エ・ランテル 冒険者組合
「ただいま戻りました。アインザック組合長」
「おかえりモモン君。大変だったそうだね」
王都での一件を解決後、モモンたちはやるべきことを終えてエ・ランテルに帰還。その後モモンはナーベを自宅に残してすぐに冒険者組合を訪れていた。理由は大きく分けて二つ。その内一つは依頼達成の件について話すためだ。
「まず初めに依頼の内容についてですが……」
「あぁ。そのことについては既に話は聞いてるよ。レエブン候からの謝罪文を使者を通して持ってきてくれた。何でも…本当の依頼は『八本指』の警備部門の『六腕』壊滅だったらしいね?」
「えぇ。その通りです」
「その件に関しては問題無い。君たち二人が壊滅させる前に既に『何者か』によって壊滅していたと聞いた」
「そうですか…」
(何者か……レエブン候はセバス殿を巻き込まない様にあえて情報を伏せたのだろう)
モモンはレエブン候の配慮に感謝した。セバスは魔導国の者である。そのため王国から独立した魔導国への印象は----大半が魔導国の実態を知ろうともしない貴族たちだが----よろしくはない。謁見した時の感じからすると陛下やラナー王女、王国戦士長であるストロノーフ殿やレエブン候の少なくとも四人は魔導国の国力を把握している様子だった。そのことから王国と魔導国の関係は"微妙"としか言いようがないものなのだろう。
「しかし…君たちも大変だったね。王都で起きたラナー王女の誘拐、ヤルダバオトなる悪魔が起こした一連の出来事……。しかしそんな大変な事態を解決した君たち『漆黒』の活躍は我々の耳にも届いたよ」
恐らく王都の冒険者組合長から報告を受けたのだろう。事態が事態だ。アインザック冒険者組合長の様子からモモンは都市長と魔術師組合長には既に伝わっているだろうと察した。
「えぇ。ヤルダバオト……非常に強力で…凶悪な悪魔でした」
「そうか……」
数秒の沈黙が場に流れる。アインザックが意を決して口を開いた。
「これは興味本位で聞くのだが君が戦った例の吸血鬼とはどちらが強かったのだね?」
「間違いなくホニョペニョコです。ただ……」
「ただ?」
「ヤルダバオトは本気を出している様子ではありませんでした」
「なっ!?それは本当かね!?その悪魔の難度は最低でも二百以上だと報告を受けているが……」
(この様子だと奴が第10位階魔法を行使したなど報告すべきではないか……)
「……すいません。ここだけの話にしてください」
「…分かった。君の言う通りにしよう。確かにその情報が伝わるとエ・ランテルもパニックになるだろう。しかし……だとするならエ・ランテルも安全とは言い難いな」
「えぇ。何か対策を立てた方がいいかもしれません」
「…しかしだ……どう対策を立てようか。この街には君たち『漆黒』。それにミスリル級冒険者チームが三つ。いや今は実質二つだな……。それでどうにかなるだろうか。いや無理だな」
部屋の中の空気が重たくなる。モモンは話題を変えるために"もう一つの案件"を話すことにした。
「実はアインザック組合長に相談があるのですが……」
「ん?何だね?」
モモンは懐から一本の短剣を取り出すと机の上に置いた。
「………これは…」
「今回、王都で王女を救出した功績、それとヤルダバオト撃退の功績から陛下からこの短剣と共に『英雄長』の称号を授かったのですが……。『英雄長』となった今どういう身の振り方をすればよろしいでしょうか?」
"英雄長"
それはモモンがランポッサ三世から授かった称号。これは先程もモモンが発言した様に王都で王女救出とヤルダバオト撃退という偉業を成し遂げた功績から授かったものだ。当時リ・エスティーゼ王国には"戦士長"の称号を持つガゼフ=ストロノーフがいた。ただしこの者の場合は"戦士長"の前に"王国"が付いており、大半の者が"王国戦士長"と呼ぶのが常であった。それはひとえにこの者が"王国"に属する者であると大衆に知らせる目的も兼ねていたのだ。
だがここで疑問が一つ。
何故モモンの場合『英雄長』であり、"王国英雄長"ではないのか?
