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この作品には 〔ガールズラブ要素〕 が含まれています。

続 いつかあるかもしれないアルフラ

作者:SH

 夜もふけ、草木も眠ってしまいそうな丑三(うしみ)つ時ちょっとまえ。


 燭台の炎がゆらめく薄明るい廊下を、アルフラは小走りにかけていた。

 手には紫紺(しこん)の光沢をはなつ天鵞絨(ビロード)張りの小箱。中には飾り気のないシンプルな銀の指輪(リング)。お揃いで仕立ててもらったその指輪は、アルフラが街まで行って買い求めて来たものだ。――もちろん片方は白蓮への贈り物である。もう片方はみずからの薬指に嵌めるのだ。先日、友人が婚礼をあげたのを見て、まねしてみたくなったのである。


 すでに夜も遅い時間ではあるが、指輪を入手するために十日ほども城をあけていたので、早く白蓮に会いたくてしかたない。

 街への道中、野盗にからまれたり、ちょろっと騎士団に襲われたりしたため、思ったよりも時間がかかってしまったのだ。

 こっそりと城を抜け出したので、もしかすると白蓮は心配しているかもしれない。指輪を贈るまでは、そのことを秘密にして、白蓮を驚かせてやろうという計画だった。


「ふんふふふふ~~んっ」


 ふんふんと機嫌よく鼻歌など鳴らしながら、目的の扉の前に立つ。そこでアルフラは息を潜め、きょときょと周囲を見回した。

 近くに邪魔者はいないかと耳をそばだてる。

 辺りに人の気配はない。

 よし、と小さくつぶやき扉へ手をのばす。

 蝶番(ちょうつがい)が音を立てぬように、静々と気をつけて開く。



 息を殺して続きの間に入ったアルフラは、


「あ……」


「……え?」


 寝室の扉を、今まさに開けようとしていた魅月(みづき)と目があった。


「な、なんであんたが白蓮の部屋にいるのよっ!」


 険悪な表情で詰問するアルフラへ、魅月は指を立てて口元にあてる。


「静かに。お姉さまが起きてしまうわぁ」


 思わずアルフラも口に両手をあてる。そして小声で、


「こんな時間になにしてるのよ」


 ささやきながら魅月につめ寄る。


「こんな夜更けにすることと言えばぁ、夜ばいに決まってるじゃない」


 悪びれもせずに言った魅月だったが、向けられた怒気を感じ取り一歩あとじさった。その目がアルフラの腰の辺りにそそがれる。


「なによぉ、あなた丸腰じゃないの」


 安堵の響きを帯びた声で魅月は愚痴る。


「最近、お姉さまがぜんぜん相手をしてくれないのは、あなたのせいなのよぉ。たまには大目にみてくれてもいいじゃない」


「そんなのダメに決まってるでしょ。早く出てゆきなさいよっ」


 実力行使も辞さないとばかりに、アルフラは魅月へとにじり寄る。その背後で、かちゃりと扉が開かれた。


「あら……」


 灰塚と傾国だった。


「あんたまで……」


 アルフラが不機嫌そうに眉根を寄せると、傾国は灰塚の背にそそっと隠れた。


「ちょっと。傾国がこわがってるじゃないの。なんでいきなりケンカ腰なのよ」


 むっとしたアルフラが何かを言うより先に、魅月がその口を押さえる。


「だからぁ、あまり騒々しくするとお姉さまに気づかれてしまうわ」


「あなた達……」


 灰塚はアルフラと魅月を見比べ、なんとなく事情を察したようだ。


「夜ばいをしようとして、うっかり鉢合わせてしまったわけね」


「そういう灰塚さまこそぉ、お姉さまの寝込みを襲うつもりだったのでしょ?」


「ちがうわ。傾国がお姉さまと添い寝をしたいというから、ここまで連れて来てあげただけよ」


 アルフラと魅月は疑わしげに目をほそめる。

