「ンフィーレア、ンフィーレアやーい!一体何があったんじゃ!?」
錯乱する老婆の声が聞こえる…この声はリィジー・バレアレだろう。
周囲を見回すと邪魔な瓦礫は撤去されており、体は若干の疲労感はあるものの傷も痛みも無い。…これはエンリを救った例の赤い神の血と呼ばれるポーションを使ってもらったのだろうか?
ンフィーレアの話を聞く限り、この薬品は現代の薬師や錬金術師では再現できぬ貴重品らしい。
モモンがゴウン殿だとしたら2度も大きな借りを作った事になるのか…少し厄介だな。
「目が覚めたか、ネム・エモット。…一体何があった?」
私の意識が戻った事に気が付いたモモンが問いかけてくる。襲撃犯の特徴と語った目的、ンフィーレアが誘拐されてしまった事実、そして漆黒の剣の冒険者達を瞬殺する腕だった事を説明した。
「努力はした」みたいな言い訳は無能のすることだが、無理なものは理解してもらいたい。
当然のことながら、この話を聞いていたリィジー・バレアレは顔を蒼褪める。孫が誘拐されただけではなく、これから起きるであろう大惨事の片棒を担がされるとなれば、当然の事だろう。
ンフィーレアを媒体とした発動させる、第7位階魔法 《アンデス・アーミー/死者の軍勢》が、
どれだけの災厄を撒き散らすか予想もつかない、私も本当なら撤退を考えるべき所なのだが…
「依頼したらどうだ?まさに冒険者に依頼するべき案件だろう、幸運だなリィジー・バレアレ、お前の目の前にいる私こそ、この街で最高の冒険者であり、孫を連れ戻せる唯一の冒険者だ」
その心の隙間に入り込む悪魔が1人、いや…多くの冒険者を見たわけではないが実際の所、事実なのだろう。カルネ村を襲った法国の特殊部隊を壊滅させた、あの大魔法使いなら容易なはずだ。
モモンの提示した無茶な条件を、リィジーはまるで悪魔に魂を捧げるかのごとく苦悩しながらも全てを受け入れ契約をした。実に素晴らしい!相手が精神的に無防備になっている所で説得すべきだと主張したファシストは、悪魔的な天才に違いない。…そしてまた、この男もそうなのだろう。
「待ってください、モモンさん…私も同行させてください、少しはお役にたてるはずです」
そこに顔色の優れない漆黒の剣のニニャが現れる。あの出血と、近距離の火球で死んでいるものだと思っていたが、どうやら生き延びていたらしい。…参加の目的は仲間の敵討ちと言った所か。
私としても奪還依頼に参加させて貰えるなら、依頼主を奪われた私の汚名返上にもなる。私は喜んで後方支援に回るし、捕らわれの姫君を救う栄誉は漆黒の英雄殿に譲るから参加させて欲しい。
お礼に老婆に対して「全てだ、お前の全てを差し出せ」とか口説いてたのは忘れてあげよう。
幼女趣味とかでなければ、私としては問題も無いし、性癖は人それぞれだ。
「同行するのは構いませんが、私の指示には絶対に従って貰いますよ」とモモンが確認し、
私とニニャは黙ってその発言に頷き、同意を示した。
◆
「すいません、背中に乗せて貰ってしまって」
「なに、かまわないでござるよ。殿の命令でござるし、ニニャ殿達は病み上がりでござるから」
ニニャと二人で森の賢王に跨り、モモン達と共に闇を駆ける。…少し滑稽な姿だが仕方がない。
我々が目指しているのは、襲撃犯が潜伏していると予想されたエ・ランテルの墓地だ。あの短時間で潜伏場所を特定した手段には興味があるが、モモンがゴウン殿だとすれば高位の魔法で調べたのであろう。その呪文に興味はあるのだが、相手の手札を探り、地雷を踏むような真似はしない。
急いで墓地に駆けつけてみれば、墓地を取り囲む防壁が死者の軍団に襲撃されている所だった、衛兵が決死の表情で群がるスケルトンを叩き落としていたが、あれでは陥落は時間の問題だろう。
(悪くない!これは都市の衛兵に実力をアピールしつつ、実績を積める好機ではないだろうか)
そんな矢先、とうとう防衛の臨界点を向かえた衛兵が総崩れはじめ、徐々に撤退を開始する。
こちらに気が付いた衛兵達は危機的状況に駆けつけた冒険者に安堵したようだが、代表のモモンの付けている冒険者証が
それはそうだろう、そんなおかしな連中が「扉を開け」と言っても誰も聞くはずがない。
撤退を促す衛兵たちに、モモンが「お前たち、後ろを見ろ」と背後を指を差すと、そこに防壁を乗り越えようとする巨大なスケルトンが現れ…それを見た者は絶望の表情を浮かべ崩れ落ちた。
――その時、闇夜を切り裂く閃光が煌めく。
モモンガの投げた大剣が、轟音と共に、絶望の象徴にも思えた巨大なスケルトンを粉砕する。
「ハムスケ、ネム、ニニャ、お前たちはここで待機して門の防壁を手伝ってやれ」
そう言い残すと漆黒の英雄は防壁を飛び越え、相棒の魔法使いと共に死霊群がる闇夜に消えた。
