。この場面では、腐海と彼女の
関係を読み手は垣間見ることが出来る。作品世界の住民達の殆どが怖れ、そして忌み嫌う
「腐海」や「蟲」に自ら積極的に接近し、戯れる姿は、彼女の秘めたる神秘的な魅力をほ
のめかせ、その後、彼女が辿って行く前途多難な運命を暗示している。そのすぐ後に暴走
した王蟲を傷付けることなく、いともたやすく静め森に帰しユパを救った場面でも、それ
がうかがえる。
「腐海遊び」で収集して来た腐海の植物の胞子を彼女は秘密の部屋で飼育している。こ
こで育てられている植物達は瘴気を出さない。きれいな水や空気や土の中では腐海の植物
は毒を出さない、美しい花さえつける、ということに彼女は気付いたのである。これは、
この物語の大きなキーワードの1つ「腐海」の謎を解く大きな鍵と言えよう。ユパも、
この光景を見て、大いに感銘を受ける。これをきっかけに、彼女は腐海の仕組みや役割、
腐海が産まれた背景やそこに住む蟲や植物たちの意味を解き明かし、その運命と戦うこと
になるのだが、ここではまだ、ユパ以外の誰にも語らない。ヒントを手にしただけで答え
まではまだ漕ぎつけていないのだ。人々にその事実を語るだけの勇気がまだ彼女に備わっ
ていないのだと思う。
彼女は「秘石」をラステルからあずかったのを発端に、トルメキアに目をつけられ、戦
場に赴くことになる。その途中、アスベルからの奇襲をうけた艦隊は次々に腐海の深部に
落ちてゆく。そんな中、アスベルはトルメキアによって撃墜されてしまう。ナウシカはア
スベルを追って、更に腐海の深部へと向かうが、アスベルもろとも、蟲に襲われて腐海の
底へ落ちてしまう。そこに広がる光景は、マスクなしで呼吸出来る浄化された空間であっ
た。ここで、ナウシカは胸の内にあったヒントが、確信に近付く。風の谷の地下にあった
澄んだ水や空気や土が腐海の底に存在していたということは、腐海は人間の汚した自然を
少しずつ浄化していっているということである。この時点では彼女は、人間と腐海の共存
の可能性に、多きな希望を持っていたのかも知れない。
二人は腐海の底から抜けた所で、土鬼の艦と遭遇し、その捕虜になってしまう。そこで、
彼女は土鬼たちが宿営地を襲い、風の谷を含む辺境の地を植民地化しようとしていること
を知り、艦から脱出する。途中、眼の真っ赤な王蟲の大群が宿営地い向かっていることを
知り、更に、土鬼が王蟲の幼生をなぶり殺しにしてその大群を誘導していることを知る。
彼女はその幼生をとりあえず中州に下ろして、群れを止めようとする。そして王蟲の群れ
を静め、幼生を群れに返し、「青き衣の者」となったかの様に思える。然し、土鬼が如何
にして、王蟲の幼生をおとりとして使えたのか、王蟲の「北へオカエリ」という言葉、そ
して、大海嘯の不安を察知し、南へと向かう。
彼女はトルメキアの艦で南進していると途中、沢山のトルメキア兵と住民が死んでいる
村を見つける。そこで、瘴気によって負傷した兵を助け、トルメキア兵達から信頼を受け
る。
更に進んだところで、土鬼の艦隊とぶつかり、攻撃を避ける為に高度を下げて追随する
が、地上は蟲達さえもが息絶える猛毒のヒソクサリばかりの森が広がっていた。やむを得
ず、上昇し、土鬼との交戦となる。そのまま、飛び続け、トルメキア軍はクシャナの第三
軍と合流。
そこで、クシャナに捕虜を解放させ、その条件として土鬼と交戦する。その後、更に南
へと単独行動に出る。立ち寄った沼のほとりに古いお堂を見付ける。そこは、遥か昔、神
聖皇帝により、邪教と迫害された人々が建てたお堂で、そこで彼女はチククと出会う。そ
して、そこにいた僧からシュワの墓所について聞き、滅びは必然だと聞かされる。彼女は
生きることを主張する。