それは当然の疑問であり、当時は王国の内外の者の多くがそう思ったことだろう。
以下は当時を知るレエブン候を初めとした多くの者たちから話を聞いたことで得た情報をまとめたものだ。
第一にモモンは中立的立場である『冒険者』であり堂々と爵位を授けれなかったため
第二にモモンは二つの偉業を成し遂げたものの王国自体の無力さを国内外に知らせないようにするため
第三に王国内の派閥争いから"王国戦士長"以上の影響力を持つ存在を出さないようにするため
第四にモモンが王国出身で無かったため、詳細に語るならば貴族でないため
以上の四つがモモンの"英雄長"である役職に"王国"が付かなった原因だとされている。筆者である私個人(ハイユ―)からすると第一の理由以外は酷いものだとしか言えない。第二の理由は貴族たちの虚栄でしかない。第三の理由は派閥争いに巻き込まれた形での過小評価である。第四の理由は当時敵対国家であったバハルス帝国の"鮮血帝"とは真逆の行動である。加えて言うのであれば第五の理由としてランポッサ三世が優柔不断であったことが挙げられるだろう。
そして"英雄長"は正確には"役職"ではなく"名誉職"のような意味合いが強く、ランポッサ三世を初め王族が"認めてる"と国内外にアピールし、当時の派閥争いを牽制するためだという理由が主であった様だ。
アインザックは頭を抱えた。到底自分ではどうすることも出来そうにない案件だったからだ。だがそこで一つ疑問に思ったことがある。
「王国戦士長ガゼフ=ストロノーフ殿と英雄長モモン君か……。所でこの話をしたのは私が最初かね?」
「えぇ。そうです」
(ナーベ君を除けば……か)
それを聞いたアインザックは再び頭を抱えた。
(都市長ではなく私に最初に相談しにきたということは………今まで通り『冒険者』として過ごしたいということか?少なくとも陛下は『英雄長』という称号を授けはしたが……『王国英雄長』という称号にはしなかった。これには何か特別な理由があったのだろうか。あるいはただ中立的立場を保持する冒険者だからこそ"王国"という名をつけなかったのか……。彼個人にこの街にいてくれるのは嬉しい。ただしそれはエ・ランテルに彼がいつまでもいてくれることが前提である。もし彼が"帝国"や"魔導国"に行ってしまったら………)
「……モモン君、君はどうしたいんだね?私が答えを出すことは簡単だ。でもやはり一番重要なのは君の意思だと思う。まぁ…私個人としてはこの街にいてくれた方が安心できるがね」
これがアインザックが言えるギリギリの範囲だ。個人的にはエ・ランテルだけでなく王都の窮地を助けてくれたモモンにはどんな形であれこの街にいてほしいと思う。しかし街を…国を救ってくれた恩がある。救国の英雄だが、そのことにモモンが窮屈さの様なものを感じてしまっているかもしれないと思えた。今までそれなりに付き合いはあった。誠実で謙虚な彼が果たして『英雄長』という称号をどう捉えるか……。あくまで推測だが予想はつく。だがそれを私が勝手に決めていいことではない。彼は英雄であるが私たちにとって"恩人"だ。そんな彼に政治的なことで苦労してほしくないという気持ちもある。彼の意思を尊重はしたい。ただし個人的な要望もつけ足しておくことは忘れない。だが最優先すべきはエ・ランテルとその住人たちの安全の確保だ。
「………」
「そうだ!」
「?……どうされましたか?」
「君はどんな形であれ『英雄長』という肩書を得たんだ。その肩書を使ってエ・ランテルの守備力を高めるというのはどうだね?」
自分でも良いアイデアだと思う。そう確信したアインザックは少しばかりに自慢げに語った。
「それは戦力になりそうな人材をエ・ランテルにスカウトするということですか?」
「どうだろうか?その者が冒険者なら融通も利かせられる自信はあるよ。それに冒険者でなかった場合でも職業に関してはちゃんと斡旋するよ」
アインザックはチラリとモモンを見た。
「……いいですね。ただ一つ気がかりがあるんですが……」
「どうしたのかね?」
「スカウトするのは王国以外の者でもよろしいでしょうか」
「………」
アインザックは再び頭を抱えた。ある意味で今回で一番難しい問題かもしれなかった。
(冒険者は中立的な立場にある。だが……他の国家がそれを許すだろうか……。帝国とは確かに敵対しているが、噂を信じるのであれば"鮮血帝"である彼が自分の所の冒険者やそれ以外の者をスカウトされた所で少なくとも…国家規模で何かしらの行動を起こすとは思えないが……。もし問題があるとしたら王国内の方だろうか?)
