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落第剣士の剣術無双~無限地獄を突破した俺は、気付いたら最強になっていた~ 作者:月島 秀一
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卒業式と大混乱【一】

 牛頭鬼(ミノタウロス)との戦いに勝利した俺は、


「――よかった。本当によかった……っ」


 万感の思いを噛み締めながら、安堵の息を吐き出した。


 都の神園(かみぞの)から家に帰るまでの約三十分間、本当に長かった。

 いや、それよりももっと長い間ずっと……ずっとずっとずっと走り続けてきた気がする。


(やったぞ、俺は(・・)ついに(・・・)やったんだ(・・・・・)……っ)


 今この手の中にある幸せが、家族みんなが無事であるという現実が――幾多の苦難の果て、ようやく手にした『奇跡』のような気がしてならなかった。


時近(ときちか)、『今の太刀』はまさか……っ。いや、それよりもお前……抜けたのか(・・・・・)!?」


 父さんは目を丸くして、俺の右手を注視した。


「ん……? あっ、そういえば……そうみたいだな」


 今更になってようやく、自分が時渡の刀を抜いていることに気が付いた。

 感情の波が激し過ぎて、それどころではなかったのだ。


「――よくやった、さすがは俺の子だ。お前ならば、いつかやってくれると思っていたぞ……っ。『無限地獄』へたどり着き、神の試練を突破したんだな!」


 彼は会心の笑みを浮かべ、俺の体をギュッと抱き締めた。


「む、無限地獄……? なんだかよくわからないけど、体は大丈夫なのか?」


「あぁ。火の因子を(たぎ)らせ、ゆっくりと回復しているところだ。まだ少し痛むが、しばらく休めば問題ない」


「そうか、それならよかった」


 俺がホッと一息をつけば、父さんは悩まし気な表情で腕を組む。


「さて、いろいろと話したいことはあるんだが……。その前に、南方へ逃がした母さんたちを呼んで来てくれないか? 今の時近ならば、すぐに追いつくだろう」


「うん、わかったよ」


 その後――雪の絨毯に残された足跡を頼りにして、母さんたちと合流を果たした俺は、みんなを引き連れて自宅へ戻った。


 すると、


「こ、こんなに大きな牛頭鬼(ミノタウロス)を……時近がたった一人で……!?」


 母さんは目を白黒とさせ、信じられないと言った風に呟き、


「に、兄ちゃんすげーっ!」


「強い強い!」


 時男と時子は、興奮気味にぴょんぴょんと跳ね回った。


「あはは、今回はたまたまだよ」


 俺はなんとも言えないこそばゆい思いをしながら、ポリポリと頬を掻く。


牛頭鬼(ミノタウロス)を倒せたのは、きっと俺本来の実力じゃない)


 御堂(みどう)剣術寺でも最弱の『落第剣士』が、なんの因子も持たないこの俺が、あんな巨大な妖魔に勝てるわけがない。

 さっきのはおそらく、火事場の馬鹿力というやつだろう。


 俺がそんなことを考えていると、父さんはゴホンと咳払いをした。


「――これから俺は、時近と大事な話がある。母さんはその間、時男と時子の面倒を見ていてくれないか?」


「えぇ、わかったわ。――時男、時子。お母さんの内職、手伝ってくれないかしら?」


 母さんがそうお願いすると、


「うん、いいよ!」


「お手伝いする!」


 素直な二人は、元気よくコクリと頷いた。


「ふふっ、ありがと。それじゃ行きましょうか?」


「「はーい!」」


 そうして彼女は、時男と時子を連れて家の中へ入って行った。


「――さて。それじゃ時近、俺たちも行こうか」


「あぁ」


 その後、俺と父さんは囲炉裏(いろり)を囲み、真剣な話をした。


 彼が言うには――なんでも俺は、『どこかの時間軸』で時渡の刀を引き抜き、無限地獄という不思議な世界へ(いざな)われたらしい。

 俺はそこで地獄のような修業をこなし、時の神様から絶大な力を(さず)かったそうだ。


「――というわけなんだが、何か質問はあるか?」


「質問というか、なんというか……。そんな記憶、全くないんだけど?」


 時の神様も無限地獄も過酷な修業も、何一つとして記憶に残っていない。


「ふむ、それなんだが……。おそらく『なんらかの理由』があって、時の神様が記憶を消去したんだろうな」


「記憶を消すって、そんなことが可能なのか!?」


「時の神様は、『時の秩序』というとてつもない力を持つと言われている。『記憶の時』を巻き戻すことぐらい、造作もないことだろう」


 父さんはそう言って、何度も頷いた。


「それに何より、時近が無限地獄を突破したことを裏付ける『二つの証拠』がある」


「なんだ、それは……?」


「――牛頭鬼(ミノタウロス)をも凌駕する驚異的な身体能力、そしてあのときお前が無意識のうちに見せた『黒の太刀』だ」


「……なるほど」


 前者については、火事場の馬鹿力だと思うけど……。

 後者については、確かに証拠となり得るだろう。


(流派の技というのは、一朝一夕(いっちょういっせき)で身に付くものじゃない……)


 その道の達人から教えを受け、たゆまぬ努力の果てにようやく習得するものだ。

 そもそもの話、黒の太刀なんて流派は見たことも聞いたこともない。


(もしかしたら、本当に時の神様から剣術を教わったのかもしれないな……)