その時、彼女は蟲の大群が、ひたすらに一方向に向かって飛んでいくのを見る。チクク
と共にその群れを追った彼女は、土鬼の艦が大量の強い瘴気を撒き散らしながら飛んでい
るのを見付ける。その瘴気で狂った蟲達は互いに殺し合い、彼女は、この瘴気こそが大海
嘯の引き金であると察知する。何とかするべく、艦に近付くが、そこにはこれ迄、数回ナ
ウシカを殺そうとしてきた土鬼の皇弟が乗っていて、彼女に襲いかかってくるが、彼女は
それにうち勝つ。皇帝は退却、彼女はそこにいた僧、チヤルカと共に艦の自爆装置を稼動
させて、粘菌を殺そうとする。粘菌は意志をもっていて、生き残った部分は傘になり、更
にそれに翅蟲達が食い尽くそうと集まるが、沢山の犠牲を払う。彼女は粘菌がどうなった
のかを確かめようとして倒れてしまう。そこに通りかかった土鬼の飛行ガメによって三人
は助けられる。然し、粘菌は蟲達の屍を食べ、巨大な固体へと成長していた。
その頃、シュワでは、皇兄が皇弟を殺し、自らを神聖皇帝と名乗り、墓所を封印し、自
ら出陣することお宣言した。
ナウシカは何からも受け入れられることのない粘菌と、無力に死んでいった蟲達や人間
を見て、悩み、人間は呪われた種族なのだろうかと自らを強くさいなむ。疲れ果てて眠り、
その夢の中でも彼女は虚無と戦い続ける。その夢の中で彼女は王蟲を感じ、憑かれた様に
粘菌の方へと向かう。そこでは一匹の王蟲が自らの体を苗床に息絶えていた。この王蟲の
体からは、粘菌の瘴気の中であるのにも関わらず、腐海の植物が発芽していた。ここで彼
女は気付く。蟲達は、自分の体を苗床にそこに森を形成することで、この粘菌さえも食物
連鎖の一部を任う存在にしようとしているのである。それが腐海の蟲達と植物の愛情であ
ることに気付くのである。そしてその地が粘菌達の合流地であると知り、彼女は王蟲が来
るのを待つことにする。何もかもが手遅れであると悟り、王蟲に自分はどうするべきかを
尋ねようとする。
丘で眠っていた彼女は、森の人と遭遇する。マスクを直して貰った彼女は王蟲の群れを
目指し、飛び立つ。
そこには、体中びっしり菌糸に覆われた無数の王蟲の群れが、直進していた。彼女は人
間の愚行を止める術として王蟲達が身を粉にしてまで大海嘯を起こそうとしている姿にや
り切れなくなる。虚無との問答で自分達人間という存在がひどく醜悪なものに見えてくる。
そして彼女も王蟲と同行することを決意し、メーヴェから王蟲の体に飛び移る。そして菌
糸に覆われた王蟲の目を拭うと、その目は、攻撃色の赤ではなく、深い青だということを
知る。大海嘯が愚かな人間への復讐ではなく、純粋に傷付いた大地を癒そうとしているの
だと悟る。そして自分も森になろうと気持ちを鎮めて決意する。回りで植物達が次々と芽
吹き始め、彼女が死を覚悟した時、王蟲は彼女を自分の体内に迎え入れ、彼女を漿で包み、
守った。そしてそこは急激なスピードで巨大な森へと成長していくのだった。その瞬間、
チククはナウシカの存在を見失ってしまう。
大海嘯から一夜明けて、大地は菌糸で埋め尽くされ、土鬼の土地は蟲使いの領域へと変
わってしまう。チヤルカ達と蟲使い達の間でもめ事が生じるが、森の人がそれを静める。
チヤルカ達は菌糸に埋め尽くされた大地の中から王蟲の漿に包まれたナウシカを見付け出
すが、彼女は生きてはいるが、精神は死んだ様に閉ざされていた。雲間から陽がさすと、
植物達は見る間に巨大な樹となり、森を形成していった。蟲使い達は漿を求め、彼女を自
分達の神として迎えようとした。チクク達は彼女をもとに戻そうと、その場から退いた。
そんな時、皇弟の魂がナウシカの体を乗っ取ろうと、彼女の精神に侵入する。そして、
自らを神聖皇帝と名乗る皇兄の反逆が始まり、これ以上の愚行を止めるべくして、チヤル