「…私個人としては構わないと思う…。だがそれらを実行するのであれば最低でも都市長や魔術師組合長からの許可だけ貰っておく必要があるだろうね。何だったら私から話をしておこうか?」
「いえ……お気持ちは嬉しいですが、お二人には私からお話します」
「そうかね。分かった。ならば私から言えることは以上だ」
「相談を受けて頂き感謝致します」
「気にしないでくれたまえ。君と私の仲じゃないか。いつでも相談にのるよ」
「ありがとうございます」
そう言ってモモンは部屋を出た。
それを見たアインザックはボソリと呟く。
「すまないな。モモン君。これもエ・ランテルのためだ」
自宅へと帰ったモモンはナーベとテーブルに向かい合わせで座っていた。その傍らでハムスケが寝ている中、モモンはナーベに冒険者組合でのやり取りを話していた。
「………という訳だ」
「…………」
モモンの言ったことに対してナーベは思った。
(このままではモモンさんは…………派閥争いに巻き込まれてしまう。いやもう巻き込まれているはず。恐らくこのまま時間が経てばモモンさんは辛い決断を下さないといけない状況が来るかもしれない。そしてそれは……)
「ナーベ?」
「あっ……いえ、何でもないです」
そう反応したと同時の出来事であった。ナーベの脳内に<
<ナーベ、今少しいいか?>
<アインズ殿!?どうしたのですか?>
<今からそちらに転移する。構わないか?>
<えぇ。大丈夫です。それでは後程…>
「どうした?ナーベ」
「もうすぐこちらにアインズ殿が来ます」
「アインズ殿が?分かった」
二人がテーブルから立ち上がると同時に真っ黒い空間が現れる。
「久しぶりだな。二人とも」
「お久し振りです。アインズ殿」
「……実は二人に言っておきたいことがあってな」
「何でしょうか?」
「ヤルダバオトがシズとルプスレギナに仕掛けた"魔法の刃"についてだ」
「「!?」」
二人が驚いたのは当然であった。シズとルプスレギナを殺害したその魔法。ヤルダバオトが仕掛けた魔法についてであったからだ。
「この"魔法の刃"は調べてみた結果、スレイン法国の独自の"魔法"であることが分かった」
「!?……スレイン法国?」
(どういうことだ?スレイン法国は『人類至上主義』を語っていたはずだ。いや、それよりも何故アインズ殿がそのことを?)
「アインズ殿、その情報は一体どこから?」
「私が陽光聖典を倒したことは教えたな。後は分かるだろう」
「……成程。それなら確かな情報源ですね」
「まぁ、いい。実はこの魔法の刃には"この魔法で死亡した者は蘇生できない"という性質がある」
(もしやエントマ殿に"エヌティマ"と名乗らせていたのは…それの可能性を危惧して?……だとしたらこの方は…。いやそれが出来るからこそアインズ殿なのだろう)
「……えぇ。私たちもシズたちを蘇生しようとしました。しかし……」
ヤルダバオトの撃退後、モモンたちも密かに蘇生を試みた。ミータッチから受け継いだアイテムの中に蘇生できる類のものがあったのだ。それを迷わず使用しようとした。しかし出来なかったのだ。
「あぁ。だがこの魔法の刃にはもう一つの性質がある。それは"指定した名前の者に魔法の刃を仕込む"というものだ」
「…?」
「分からないか?つまりだ。彼女たちの名前を誰かが変えた場合、彼女たちは蘇生できる可能性があるということだ!」
「!っ…それは本当ですか!?」
「あぁ。今それを証明しよう」
そう言うとアインズは空間を歪ませて闇を作る。そこから現れたのは………。
「!っ……シズ!」
それは幻覚かと疑った程だ。だがその姿は忘れるはずがない。
「……ただいま。モモンさん…ナーベ…ハムスケ」
◇◇◇◇
◇◇◇◇
◇◇◇◇
シズと一通り会話した二人はアインズに目を向けた。
「………感謝致します。アインズ殿」
「…礼ならナーベに言え。彼女がシズとルプスレギナの蘇生を私に頼んだのだ」
