とある新米調教師とエルフ幼女の一生
ツイッターTL上でティンときて書いてみました。
楽しかったです。
darnyleeさんに捧げます!
どこで間違えた。
俺の現状を表すならこの一言に限る。
「? おとーさん、どうしたの?」
「お父さんじゃねえ! エラルド様と呼べ!」
テーブルの向かい側で、金色の髪がさらさらと揺れる。
その髪の持ち主は、若い頃に国中の娼館を遊んで回った俺からしても
最上位に値する美貌の……エルフだ。
細長い耳も、やや長めのまつげも、下品過ぎないほどには肉の付いた肢体も完璧。
男受けしそうなぷっくりした唇や、目を伏せる仕草1つ1つも
どこの王子様だろうがイチコロだろうよ。
普段着として着させている服だって、
高位貴族がようやく買えるような一流の絹を素材に
金を積み上げて仕立てさせたものだ。
もったいないと言うコイツには慣れておかないと服に着られる、
と説得には時間がかかった物だ。
「ごめんなさい。エラルド様。でも、なんでおとーさんって呼んじゃいけないの?」
「決まってるだろ……お前を拾ったのは俺だからだよ」
うつむく姿もまた、きっと男どもを虜に出来る。
そう確信させるものだが、今はそれが仇となっている。
俺、エラルドの最初にして、
おそらく最後になりそうな奴隷、ウィシュタリア。
エルフの言葉で希望、っていうらしいぜ?
馬鹿らしいよな、本当に馬鹿らしい。
そんな彼女が何故ここにいるか、は結構前の話になる。
何の因果かドラゴンスレイヤーとなった俺が
国内で遊ぶのに飽き、奴隷でも扱ってみるか、
と思い付きで始めた奴隷調教師の仕事。
一通り、知り合いの先達に心得などと教わって
遅咲きデビューを果たした俺を待っていたのは、
全く集まらない商品、つまりはまったくいない奴隷だった。
奴隷のいない奴隷調教師なんて笑いものだ。
なんでだ、と当時は考えた物だが今ならわかる。
一部じゃ英雄と呼ばれた俺が始めるには気が狂ったかと思う様な仕事だ。
無理もない。
どうしたもんかと悩んだ末、俺は戦場に向かった。
戦争となればあちこちで孤児が出る。
そいつらを引き取る名目で奴隷にしてしまおうと考えたのだ。
運よく、隣国との戦争は過熱しており、
俺にも戦線復帰の依頼はじゃんじゃん来ていた。
もろ手を挙げて歓迎された俺は遊撃手として戦場に舞い戻り……。
そこでコイツ、ウィシュタリアの囚われた屋敷に突入したのだ。
幼く、背丈は俺の片腕にも満たないんじゃないかと思う姿だった。
「おじ様、どなたですか?」
牢越しにかけられた背格好に似つかわしくない、丁寧な言葉が俺への最初の言葉だった。
元はどんな輝きだったのだろうと楽しみに思える長髪、
そこから覗く耳は長い。
エルフ、しかも女だ。幼女だけどな。
この国と戦争を始めた理由にピンと来た。
だが、それは俺には関係ない。
そんなことより、だ。
捕えられ、両手足に枷のあるウィシュタリア。
全身が薄汚れていても、俺には確信があった。
コイツは化ける、と。
娼婦が化粧をしたら変わる、とかそんなもんじゃねえ。
戦場で何度も命を救ったカンにも似た、天啓って奴だろうか。
すぐに俺は檻の鍵をぶち壊し、鎖も断ち切ってウィシュタリアを抱え上げた。
「あの、その」
「黙ってろ。今日からお前は俺の物だ」
軽いな、という感想を口にすることなく、
俺はその屋敷を出、戦場を後にした。
噂によれば、俺はエルフの姫君を助け出したということになっているらしい。
お笑いだよな、俺はコイツを仕上げて売ろうとしてるってのによ。
………
……
…
それからの俺の生活はそれまでの自堕落な生活からある意味、一変した。
「あ……え?」
「違う、あい、だ。愛、わかるか?」
高く売るためには文字も読めないといけねえ。
中には頭の悪い女が良いってやつもいるが、
大体そういうやつは都合のいい女を求めてる。
つまりは高い金は出さないってわけだ。
ウィシュタリアは安売りしてたまるか。