カは森の人セルムとチクク、ナウシカを丘の上に残して民の元へと戻る。
ナウシカの漿が切れる頃、偶然近くにいたクイとクロトワが現れる。セルムは皇弟にナ
ウシカの精神が支配されぬ様に目覚める様に呼びかける。ナウシカは、精神世界で皇弟に
呑まれてしまいそうになるが、何とか振り払い、皇弟の正体が哀れな老人であることを知
り、共に暗黒の世界から抜け出すべく歩き始める。そして精神世界に現れたセルムによっ
て、そこが自分の心の中だと知る。闇に呑まれそうになった皇弟を助け自らの光の中まで
連れ込んでしまう。彼女は自分の中にも闇が存在することを悟り、皇弟の存在すらも自分
であると悟る。これは、森の植物達や蟲達の関係に類似していると思う。彼女の心の中の
森の中を、かつて彼女が助けた王蟲の幼生に乗り、セルムの案内で進んでいく。そこは、
人々の願う様な美しい理想の土地が広がり、それらがその世界の何処かに実在するもので
あるとセルムから聞かされる。そこには澄んだ森や水や空気、昔の生物たちが存在してい
ることを知る。皇弟は、その世界で純粋な心に戻り成仏することが出来た。ナウシカは、
大きな希望を胸にその地を穢さぬ様、人間が変われる様、切願し、自分達の世界に戻るこ
とを決意する。戻った世界で彼女は自分に関わる人々を愛して、生を貫くことを固く決意
する。それは蟲使いでもあり、ミト達でも腐海の生物たちでもあるのだ。
ナウシカは土鬼のトルメキア侵攻を止めるべくチククを連れて飛び立つ。蟲使いやミト
やクロトワ達もそれに続く。その途中、ナウシカはチククを通してチヤルカと念話で話す。
皇兄の台頭により僧会はその権威を剥奪され、民衆に見せしめの為に無残な仕打ちを受け
ており、チヤルカもつぶてを投げつけられていた。ナウシカとの念話で、皇弟が成仏した
ことを知り、いさぎよくその仕打ちに耐える。ナウシカが到着し、チククの念話を通じて
民衆に僧への攻撃を止めさせる。時を同じくして、2隻の艦がそこに現れる。その艦は古
の兵器巨神兵を運んで来たのだった。ナウシカはチククの念話を通して民衆に語りかける。
巨神兵を使うことの愚かさと、それ以外の救いの道、王蟲の様な共に生きる為の助け合い
の心を。そして、そうしたことで訪れるであろう、皇弟の成仏出来た様な理想の大地を。
そこに皇兄がヒドラを率いて襲ってくる。そこにミトやアスベルや土鬼のマニ族が集い、
巨神兵の繭を攻撃する。アスベルの手からナウシカに、秘石が渡される。皇兄の乗る艦ま
でナウシカは辿り着き、巨神兵やヒドラを封印すべく、皇兄と一戦交える。ピンチになっ
た彼女を助けるべくユパが現れるが、そのピンチを救ったのは巨神兵であった。巨神兵は
ナウシカを自分の母と認識し、感情をも持っている。彼女が破壊するのをやめる様に言う
と巨神兵は破壊をやめ、彼女が秘石を見せると、巨神兵は改めて彼女を母親だと認識した。
巨神兵の攻撃を受け、重傷を負った皇兄は、嫁にめとったクシャナとそのトルメキアの
軍によって、叛逆を受ける。皇兄は古の技によりその体をヒドラと同じにしていた。皇兄
はシュワの墓所の「主」にいついて語るが、多くを語らない。
巨神兵は、ナウシカの為に破壊することを繰り返そうとする。力の制御を自ら出来ない
のである。その行動はまるで何も知らない赤子の様である。ナウシカは巨神兵を連れてシ
ュワの墓所へと向かう事を決意し、クシャナとユパに伝える。そして墓所の扉を閉ざすべ
く、ナウシカを連れて遥か西を目指し巨神兵は飛び立つ。それは忘れ去られた古代の術で、
一瞬にして光の筋を残し、遥か遠くまで飛ぶことが出来るのだった。ミトやクシャナもそ
の後を追う。
ナウシカは、巨神兵の放つ光に何かを感じ、巨神兵の体の異変に気付く。雪山に降り、
