2002/04/14 「な富戸そ」 より続く
今週の「もう一つの大潮」
4月29日のこの日の大潮で注目していたのは何も「ボトル・ボウシュウ」だけではありません。ホンダワラ類の卵、いわゆる「なのりその花」がまだまだ見ごろです。
富戸の海の背景の一部にしか見えていなかったホンダワラには、実は雄株と雌株があり、大潮前後には雌株の生殖器床と呼ばれる2cm程の唐辛子の様な器官の表面にビッシリと卵が並び、そこにオスの生殖器床から放出された精子が受精するのだそうです。受精卵はそこで分裂を繰り返して数日過ごし、やがて海に放たれていくのだとか
(2002/04/14 付けログ 「な富戸そ」を参照下さい)。
前回の大潮では、確かに卵が並んだメスの生殖器床を見つける事が出来、結構興奮しました。でも、その興奮が冷めてくると、
「あれっ?」
と分からない事が幾つか出てきました。そこで、この日の大潮では、もう少し様々な生態をよく見てみる事にしました。
今週の「流れ者」
この季節に花を咲かせるのはホンダワラの仲間でも主にアカモクと呼ばれる種類なのだそうです。ホンダワラ類なんて今まで注意も払っていませんでしたので、どれも似たり寄ったりに見えてしまいます。それに、探しているのが2cm程の器官(生殖器床)ですから、このアカモクを探し出すのに結構苦労していました。
ところが、4月下旬に海が荒れた際に大量の流れ藻が押し寄せ、富戸の海を被い尽くしました。水中でも、ロープや岩等にたくさんのホンダワラ類が絡みついていました。そんな流れ者を探すと、アカモクと思われるものがザクザク出てくるのです。あちこち泳ぎ回る必要もありません。
「富戸ではほとんど自生していないアカモクがどうして流れ藻の中に
はこんなに多いのだろう?」
という疑問は残るものの、ま、今はその幸運を喜んで、あちこちで観察し、一部サンプルを採らせて貰いました。
ではまず、図鑑の記述に従ってアカモクの特徴をチェックしてみます。
左が根の写真です。板状になった塊に小さな瘤みたいなのがモコモコと盛り上がっています。この根もホンダワラの種類によって円錐形だったり、完全に瘤だらけだったりと様々なのだそうです。
このアカモク、別に海底からブチッと引き抜いてきた訳ではありません。この根をブラ~ンとぶら下げてロープに絡まっていたのです。それでもしっかり生きています。してみると、
「ホンダワラの根って一体何の為にあるの?」
って思ってしまいますよね。本には
「海藻の体は根・茎・葉に分かれていない」
と書いてあります。してみると、この「根」というのは別に養分を吸い上げてる訳ではなく、海底にしがみついているだけの器官なのでしょうか。でも、流れ藻としてこうやって生きていけているんだから、何かにしがみつく必要もない筈ですよね。
アカモクの次なる特徴は茎が円柱状であることです。富戸のホンダワラの自生種を見てみると、確かにこの茎の形は色んなパターンがあり、中には螺旋階段の様に捩れた茎もあります(アズマネジモクという種類だと思います)。
そして、気胞です。ホンダワラ類はどれも気胞と呼ばれる小さな浮き袋を各所に配しています。これで浮力を持たせる事であの大きな体を水中で直立させているのだそうです。この気胞が円柱状で先っぽに小さな葉っぱがついているのがアカモクの特徴の一つだとか。
実は、僕、ホンダワラにそんな浮き袋がある事なんてつい最近まで知りませんでした。小さな豆の様なものが付いているのは気付いていましたが、いわゆる実の様な物と思い込んでいたのでした。言われてみればなるほど、水中で生きる巧みな智恵ですね。
この気胞、後に紹介するメスの生殖器床と形と大きさが似ているのですが、よく見ると気胞は表面がツルツルなのが分かります。下にこの気胞の断面写真を挙げましたが、御覧の様に中はがらんどうのスカスカでした。
アカモクの気胞表面 (3) 気胞の断面 (4)
今週の「雌雄」
さて、そこで、ヨコバマの浅場で流れ藻を次々と調べて見ました。大潮に放卵というのは本当なのか、確かに卵をつけている生殖器床がたくさん見られました。
上の写真の左が雌株、右が雄株です。雌株についている2cm程の唐辛子状の器官がメスの生殖器床、雄株の10cm以上もある細長いのがオスの生殖器床です。このオスから放たれた精子が海の中を伝って、メスの生殖器床の表面に出た卵に受精する訳です。
まず、オスの生殖器床をよく見て見ました。
オス生殖器床 - 表面 (6) オス生殖器床 - 断面 (7)
表面には小さな穴がポツポツと開いています。この穴を通して精子が放たれるのでしょう。が、後で見るメスの生殖器床表面の穴に比べると、少し小さめで、その密度も若干低い様に見えます。
じゃあ、この穴の奥に精子の製造工場が見えるのかなと輪切りにしてみました。が、中身は瓜の断面の様になんだか白っぽい実が詰まっているだけでした。うまく染色できれば様々な器官がよく見えるのかも知れませんね。
