卒業式と大混乱【一】
「――よかった。本当によかった……っ」
万感の思いを噛み締めながら、安堵の息を吐き出した。
都の
いや、それよりももっと長い間ずっと……ずっとずっとずっと走り続けてきた気がする。
(やったぞ、
今この手の中にある幸せが、家族みんなが無事であるという現実が――幾多の苦難の果て、ようやく手にした『奇跡』のような気がしてならなかった。
「
父さんは目を丸くして、俺の右手を注視した。
「ん……? あっ、そういえば……そうみたいだな」
今更になってようやく、自分が時渡の刀を抜いていることに気が付いた。
感情の波が激し過ぎて、それどころではなかったのだ。
「――よくやった、さすがは俺の子だ。お前ならば、いつかやってくれると思っていたぞ……っ。『無限地獄』へたどり着き、神の試練を突破したんだな!」
彼は会心の笑みを浮かべ、俺の体をギュッと抱き締めた。
「む、無限地獄……? なんだかよくわからないけど、体は大丈夫なのか?」
「あぁ。火の因子を
「そうか、それならよかった」
俺がホッと一息をつけば、父さんは悩まし気な表情で腕を組む。
「さて、いろいろと話したいことはあるんだが……。その前に、南方へ逃がした母さんたちを呼んで来てくれないか? 今の時近ならば、すぐに追いつくだろう」
「うん、わかったよ」
その後――雪の絨毯に残された足跡を頼りにして、母さんたちと合流を果たした俺は、みんなを引き連れて自宅へ戻った。
すると、
「こ、こんなに大きな
母さんは目を白黒とさせ、信じられないと言った風に呟き、
「に、兄ちゃんすげーっ!」
「強い強い!」
時男と時子は、興奮気味にぴょんぴょんと跳ね回った。
「あはは、今回はたまたまだよ」
俺はなんとも言えないこそばゆい思いをしながら、ポリポリと頬を掻く。
(
さっきのはおそらく、火事場の馬鹿力というやつだろう。
俺がそんなことを考えていると、父さんはゴホンと咳払いをした。
「――これから俺は、時近と大事な話がある。母さんはその間、時男と時子の面倒を見ていてくれないか?」
「えぇ、わかったわ。――時男、時子。お母さんの内職、手伝ってくれないかしら?」
母さんがそうお願いすると、
「うん、いいよ!」
「お手伝いする!」
素直な二人は、元気よくコクリと頷いた。
「ふふっ、ありがと。それじゃ行きましょうか?」
「「はーい!」」
そうして彼女は、時男と時子を連れて家の中へ入って行った。
「――さて。それじゃ時近、俺たちも行こうか」
「あぁ」
その後、俺と父さんは
彼が言うには――なんでも俺は、『どこかの時間軸』で時渡の刀を引き抜き、無限地獄という不思議な世界へ
俺はそこで地獄のような修業をこなし、時の神様から絶大な力を
「――というわけなんだが、何か質問はあるか?」
「質問というか、なんというか……。そんな記憶、全くないんだけど?」
時の神様も無限地獄も過酷な修業も、何一つとして記憶に残っていない。
「ふむ、それなんだが……。おそらく『なんらかの理由』があって、時の神様が記憶を消去したんだろうな」
「記憶を消すって、そんなことが可能なのか!?」
「時の神様は、『時の秩序』というとてつもない力を持つと言われている。『記憶の時』を巻き戻すことぐらい、造作もないことだろう」
父さんはそう言って、何度も頷いた。
「それに何より、時近が無限地獄を突破したことを裏付ける『二つの証拠』がある」
「なんだ、それは……?」
「――
「……なるほど」
前者については、火事場の馬鹿力だと思うけど……。
後者については、確かに証拠となり得るだろう。
(流派の技というのは、
その道の達人から教えを受け、たゆまぬ努力の果てにようやく習得するものだ。
そもそもの話、黒の太刀なんて流派は見たことも聞いたこともない。
(もしかしたら、本当に時の神様から剣術を教わったのかもしれないな……)
俺がそんなことを考えていると、
「――さて、そろそろ本題へ移ろうか」
父さんはパンと手を打ち、ジッとこちらを見つめた。
「時近、お前はこれから無限討滅隊に――無限隊に入るんだ」
「俺が、
「あぁ、そうだ」
