新型コロナウイルスが感染拡大する間、ずっと品切れだったマスクが、連休中から全国のドラッグストアに並ぶようになった。対照的に安倍晋三首相の肝いり政策「アベノマスク」(布マスク2枚)の全世帯配布はまだ完了していない。本誌は政府からマスク納品を受注した大手業者が下請けに出した驚くべき指示書を複数入手。税金で作られたアベノマスクが不良品の山だった実態をルポする。



 東海地方の街外れにある倉庫群――。

 <返却品><修正可能品>などと紙が貼られた段ボール箱が大量に積み上げられている。どの段ボール箱にも<GAUZE MASK><1200PCS>と印字されている。

 アベノマスクの検品を請け負ったアパレル業者が本誌の取材にこう証言した。

「これはうちで検品したアベノマスクです。倉庫に残っているのは全部、B品と業界で呼ぶ不良品。適正なA品と判定されるのは、100枚検品すれば、30枚から40枚。依頼主は政府から受注した大手のA社です。納期が短くゴールデンウィーク返上で何十万枚ものマスクを検品しました。A社も直接、検品作業を見に来ました。大きな会社ですから普通はあり得ないですね。かなり焦っていたと思います」

 新型コロナウイルス感染症対策で日本の約5000万世帯に2枚づつ、布製のマスクを配布すると安倍首相が唐突に発表したのは4月1日。しかし、4月17日の配布直後から妊婦用マスクなどに虫や髪の毛の混入、マスクの汚れなどが指摘された。

 A社を含むマスクを納入した複数の社は、「この度の事態を真摯に受け止め、未配布分につきましては全量回収の上再検品し、生産協力工場における検品体制への指導強化を行うとともに、国内での全量検品を行います」などのコメントを発表していた。

 その未配布分の検品作業、不良品を補う新規のマスク製造を東海地方をはじめ、日本国内のアパレル関連の下請け業者に追加発注されたという。

「A社の布マスクは全て中国で作られたそうですが、検品の結果、不良品が多かったので、少なくとも約30万枚の追加生産を国内に切り替えてやっているようです」(発注を受けた下請け業者)

 アパレル産業が盛んな東海地方。アパレル業者の倉庫から20分ほど走ると小さな工場が見えてきた。窓越しに、マスクを作っているのが見える。縫製工場の経営者もこう証言した。

「この辺りは、アベノマスクの製造を受けている会社、たくさんありますよ。5月8日までにA社へ出荷してくれと頼まれ、夜遅くまで仕事しています。当初、納期は5月20日だったのですが、アベノマスクだから検品を厳格にしなければいけないと早く送るように指示されました」

 本誌はA社が下請け業者に送信した複数の指示メールを入手した。例えば、5月1日にA社担当者が発信したメールに次のように記されていた。

<本日時点での情報で結構ですので、貴社生産計画に基づく5/8(金)以降の出荷数量をお知らせ頂けますでしょうか。まずは5/8(金)出荷(=5/10着荷)で何枚ご準備頂けるか、次いで、残りの分をどれだけ早くご出荷頂けるかお知らせください>

 ゴールデンウイークの連休前後から全国のドラッグストア、街の商店街の店頭には品不足だったマスクが箱で大量に売られるようになった。その多くは中国製品で飽和状態になりつつある。国会でも安倍首相が野党からアベノマスクの不良品について追及を受けていた。

 その焦りからかA社は下請け業者に納品を急ぐよう指示を矢継ぎ早に出していた。だが、中には驚くべき指示があった。

<裁断の段階で異原糸や破れ・ほつれが見つかった場合はどうすれば良いか、その部分はカットすれば良いかというお問い合わせを数社様より頂いております。異原糸などが見つかった生地は裁断の段階では不良品とせず、折りたたんでマスクの状態にしてください。マスクの状態で「外から飛込みなどが全く見えないもの」はA品とさせて頂きます>(4月26日送信)

 メールで指示を受けた縫製工場の経営者がこう解説する。

「A社から新たに送られた動画で白い大きな布を広げて作るよう指示されているのですが、この時点で布に問題があるか、不良品かどうか、普通は気付くはず。また異原糸というのは、業界用語で布に小さな糸や汚れなどが混入していることを指します。衛生面が大事なマスク。外から見えなければA品という扱いで大丈夫なのか。杜撰な指示を疑問に思いました」

 本誌は4月28日配信のオンライン限定記事で、A社が各縫製工場に対して配布したアベノマスク「仕様書」を詳報した。

 その後、A社は縫製工場に作り方を解説した動画も送付。本誌が入手したその動画は約26秒で、海外の工場で女性数人が台紙のようなもののうえに、1枚の大きなガーゼを敷き、ペタン、ペタンと折り畳み、ゴムを通しす工程が収録されていた。

 本誌の取材に対し、A社はこう回答した。

「異原糸は、汚れではありませんし、健康上の問題は一切ございません。ただ、見た目が悪くなるという事から、弊社としては畳み方を工夫して 、 対応 して欲しいとお伝えしておりました。また、現状では国民感情に鑑み、異原糸込みのマスクは不良品として落としております」

 大量に不良品が出ていることについては、「通常の繊維製品ではありえない基準まで検品基準を、厳しくしましたので不良品率が増えております」と回答。

 現在、未納のマスクはどれぐらいあるかという質問には「回答を控えさせていただきます」。

 不良品の山となったアベノマスクについて前出のアパレル業者は複雑な心境をこう語る。

「日本国民としては、税金で作られたマスク、こんなに不良品があっていいのかという思いはあります。しかも中国などで作ったマスクは一枚10円前後。国内で検品料や追加製造費も上乗せされ、最終的に1枚120円〜150円の値段になるだろう。その一方で、コロナ関連でまったく仕事がない中でA社から発注があって、会社としては救われたのも事実。申し訳ないような複雑な思いです」

 郵送料も含めて466億円もの税金投入したにも関わらず、不良品が続出し、配達作業を中断しているアベノマスク。自民党幹部はこう話す。

「アベノマスクはマスク不足に対応する政策で短期間で全世帯に配布されなければ意味がない。すでに市場で飽和状態となりつつあるマスクを今さら残りの世帯に配っても間抜けなだけでしょう。しかも国内産となれば、かなりの割高。安倍官邸が音頭をとったアベノマスクですが、不良品問題、業者選定の不透明さなどで疑念ばかり生み、結果的にはやらないほうがよかった。安倍政権の命取りになりかねないと不安視する声もある」

 アベノマスクの落とし前を安倍官邸はどうつけるのだろうか。
(今西憲之/本誌・吉崎洋夫)

※週刊朝日オンライン限定記事