青森海上保安部(青森市)の「青森機動監視隊」は同県鰺ケ沢町役場を拠点に活動する。隊員は海上保安庁所属の約10人。車で県内各地を移動し、陸上から木造船の漂着がないか監視する。住民や漁業関係者からの通報があれば現場に急行し、不審船を調査する。
漂着した木造船の船番号を記録する青森機動監視隊の隊員(青森県つがる市)
■漂着船は倍増
■なぜ増加?
日本の排他的経済水域内でイカ漁をする、北朝鮮籍とみられる船。目撃した日本人漁師は「全く悪びれる様子はなかった」という(9月)=石川県漁業協同組合小木支所提供
北朝鮮の経済事情に詳しい、環日本海経済研究所の三村光弘主任研究員はこう指摘する。「北朝鮮は近年、沿岸部の漁業権を中国に売却した。漁師は装備の乏しい木造船で、命の危険を冒して沖合へ漁に出ざるを得なくなっているのも一因だ」
■「こんなボロボロな船で荒海に繰り出すとは」
無人で漂着した木造船。船員はしけで海に放り出され、死亡した可能性がある(青森県つがる市)
船内を調べる青森機動監視隊の隊員(青森県つがる市)
人けのない浜におよそ全長14メートル、幅3メートルの木造船が漂着していた。黒いタールが塗られた船体にはハングル文字がくっきり。隊の関係者が思わずつぶやく。「こんな船が海上で高波にぶつかったらひとたまりもない。自分だったら絶対に乗りたくない」
漂着した木造船から発見されたハングル表記の板(青森県深浦町)
調べた木造船にはステッカーを張り、目立つようにスプレーで印をつける。不安を感じる住民に、確認済みであることを知らせるためだ(青森県つがる市)
地形が入り組んだ青森県の沿岸部。県内の日本海側の総延長は200キロ弱ある(青森県深浦町)
北朝鮮の船員が違法に上陸すれば地域の安全を脅かす。隊員らは船内を調べるだけでなく、周囲にたき火のあとがないかなど目をこらす。夜間に気温が氷点下になるため、その痕跡は貴重な手がかりになる。
隊員の「七つ道具」。木造船は人が近づきにくい崖下や岩場で発見されることもあり、双眼鏡が必須(青森県鰺ケ沢町)
密出入国の防止で注意を呼びかける看板が立つ(青森県深浦町)
■聞き込みも入念に
住民の通報を受け、聞き取りする青森機動監視隊の隊員(青森県深浦町)
日本海がしける11月から12月にかけて木造船の漂着は増え、ほぼ毎日のように通報があるという。青森県深浦町に住む熊谷まり子さん(66)は「小学生の孫がいるので、人が上陸したらと考えると怖い。海保が監視してくれるのは心強い」と話す。隊員の担当地域は日本海沿岸の6市町で、南北の海岸線の総延長は200キロ弱に及ぶ。
青森県鰺ケ沢町では、町役場と警察が町内会に注意を呼びかけるチラシを配布している
■船の撤去や処分は誰が?
浜にめり込んだ木造船の船首。海岸には残骸が点々としている(青森県つがる市)
木造船の撤去作業は自治体が負う。鰺ケ沢町役場の担当者は「町の予算は多くないため、費用は県の支援に頼らざるを得ない」とこぼす。補助金がおりて撤去するまで2、3カ月かかることもあるという。小さな自治体に大きな負担がのしかかる。
■「死活問題だ」
酒田港で水揚げし冷凍されたスルメイカ(山形県漁業協同組合提供)
山形県の酒田港はスルメイカの漁獲量で全国トップクラス。3年前は約2300トンあったが、今年は10分の1以下の220トンまで落ち込んでいるという。漁業関係者は「海の環境変化など他にも要因は考えられるが、ここまで減っては死活問題。また海上で我々の目の前で漁をするため、万が一網がこちらの船に絡まったら転覆する。命にかかわる事態だ」と怒りをあらわにする。
白波が立つ冬の日本海。おだやかになるのは春
取材・藤井凱、樋口慧 編集・鈴木輝良