少し休憩をとることにする。その付近に船団を見付ける。山に下りた瞬間、巨神兵は倒れ
てしまう。これは巨神兵がまだ不完全であることを示している様に思う。先程の船団はト
ルメキアのクシャナの兄達の物で、巨神兵を見付け、偵察に来る。それに対して巨神兵は
ナウシカを守るべく、偵察に来た兵士達を殺してしまう。然も巨神兵は殺すことを楽しん
でいる。これに対し、ナウシカは強く叱る様に止める。巨神兵はまるで子供の様に彼女を
恐れ、彼女は自分のいたらなさに悩む。そして自分やテトの体が、巨神兵の放つ毒の光に
より弱っていることを知り、巨神兵の忌わしき力を封印するべく、シュワへ急ぐことを決
意する。ナウシカは飛び立つ前に、巨神兵に力を制御することを教え、学ぶことを教え、
立派な人となる様に教え、古エフタルの言葉で無垢を意味する「オーマ」という名を与え
た。これによりオーマは自らを「調停者」と名乗り、知恵のレベルが急激の上がる。
シュワに向かう途中、クシャナの兄達と遭遇する。ナウシカは彼等に土鬼の神聖皇帝が
滅び、戦争は終結したことを伝える。彼等は巨神兵を我がものにしようと、ナウシカを自
分達の手におさめようとする。そして、オーマを騙そうとするが、オーマはそれを読んで
逆にそれを利用しようとしている様である。そしてオーマと編隊はシュワを目指す。
トルメキアの船の中でテトが死んでしまう。ナウシカはテトを埋める為、オーマと飛び
立つが、共にクシャナの兄達もオーマによってつれていかれる。そして、シュワへ向かう
途中にある廃墟の町の木の根元にテトを埋める。そこで家畜を飼って暮らしているという
一人の人物に出会う。オーマもクシャナの兄達もそしてナウシカも弱り切った体を休める
様にとその人物は誘う。奥へ連れて行かれたナウシカはそこに広がる理想郷を垣間見る。
その幻惑の中でナウシカは一瞬全てを忘れかける。然し、シュワの墓所へ行く使命を思い
出し、この幻惑から抜け出そうとするが、理想郷に住まう人物は尚もナウシカに母親の幻
影を見せて、そこにとどまらせようとする。ナウシカも心を閉ざして対抗する。それでも
甘い幻惑との葛藤にナウシカの心は激しく揺れ動く。そんな時、彼女はセルムを呼び、セ
ルムの精神がそこに現れ、この人物がヒドラであることを知る。セルムとこのヒドラとの
問答から、ナウシカは世界の秘密を知る。それは、そこに存在する生態系の全てが、火の
七日間以前の人間によって意図的に作り出されたもので、自分達の汚した自然を浄化させ
る為に腐海や蟲達、そこに住まう人間達さえも根本から作り変えてしまったということで
ある。それは人々は理想とする毒のまるでない世界では生きられない、浄化の全てが終わ
った時、そこに存在する生態系――それは、腐海であり、蟲達であり、人類達でさえある
――は滅び行く様に設定されていることを意味する。それを悟った彼女は、シュワを只封
印するのではなくて、そこに何があるのか見きわめるという決意を改たに抱え、庭を出て
シュワを目指すことを固く誓った。
庭の外に出ると、そこには、爺と蟲使い達がナウシカを待っていた。オーマはナウシカ
をおいて一人シュワへと向かってしまった。蟲使い達が大切にしていた蟲を殺してまで自
分を追ってきたことを知り、ナウシカは蟲使い達を連れてシュワを目指すことにする。そ
の途中、ナウシカ達はシュワの方向にオーマが発した火の柱を見て、オーマが戦を始めて
しまったことを知る。その暫し後、又も同じ方角に先程より更に大きな火が立つのを見る。
そこにシュワから逃げて来た艦が一隻墜落する。蟲使い達は、その艦から金品をあさる。
ナウシカは死者をはずかしめることに叱責するが、それが蟲使い達の生きる術であること
を悟り、自分を責める。オーマの念により、墓の様子やオーマが瀕死であることを彼女は
