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この作品には 〔ガールズラブ要素〕 が含まれています。

いつかあるかもしれないアルフラ

作者:SH

 暖かい寝台の中で、アルフラは色とりどりの“夢”を見ていた。


 柔らかな頬に影を落とす睫毛をふるわせ、かるく寝返りを打つ。

 やがて、長く深いまどろみから目を覚ましたアルフラは、上体を起こし、ひとつ伸びをした。


「ふっ……ぁぁ~~」


 雪原の城。その地下に位置する一室。四方を白磁(はくじ)石で造られたアルフラの自室だ。


 アルフラがこの世で二番目に好きな場所である。

 そして、一番好きなのは今現在アルフラが身を起こした場所。愛する人の腕の中だ。

 まだ眠りの中にある白蓮の薄い唇に、そっと自らの口を重ねる。アルフラがよくされるのを真似、下唇に軽く舌を這わせてみた。


 愛しい人の完璧な寝顔をしばしの間、にまにまと眺め、起こしてしまわぬようにそろりと寝台から降りる。


 そのまま部屋を出ようとしたアルフラは、なにを思ったのかふと立ち止まり、寝台へと取って返す。

 白蓮がよく眠っているのを確認し、なだらかな胸をぺたぺたと撫で回した。さらに夜着の胸元へ手を差し込もうとしたとき、白蓮が身じろぎをした。


 慌ててアルフラは手を引き、少し荒くなっていた息遣いを押し殺す。

 あまりやり過ぎて、また鼻血を出してしまうと白蓮が寝ている間にいたずらをした事がばれてしまう。今はこれで我慢しておく事にした。


 アルフラは自室を出て、とてとてと素足のまま階段を上がる。

 かつての雪原の古城は、すでに古城ではなかった。一度崩壊し、新築された地上部は、今では光沢を帯びたよく分からない材質で作られた、ぴかぴかのお城に生まれ変わっていた。