 俺がそんなことを考えていると、


「――さて、そろそろ本題へ移ろうか」


 父さんはパンと手を打ち、ジッとこちらを見つめた。


「時近、お前はこれから無限討滅隊に――無限隊に入るんだ」


「俺が、あの(・・)無限隊に……?」


「あぁ、そうだ」


 無限討滅隊――通称、無限隊。

 人々を苦しめる邪悪な妖魔を討ち、都の神園(かみぞの)にそびえ立つ『無限樹』を滅することを目的とした、正義の剣客(けんかく)集団だ。


黒影(くろかげ)一族の悲願(ひがん)は、無限樹の(いただき)へたどり着き、『約束の時』を迎えること。これを成就するには、無限隊の一員として無限樹の攻略へ参加するのが一番だ。――かつての俺が、そうしたようにな」


 彼は昔を懐かしむようにして、最後にポツリと付け加えた。


 無限樹とは、『原初の神』が創造した平和と繁栄の象徴。第一層から第百層で構成されるその大樹は、まさに地上の楽園だ。

 各階層には暖かな日の光・肥沃な土壌・四季折々の自然があり、人類は無限樹の内部で豊かな生活を送っていた(・・)


(しかし、千年前――無限樹は突如出現した『邪神』によって、汚染されてしまった)


 その結果、各階層は妖魔の跋扈(ばっこ)する地獄と化し、俺たち人類は外の世界へ追いやられたのだ。


 邪神に支配された無限樹は、世界中へ根を張り巡らせ、苗木(なえぎ)を作っている。一度地上に芽吹いたそれは驚くべき速度で成長し、やがて妖魔を産み出す魔樹(まじゅ)と化す。


(無限隊は定期的に各地を巡回し、苗木や魔樹を伐採しているけれど……)


 無限樹の活動は日に日に活発化しており、手が回り切っていないのが現状だ。


「……なぁ父さん、約束の時ってなんなんだ? 無限樹の頂上には、いったい何があるんだ?」


「それは……わからない。ただ黒影家の伝書(でんしょ)には『そこへ行けば、世界がひっくり返る』と記されていた」


「世界がひっくり返る……」


 随分と規模の大きな話になってきた。


「まぁとにかく――先祖代々の悲願を達成するためにも、時近にはぜひ無限隊へ入ってもらいたい」


「悪いけど、それは無理だ」


 父さんには申し訳ないが、はっきりと断らせてもらった。


「な、何故だ……? お前は小さい頃から、無限隊に入りたがっていたじゃないか」


「それはそうなんだけど……」


 確かに俺は、小さい頃からずっと無限隊に入ることを夢見ていた。

 それは十五歳になった今でも変わらない。


(無限隊の隊士になれば、安定的な給金が約束される)


 そうすれば――父さんは病院へ通えるようになるし、母さんには穴の空いていない着物を買ってあげられる。

 時男と時子にだって、お腹いっぱいごはんを食べさせてやれるだろう。

 俺が無限隊に入れば、みんなにもっと楽な暮らしをさせてあげられるのだ。


 しかも、それだけじゃない。


(邪悪な妖魔を退治し、世界の厄災である無限樹を滅さんとする正義の剣士は……みんなの希望であり、憧れであり、心の支えだ)


 かつて無限隊の一員として剣を振った父さんのもとには、彼に命を救われた人たちが、今でも感謝の言葉を伝えに来る。


(そんな父さんが、かっこよくて……とても誇らしかった)


 だから俺は、小さい頃から剣術を必死に学び、いつか無限隊に入ることを夢見ていたのだ。


 しかし、今は状況が状況だ。


「無限隊の隊士になれば、数か月にわたって家を空けることも珍しくないだろ? もし俺が留守の間、牛頭鬼(ミノタウロス)のような強い妖魔が、またうちを襲って来たらって考えると……やっぱり無理だ」


 俺にとっては黒影家の悲願よりも、時の盟約よりも、家族の方がずっと大切だ。

 みんなの安全が保障されていない現状、家を空けるわけにはいかない。


「……なるほど、時近(ときちか)らしい理由だな。しかし、心配は無用だぞ? もしまた妖魔が襲って来たとしても、そのときは俺が――」


「――父さんは持病を抱えているし、もういい年だ。さっきだって、発作が起きて動けなかっただろ?」


「む、ぐ……。そこを突かれると苦しいな……っ」


 彼は困り顔を浮かべポリポリと頬を掻き、しばらくの間、黙り込んだ。


 そうして一分・二分・三分と経過したあるとき、


「――よし。それじゃいっそのこと、都の神園へ引っ越すというのはどうだ?」


 父さんがポンと手を打ち、突拍子もない提案を口にした。


「神園へ、引っ越す……?」


「あぁ、あそこは世界で一番安全な場所だ。なにせあそこには、常に一柱の神様とそれを守護する二人の『(かたな)』がいるからな」


「それは、そうだけど……」


『秩序』という超常の力を操る神様、無限隊における最高戦力の刀。

 父さんの言う通り、神園は世界で一番安全な場所だろう。


「でも……いいのか? この家は、ご先祖様から引き継いだ大事なものなんだろ?」


「あぁ。しかし、最も優先すべきは黒影の血を絶やさないこと、その次に約束の時を迎えることだ。時近の言う通り、ここはもう決して安全な場所じゃない。遅かれ早かれ、いずれどこかへ移るつもりだった」


 彼はそう言って、ゴホンと咳払いをした。


「さて、そうと決まれば――まずは引っ越し資金を貯めるとしようか。神園に引っ越すとなれば、かなりの額が必要だからな」


「あぁ、そうだな」


 こうして俺たち黒影家は、引っ越し資金を貯めることになったのだった。

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