◆
「アッハハハ、凄いな、実に見事なものだ」
驚愕している衛兵たちの意識を、子供には似合わない笑い声が元に戻す。
いけないいけない…あまりにも見事な、演劇の舞台のような場面に、思わず笑いが出てしまう。
死を切り裂く双剣が、門に群がる不死者共を殲滅したのを防壁から確認した後、衛兵を説得し、一時的に門を開き、中へ入る事の了承を貰う。さて…これから先は私たちの
モモンが突撃して切り開いた道を埋めるかのように、不死者が次から次へと集まってくる。
熱く輝く生命の灯は、まるで冷たく凍える不死者を呼び寄せる誘蛾灯のようであった。
「ハァッハハハッハァハ!!」
魔力干渉で
その光景に森の賢王と呼ばれる魔獣もドン引きしたのか、時々立ち止まって私を見ているのだが…正直な所、この場にいる戦力で最強の存在なのだから真面目に働いてほしいものだ。
反面、ニニャの働きは悪くは無い。銀級冒険者としてチームの支援役をやっていたせいか、支援魔法のタイミングが実に上手い。私が被弾しそうな時は状況を上手く判断して防御系魔法をかけてくるし、私の移動の邪魔になりそうなスケルトンは魔法の矢で正確に撃ち抜いてくれる。
「あーもぅ、数が多いでござるよぅ、まったく減らないでござるぅ」
骨の軍団を尾撃で薙ぎ払いながら森の賢王が愚痴る…
だが、それはみんなが思っている事だから、口にはしないでもらいたいものだ、所詮は畜生か。
結局の所、この戦いは、アンデッドの殲滅戦ではない。漆黒の英雄様が元凶を始末するまでの時間稼ぎだ。そう…それまで単純に時間を稼げばいい。時間を稼げば衛兵の増援も、リィジー・バレアレの報告で冒険者ギルドも動き、冒険者達の増援も来るはずだ。だが、…何か嫌な予感がする。
――不意に月明かりが消え、視界が真っ黒になる。
「ネムちゃん、上です!」と言う、ニニャの声に反射的に横に飛びのくと、私が先ほどまで居た場所に巨大な骨の塊が落ちて来た。…何事が起きたのかと堕ちてきた骨を見上げると、それは全長15Mはあるかと思う、竜の形をした巨大な竜の骨の怪物であった。
「あれは…まさか、スケリトル・ドラゴン!?3M以上の個体なんて聞いた事が…」
ニニャが驚きの声をあげる。その声から厄介な敵だと判断した私は、一気に片をつけるために、<魔力回路全開>を発動させ、今放てる最大級の魔法〝火球〟を放ち、爆炎が骨の竜を包み込む。
「おおー、やったでござるか」
森の賢王が呑気な声をあげる、しかし目の前には無傷のスケリトル・ドラゴンが立っていた。
「なっ…」と驚愕する私に、ニニャがスケリトル・ドラゴンの特徴である魔法無力化能力を説明する…その言葉を聞き、モモン…いやゴウン殿への不安が湧くが、今はそんな場合ではない。
…今は目の前の災厄にどう立ち向かうのか、それが全てだった。
実際に経過した時間はそうでもないのかもしれないが、体感時間では凄く長く感じる。
ニニャが魔法で支援し、私が関節を狙い動きを阻害し、森の賢王が強力な一撃を叩き込む。
この地道な連携の繰り返しと、森の賢王以外が1発でも被弾すれば、それだけで致命傷になりかねない薄氷を履むような紙一重の回避を繰り返し、徐々に徐々に相手の骨を削っていく。
そして削り、砕かれ、飛行できなくなった骨の竜の額に、渾身の鎚矛の1撃が叩き込まれる。
骨の竜は頭蓋骨を打ち砕かれた事により負の生命を失い、巨大な骨の竜は自重で崩壊した。
そして、それとほぼ同時刻、モモンが元凶を排除したのか、死の軍勢が土に帰っていく。
死闘を見ていた衛兵たちから大歓声が上がる。そしてその盛り上がりは、モモンがンフィーレアを救出して戻って来た事で爆発する。誰もが次世代の英雄達の
こうしてンフィーレアの誘拐から始まった、エ・ランテルを揺るがす大事件、秘密結社ズーラーノンの大儀式、
◆
ンフィーレアを奪還し、帰路の最中に私はモモンに語り掛ける。
カルネ村といい今回の件といい、何故助けてくれたのか、何か理由でもあるのかと。
するとモモンは正体バレに多少驚いたものの、予想もしなかった答えを返してくれた。
「誰かが困っていたら助けるのは当たり前…だから、だな、私の仲間の好んだ言葉だ」
偽善的な言葉も聞こえるが、不思議と嘘を言っている感じは無く…妙に人間臭い反応だ。
その言葉を聞いて私は、「素敵な友人ですね」と年頃の娘らしい表情を作り答えたところ。
漆黒の英雄は少し寂しそうに、そして優しく、私の頭を撫でた。
…ゴウンは存在Xでは無い、そんな予感がしたので、私は心の底から微笑むことができた。
「幼女が困っていたら、助けるのは当たり前…だから、かな、私の友人の好んだ言葉だ」
「…素敵な友人ですね」(ゴミを見るような目)