 アルフラは、ひんやりとした床を小走りで目的の部屋へ向かう。





 深い眠りの中にいた白蓮は、部屋の中にアルフラ以外の者が立ち入る気配で目を醒ました。


 寝台に横たわったまま白蓮は、アルフラに伴われ入って来た人物に咎めるような視線を向ける。

 この城に住む者皆に、アルフラの部屋には自分以外は入らぬように言いつけていたのだ。彼女は二人だけの時間を邪魔されることを、非常に嫌っていた。


「おはようっ。白蓮!」


 駆け寄って来たアルフラが、どーーんと飛びついて来る。

 片手で受け止めた白蓮は、アルフラに流れ落ちる自らの銀髪をすくいあげ、唇を寄せた。


「おはよう。アルフラ」


 アルフラの細く体温の高い身体を優しく抱きしめ、合わせた唇をちゅっと鳴らす。


「あのね白蓮。聞いて聞いてっ!」


「なあに?」


 頬を上気させたアルフラが、こぼれそうな大きな瞳で見上げてくる。

 普段はくりくりとよく動く鳶色の目が、じっと白蓮を凝視していた。

 それはアルフラが何かをねだる時の仕種だった。

 白蓮はこれまで一度もその眼差しに抗えた試しがない。


 アルフラが笑う。


「ふふふふふ……」


 なにをおねだりされるのかは分からないが、自分があっさりと屈するだろうという事は分かっていた。


 アルフラが嬉しそうに笑う。


「うふふふふ」


「どうしたの? なにか欲しい物があるのでしょ」


 アルフラがとても嬉しそうに笑う。


「あのね、あたし白蓮の赤ちゃんが欲しいの」


「そう、しょうがな………………??」


 お決まりの返事を用意していた白蓮の口が、まあるく開かれたまま固まった。

 動きを止めた白蓮の顔に、無数のクエスチョンマークが浮かぶ。


「ごめんなさい、アルフラ…………もう一度言って貰えるかしら」


「だからね。白蓮の赤ちゃんが欲しいのっ!」


 白蓮は亜麻色の髪を優しく撫でる。


「あのねえアルフラ……」


 かつて古城での暮らしの中で、アルフラには一通りの一般常識を教えたはずだった。しかし、そういった性の知識についてはすっぽりと抜け落ちていた事に思いあたる。

 以前、アルフラに押し倒された挙げ句、やり方が分からないと泣き出された時の事を思いだし、白蓮はくすりと笑う。


「女同士では子供を作ることは出来ないのよ」


 道理を知らない幼子に向けるような柔らかい笑みでアルフラを見詰める白蓮は、次の一言にふたたび固まる。


「それがね、出来るんだって」


「…………??」


 アルフラが、入口で二人のやり取りを見守っていた人物に同意を求める。


「ねっ、出来るんだよね?」


「はい、可能です」


 あっさりと肯定した人物に、白蓮がやや上擦った声で尋ねる。


「え……え、と。分かるように説明して貰えるかしら?」


「はい。人の性は受精した時点で決まりますが、胎児の初期段階では全て女性体です。そこから時間をかけて性が分化します。その行程を辿り少し手を加えれば――」


「待って! ちょっと待ちなさい」


「はい」


「それは赤子の話でしょう。私が聞きたいのは、女同士なのに何故アルフラの子供を私が――」


「違うよ。あたしが白蓮の赤ちゃんを産むの」


「…………は……い?」


 白蓮は、音が出そうなほどぎくしゃくとした動作で戸口の人物へ首を巡らせる。


「はい。ですから処置を行えば、性別を変える事はたやすいと言いたかったのです」


「性別を……変える?」


「はい。可能です」


「ねっ。だからあたし、白蓮の赤ちゃんが欲しいの」


 アルフラがきらきらと瞳を輝かせて白蓮を見上げる。


「ま、待ってちょうだい……」


 白蓮は、期待に満ちた視線を受け止めきれずおろおろとする。


「それは私が男になると……」


「はい。その通りです」


 白蓮は、じっと覗き込むアルフラの視線からなんとか逃れようとする。

 ぱちぱちと繰り返される瞬きからのぞく蒼い瞳には、これ以上はないというほどの動揺が見え隠れしている。

 普段、とても冷静な彼女としては、非常にめずらしい事だった。


「ね、いいでしょ。男になって」


「で、でも……そう簡単に性別を変える事なんて、無理よね?」


 助けを求める白蓮の問いかけは、あっさりと切り捨てられる。


「いえ、朝飯前です」


「ほら、ね」


「処置室までお越しいただけば、朝食をお運びして食べ終わる前には済みます」


 逃げ場のなくなった白蓮に、アルフラが瞳を潤ませ追い撃ちをかける。

 どれほど頑張ってみたところで、一度合わされたその視線から逃れられた事は今までに無い。

 砂時計が落ちきるように、アルフラの瞳から涙が零れ落ちる瞬間が白蓮にとってのタイムリミットなのだ。


「ね、お願い。白蓮~」


「そ、そんなのずるいわ」


「……え?」


 白蓮は、期せずして初めての大金星を上げる一言を放つ。


「わ、私だってアルフラの子供が産みたいわ」


 頬を赤らめ、伏し目がちにつぶやいた白蓮が、少し怒ったようにそっぽを向く。


 アルフラの中のどこか遠い所で、何かが射抜かれたような音が響いた。


「な…………」


 つう~~、とアルフラの鼻から大量の血が流れた。


「な、ななな、なるっ! なっちゃう! あたし男になっちゃうよ!!」


 自らの鼻血で血まみれとなったアルフラが、白蓮の喉首へかじりつくように飛びつき、口づけの雨を降らせる。


「嬉しい! いっぱい赤ちゃん作ろうね、白蓮!」


 白蓮の透き通るように白い肌が、みるみる桜色に染まった。


 いつ果てるともなく、口づけの旋律を奏でつづけるアルフラ。その神聖な愛の儀式に魅入っていた戸口の人物が、それをさえぎる。


「ちなみに、お互い女性のままで単性生殖を可能にする処置も出来ます」


「え゛!?」



 白蓮とアルフラ、二人の声が綺麗に重なった。

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