出来る限り高く売りつけてやる、そう思って教育を施すことにした。
「男を見る時は基本的にはにこにこと笑ってろ。
女に笑顔で見られて悪い気分になる男はいねえ。
ほれ、試しに笑ってみろ」
「う、うん。こ、こう?」
俺の腰ほどしかない幼女がにこっと微笑み、
遊び慣れたはずの俺も一瞬、うっとなる宝石が産まれる。
さすが俺、目利きは正しかったようだ。
「よしよし、そうだ。男なんてもんは褒めてやればいい。
守ってやる、そう思わせたら勝ちだ。いいな?」
言ってる内容は最低に思えるが、事実だ。
俺も若い頃はころっと騙されそうになったもんよ。
「うん! わかったよ、おとーさん」
「お父さんじゃねえ!」
幸い、ウィシュタリアは素材として極上だった。
風呂にも毎日入れてやり、全身磨き上げてやった。
指の動き、瞬き、歩く仕草1つ1つに血筋なのか気品が勝手に備わっていく。
エルフらしく、貧相になりがちな体格も
毎日の運動と、しっかりした食事で下品にならないようにしつつも
痩せこけた、とは嘘でも言えないぐらいにはなった。
いつのころからか、俺の事をおとーさんと呼んでくるのには
いらいらするが、世間をだますにはこのぐらいがいいのかもしれん。
知識を叩き込み、体を整え、男の視点から
男受けする女の仕草なんかを教え込んだ。
年月が経ち、俺はさらにおっさんになってしまったが
ウィシュタリアは小さな幼女から少女と蝶のように変化していく。
噂を聞きつけてやってきた同業者を蹴り返し、
求婚に来る奴を門前払いにすることもあった。
馬鹿言うな、ウィシュタリアが金貨100枚ごときで買えると思ってるのか。
何より、タダで娘さんをくださいだと?ふざけるにもほどがある。
出入りする商人に聞いたところじゃ、
俺は姫を守る守護者のように言われているらしい。
道理で客の候補が来ねえと思ったぜ。
まだウィシュタリアは完璧じゃねえ。
料理や裁縫なんかも仕込み終わってねえし、
何よりベッドでの動きなんかはあまり進まねえ。
俺が手を出すわけにもいかねえし、
かといって言葉だけじゃなかなか伝わらん。
女の調教師に手伝わせるということも考えたが、
変な癖がついてしまっては元の子もない。
かろうじて男女の違いだとか、
手をつないだぐらいじゃ子供は出来ない、
みたいな子供にするような教育は終わったが、そのぐらいだ。
まあ、この調子なら夜はご自分で、と言えば
大体の男は逆に喜ぶだろう。
それでもゆっくりと、確実に教育は終わり……。
気が付けばウィシュタリアは完璧だった。
いや、完璧すぎたのだ。
エルフというだけでも元々の値段があほらしい値段なのに、
全身宝石のような輝きの美少女になっているのだ。
後10年もすれば傾国の美女として成長を遂げることだろう。
そう、そんなウィシュタリアは値段が付かなかった。
正確には、とある王子が国庫全部と引き換えに娶りたい、
なんて言いだした物だからそれ以下の値段をつけることを
誰もが躊躇してしまったのだ。
さすがにそんな王子の提案はあちら側総出で却下されたらしい。
まあ、そりゃわかるんだが……。
「お前、売れ残っちまうな」
「え? 私はおとーさんと……エラルド様と一緒でいいよ?」
俺の前でだけ、ウィシュタリアは村娘の様な口調で話す。
俺にまた怒られると思って言い直す姿なんかは
エルフというよりただの俺の……娘だ。
くだらない、本当にくだらない。
俺はお前を売るために育て、今も別に嫁に行き遅れるという話じゃない、
商品としての価値が上がりすぎて売れないことを嘆いているというのに……まったく。
当然、値下げして妥協してやるつもりもない。
それはウィシュタリアの価値を貶めることになる。
冗談ではない、こいつは……至宝だ。
変なの、とウィシュタリアには言われながらも、
毎日を過ごしていく。
俺にとってはウィシュタリアはただの商品、
でもコイツにとっては俺は父親なのだろう。
時には怒り、時には泣き。
エルフゆえにゆっくりとした成長となったウィシュタリアと、
