2002/04/29 「富戸で何でも新発見」 より続く
今年のGWは、前半こそうねりが強かったものの、後半はお天気も良く海況も安定していました。何よりも、5月初旬とは思えない様な透明度の良さがすべての問題を帳消しにしてしまったのでした。
月日; 2002年5月4日(土)
天候; 晴れ
気温; 25℃
水温; 18℃
透明度; 15~18m(春なのになんてスッキリ)
海況; 並
潮回り; 満潮 = 07:54 (113cm)、 干潮 = 16:071 (39cm)、
小潮、 月齢=21
今週の「ごめんなさい」
さて、お話の早々ですが、 「ごめんなさい!」いきなり謝ってしまいます。
「長々と続いた貝の話が終わったと思ったら今度は長々と海藻の話かよ」
と感じられている方もおられるだろうとは想像できますが、もう少しお付き合い下さい。ハイ、また海藻の話です。
ただし、僕は「貝おたく」でも「ゲテモノ海藻クラブ員」でもありません。僕自身は「富戸の王道」を、しかもど真ん中を歩いているつもりです。
さて、 ホンダワラの仲間のアカモクという海藻が潮回りを感じて産卵しているらしいという事が4月の2回の大潮を通じて分かってきました。
ホンダワラの仲間には雄株と雌株があります。雌株には2~3cmの唐辛子の様な形の生殖器床と呼ばれる器官があり、大潮になるとその中から卵が産み出されて表面にビッシリ並びます。そこに雄株から放出された精子が遣って来て受精し、数日後に海に放たれるという訳です。
その卵が並んだ唐辛子を花に見立てて昔の人は「なのりその花」と呼んだそうです。その「なのりそ」の名前は日本書紀の允恭天皇の故事に由来しているらしい事を以前ご紹介しました。
(2002/04/14-4 付けログ 「な富戸そ」 を参照下さい)
つまり、「な告(の)りそ= そんな事を告げてはいけません」の意味です。(「な~そ」は、「~してはいけません」の古語)
「ごめんなさい!」また、いきなり謝ってしまいます。
「読みたいのは海の話であって、だれが古典の勉強したいんだよ」
という方がおられるであろう事は想像できます。でも、止まらなくなっちゃったんです。で、再び、「なのりそ」の語源についてです。中年になってからの「女狂い」はもう直らないと言われますが、年取ってからの「語源狂い」も直らないようです。
さてそこで「なのりそ」です。上に挙げた允恭天皇の情けない話も面白かったのですが、
「本当にそれが語源なのかな?」
という疑問が頭を離れないのでした。そこで、あれこれ調べていたら、うん、あるある。色んな説が出てくるのです。
まず、「なのりそ」の名に昔の人がどんな字を当てていたのかを調べると、様々の例があるのです。その中で、「神馬藻」と言う字で「なのりそ」と読ませていた例がありました。
神馬(しんめ)? 神事に用いられたり、神社に奉納する馬のことです。それがどうして「なのりそ」なのでしょう?
時は4世紀頃。先の允恭天皇より更に何代か前、神功(じんぐう)皇后の三韓征伐の時の事(「三韓征伐」なんて朝鮮半島の人々にとっては失礼な言い方で国定教科書の時代の言葉。恐らく現代の教科書にはそんな言葉もないのではないでしょうか)
さて、神功皇后が、九州から渡韓する途中、船中の馬秣(まぐさ)が不足して困ってしまいました。そのとき海人族の勧めで、海からホンダワラを採り、馬を飼ったのだそうです。そこで、神宮皇后の率いる神馬の食べる藻=神馬藻と書くようになったのだとか。
でも、「神馬藻」をどうして「なのりそ」と読ませるのでしょう。
それはこうです。つまり、神馬は神聖な馬なのだから乗ってはいけない。だから、「乗ってはいけない」=「な乗りそ」=「なのりそ」なのだそうです。
う~ん、何だか出来すぎていて怪しい説ですね。でも、面白い。
今週の「仕切りなおし」
先週の観察を通じて、メスの唐辛子に並ぶ卵は大潮の日に突然トバッと産み出されるような単純なプロセスでないらしい事が分かって来ました。つまり、下図に示した様に、内部に卵が満ちてきた唐辛子が大潮と共に、一斉に卵を表面に産み出し、それが受精して成長すると、一挙に海に放たれると言うような「統一行動」ではないらしいのです。
つまり、一つの唐辛子を取ってみると、先端部分の方が卵の成熟・成長が遅く、根元から成長が進んでいる様に見えたのです 下にその様子をまとめてみました。
まず、唐辛子の中に卵が満ちて大潮を迎えると、より成熟した根元の部分の卵が唐辛子表面に産みだされると思われます(上図A~B)。そして、それがドンドン先っぽに進んで行くと同時に(上図C~D)、早々に受精を済ませた卵は発生がある程度進んだ段階で海に放たれるのです(上図E)。そして、表面の卵が全て放出されると、空っぽの唐辛子が残ることになります(上図F~G)。が、その内部では密に次の卵の元が根元から準備されて行くのでした(上図H)
でも、これは、今まで見てきた事から僕が勝手に想像したことに過ぎません。実は、一つの唐辛子が本当に何度も産卵するのかという事すらまだ確かめられずにいるのです。ただ、
「4~5月にかけて大潮の度に何度か産卵を繰り返す」
という本の記述と、実際に海の中で見てきた様々なパターンの唐辛子から類推して来ただけなのです。そこで、この日を含めて、大潮だけでなく様々な潮周りの日に、その時々の唐辛子を集めてみたのでした。その過程で、上の(A)から(H)まで全てのパターンが集められたのなら、まあ、この仮定は正しそうだと言えるでしょう。