知る。やがてそこに灰の雨が降る。食物を食べ、マスクをし、彼女は蟲使い達に子孫に語
り続ける様にと語り始める。それは、汚れた自然を腐海は浄化する為に生まれたという事
実と、そうした浄化の時の後には、人々が安らかに暮らせる世界がやってくるであろうと
いう嘘である。これは彼女が王蟲の中に見た偉大さに似た小さな願いであり、大きな希望
であるのだと思う。そして彼女は蟲使い達と共にシュワへと歩みを進める。
墓所に着くとナウシカは、何人かの蟲使いを連れて中へ入り、奥へと進む。そこではト
ルメキアのヴ王が、古の技を独占しようと墓の住民に詰めよっていた。墓の主とは、その
壁に刻まれた文章であり、墓自体に生き、意志を持っていた。その瞬間、墓の壁が俄かに
光を放ち、墓の主と名乗る者達の影が現れ、ナウシカとヴ王にこの墓が人々に幸福を与え
る技を伝えるべく作られたものなのだ、と説く。これに対し、ナウシカは断固として否定
する。真実は汚染した大地や生物を全てとり変える計画であると強く言う。やがて影は消
える。更に彼女は続ける。墓が人間達を欺くのは、新しい時代を築く為に奴隷として必要
であること、彼女達の命がたとえ人工に作られたものであっても、それは彼女達自身のも
のであるという主張、そして生きることは変化してゆくことであり、彼女は断固として生
き続けることで、墓が決めた運命を変えていこうとすること、墓自身は死を否定し、計画
に組み込まれた存在である為、変化出来ない愚かな存在であるということを。そして墓の
存在を不必要とし、完全に否定する。真実を語る様、強く呼びかける。そして墓の主はヴ
王の道化の口を借りて語り出す。墓の主が生きた時代は混乱の極であり、ありとあらゆる
手段を試し、神までをも作りだし、残った数少ない手段のうちから、全てを未来に託すと
いう道を選んだのだ、と。そして、この墓は旧世界の墓標であり、新しい世界への希望な
のだ、と。そして、世界が清浄に戻った時、人間をその世界に適応した体に作り変えるこ
との出来る技も、この墓所にはあるのだ、と。そしてナウシカは指摘する。絶望の時代に
理想と使命感からこの墓所という巨大なヒドラが作られたことは疑わないが、生命とは清
浄と汚濁そのものであるということに気付かなかった愚かさを。世界に清浄が訪れてもそ
こに生命がある限り、そこに曇りが生じる、曇りが生じるからこそ輝きは増すのだ、とい
うことを。生きることを知らない墓所は、最もみにくい生きものなのだ、と彼女は説く。
墓所は、人類が自分なしでは滅びると言い、ナウシカはそれは星の決めることだと言う。
墓所はそれを虚無と言い、ナウシカは王蟲のいたわりと友愛は虚無の深淵から生まれた、
と言う。墓所はナウシカを闇だと言い、生命を光だと言う。ナウシカは、いのちは闇の中
にまたたく光だ、と言う。全ては闇から生まれ闇に帰ると言う。墓所はナウシカ達を「希
望の敵」とし、抹殺しようとする。ナウシカは、オーマに墓所を攻撃させる。墓所は、自
分が希望の光で、それを破壊することはナウシカが悪魔として記憶されることになると主
張する。ナウシカはこの高慢な光を全て否定し、自分達が自らこの世界の美しさと残酷さ
を知ることが出来る存在であると主張する。そして、オーマに墓の中枢を破壊させる。そ
して墓所は生々しい血を吹き出しながら崩壊し、オーマも息絶える。そこへ、アスベルが
助けに来てナウシカとヴ王を墓所の外へ連れ出す。墓所の外では、トルメキアも土鬼も蟲
使い達も、皆、ナウシカの帰りを待っていた。ナウシカの衣は墓所の血で王蟲の血より青
く染められていた。ヴ王は墓所の最期の光をナウシカをかばって浴び、クシャナに王位を
譲り、息絶える。王蟲の体液と墓のそれが同じであったことは、つまり、ナウシカにとっ