「ナーベ、ありがとう」
「頭を上げて下さい。モモンさん……私はただ…」
「シズ…貴方がいない間にハムスケをブラッシングする者がいなかったの。だからお礼ならそれでお願い」
そう言われてシズは瞳を輝かせる。
「……分かった。任せて。行くよ。ハムスケ」
「むにゃ……もう食べれないでござるよ」
「…アインズ殿。シズをありがとうございました」
「気にするな」
「それで謝礼はいかほどにすればよろしいでしょうか」
モモンはそう口を開いた。今までとは異なりモモンとアインズは既に違う国家にいる。一方はただの冒険者。もう一方は一国の--それも強大な--主だ。当然謝礼は支払うべきだ。ただし自分自身の行動のみで支払えたらいいなという想いはあるが…。
「謝礼なら既に受け取っている。ルプスレギナがそうだ」
「?シズの姉のですか?」
「あぁ。ルプスレギナは魔導国に忠誠を誓った。理由は分かるだろう?」
「…えぇ。シズですね」
当然といえば当然だ。今まで恐怖で従わされていたヤルダバオトにシズ共々殺害され、それを蘇生したのならば感謝の念を抱くだろう。忠誠を誓うのも頷ける。アインズ殿は素晴らしい方であり、アインズ殿に付き従う者も素晴らしい方たちだ。アインズ殿の保護下ほど安全な場所は存在しないだろう。
「ゆえに謝礼としてルプスレギナというメイドを得た。これ以上の謝礼が必要だと思うか?」
「……モモン、ナーベ、話しておきたいことがある」
「?何でしょうか。アインズ殿」
「まずこれが手に入った」
そう言ってアインズは懐から何かを取り出した。手の平の上には見覚えのある石碑があった。しかも二つだ。
「それは
「シズとルプスレギナ……それぞれの心臓に近くに仕込まれていた」
そう言うとアインズは石碑をテーブルの上に置いた。石碑に何かが書かれてということはいなかった。恐らくヴァルキュリアなる人物…あるいは謎の声の男と対話できるようになったからだろう。
「!?……何故そんな所に?」
「理由は分からない。二人に聞いても分からないらしい。誰かが仕込んだとしか思えないが……」
「もしやヤルダバオトが?」
「……可能性は十分あるだろうな。だとしたら奴はこの石碑の存在を知っていることになる。だが…」
「確かにそれだと奴が簡単に退いた理由が分かりません。この石碑…が何に使えるかは知りませんが…持っていても問題なかったはずです。わざわざ手放す必要がありません」
「確かにな。……しかし、ここで可能性の話をしても仕方あるまい。現にあるのだから……それでどうする?モモン」
「えぇ。恐らく触れたら前回同様に意識を失うでしょう。ナーベ、悪いが後は頼むぞ」
「……」(モモンさん……貴方はもうこれ以上…)
「ナーベ?」
「…はい。分かりました」
「?……それでは触ります」
やがて意を決したモモンはアインズが机の上に置いた二つの
視界が歪む。目の前にありえないはずの光景が映る。
何も無い砂漠、空に浮かぶ巨大な城、巨大な八体の竜
----死ね。スルシャ■ナ----
----竜帝!----
----ツア■、お前は戦うな----
蛇を模した指輪、少し変わった装飾の書物
----『連鎖の指輪』、『名も無き魔術書』----
----何故裏切った!?答えろ!----
----■■の可能性はそんなに小さくはない----
瓦礫が散らかる大きな部屋の中で対峙する二人の人間
----私の名前?そうですね………----
----『
----私は■■■■■■ト……………………----
白く細長い竜、それと…。今のは……くっ、頭が…
----殺し■くれ----
----こんな形でお前■殺すことになるとはな。■■■ー---
----ありがとう。スルシャ■ナ----
涙を流し何かを懺悔する人間の青年に向かって剣を振り上げるスルシャーナ
それが振り下ろされて……
そこで視界は消失した。