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落第剣士の剣術無双~無限地獄を突破した俺は、気付いたら最強になっていた~ 作者:月島 秀一
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卒業式と大混乱【三】

 御堂剣術寺を卒業してからというもの、俺はとても忙しい毎日を送っていた。

 朝は父さんと一緒に畑を耕し、昼は都の神園へ出稼ぎに行き、夜になれば母さんと一緒に笠を編む。

 そうやって、都の神園へ引っ越すためのお金を貯め続けた。


 朝・昼・晩と三つの仕事を掛け持ちしているわけだが、この中で最も稼げるのは――ぶっちぎりで昼の仕事だ。


「――よし、今日もやるか!」


 明正十年四月三十日、時刻は昼の十二時。

 軽い昼食を済ませた俺は、いつものように無限樹の第一層へ足を踏み入れた。


(相変わらず、不思議な場所だな。とても『木の中』にいるとは思えないや……)


 原初の神が千年前に創造した無限樹、その内部はまさに『異界』と呼ぶにふさわしい不可思議(ふかしぎ)な構造となっている。

 各階層は信じられないほど広く、また階層ごとにガラリと環境が変わるのだ。


 たとえば……俺がいるこの第一層は巨大な洞窟だが、第二層・第三層は全くの別世界が広がっている。

 灼熱の砂漠・極寒の大地・雷の降り注ぐ高原などなど、基本的に高階層へ行けば行くほど、過酷な環境が待ち受けているそうだ。


(そして何より、ここには大量の妖魔がいる)


 第一層に出現するのは、最弱の妖魔小鬼(ゴブリン)のみだが……。

 第三層以降は犬頭人(コボルト)、第五層以降は豚頭人(オーク)と、高階層になるほど強力な妖魔の闊歩(かっぽ)する危険地帯となっていく。


「さて、と……どこにいるのかな」


 俺はいつでも時渡の刀を抜けるようにしながら、第一層の中央部へ足を向けた。


 それからしばらくの間、道なりにそって進んで行くと、


「「「ゲギャギャギャギャ……ッ!」」」


 右斜め前方――大きな岩の陰から、三匹の小鬼(ゴブリン)が姿を現した。


 小鬼(ゴブリン)、無限樹低層に出現する最弱の妖魔だ。

 一メートルに満たない小柄な体躯(たいく)

 ツンとした臭いを放つ緑色の皮膚。

 ピンと尖った長い耳。

 それぞれの手には、粗野(そや)な棍棒が握られている。


(よしよし、早速見つけたぞ……!)


 俺はすぐさま刀を引き抜き、小鬼(ゴブリン)の前に飛び出した。


「ゲギャッ!?」


「ギャギャギャッ!」


「ゲゲゲッ!」


 奴等は醜悪な笑みを浮かべ、その場でピョンピョンと飛び跳ねる。

 どうやら俺という『獲物』を発見したことで、激しく興奮しているようだ。


「ふぅー……っ」


 俺は静かに息を吐き出しながら、時渡の刀をへその前に置く。


 するとその直後――三匹の小鬼(ゴブリン)たちは、一斉に襲い掛かってきた。


「「「ギャギャギャッ!」」」


 やたらめったらに振り回される棍棒。


 俺はその全てを回避し、


「――セェイッ!」


 三匹の胸部へ正確な斬撃を叩き込んだ。


「げ、ギャ……?」


「ギャ、が……っ」


「ぎ、ぎゃ……」


 小鬼(ゴブリン)たちは米粒ほどの赤い結晶を残し、光る粒子となって消滅した。


「ふぅ、これでよしっと」


 ゆっくりと刀を鞘に収めてから、足元に転がる『血石(けっせき)』を回収し、それらを持参した小袋へ詰めていく。


「まずは三個、順調な滑り出しだな」


 血石とは妖魔の『核』にあたるものだ。

 これには武具の製造・薬の調合・妖魔の研究など、たくさんの使い道があり、『血石商(けっせきしょう)』と呼ばれる商人たちが取り扱っている。


小鬼(ゴブリン)のように弱い妖魔の血石は、安く買い叩かれてしまうけど……)