続いてメスの生殖器床です。
2cm程の生殖器床の表面に小さな卵が詰まってトウモロコシの様になっています。
この生殖器床の中で作られた卵が大潮と共にこのように表面に放出されるのだそうです。
そこで、その表面を拡大して見ましょう。
卵の密集したメス生殖器床表面 (9) メス生殖器床断面 (10)
表面は小さな卵がビッシリです。この段階で既に受精しているのかどうか分かるかなあと期待したのですが、この程度の倍率の顕微鏡ではそこまで分かりそうにありませんでした。
そこで、これを輪切りにしてみました。それが上右図です。断面に黄褐色の卵が幾つかある様に見えますが、これはカミソリで生殖器床を切る際に、表面の卵が断面部にかぶったものであり、本来は断面には何も無いようです。では、この卵は一体、どこからどうやって遣って来たのでしょう。気になります。
今週の「三色」
ところが、そのヒントは雌株の同じ枝の中に隠されていました。上の「卵ビッシリ生殖器床」を取ったのは下の枝の先端部(A)です。
ところが、同じ枝でももう少し根元側(B)を見ると、生殖器床の様子が少し違っていたのです。
Bの部分の生殖器床を一つ取ってみたのが上の写真です。これ、先ほど見た「卵ビッシリ生殖器床」とは随分様子が違っています。全体が3つの部分に分かれてしまっているのです。
まず、比較的明るい黄緑色をした「根元」部分です。こちらの先が枝にくっ付いています。
その先、生殖器床の真ん中部分に卵が付いています。先ほどの生殖器床と比べると、その卵部分の面積は随分少なく、何だか腹巻をしているようです。
そして、その先はまた卵の無い部分になります。ところが、同じく卵の無い根元部分とは少し違って色が少し黒ずんで見えるのです。
これは一体どうしたことなのでしょうか。そこで、3部分のそれぞれをもっと仔細に見てみました。 まず根元部分です。
メス - 根元 - 表面 (13) メス - 根元 - 断面 (14)
根元部分の表面にはたくさんの穴が並んでいます。この穴を通して生殖器床の中から卵が出てくるんだろうと思われます。事実、同じ生殖器床の1cm
程先には卵が表面にビッシリです。では、この中には卵が隠されているのでしょうか。そこで、その断面を見てみると・・・ あれっ? やっぱり何も見えません。
そこで、今度はその反対側、先端部分を見てみました。
メス - 先端 - 表面 (15) メス - 先端 - 断面 (16)
先端部分の表面にもやはり多くの穴があります。ただ、根元部分の穴と比べると少しそれが小さいように見えます。
そして、続いてその断面を見てビックリしました。
「あっ、あった!」
先端部分の表面近傍には小さな粒が並んでいたのです。これこそが、これから出て行こうとする卵に違いありません。
そこで、以上の観察結果をまとめると次の様になります。
部分 | 表面 | 断面 |
根元 | 卵なし | 卵なし |
卵 | 卵あり | 卵なし |
先端 | 卵なし | 卵あり |
この様に生殖器床が3色に分かれているのをどの様に考えればよいのでしょう?
僕は次の様に考えてみました。
まず、メスの生殖器床における卵の成長・成熟は根元部分から進むと考えます。
(A) 根元の内部に卵が準備されます。
(B) 根元の卵は大きくなって表面に出て来ます。一方、生殖器床の
中央部の内部には次の卵が準備されます。
(C) 根元の卵は受精して成長。中央部の卵は表面へ放出。更に、
先端部にも若い卵の準備が進みます。
(D) 根元の受精卵は海中に放出されます。
このDの段階こそが、3色生殖器そのものなのではないでしょう
か。
こうして、卵の成熟は先端部分へと進んで行き、最後には先端部にのみ卵が並んだ(F)になると予想されます。
さて、同じ枝の生殖器床でも先っぽの方では卵が一杯なのに、枝の根元側になると、三色生殖器床になります。卵一杯の生殖器床というのは上の図の(C)の段階に近いと考えられます。
この様に枝の先の方は「卵一杯の生殖器床」、根元に下ると「三色生殖器床」というアカモクはこの日、海の中で多く見られましたので、一般的な現象と考えられます。
つまり、「枝の先端ほど卵の成長が遅い」と言えそうです。という事は、枝の先端部ほど若い部分であるという事でしょう。
「卵の成長は枝の先端部ほど遅く(若い)、一つの生殖器床の先端
部ほど遅い(若い)」
というのが一般則と言えそうです。でも、本当かな? これは大潮の日だけでなく、他の潮周りの日にもホンダワラに注目せねばならないようです。
いやあ、今まで海藻なんて注目した事もなかったから、何を見ても新発見で不思議だらけです。
2002/05/04 「富戸の王道」へ続く
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