人間らしく歳をとっていく俺との奇妙な生活は続き、終わりを迎える。
俺が、じじいになってしまったのだ。
「寒いな……」
「おとーさん、もう春だよ」
柔らかいベッドの感触を背中に感じ……いや、それは嘘だ。
もう、あんまりそういうものを感じない。
ウィシュタリアに言われて窓を見れば、確かに庭木に花が咲いている。
「そっか……そうだったな。ウィシュタリア」
「はい、おとーさん」
俺は呼び方を怒ることなく、細くなってしまった腕をのろのろと伸ばし、
横に座る彼女の頬に手を伸ばした。
しわくちゃで、じじいらしい手だろうに
彼女は嫌がることなく、その手を取って自分の頬に押し付ける。
そうしてつぶやくのだ、私の体温、感じますか、と。
「ああ……。ウィシュタリア、俺が死んだら」
「いやですっ」
久しぶりの、叫び。
気が付けば彼女の瞳からは涙があふれ、
俺にかけられていた毛布に染みを作っていく。
「良いから聞け。俺が死んだらお前は自由だ。好きに生きろ。
どこに自分を売り込むのも自由だが、値引きはするな」
「自分の価値を貶めるから、よね。何回も聞いたわ」
そうだ、よくわかってるじゃねーか。
それだけでも、教育した甲斐がある。
「大丈夫だ。お前だったら誰でも受け入れてくれる。
いや、こっちに来てくださいって困るぐらいだろうさ」
あまり感じない手の感覚に苛立ちながらも、
これまで退けてきた失礼な奴らを思い出し、一人笑う。
ああ、まだ笑える。
「やだ……やだよ」
「わがまま言うな、商品が売主に逆らうなんてとんでもない」
俺は、コイツの気持ちをわかっている。
ずっと商品として接してきたつもりの俺、
助け出され、育ててくれたと父親と慕うウィシュタリア。
すれ違いは、この期に及んでも治らない。
いや、治してはいけないのだ。
人間の寿命とエルフのそれは別物だ。
残るコイツの枷になることだけは御免だった。
「いいか、俺はお前の父親なんかじゃねえ。俺は……」
薄れゆく意識の中、何をいったかはわからないまま、
俺の手を握るウィシュタリアの温かさだけは、確かに感じられた。
この国には1つの言い伝えがある。
とある英雄と、エルフの姫君の物語。
囚われていた姫君を助け出し、万難から彼女を守り切った英雄の話。
あくどい商人からの申し出を断り、
エルフの姫という立場を利用しようとした求婚者を追い帰し、
相応しい存在が現れるまでと生き抜いた一人の男。
そして彼が亡くなってしまった後も、
エルフの姫君は一人、そこに住み続けた。
何度も、何人も求婚に訪れたがすべてを断り、
多くの襲撃者を英雄直伝の技術で追い帰す。
いつしか、その場所は女性の聖地と呼ばれ、
助けを請う弱き者の楽園となっていった。
ある日、1人が問う。
何故相手を見つけないのか、と。
すると、彼女はこう答えたというのだ。
自分を安売りしてはいけない。
自分がふさわしいと思う相手が来るまでそうするつもりはないのだと。
なおも問われる。
その相手は現れそうか、と。
すると、彼女は首を振った。
わからない……けど、1人いたんだからもう1人、いつか現れると思うの、と。
その最初の1人が誰なのか、問いかける者はいなかった。
聖地の裏には墓地がある。
不幸にもなくなってしまった女性たちのお墓であり、
その一角には古びたお墓が1つある。
誰もいなくなった墓地で、
そっと、その古びた墓標に花を捧げる彼女の姿があった。
「おとーさん、私、待つわ。ずっと、ずっと。ふさわしい相手が出てくるまで」
でも、生きている間にはいなさそう、
彼女の口からこぼれるその言葉は吹き行く風に溶け聞く者はいない。
─エルフの寿命の間に出てこないんじゃしゃーねーな。
そんな言葉が聞こえた気がして彼女は振り返る。
そこには誰もいない。
だが、彼女は静かに目を閉じ、頷いた。
「うん、しょうがないから……またおとーさんの娘に産まれたいな」
両目から落ちる滴が墓標を濡らす。
そこに記された名は……。