 それが百個二百個ともなれば、それなりの値段になる。

 まぁ早い話が、『塵も積もれば山となる』というやつだ。


 小鬼(ゴブリン)を狩り、血石を回収し、商人のもとで換金する。これが俺の『昼の仕事』だ。


「さて、そろそろ次の獲物を探すか」


 その後、薄暗い洞窟を真っ直ぐ進んで行くと、無限隊の剣士たちとすれ違った。


「――おっ、出た出た。『ドブさらいの黒鼠(くろねずみ)』だぞ!」


「はぁ、今日もいるのか……」


「いったいいつまで、この第一層に留まるつもりなのかねぇ……」


 上層へ向かう途中の彼らは、冷ややかな視線をこちらへ向ける。


 ドブさらいの黒鼠とは、俺に付けられたあだ名だ。

 無限樹の第一層で誰もが嫌がるゴブリン狩り――彼らに言わせれば、『卑しい小銭稼ぎ』をしていることを揶揄(やゆ)したものらしい。


無限隊(うち)に入る実力も気概(きがい)もねぇなら、剣士なんざ辞めちまえっての」


「まぁ小鬼(ゴブリン)の耳糞みてぇな血石(けっせき)でも、必死こいて集めりゃそれなりの値が付くからな。大方、ド貧乏の田舎者が出稼ぎに来てんだろ」


「おいおい、別にいいじゃねぇか。あの馬鹿が無駄に張り切ってくれているおかげで、俺たちゃ薄汚い小鬼(ゴブリン)を斬らずに済むんだからよ。分業だよ、分業! 雑魚しか狩れねぇポンコツ剣士にゃ、お似合いの仕事だろ?」


 無限隊の剣士たちはそう言って、意地の悪い笑みを浮かべた。


(はぁ……。どこへ行っても、こういうの(・・・・・)はなくならないんだなぁ……)


 俺はそんな(わずら)わしい雑音を無視しながら、ただ黙々と小鬼(ゴブリン)を狩って血石集めに励むのだった。



 昼の仕事を始めてから、だいたい三時間ぐらいが経過した頃、


「はむはむ……」


 俺はいい感じの石に腰掛けながら、母さんの握ってくれた塩むすびを食べていた。

 十分間の小休憩を取っているのだ。


(それにしても……相変わらず、ここ(・・)は人通りが多いな) 


 現在地は第一層の『中央部』。

 ぽっかりと開けた巨大な空間が広がっており、大量の物資を積んだ荷馬車とそれを護衛する無限隊の剣士たちが頻繁に通り過ぎていく。


(あの荷物は……上層への支援物資とか、かな?)


