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戦国小町苦労譚 作者:夾竹桃

小話 其之参

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花街の女

尾張の港湾都市に隣する花街は飛島(とびしま)遊郭(ゆうかく)と呼ばれ名を馳せていた。

日ノ本でも有数の規模を誇り、東国に於いて単に花街とだけ言えば飛島を指すまでになっており、行き届いた衛生管理と治安の高さを理由に、高級歓楽街として確固たる地位を築いている。

治安の高さには理由があり、信長肝煎りの港湾都市に隣接する地域であるため厳しい監視下にあるのだ。

しかし花街の性格上、四角四面に法を守らせては廃れてしまうため、ある程度の自治が許可されていた。

勿論、信長の定めた法の枠組みを超えない範囲に限定され、明確な逸脱が露見すれば厳しいお咎めが待っている。

黎明(れいめい)期こそ、お(かみ)との腹の探り合いもあったが、既に危険な綱渡りをしてでも儲けたいという愚か者は淘汰され平和を享受していた。


「わっはっはっは!」


そんな飛島遊郭を慶次と兼続は訪れていた。ふらりと気まぐれに立ち寄ったのではなく、暫く顔を見せないと心配される程度には足繁く通っている。

港町で旨い海鮮に舌鼓を打ち、露店を冷かしては遊女たちへの土産物を買い求め、それらを手にして花街へと繰り出すのがいつものパターンとなっていた。

以前に無断で連泊して大目玉を頂戴したため、二人は必ず予定と居所をそれぞれの監督者へ伝えるようにしている。


「慶次殿、今日はコレ(・・)をやらぬのか?」


盃片手の兼続が、首を傾げながら腹の辺りを擦るような仕草を見せる。それを見た慶次が皆まで言うなとばかりに遊女に合図した。

慶次の意図を察した遊女はぱあっと顔を(ほころ)ばせると、気品を守りつつも早足に立ち去るという離れ業をして見せる。

楚々とした(たたず)まいを守りつつも、うっすらと頬を上気させた彼女が持ってきたものは二胡(にこ)、弦が二本張られた擦弦(さつげん)楽器であった。

擦弦楽器とは読んで字の如く、棒や弓を用いて弦を(こす)ることで演奏する楽器を言う。ヴァイオリン等もここに分類される。


「俺の素人演奏がお気に召すとは異なものよ」


「盃を傾けながら慶次殿の奏でる音色に酔いしれる。これがなかなか癖になる」


「私たちも慶次さんの演奏を楽しみにしているわ」


「そこまで言われちゃ仕方ねえ。素人の手慰(てなぐさ)みだが、一曲ご披露(ひろう)(つかまつ)ろう」


苦笑しつつ二胡を構えた慶次は、音色を確かめるように弦を押さえて弓を滑らせる。流れ出すのは普段の陽気な慶次とは似つかわしくない、何処か物悲しい郷愁(きょうしゅう)を誘う音色だった。

美しくも懐かしい音色が室内を満たし、遊女たちはうっとりと聞き惚れ、兼続は暮れゆく夕景を見つめながらここではない遠くへと思いを馳せている。

好事魔多しのたとえがあるように、心地好い時間というのは得てして長続きしない。曲の転調に合わせるかのように階下から荒々しい物音が聞こえ始めた。

それもそのはず、花街には酒に女に金と揉め事の火種には事欠かないため、いつどこで燃え盛っても不思議ではないのだ。

酔った男の罵声と、食器が割れる音に女の悲鳴が()じる。無粋極まりない騒音に演奏中の慶次や、曲を鑑賞中の兼続が気付かないはずがないのだが、二人は気にした素振りも見せない。

そんな二人の様子を見た年嵩(としかさ)の遊女が声を上げた。


「お楽しみの処悪いけど、お仕事の時間だよ。威張り散らすしか能のない輩を手玉に取るのはお手の物だろう?」


「あははっ! 姐さんの言うとおりよね、ちょっと平和ボケしてたみたい」


姐さんと呼ばれた遊女の合図を受けた数人が階下へと向かう。花街での喧嘩は理由如何に拠らず両成敗が原則だが、それでも毎日のように揉め事が起きる。

港湾都市のほど近くという、人の出入りが激しい地域ならではの事情もあるのだろう。


「流石大物は違うね。(ねずみ)は騒いで自己主張せずには居られないんだろうが、泰山(たいざん)はただあるだけで存在を示す。故事とは違い、この泰山が動けばただじゃあ済まないだろうけど」


年嵩の遊女が言うように、演奏を続ける慶次とその音色を楽しむ兼続は収まりつつある喧騒にも我関せずの態度を貫いていた。

部屋の外のことは全て雑音と切り捨て、遊女たちも引き続き時ならぬ演奏会に聞き惚れた。そこからは酒を盃に注ぐ音、遊女が動く際の衣擦れだけが演奏の合いの手となった。

慶次の二胡が尾を引くような音色と共に演奏を終えるると、その場に沈黙が下りた。


「流石は慶次さん。良い音色だったよ」


「次は明るい曲が良いなー」


「もう次の曲を催促かよ。まあ、今日は気分が良いから弾いてみるか」


苦笑しつつも慶次は遊女のリクエストに従って明るい曲調を奏で始めた。既に階下の喧騒は絶え、夕暮れの空に慶次の演奏だけが響いていた。


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