量子ドット系におけるほとんどトポロジカルな断熱ポンピング
量子ドットと電子浴間の結合強度が十分に大きな振幅で駆動されるときに生じる断熱電荷ポンピングに着目し、理論研究を行った。一回の操作でポンプされる電子数が0から1の間の値に収束して量子化することを理論的に示し、量子化する値が電子浴のバンド構造によって決定されている事を初めて指摘した。この結果は、量子ドットと電子浴が強く結合する量子的な輸送を理解する上で電子浴の詳細が重要となる事を示すものであり、メゾスコピック量子系に関する熱力学を考える上で重要な示唆を与えるものであると期待される。
M. Hasegawa, É. Jussiau, and R. S. Whitney, Adiabatic almost-topological pumping of fractional charges in noninteracting quantum dots, Phys. Rev. B 100, 125420 (2019). [Preprint: arXiv:1904.06488].
サブバンド描像に基づく新しい高次高調波発生の量子理論
固体中における高次高調波発生のメカニズムを理解するために、強い光による電子の駆動現象を理論的に考察し、現在広く用いられている半古典模型(3ステップ模型)では記述できない新しい量子特性を予言する理論を構築した。固体中での強い光によって生じるサブバンド描像を用いることで、サブバンド間に新しい量子振動現象が現れることを初めて示した。この新しい理論は、高次高調波発生におけるプラトー構造を自然に説明できるだけでなく、動的局在や動的フランツ-ケルディッシュ効果などの従来の非摂動論的領域における非線形現象の諸概念との関係を明らかにすることができる。
T. Tamaya and T. Kato, Sub-band picture of high-harmonic generation in solids, Phys. Rev. B 100, 081203(R) (2019). [Preprint: arXiv:1906.00596]
超伝導回路における量子臨界現象の観測方法の提案
超伝導量子ビットと伝送線路を組み合わせた超伝導回路において、量子臨界現象が生じる回路の作成方法を理論的に提案した。提案した超伝導回路にマイクロ波を照射させると、マイクロ波散乱の反射率に量子臨界現象を反映した特徴的な周波数依存性が現れることを明らかにした。この研究成果により、強く相互作用する量子ビット-光子複合系を舞台とした量子臨界現象を初めて観測する具体的な指針が与えられたこととなる。なお、本研究成果は特に注目される研究成果として、Journal of Physical Society of Japan誌のEditor's Choiceに選出された。
Tsuyoshi Yamamoto, Takeo Kato, Microwave Scattering in the Subohmic Spin-Boson Systems of Superconducting Circuits, J. Phys. Soc. Jpn. 88, 094601 (2019) [Editor's Choice]. (Preprint: arXiv:1904.03051)
ワイル半金属を用いたプラズモニクス
プラズモニクスの分野では、近年、グラフェンやトポロジカル絶縁体といった新しい物質を用いたプラズモニクスが注目を集めている。特に注目を集めているのがワイル半金属を用いたプラズモニクスである。ワイル半金属は線形なエネルギー分散を持つトポロジカル物質の一種であり、物質中の電磁場は通常のマクスウェル電磁気学ではなくアクシオン電磁気学に従うことが知られている。アクシオン電磁気学では静電場と静磁場が直接結合するため、ワイル半金属は特異な電磁応答を示すことが期待されている。3層構造型のワイル半金属を考え、表面に局在したプラズモンがワイル半金属の厚みやアクシオンベクトルの向きに依存してどのように変化するかを理論的に明らかにした。
Tomohiro Tamaya, Takeo Kato, Kota Tsuchikawa, Satoru Konabe, and Shiro Kawabata, Surface plasmon polaritons in thin-film Weyl semimetals, J. Phys. Condens. Matter 31, 205001 (2019) [preprint: arXiv:1811.08608].
