NHK 天空の一本道とヤルツァンポ大峡谷

NHKで放映された「ハイビジョン特集 天空の一本道 ~チベット 開山大運搬~ 」は、考えさせられる番組だった。

番組の内容は、チベット南部の村への荷物の運搬の物語である。一帯は自動車道路がなく、馬がかろうじて歩けるだけの道しか通っていない。標高4000メートルを超える高地の断崖絶壁の道を、馬と人がキャラバンのようにしてチームを組んで進んでいくものだ。

こう書くとなんてことはないのだが、映し出されたあまりに険しい道の情景には息を呑む。幅1メートルもないような細い道が断崖絶壁に造られており、そこを運搬隊はへばりつくように進んでいくのだ。その姿は心を打つ。映像の迫力では、今年一番の番組かも知れないと思った。

が、僕が考えさせられたのは、その厳しい道のりではない。なぜ、このような映像が撮影できたか、ということである。

ヤルツァンボ川大峡谷は、最近になって中国がPRを始めた秘境である。たとえば「ふれあい中国」というサイトを見てもらえれば、簡潔に書かれている。
「二~三年内に大峡谷観光区ホテルの建設を進め、観光、リゾート、科考、探険と漂流を集大成とするチベット四季観光スポットが完成する見通しだ。」
http://www.chinatrip.jp/news39.html

また、「ヤルツァンボ大峡谷」でネット検索すれば、美しい川の大湾曲の写真を見ることができるだろう。

たとえば、この中国の旅行会社のサイトにも写真がある。

http://www.dreams-travel.com/japan/guide/tibet/tibetnyingchi-YarlongTsangpo.htm

このサイトの右にある写真は、今回のNHKで放映された道かもしれない。

要するに、紹介されたエリアは、中国政府あげての大観光開発を始めた場所なのである。

ただし、観光開発をはじめたとはいえ、ここはインド国境に近いチベット自治区にある。そのため、政治的には難しい地域で、これまでテレビの取材は少なかった。NHKの番組紹介には「現地は中国・インド国境地帯に近く、これまでメディアによる取材は許可されなかった。今回、初めての取材が可能となり」と書かれている。

なぜ取材が許可されたのか。ひとつは観光PRだろう。そして、それだけではあるまい。

この番組には、一人の漢民族の男が出てくる。人民解放軍でチベットにやってきて、除隊後現地女性と結婚してこの地に住み着いた、という男である。テレビ番組を作ろうとするディレクターが、チベットの奥地の取材で、このようなバックグラウンドの漢民族をあえて出そうとは思わないだろう。つまり、この男は、中国当局の意向が反映されて「出演」していると思われる。ちなみに、この男の長女は北京の学校に進学し、次女は山東省の学校に進むことまでが、ご丁寧に描かれている。

また、この番組の「大運搬」で運ばれた物資もポイントである。

村の人々が運んでいるのは、米である。この米は、村の小学校などで使われるものだ。村では米が取れないので外部から運んでくるしかないのだが、運搬の依頼主は政府である。つまり、中国政府は、村に米を供給しているのだよ、ということが暗に説明されているのだ。そして番組の最後には、もうすぐこの村にも道路が通ることが語られている。

要約すればこうである。

「自動車も走れないようなチベットの奥地に、漢民族が住み着いていて地域に溶け込んでいる。その娘は北京や山東の学校に進学することもできる。村で消費される米は中国政府が供給していて、その運搬料まで地元民に支払っている。いま道路も造っている。」

つまり、中国政府のチベット統治宣伝番組なのだ。プロパガンダというほかない。

念のために書くが、チベット人にとって米は主食ではない。チベットで米は生育しない。地元で採れない物を主食にする民族などいない。つまり、チベット人が一生懸命運んでいる米は、漢民族の主食なのである。そのことを知らずにこの番組を見ると、中国政府がチベット人の主食を供給しているように見えてしまうだろう。NHKのディレクターが、この説明を省いたのは、意図的でないと信じたい。

この番組を見ると、表向きの美しく胸を突かれる映像の裏側に、中国政府の刃のような宣伝文がうっすらと見える。その意味で、気が重くなる番組であった。

ただ、そういうのをすべて気にせずに、映像としての美しさやシンプルなストーリー展開は、好感の持てる番組である。

そして付け加えると、このエリアは、すでに観光地になりかけているところらしいので、もはや「最後の大秘境」などではなくなりつつある、ということである。

以下、NHKの番組紹介より

ハイビジョン特集 天空の一本道 ~チベット 開山大運搬~
BShi 10月16日(土) 午後8:00~9:30
広大な中国大陸にあって最後の秘境と呼ばれているのがヤルツァンポ大峡谷である。西チベットに源を発するヤルツァンポ河が、ヒマラヤ山脈の東端、標高7782mのナムチェバルワ山を迂回して南に大きくカーブする大湾曲部。峡谷の深さは数千mに及び、切り立った絶壁が200kmにわたって続く、世界一の大峡谷といわれる。
峡谷一帯はインド洋から吹きあがるモンスーンの湿潤な気流によって豊かな生態系を成し、原生植物の宝庫となっている。その最深部に点在する甘登(カントゥ)郷、加熱(ジャラサ)郷合わせて10村に暮らすのは、チベット仏教を信仰するメンパ族とローバ族の人々。主食のトウモロコシなど急斜面に畑をつくり、自給自足の暮らしを営んでいる。
ここは現在も自動車道路が通じていない。米や塩、医薬品など生活必需品は何日もかけて4400mの峠を越えて運ばねばならない。毎年8月、雪に閉ざされた山道が通行可能になると、峡谷の村々の人々が総出で、人馬を連ねた「開山大運搬」がおこなわれる。
番組では、大自然の中で暮らすジャラサ村の人々の「開山大運搬」に密着。目もくらむ断崖絶壁を行き、雪の残る頂を越え、原生林を抜けて、大峡谷の集落を目指す。命がけで運ぶのは、米や油、子供のおもちゃから窓枠のサッシ、そしてタンスや洗濯機まで、外界と隔絶された人々の夢や生きがいを背負って、運搬隊は天空の一本道を行く。

現地は中国・インド国境地帯に近く、これまでメディアによる取材は許可されなかった。今回、初めての取材が可能となり、大峡谷の壮大な絶景を行く運搬隊の厳しい行程をハイビジョンならではの映像でたっぷりと伝える。

チベット―全チベット文化圏完全ガイド (旅行人ノート)

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かまくら・じゅん
旅人。旅行総合研究所タビリス代表。日本と世界の世界遺産、鉄道、島などを取材中。→詳しいプロフィール

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