田中秀臣(上武大学ビジネス情報学部教授)
「#検察庁法改正案に抗議します」というハッシュタグをツイッター上で目にしたのが、5月10日の朝だった。正確には、検察庁法の改正部分を含んだ国家公務員法改正案についての話題である。
このハッシュタグは何百万件もリツイートされ、インターネット社会の「熱狂」を示すものとしても注目された。特に、著名芸能人やアイドルらがこのハッシュタグをつけて、法案への異議や、政権に対する批判を表明していた。
個人的には、この法案がそれほど重大なものとは思っていなかっただけに、この「熱狂」は意外だった。筆者はアイドル研究もしているので、その意味で、複数のアイドルが政治的なスタンスを表明していることに興味を惹かれた。
ところで、このハッシュタグをリツイートしている人たちは、この法案のどこが問題だと感じていたのだろうか。具体的な法案の内容にコミットしている人はほとんど見かけなかった。
ただ、民主主義の危機や「三権分立の危機」について投稿した人はいた。安倍政権と東京高検の黒川弘務検事長との関係を問題視するものなども散見された。
率直に指摘すると、ハッシュタグをリツイートしている人たちの圧倒的多数は、おそらく法案を読んでいなかったのではないか。リツイートした後に「法案は読んだか」と指摘され、慌てて確認した人がいたようだ。
自分が反対意見を表明するには、根拠をきちんと述べなければならないが、多くは「熱狂」に身をまかせた直観や感情的なリアクションだったと思われる。この種の「熱狂」は、集団自衛権、秘密保護法の問題や、いわゆる「モリカケ」「桜」問題、最近では「アベノマスク」などで頻繁に見かけた現象である。
では、法案にはどんなことが書いてあるのだろうか。国家公務員法改正案は、2011年(民主党政権時)と18年(自公政権)の過去2回にわたる、人事院の「意見の申出」を受けたものだ。ちなみに、人事院は「内閣の所轄の下に置かれる、国家公務員の人事管理を担当する中立的な第三者・専門機関」である。
さらには、08年に成立した国家公務員制度改革基本法で、定年を65歳まで引き上げることについて検討すると明記されたことにさかのぼる。定年延長は、高齢化を背景にした社会的な動向を反映したものと同時に、公務員の早期退職による関係団体への天下りなどを防止する意味もあったはずだ。
もちろん、公務員の定年を一律延長するだけでなく、公務員の職務のさらなる効率化を促す仕組みをつくるべきだ、という指摘はありうる。だが、今回のハッシュタグ騒動は、そういう合理的な意見に基づく反論は稀(まれ)だった。単に政治的な思惑からの「熱狂」でしかなかったと思う。
とりわけ、安倍政権と「親密な関係」だとされる黒川氏の定年延長と関係しているかのような主張が散見された。これは全く関係ないことは既に指摘した通りだ。