 あわよくば三人で……などと考えていた灰塚は、じっとりとした視線にすこしたじろぐ。


「た、たまにはいいでしょ。あなたはいっつも一緒に寝てるのだから。近頃お姉さまは、ぜんぜん構ってくれないし……」


 そこで灰塚は、キッとアルフラをにらみつける。


「だいたい、お姉さまが相手をしてくれないのはあなたのせいじゃない。ちょっとは大目にみてくれても――」


「灰塚さまぁ。それ、さっきあたしが言いました」


「あら、そうなの?」


 のんきに首をかしげた灰塚へ、アルフラの鋭い視線が刺さる。

 自分がにらまれたわけでもないのに、傾国がふるふると怯えていた。


「だから傾国がこわがるからやめなさいって。……本当に独占欲の強い娘ね」


 ため息まじりにつぶやいた灰塚の背後で、ふたたび扉が開かれる。


「え……?」


 黒エルフの少女が戸口で硬直していた。


「あら、ウルスラも夜ばい?」


 気軽に尋ねた灰塚の前で、ウルスラがあたふたとする。


「そ、そんな、夜ばいだなんて……というかアルフラ様、いつの間にお戻りになっていたのですか?」


「……さっき」


 かなり憮然とした口調のアルフラに、ウルスラは身をすくめる。そして一歩横にずれて、灰塚の後ろに位置取っていた傾国と抱き合う。


「あ、あの。あたし本当に夜ばいとかそういうのではなく……ただちょっと白蓮様と添い寝を――」


 言い訳がましいウルスラの口上を灰塚がさえぎる。


「それ、さっき私が言ったわ」


「えっ、あ……そうなのですか?」


「とにかくっ」


 アルフラは、油断も隙もない泥棒猫たちを、きつい目でにらむ。


「はやく出てってよ」


「あのねえ、あなたはここに来てからずっとお姉さまを独り占めしてるじゃない。そのあなたが居ない間、お姉さまのお世話をしてきたのは誰だと思ってるの? 一晩くらい私に譲りなさいよ」


 一歩も引かない意向を表明した灰塚に、背後から傾国とウルスラの声援が飛ぶ。


「がんばって」


「さすがです灰塚さま」


 二人の想いを背に、灰塚は自慢げに顎をそらす。


「いい? 私はねえ、朝から晩までお姉さまのお世話をしていたのよ。寝具の用意から湯浴(ゆあ)みまでねっ」


「な、なんですって……? 湯浴みまで……」


 愕然としたアルフラの表情を見て、灰塚は形勢有利と判断した。


「ふふふ、私くらいになるとね、お姉さまのカラダを清めるのに手なんか使わないわ」


「そ、そんな……じゃあ……」


「もちろんお口でよっ」


「くぅ……」


 めまいでも感じたかのように、アルフラの上体がくらりとかたむく。一歩、二歩と後ろへよろけ、あやうく踏み止まる。


「そ、そんなの、あたしにだって出来るわ。そうよ、明日にでも……」


 その情景を想像してしまったのか、アルフラの顔がほんのりと上気する。ぽっと頬を赤くした様子を見て、灰塚が鼻で笑った。


「ふんっ、あなたみたいな小娘には無理よ。やってみれば分かるけれど、舌もかわくし結構疲れるんだから」


 灰塚優勢と見てとった魅月も、すかさず戦線に加わる。


「あたしなんて、しょちゅうお姉さまと××××になるくらい××××していたわぉ」


 これには灰塚をはじめ、傾国とウルスラも顔を赤くする。

 アルフラだけが、きょとんとしていた。


「……貝合わせってなに?」


 その目がウルスラへ向けられる。


「えっ、あたしですか!? ええと……あの……」


 頬を染めてもじもじとするウルスラにかわり、灰塚がアルフラの耳元でささやく。その、微に入り細に入った説明を聞くにつれ、アルフラは耳の先まで真っ赤になった。そして魅月にすさまじい目を向ける。