そこで、とにかく色々集めてみる事にしました。
今週の「オタク」
目の色変えて色んな唐辛子を集めているからと言って「海藻オタク」では決してありませんよ。あくまでも王道、王道、富戸の王道です。
さて、アカモクの産卵の様子をもう少し正確に観察するには、決まった場所のアカモクを継続観察すればよいのですが、そうは行かないのです。富戸には自生のアカモクがほとんどなく、やっと見つけてもうねりで千切れたせいか、いつしか居なくなってしまいました。
そこで、あちこちのロープや岩に巻き付いた流れ藻を観察するしかなくなったのでした。
そこで、様々な潮回りでアカモクを調べて見ると、卵をつけた生殖器床、つまり「なのりその花」は大潮の日以外にも結構咲いているのが分かります。また、大潮の日に既に散りかけているものもあります。
よって、放卵・放精というのは確かに大潮の日が中心なのかも知れませんが、それはピン・スポットで行われるものではなく、比較的幅がありそうです。
さあ、それでは、様々な唐辛子(メスの生殖器床)を集めてみましょう。
2002/05/12 月齢;0 大潮
大潮なのにアカモクサイクルのほぼ終盤に入ってしまっている唐辛子です。小さいものは下半分は既に放卵してしまったようです。上半分の表面に卵を残した(F)の段階。大きいほうはほとんど放卵が済んで空っぽ唐辛子になろうとしています。ほとんど(G)の段階でしょうか。
2002/04/29 月齢;16 大潮
これまた、大潮の日なのに表面に卵を付けていない唐辛子です。でも、上の空っぽ唐辛子と比べると少し黒っぽく見えませんか。僕はこれを「黒株」とよんでいます。
そこで、その黒さの正体を探るべく、左写真のa, b, cの部分でそれぞれ輪切りにしてみて内部の様子を調べてみました。
(a)
(b)
(c)
この様に輪切りにしてみると、表皮のすぐ下に、間もなく産み出されるのであろう卵が満ち満ちているのが分かります。
ですから、表面に卵がなくとも「空っぽ唐辛子」とは全く違うのです。この「黒株」こそが「アカモク・サイクル」の(A)だったのです。
また、(a)から(c)へと根元に行くほど卵が大きくなっている様に見えます。という事は、やはり、根元の方から卵の成熟が進んで行くというプロセスが妥当に思えるのです。
2002/04/14 月齢;1 大潮
これまた大潮の日ながら卵がビッシリの(D)と(G)の二つのステージを共に見る事が出来たのです。ただし、両者は違う株の生殖器床です。
と、ここまで見てきた限りでは、はじめに示した「アカモ・クサイクル」は、大体現実の唐辛子の様子と合っている様に思います。
ところがです。あるとき、下の写真の様な例が見つかりました。
2002/04/20 月齢;7 小潮
この唐辛子を御覧下さい。先の方が黒くなっています。根元側が明るい緑色です。これを拡大すると、先側は中に卵が入っているのがよく分かります。根元側は空っぽです。輪切りで観察してもその通りの構造でした。
これは、実に意外な唐辛子でした。はじめに示したアカモク・サイクルではこんな形はあり得ないのです。これだと、卵の生成・成熟が先側から根元側に進んでいるように見えるのです。これは今まで考えて来たのと全く逆の進行です。
僕はやや混乱してしまいました。が、海の中のアカモクを数多く見る内に気付いた事がありました。なのりその花が咲いている時、確かに唐辛子一杯に卵をつけている(D)の様なものもあるのですが、大部分は下の写真のパターンなのです。
2002/04/29 月齢;16 大潮
アカモク・サイクルでいう(C)の段階のものが数多くあるのです。
この唐辛子の先の方では内部に卵が詰まっています。だから、この後、表面への卵放出が先に向かってドンドン進んでいくと考えていたのでした。
ところがです。内部に溜まった先端部の卵がそのまま保持され、根元にビッシリの卵だけがこのまま海に放出されたとしたらどうでしょう。
これが・・
・・こうなる
それはそのまま、先に紹介した「成熟が逆転した唐辛子」になるのではないでしょうか。つまり、先端近くの卵が未成熟のまま産卵期を迎えた時には、先端部に秘められた卵は表面に放出されることなく、次回の産卵期に持ち越されるのです。そして、根元部の卵だけがさっさと表面に出て、やがて海へと旅立つのではないでしょうか。
だから、「逆転唐辛子」に見えた物は、先端から根元へ卵の成熟が進行している途中ではなかったのです(下図参照)。
もし、この考えが正しいのならば、逆転唐辛子の根元の内部にはやがて新しい卵が成長・成熟して来る筈です。そして、最終的に唐辛子内部が全て卵で満たされて「黒株」・(A)になるはずです。果たしてそんな物は見つかるのでしょうか。
ありました。それが上の写真です。空っぽ部位を挟み込む様に卵が両端から迫っているのがお分かり頂けるでしょうか。
これでいくからスッキリして来ました。はじめに考えた「アカモク・サイクル」は幾らか複雑さを増して、以下の様な形になりそうです。
いかんなあ。富戸の王道を歩んでいる筈だったのですが、何だか踏み込んではいけない樹海に足を踏み入れてしまった気がして来ました。
裸の王様になる前に本日はここで退散と致しとうございます。
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