 そんな益体(やくたい)もないことを考えながら、小鬼(ゴブリン)狩りで疲労した体を休めていると、


「――あっ、黒髪のお兄ちゃんだ!」


 聞き覚えのある快活(かいかつ)な声が響いた。


「ん……?」


 声のした方へ目を向ければ――ゆっくりと進む馬車の荷台から、小さな女の子がピョンと飛び降りた。

 彼女はぶんぶんと手を振りながら、元気よくこちらへ走ってくる。


「おっ、ハルじゃないか。元気にしていたか?」


「うん!」


 九条(くじょう)ハル。

 身長はだいたい百センチほど、確か今年で五歳になると言っていた。可愛らしい桃色の(かんざし)と絹のような黒髪が特徴の女の子だ。

 両親が卸売(おろしうり)業を(いとな)んでいるため、都の神園(かみぞの)と第十層の商人街『逢酒(あいさか)』を頻繁に行き来しているらしい。


 天真爛漫(てんしんらんまん)で元気いっぱいな彼女とは、一か月ほど前にこの第一層で知り合った。

 なんでも俺の艶のある黒髪が気に入ったらしく、向こうから声を掛けてくれたのだ。

 そのときハルは「すっごく綺麗な黒髪だね! これ伸ばしたら、きっともっと可愛くなるよ!」と無邪気に笑ってくれた。

 個人的には『可愛く』より、『かっこよく』なりたいので少し複雑なところだ。


「お兄ちゃんが怖い妖魔をやっつけてくれるから、今日も安心して第一層を進めるよ。いつもありがとうね!」


「あはは、それはよかった。でも、油断はしないでくれよ? 第二層以降には、もっと恐ろしい妖魔がたくさんいるからな」


「うん、わかった。それじゃ、またね!」


 ハルはそう言って、トテテテと荷馬車の方へ走って行った。

 その後ろ姿を見守っていると――彼女の母親が柔らかく微笑み、こちらへ会釈をしてきた。


(確か……清美さん、だったかな?)


 俺はハルから聞いていたその名前を思い出しつつ、ペコリと頭を下げ返したのだった。


「――さて、もうひと頑張りするか!」


 気力と体力を回復させた俺は、グッと気合を入れ直す。


 すると次の瞬間――突然、地面が大きく揺れ出した。


(地震か? ……いや、少し変だな)


 それは『グラグラ』というよりは『ドクンドクン』という、まるで心臓の鼓動みたいな揺れ方だ。


(なんか、気持ち悪いな……)


 そんなことを考えていると――荷馬車の護衛をしていた無限隊の剣士たちが、にわかにざわつき始めた。


「なぁおい、これ(・・)って……もしかして!?」


「あぁ、やべぇかもしれねぇ。周囲を警戒しろ!」


「み、見ろ! 上だ、上にあったぞ……!」


 一人の男が大声をあげ、第一層の天井を指差す。


 するとそこには――握りこぶしほどの大きな血石が生えていた。

 それはみるみるうちに変異していき、やがて巨大な妖魔と化し、特大の産声をかき鳴らした。


「――ギィイイイイイイイイ!」


 蜘蛛の体に牛の頭が生えた妖魔、牛鬼(ぎゅうき)だ。


 全長五メートルはあるだろうか。

 頭部に光るのは、黒々とした厳めしい双角。首の下からヌッと伸びた蜘蛛の八本脚は、まるで丸太のように太く、その先端は鎌のように尖っていた。


(これは……異常孵化か!?)