「いやらしいっ、あんた白蓮にそんなことしてたの!?」


 とは言いつつ、早くこの邪魔者たちを追っ払って、いま仕入れたばかりの知識を試してみようと考えていた。


「白蓮の貝はあたしのなんだから!」


 そんなアルフラの内心を見透かしたように、魅月は笑う。


「ふふふ、あなたみたいなお子さまには、すこし刺激が強い話だったかしらぁ」


「そ、そんなことないわよっ」


 さきほどから小娘あつかいされっぱなしのアルフラは、むっと口をとがらせる。


「あたしだって白蓮と×××したり、××を××って×したことだってあるんだから」


「え……」


「そうなんですか?」


 目をまるくする傾国とウルスラに、アルフラは得意顔でつづける。見栄(みえ)をはりたい年頃なのだ。


「ふふふ、それだけじゃないわよ。ほかにも白蓮の×××××を××ったり、××の××××った××とか」


 その内容の濃さに、灰塚と魅月も唖然とした顔をする。


「あ、あなたなかなかすごいわね……」


「処女のくせに……あなどれないわぁ」


 さきほどとは打って変わり、魔王たちの顔に驚きと尊敬の色がうかぶ。その視線が気持ちのよいアルフラは、ついつい調子にのってしまっていた。話された内容はほぼ出鱈目だ。


「ふふんっ、あたしにかかれば白蓮なんて、××××で××けよ」


 肩をそびやかしたアルフラは、まいったかとばかりに胸をはる。

 しかし、返って来るはずの称賛の言葉はなく、なぜかみな、顔を青くして棒立ちになっていた。その視線はアルフラの背後、白蓮の寝室の扉へ。


「え……ど、どうしたの……?」


 アルフラのうなじを、冷やかな空気が撫でる。

 背後に感じた怒気の強さに、振り向くことが出来ない。


「イケナイ()ね、アルフラ」


 ひくっと喉を鳴らして、アルフラはちぢこまる。


「だれが……中指一本で腰砕けですって?」


 アルフラはぎゅっと目をつむり、早口であやまる。


「ごご、ごめんなさい白蓮っ!」


「まったく、ふらっと出て行ったあげく十日も帰って来ないで。……どれだけ私が心配したと思っているの?」


「そ、それは悪かったと思ってるけど……」


「すぐ戻るから、と残していった書き置きは誤字だらけだし……その上よく分からない嘘までついて」


 アルフラは、ついさっき上機嫌で語った内容を思い出して、白く見えるほどに青ざめる。


「あの、白蓮……どのあたりから聞いてたの……?」


「夜ばいのくだりからかしら」


 ほぼ最初からである。

 ぶるぶるとふるえるアルフラの背に、普段とは違った厳しい声が告げる。


「今まで少し甘やかし過ぎたのかしら。やはり躾と教育は大切なのね。悪い子には――」


 お仕置き、と言いかけた白蓮の言葉を最後まで聞かず、アルフラは走って逃げようとした。――が、ひんやりとした手に首根っこを掴まれる。


「はわわ……」


「嘘をついた悪いお口は、この口かしら?」


 細く長い指先がアルフラの下唇にふれる。そのまま指は首筋をなぞり、うすい胸をかすめて、


「それとも、こちらのお口かしら」


 下腹部に差し込まれる。


「あうんっ! ゆるして白蓮っ! もぅ嘘はつかないからぁ~~」


 どきどきと事の成り行きを見守る魔王たちの前で、アルフラは寝室へと引きずられていく。


「ウルスラ、お願いっ――」


 助けを求めようとしたアルフラは、ウルスラたちの顔を見て愕然とする。その表情はいずれも、秘密の花園へ連れ込まれるアルフラへ対する羨望(せんぼう)に満ちていた。


「いやぁぁ――た、たすけ……」



 やぁのやぁのと悲鳴をあげるアルフラは、そのままずるずると寝室へ引きずられていった。





 くにゅ――

 ……ぴちゃ…………り……

 みにょにょにょにょにょにょにょにょにょ!!


 水っぽい湿った音が寝室から響く。

 背後からおおいかぶさるように抱きすくめた白蓮が、自在に指を踊らせ、アルフラのほそっこい体を()でていた。

 赤い顔をした傾国が下を向き、やはり頬を色づかせたウルスラがぽつりとつぶやく。


「――白蓮さま、扉が開きっぱなし……」


 周囲の魔王たちの誰もが、よけいなことを言うなといった目でウルスラを見る。

 ときおり足を痙攣させるアルフラを(もてあそ)んでいた白蓮が、ゆっくりと顔をあげる。

 繊細、かつ巧みな動きを見せる手は休めることなく、視線だけがウルスラへと向けられる。


「いま閉めるわ」


 白蓮が手をはなすと、アルフラは膝をがくがくとふるわせながら、その場に崩れ落ちた。


「わかった? アルフラ」


 白蓮は諭すように語りかける。


「中指一本で腰砕けというのは、こういうことを言うのよ」


 ぺろりと指先を舐め、白蓮は扉へ手をかけた。その背後、寝室の薄闇から、床を這うようにほっそりとした腕が伸ばされる。


「うわぁ……」


 ウルスラたちの視線に気づき、白蓮が足元を見る。

 ぷるぷるとふるえる腕が、戸口の木枠を掴もうとしていた。

 はひはひと荒い息遣いが響く。

 どうやらもう、息も()()えなようだ。


「……たしゅ、け……て……ぇぇ……ぇ……」


 ナニをどうされたのか、すでにアルフラの呂律(ろれつ)は回っていない。

 あまりにも見事な白蓮の手並みだった。


 あと少しで木枠に届きそうだったアルフラの腕を、粘着質な液体を滴らせる白蓮の手が押さえつける。


「ひあああああっ、らめえぇぇ――――」


 かすかに弱々しい悲鳴が聞こえた。しかし、すぐにそれも静かになる。

 アルフラを横抱きにした白蓮が、ぱたりと扉を閉めた。

 取り残された魔王たちは、ひたすら羨ましそうだ。



 その夜アルフラは、こっぴどく性教育された。

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