強磁性絶縁体から超伝導体へのスピン注入
超伝導体中では熱励起した準粒子を介してスピン輸送が可能であり、スピン緩和長が長く、散逸の少ないスピントロニクス素子への応用が期待されている。ごく最近になって、強磁性絶縁体から超伝導体へのスピン注入実験が行われるようになった。そこで強磁性絶縁体と超伝導体の相互作用を簡単な交換相互作用で記述し、摂動論によってスピン流を計算した。スピンポンピングによるスピン流は、超伝導転移直下でコヒーレント因子に由来してピークを持つことを示し、スピンゼーベック効果についてもスピン流の温度依存性を議論した。また、スピン流の非平衡ノイズを、現実的な実験パラメータに対して見積もった。
Takeo Kato, Yuichi Ohnuma, Mamoru Matsuo, Jerome Rech, Thibaut Jonckheere, and Thierry Martin, Microscopic theory of spin transport at the interface between a superconductor and a ferromagnetic insulator, Phys. Rev. B 99, 144411 (2019). (Preprint: arXiv:1901.02440)
多体効果による量子縺れ状態の検出
微小複合系における量子縺れの研究には主に2つの方向性がある。1つは量子縺れ状態の生成を制御するための素子の研究で、量子コンピューターや量子暗号などを実現する鍵となる。もうひとつは、量子多体効果の形成を制御し、多体効果を量子縺れの観点から調べる研究である。本研究は後者にあたり、局所フェルミ流体状態の残留相互作用によって、2重量子ドットを流れる非線形電流中に励起された準粒子対の量子縺れ特性を調べた。とくに量子縺れの解析には電流相関についてのベルの不等式を用いて調べた。フェルミ流体中の電流中には、量子縺れの運び手が準粒子と正孔であり、さらに交換相互作用によって、準粒子のスピン1重項と3重項状態が形成する。そこで、電流によって有効的に運ばれた量子縺れ状態に注目し、ベルの不等式の局所実在論と量子論の境界を変形することで、局所フェルミ流体の量子縺れの議論を可能にした。
Rui Sakano, Akira Oguri, Yunori Nishikawa, and Eisuke Abe, Current cross-correlation in the Anderson impurity model with exchange interaction, Phys. Rev. B 97, 045127 (2018);
Rui Sakano, Akira Oguri, Yunori Nishikawa, and Eisuke Abe, Bell-state correlations of quasiparticle pairs in the nonlinear current of a local Fermi liquid, Phys. Rev. B 99, 155106 (2019)
量子ビットを介したフォトンの熱輸送
量子コンピュータの構成単位である量子ビットの有力な実装方法として,超伝導回路を用いる方法がある.超伝導回路の作成技術と熱量測定技術の発展により,量子ビット(量子2準位系)を介して平衡状態にあるフォトン熱浴から別のフォトン熱浴への熱輸送が検証可能となりつつある.量子ビットと熱浴の結合の仕方により,オーミック熱浴・サブオーミック熱浴・スーパーオーミック熱浴の種類に分類される.これらの熱浴について,線形応答の範囲内で熱コンダクタンスを評価し,熱輸送のプロセスは「逐次トンネリング」「コトンネリング」「インコヒーレントトンネリング」のいずれかによって記述されることを明らかにした.またサブオーミック熱浴では量子相転移が生じ,熱コンダクタンスの温度依存性に量子臨界現象が現れることも示した.
Ttsuyoshi Yamamoto, Masanari Kato, Takeo Kato, and Keiji Saito, Heat transport via a local two-state system near thermal equilibrium, New J. Phys. 20, 093014 (2018). (Open Access)
Tsuyoshi Yamamoto and Takeo Kato, Quantum Critical Phenomena in Heat Transport via a Two-State System, Phys. Rev. B 98, 245412 (2018). (Prepront: arXiv:1809.03688)
電流によって誘起される超伝導ドメイン
カイラルp波超伝導体は,時間反転対称性が破れた非従来型超伝導であり,多くの理論研究が行われてきた.超伝導体中にドメイン構造をつくるが,外部パラメータによってドメイン壁を制御できると応用上有用である。本研究では,カイラルp波超伝導体の細線に外部から電流を流したときの超伝導秩序パラメータの空間的な変化を準古典理論によって理論的に考察した.熱平衡状態において複数の準安定状態が存在することを初めて示し,ドメイン壁形成によって電流-電圧特性にブランチ構造が生じうることを指摘した.この結果は,外部電流によってドメイン構造が制御できることを示唆している.また輸送特性を通して超伝導秩序パラメータの対称性についての情報が得られることも示唆している.
Thibaut Jonckheere, Takeo Kato, DC-Current Induced Domain Wall in a Chiral p-Wave Superconductor, J. Phys. Soc. Jpn. 87, 094705 (2018). (Open Access)
近藤量子ドットにおける断熱ポンピング
量子ドット系における断熱電荷ポンピング(2つの電極の電位や温度をゆっくりと断熱的に動かす時に電荷が電極間を運ばれる現象)は、電流標準や単一電子生成実験などで応用されており、多くの研究が行われてきた。本研究では、任意の大きさの電子間相互作用についてポンプされる電荷量を定式化し、電子相関効果が強い状態における電荷ポンプのメカニズムを初めて明らかにした。また繰り込まれた摂動論を用いて、電荷ポンプ量を評価した。本研究はデバイス応用上重要になるだけでなく、微小量子熱機関の基礎理論構築の第一歩としても重要であり、そこでの熱効率評価は今後の重要な課題である。
Masahiro Hasegawa, Takeo Kato, Effect of Interaction on Reservoir-Parameter-Driven Adiabatic Charge Pumping via a Single-Level Quantum Dot System, J. Phys. Soc. Jpn. 87, 044709 (2018).
スピン流ノイズから情報を読み取る
スピントロニクスの分野では,マイクロ波照射を使ったスピンポンピングや,温度勾配を用いたスピンゼーベック効果などによる,磁性体から金属へのスピン注入現象が重要な研究テーマの一つとなっている.通常はスピン流の平均値が議論されるが,スピン流ノイズ(平均値まわりのゆらぎの大きさ)には重要な情報が含まれる.強磁性絶縁体と金属の界面でのスピン流ノイズを定式化し,十分低温ではマグノンの担う単位磁化が計測できることや,マグノンのボーズ統計性が反映されることなどを初めて示した.ちなみに,メゾスコピック系の物理分野では電流ノイズが重要な計測技術として確立している.本研究はメゾスコピック系物理における現象・概念をスピントロニクス分野へと適用した研究となっており,2つの分野の橋渡しをする研究であるといえる.
Mamoru Matsuo, Yuichi Ohnuma, Takeo Kato, Sadamichi Maekawa, Spin current noise of the spin Seebeck effect and spin pumping, Phys. Rev. Lett. 120, 037201 (2018). (Preprint: arXiv:1711.00237)