『非科学的な世界で女に生まれ戦争を知り追い詰められるがよい!!』
それがこの姿になる前に最後に聞いた、神と称する存在Xの言い放った言葉だ。
「はいネム、アーン。しっかりお口を開けまちょうね、好き嫌いは駄目よ?アーン」
「おんぎゃーー!おんぎゃーー!!」
6歳ほどの少女がスプーンを突き出して麦粥のようなものを食べさせてくる中、私はバスケットの中で身動きもできず泣く羽目になっていた。ここは科学の世界ではなく魔法の世界で、平和だった世界ではなく戦争の真っただ中で、ひょっとして…私は女でしかも赤子だと言うのだろうか?
…あの悪魔め!存在Xめ!!
怒っていても始まらない…さて、まずは皆様に近況報告をしよう…我が名はネム・エモット。
存在Xによって理不尽な転生をさせられた結果、どうやら私は森林で取れる森の恵みと、農作物が生産の主な、辺境のカルネ村と言う開拓村に住む、エモット家の次女として生まれたらしい。
カルネ村の生活は朝は早く、基本的に太陽が出る時間と共に起き出し暗くなったら眠る。現代社会のような日常を照らす文明の象徴である、電気の明かりなんかはこの辺境の村には存在しない。
しかし、どうやらあの悪魔の差し金か、どうやら私には〝魔導適正〟と言う
だが、どうも私の生まれた国は、封建国家で年中帝国と呼ばれる国と戦っているらしい。
…大事な事なので繰り返して言わせてもらおう、封建国家で年中帝国と戦っている。
しかも徴兵制があり、民兵は帝国相手の戦争で使い潰されていると言う。こんな辺境の村でも、戦力となる魔法使いであれば、場合によっては女子供であっても徴兵される可能性があるわけだ。
いやいや、魔物が居るだけで大概なのに…この世界、かなり本気で生存のハードルが高い。
そう、私のような文化的な知識人が安定して生き延びるのには後ろ盾となる組織が必要なのだ。
貴族の支配する王国の組織の中では、生前、私がリストラしてきた無能が支配するような環境で使い捨てにされるだけだろう。この世界における官吏の教育を受けるにしても、私のような子供では学院の授業料を支払うことは不可能だ…それに、この世界では実力よりも必要なコネが無い。
魔力を隠し、実家の農業の手伝いをしながら農夫にでも嫁ぐか?
…それだけは絶対に御免被る!
選択肢として有力なのは冒険者ギルドへ登録し、冒険者になる事だろうか。
私としては、ハローワークに通い続ける無職達と言うイメージしか持てなかったのだが、実情は結構しっかりしているらしい。…組織としての独立制は高く、徴兵拒否くらいは可能だと聞く。
どうせ危険な場所に身を置くことになるなら、徴兵されて戦争などと言う非効率で、非生産的な出来事で使い捨てにされるよりは、冒険者のキャリアを積んで一流の冒険者を目指して、力量以下の任務を受け、私にこんな転生をした存在Xに見せつけるように平穏な生活を送ってやる!
◆
人生設計を何段階も先に早める事となる、あの騒動の始まりが、最初は絹を裂くような女の悲鳴だったか、木製の何かが打ち壊される音だったか記憶は定かではない。だが平穏で退屈な村の生活に終止符が打たれたのだと、その音を聞いて即座に理解した事は、今でもはっきりと覚えている。
戦争か夜盗の襲撃か…大胆に予想してトブの大森林から凶悪な魔物が溢れてきたかだろうと私は予想をしていた。この手の場合は籠っていても事態は好転しない、最低限の貴重品をかき集め、急いで村から離れるべきだと考えるが、外に出ている姉とすれ違うことを恐れたエモット夫妻が初動を逃してしまったのだ。…親としての判断は認めるが、あれは愚かな行動だったと今でも思う。
「お父さん! お母さん! ネム!」
蒼褪めた顔をした姉のエンリが家に戻ってくる、家族が抱きしめ合いお互いの無事を喜んでいるがそんな余裕は無いはずだ、すでに黄金よりも貴重な時間を使い過ぎている。人心地付いて家族総出で避難を開始するも、すでに村を襲う災厄の欠片は我が家の玄関口まで迫ってきていた。
…胸元にバハルス帝国の紋章を付けた金属鎧に、血塗れとなった剣を持った騎士の形をして。
最初は父親だった、家族を守るために騎士へと突撃をかけ揉みあいとなり家族を逃がした。
次は母親だった、逃げ道を防ぐように現れた騎士から逃がすために立ち止まり私たちを逃した。
姉であるエンリが私の手を攫み、安全圏を求め走り抜ける…後ろからは騒がしい金属音を鳴り響かせ、下種な笑みを浮かべた騎士達が、柔らかい肉の子羊達を生贄にしようと追いかけてくる。
――手を離せ。
…その時の私は、あまりにも非効率な逃走劇に思わず呟いてしまった。
これが私一人ならば、魔力で身体能力を強化すれば十分に余裕を持っての逃走が可能なのだが、エンリはこの呟きを耳にしたのか 「黙れ、黙れ、黙れ!」と叫び、手を握る力を強めた。
…まさか、これは私を巻き添えにするつもりか?…だが無理に振り払う事もできん。
――なんという最悪な考えを浮かべる姉だ。
強引に手を引っ張られバランスを崩し、私は転倒する…そして、その私を庇おうとしたエンリが背中を斬られた。そしてエンリに抱きかかえられたままの私は、どうやってこの危機を乗り越えるべきかと考えていると、突如、目の前の空間が歪み…現れた物は闇であり、死の体現だった。
そうだ私はこのような自然現象を弄ぶ規模の超常の存在を知っている…図ったな悪魔め!
…その時の私は、そう怒りと憎しみと不信を持ってこの存在を見ていたはずだ。
しかし死神は私たちを殺さず、追いかけてきた騎士たちを魔法で薙ぎ祓う…更にはその怪物は「……怪我をしているようだな」と姉に、どこからか取り出した怪しげな薬を飲むように勧めた。
高額な借金を背負わされることを恐れた私は、「駄目だよお姉ちゃん!」と飲むのを止めたが、エンリは慌てて「の…飲みますから!」と与えられた謎の薬を飲み尽くしてしまった…
その霊薬の効果は異常であった、騎士に付けられた刀傷だけでなく、切り裂かれた服の破れさえ修復していた。不思議な霊薬の対価を目の前の死神は何で求めるつもりなのだろうか…
対価は魂を寄越せとでも言うかとも考えたが、存在Xがそんな無意味な事をするだろうか?
超常的な存在と、死の淵からの救いを与える事で、信仰心を目覚めさせると言う企みなのか?
その手のビジネスをするならば、モデルは白と翼をベースとした、女性型の癒しと安心感を与えるイメージ存在を使うべきだろうに…これだから消費者の心理分析ができていないのだ。
そんな事を考えていると、エンリがその死神に「お…お名前はなんとおっしゃるんですか…」と問いかける。すると、その死神は少し困ったように考えてからカッコ良くポーズを決め――
「我が名を知るが良い!我こそが、アインズ・ウール・ゴウン」
…そう答えた、これが死の超越者・アインズ・ウール・ゴウンとの最初の出会いであった。
次回【〝白銀〟のネム・エモット 】に続かない…