 異常孵化、無限樹の中で極稀(ごくまれ)に発生する『災害』。本来ならば高層でしか発生しないはずの強力な妖魔が、低層で生まれてしまう自然現象だ。


「ギィシャァアアアア!」


 牛鬼は甲高い雄叫びをあげ、天井をしっかりと掴む蜘蛛脚を離した。すると次の瞬間、奴の巨体は重力に引かれて落下し、


「くっ!?」


 地面に着地すると同時、とてつもない衝撃波を生み出した。

 荷馬車は次々に横転し、大勢の人たちが吹き飛ばされていく。


「くそ、牛鬼(ぎゅうき)だと!?」


「ふざんけんなよ、こんなの十層以上の妖魔だぞ!?」


「に、逃げろぉおおおお……ッ!」


 無限隊の剣士たちは、護衛対象の荷馬車を放棄して我先にと逃げ出した。

 それに続いて、荷馬車から這い出た商人たちが泡を食って走り出す。


 第一層が未曽有の大混乱に包まれる中、俺の視線は『ある一か所』に釘付けになっていた。


「牛の、頭……ッ」


 やっぱりだ。牛頭鬼(ミノタウロス)のときもそうだったが……。どうやら俺は、『牛の頭』に対して強烈な嫌悪感を抱くようになっているらしい。

 アレ(・・)を見るだけで、なんというかこう……言葉では言い表せない強烈な怒りが、腹の底からフツフツと湧き上がってくる。


 牛の頭が許せない――自分でも何を言っているのかわからないが、実際の問題として心が激しくざわつくのだ。


 そうして俺が気持ちを高ぶらせていると、


「ハル、今すぐそこから逃げなさい……ッ!」


 悲壮に満ちた金切り声が響いた。


 声のした方に目を向ければ、顔を真っ青に染めたハルのお母さん――清美さんの姿があった。

 彼女の視線の先には、うつ伏せとなったハル。どうやら小さくて軽い彼女は、荷馬車と一緒に吹き飛ばされてしまったらしい。


「い、(いた)たぁ……っ」


 幸いにもハルにはちゃんと意識があり、これといって大きな怪我はなさそうだ。


 しかし、


「ギシギシギシィ……!」


 醜悪な笑みを浮かべた牛鬼が、彼女のもとへ忍び寄っていく。


「あ……!? ぃ、いや……来ないで……っ」


 現在の危機的状況を理解したハルは、あまりの恐怖に腰を抜かし、その場で動けなくなってしまった。

 その様子を目にした清美さんは、


「誰かお願いです……娘を助けてください……ッ。お礼ならば、なんでも望むものを用意しますから……! どうか、どうかお願いします……っ」


 張り裂けんばかりの大声を張り上げ、それは第一層の中央部に響き渡った。


 しかし――世界は残酷だ。


「どけ! どけ! 私を優先して通すのだ! 私はあの『三日月家』お抱えの武具商ぞ!?」


「押すな、押すんじゃねぇ! 俺が背負ってんのは、超高価な着物なんだよ! 汚れちまったら、弁償してもらうぞ!?」


「てめぇら無限隊にゃ高い金を払ってんだから、それに見合った働きをしやがれってんだ!」


「無茶を言うな! 俺たち下っ端が、あんな化物に勝てるわけねぇだろ!?」


「馬鹿野郎、それならせめて時間稼ぎぐらいやりやがれってんだ!」


 商人たちはおろか無限隊の剣士たちでさえ、ハルと清美さんには目も暮れず、みんながみんな競うようにして出口へ走った。


「……ッ」


 本当に困ったときは、誰も助けてはくれない。

 それを悟った清美さんは、絶望に顔を染めながら――牛鬼の前に倒れ込んだ我が子のもとへ走り、ハルをギュッと抱き締めた。


「お、お母さん……お母さん……っ」


「大丈夫よ、ハル。どんなときだって、お母さんが付いているからね……ッ」


 強く抱き締め合う二人を目にした牛鬼は、鎌のように鋭い脚を天高く掲げ――なんの躊躇いもなく、勢いよくそれを振り下ろす。


「神様、どうかこの子だけは……ッ」


「た、助けて……。助けてよ……お兄ちゃん……ッ!」


「――わかった、助けるよ」


 俺は一足でハルの前に躍り出ると、迫りくる牛鬼の脚を斬り飛ばした。


「ぎ、ギィイイイイ!?」


 奴は耳障りな悲鳴をあげながら、大きく後ろへたたらを踏む。


「お、お兄ちゃん……!」


「う、そ……!?」


 ハルは顔を(ほころ)ばせ、清美さんは信じられないといった風に両目を見開いた。


「二人とも、怪我はありませんか?」


「ちょっと膝を擦りむいちゃったけど、これぐらいなら全然平気!」


「そうか、偉いぞ。えっと……清美さん、でしたよね? あなたは大丈夫ですか?」


「え、ぁ……はい。私の方は問題ありません」


「そうですか、それはよかったです」


 俺たちがそんな話をしていると、


「ぎゅ、ギュァアアアア……ッ!」


 背後の牛鬼が、けたたましい雄叫びをあげて襲い掛かって来た。


「お兄ちゃん、後ろ……!」


「危ない!」


 ハルと清美さんが警告を発してくれたが、それについては問題ない。


「大丈夫ですよ。もう(・・)終わって(・・・・)います(・・・)から(・・)


「「……え?」」


「黒の太刀・弐式――月光(げっこう)乱舞(らんぶ)


 俺が時渡の刀を鞘に納めた次の瞬間、


「ぎ、ぎぎぎ……ギシィイ゛イ゛イ゛イ゛!?」


 背後の牛鬼は細切れとなって消滅したのだった。

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