て王蟲は偉大な存在であり、それが矢張、古代人によって作られたものであり、彼等の設
計した運命の一部であったことを意味し、その変え難い事実の虚しさと、自分たちが古代
人の計画に背き生きる道を選んだことに対する大きな不安を意味するのだと思う。果たし
て、新しい朝を血を吐きながらも越えて行くことが出来るのであろうか、という不安であ
る。この不安をセルムと二人だけの秘密としたのは、全てをこの星に託すことこそが、新
しい朝を越えようとする勇気なのだと確信したからだと思う。生命とは、生き続けようと
する勇気であるということを作者はここで語ったのだと思う。
〇腐海と人間界
この物語の世界の大きな舞台としてそこに君臨しているのは、この腐海である。ここで
は巨大な菌類が植物として生息し、人間に有害な瘴気を放っている。そして、この瘴気と
共に生きることの出来る巨大な蟲が巣食っていて、その生態系を成している。かつて、人
間が支配した大地は大幅にこの腐海と化し、更にそれは尚広がっていきつつある。人間は、
この腐海では生きて行けないので、腐海と人間界は、まるで別の仕組みを持ってそこに存
在する。そして人間は腐海を忌み嫌い、人間が安全に暮らすことの出来る清浄な世界が再
び訪れることを切願している。
ナウシカは、腐海に深い興味を持ち、樹々や蟲達と会話することの出来る特殊な人間で
ある。その存在は、人間達の世界と腐海との丁度間に位置する。その仲介を行う立場であ
ると言えよう。彼女はこの果てしない旅路の中で、腐海が行っている世界の浄化を知り、
その果てに出来る理想の地を知る。そして、人間達は古代の人々に根本から毒なしに生き
られない体に変えられ、その世界の仕組みの全ては彼等の高慢な浄化の計画だと知り、そ
れを断固否定する。そして腐海と共に生きるという賭けを選択する。腐海と共に生きるこ
とこそ、自分達の存在の証明にすることを決意するのだ。
僕はこの世界を人間の精神の象徴と考える。それを人間の立場として考えた時、人間界
を陽、腐海を陰と考え、それぞれが、人間の精神の側面であると考える。ナウシカは、精
神の陰陽を行き来して葛藤するのである。ある時は光を信じそれを貫こうとし、ある時は
闇に堕ちて非道く挫折する。ある時は光の中で生き続けることに疲れ果て、ある時は闇の
全てを否定しようとする。そして彼女は最終的にシュワの墓所で「命は闇の中にまたたく
光だ」ということを結論とし、「全ては闇から生まれ闇に帰る」と精神の闇の存在を肯定
し、勇気と共に受け入れるのである。そして腐海と共に生きることを決意することは、人
間の精神の闇絶やすことなくそれでも尚、光を見詰めて生きて行くことなのではないかと
思う。王蟲はそんな闇に存在する秘かなあたたかさなのでは、と思う。
〇巨神兵
物語の後半、人類の調停者として登場するのが、巨神兵、オーマである。彼は、古代の
文明に於いて、その絶頂を究めた古代人に作られた神である。自分達の時代に混乱が訪れ、
それを自分達で制御出来ずにそれを調停すべく彼が作られた。その結果、火の七日間が訪
れたのである。
オーマはナウシカと共にシュワの墓所を目指し、自らを調停者と称し、封印しようとす
る。そして、最終的に自分を作り出した古代の技術の結晶である墓所を破壊し、自らも息
絶える。
オーマは、人間の作り出した道具の延長線上にある、それの究極の形である。映画「2001
年宇宙の旅」で類人猿が動物の骨を武器として最初に使った如く、人間はその時代時代で
数多の道具を生み出して来た。ノーベルがダイナマイトを発明したのは鉱洞を掘る目的で
あり、人殺しの道具ではなかった筈である。同じくオーマも、飽く迄、調停者として作ら