無限討滅隊――通称、無限隊。
人々を苦しめる邪悪な妖魔を討ち、都の
「
彼は昔を懐かしむようにして、最後にポツリと付け加えた。
無限樹とは、『原初の神』が創造した平和と繁栄の象徴。第一層から第百層で構成されるその大樹は、まさに地上の楽園だ。
各階層には暖かな日の光・肥沃な土壌・四季折々の自然があり、人類は無限樹の内部で豊かな生活を送って
(しかし、千年前――無限樹は突如出現した『邪神』によって、汚染されてしまった)
その結果、各階層は妖魔の
邪神に支配された無限樹は、世界中へ根を張り巡らせ、
(無限隊は定期的に各地を巡回し、苗木や魔樹を伐採しているけれど……)
無限樹の活動は日に日に活発化しており、手が回り切っていないのが現状だ。
「……なぁ父さん、約束の時ってなんなんだ? 無限樹の頂上には、いったい何があるんだ?」
「それは……わからない。ただ黒影家の
「世界がひっくり返る……」
随分と規模の大きな話になってきた。
「まぁとにかく――先祖代々の悲願を達成するためにも、時近にはぜひ無限隊へ入ってもらいたい」
「悪いけど、それは無理だ」
父さんには申し訳ないが、はっきりと断らせてもらった。
「な、何故だ……? お前は小さい頃から、無限隊に入りたがっていたじゃないか」
「それはそうなんだけど……」
確かに俺は、小さい頃からずっと無限隊に入ることを夢見ていた。
それは十五歳になった今でも変わらない。
(無限隊の隊士になれば、安定的な給金が約束される)
そうすれば――父さんは病院へ通えるようになるし、母さんには穴の空いていない着物を買ってあげられる。
時男と時子にだって、お腹いっぱいごはんを食べさせてやれるだろう。
俺が無限隊に入れば、みんなにもっと楽な暮らしをさせてあげられるのだ。
しかも、それだけじゃない。
(邪悪な妖魔を退治し、世界の厄災である無限樹を滅さんとする正義の剣士は……みんなの希望であり、憧れであり、心の支えだ)
かつて無限隊の一員として剣を振った父さんのもとには、彼に命を救われた人たちが、今でも感謝の言葉を伝えに来る。
(そんな父さんが、かっこよくて……とても誇らしかった)
だから俺は、小さい頃から剣術を必死に学び、いつか無限隊に入ることを夢見ていたのだ。
しかし、今は状況が状況だ。
「無限隊の隊士になれば、数か月にわたって家を空けることも珍しくないだろ? もし俺が留守の間、
俺にとっては黒影家の悲願よりも、時の盟約よりも、家族の方がずっと大切だ。
みんなの安全が保障されていない現状、家を空けるわけにはいかない。
「……なるほど、
「――父さんは持病を抱えているし、もういい年だ。さっきだって、発作が起きて動けなかっただろ?」
「む、ぐ……。そこを突かれると苦しいな……っ」
彼は困り顔を浮かべポリポリと頬を掻き、しばらくの間、黙り込んだ。
そうして一分・二分・三分と経過したあるとき、
「――よし。それじゃいっそのこと、都の神園へ引っ越すというのはどうだ?」
父さんがポンと手を打ち、突拍子もない提案を口にした。
「神園へ、引っ越す……?」
「あぁ、あそこは世界で一番安全な場所だ。なにせあそこには、常に一柱の神様とそれを守護する二人の『
「それは、そうだけど……」
『秩序』という超常の力を操る神様、無限隊における最高戦力の刀。
父さんの言う通り、神園は世界で一番安全な場所だろう。
「でも……いいのか? この家は、ご先祖様から引き継いだ大事なものなんだろ?」
「あぁ。しかし、最も優先すべきは黒影の血を絶やさないこと、その次に約束の時を迎えることだ。時近の言う通り、ここはもう決して安全な場所じゃない。遅かれ早かれ、いずれどこかへ移るつもりだった」
彼はそう言って、ゴホンと咳払いをした。
「さて、そうと決まれば――まずは引っ越し資金を貯めるとしようか。神園に引っ越すとなれば、かなりの額が必要だからな」
「あぁ、そうだな」
こうして俺たち黒影家は、引っ越し資金を貯めることになったのだった。
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