横田滋さん死去 原点に戻り対話解決を

2020年6月7日 08時45分
 拉致被害者・横田めぐみさんの父、滋さんが亡くなった。帰国を実現させようと奔走した滋さんのためにも、問題を風化させてはならない。政府は原点に戻り、対話解決に力を尽くしてほしい。
 滋さんは妻の早紀江さんと四十二年もの間、救出活動を先導した。穏やかな人柄で、拉致被害者家族連絡会の初代代表にも就任。頼まれると、どこにでも講演に出掛けた。死去の報に、多くの人が追悼を寄せたのも当然だろう。
 滋さんは「訴え続けないと、拉致問題が忘れられる」と話していたという。その危機感が、滋さんを駆り立てていたに違いない。
 問題解決のため、日本政府も長い間努力したが、柔軟性を欠く対応も目立った。たとえば、この問題に精通しているはずの安倍晋三首相が、北朝鮮に圧力一辺倒の対応をしてきたことだ。
 二〇一七年の国連演説で安倍首相は、対話は北朝鮮の時間稼ぎに使われたとし、「必要なのは対話ではなく圧力だ」と強調した。
 確かに北朝鮮の対応には不誠実な点があった。めぐみさんに関して不十分な資料を基に「すでに死亡した」と主張。本人の遺骨と称して偽物を送ってきたこともあり、日本国内で怒りが渦巻いた。
 ただ北朝鮮は、〇二年の日朝首脳会談で金正日(キムジョンイル)総書記が正式に拉致を認め、謝罪している。もちろん拉致問題の解決に協力することも考えていただろう。
 当時北朝鮮は経済難に陥っており、日本からの支援を受け、困難を乗り切ろうとしていた。この首脳会談で結ばれた日朝平壌宣言にも、国交正常化実現後、日本が経済協力を行うと明記されていたことからも分かる。
 しかし、日本政府は拉致解決を国交正常化交渉の入り口に位置づけ、経済制裁を強化した。金総書記に謝罪をさせた「成功体験」にこだわりすぎたのではないか。
 一八年には、史上初の米朝首脳会談が実現した。安倍首相はこれを見て、金正恩(キムジョンウン)朝鮮労働党委員長と「前提条件なしで向き合う」と姿勢を変えたものの、北朝鮮は米国や韓国、中国との関係改善を進めるだけで、日本との交渉には応じなくなってしまった。
 滋さんは生前、「解決のため制裁は緩和すべきだ。お互い嫌がらせをやったら切りがない」と対話路線を主張していた。安倍首相は、この言葉を心に刻むべきだ。そして、被害者の帰国に必要な措置を、迅速に取ってほしい。

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