れたのであり、それを火の七日間に導いたのは人間の愚行である。ナウシカを母と親うオ
ーマは、地上に降りた瞬間はまるで物事のわからない赤子の様であり、ナウシカの言葉の
一つ一つに学び、名付けられることで、その知能レベルは激しく上がった。オーマを通し
て人間が、道具や技と向き合う視点により、それは火の七日間を引きおこし、それは又、
人々を勇気へと導くことを示しているのだと思う。
更にオーマは人間そのものの象徴でもあると思う。道具は人間の分身でもある。人間と
は得てして回りに流され易いものである。そして、流され易い方向には、高慢と罪悪の甘
い誘惑が渦巻いているものである。その誘惑にどっぷり浸ってしまうことで、火の七日間
に象徴される様な、自分の首を自分でしめる様な結果を招くのである。オーマは人間の中
の弱さの象徴であると思う。
〇シュワの墓所
シュワの墓所には失われた古代の技術が眠っている。古代人が、大地の清浄される時を
切願して、その英知の全てを結集させた、言わば貯蔵庫である。そして、古代人達は、浄
化が完成されるその時まで、その技術を餌に、寄って来る人間を墓守として迎え入れて、
その存在を途絶えぬ様にしている。ナウシカは断固、墓所が人々を操っていることを否定
し、自分達が個の生命として存在していることを強く主張し、墓を破壊することになる。
シュワの墓所が象徴するものも、矢張、人間の姿であると思う。人間はこの地球を時代
時代で自分達のリズムで動くように改造して来た。その為に数々の尊いものを失い、その
技術ばかりを高めて来たのである。然し、人間はその愚行を自分の犯したものと認めない。
飽く迄、人間は光であり、正義である。自然の流れを受け入れず、全ての動きを自分達の
手で掌握しないと気がすまないで、それを正義とするのである。そんな人間の高慢の象徴
こそが、醜いあのシュワの墓所なのだと思う。人間はその地位を完全たる光である神にま
で上げようとした。然し、それはシュワの墓所に象徴される様な醜悪を露骨に浮き彫りに
するばかりでる。ナウシカは、それを主張し、裁きを下し、人間の内の闇を証明するので
ある。
〇まとめにかえて
この物語を通して、人々に語りかけられている問題提議は数多くある。それは、環境問
題であり、戦争の愚行であり、その他類々でもあることはあからさまである。然し、それ
らの問題をつなぐべくして、一環してその芯にあるものは、人間というものの姿である様
に思える。それは先に挙げた通り、ナウシカの姿はその儘人間の葛藤する姿であると思う。
そしてナウシカが葛藤し、悩む世界は人間の心象的な精神世界であると言えよう。精神の
中に存在する腐海や巨神兵やシュワの墓所は象徴的な人間の内面である。完璧な光を主張
するシュワの墓所は高慢たる人間のおごりであり、それを否定したナウシカは、人間が愚
かな存在になり下がろうとするのをくい止めようとする希望の衝動であると思う。そして
腐海と共に生きることは闇をうけいれることであり、人間の愚かさを認め生き抜こうとす
る人間の隠された勇気の台頭であるのだと思う。この物語の中では、人間の愚かさを如実
に示した「人間哀歌」が歌われ、そして、それと共に愚かさを否定せずの生き抜く勇気こ
そが、人間の美であるのだという「人間賛歌」が高々と歌われているのだと思う。そして、
作者が真に投げかけているのは、人間は何ぞやという永遠の哲学と、その答えの手がかり
となるべく小さなヒントではなかろうか。
最後に、このレポートを大幅に提出期限を遅れて提出することに対する深い陳謝と、最
後まで、くまなく目を通して頂いたことの感謝を込めて・・・。
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