挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
ブックマーク登録する場合はログインしてください。
落第剣士の剣術無双~無限地獄を突破した俺は、気付いたら最強になっていた~ 作者:月島 秀一
しおりの位置情報を変更しました
エラーが発生しました
5/7

卒業式と大混乱【二】

 その翌日。

 早朝の畑仕事を終えた俺は、御堂剣術寺へ向かっていた。


(引っ越し資金を貯めるって、けっこう難しいよなぁ……)


 なんと言ってもうちは、どこに出しても恥ずかしくない貧乏農家なのだ。


 我が家の収入源は、大きく分けて二つ。

 農作物の売却益と出来高(できだか)(せい)の内職だ。


(農家としての収入を増やすには、新しく畑を開墾(かいこん)する必要がある)


 ただ……これには膨大な時間が掛かるうえ、引っ越し後は全て無駄になってしまう。今後のことを考えてもあまり現実的な方策じゃない。


(内職は時と場所を選ばずにできる仕事だけど……)


 はっきり言って、実入(みい)りがかなり悪い。

 とてもじゃないが、引っ越し資金を捻出することはできないだろう。


(そうなると……やっぱり俺が、都へ『出稼ぎ』に行くしかないか)


 都の神園には様々な仕事があり、その中には割のいいものがたくさんあると聞く。


(日中は丸々家を空けることになるけど……。この先しばらくの間、妖魔の襲撃はないそうだから大丈夫だろう)


 今朝方うちに、無限隊の一団が顔を覗かせた。

 大国村で発生した妖魔の集団を無事に討伐し、川下に生えた無限樹の小苗を伐採したとのことだ。

 なんでも「ここら一帯は入念に見回りをしたので、少なくとも今後半年は安全でしょう」と言っていた。


 この判断については、父さんも無言で頷いていたし、間違いじゃないだろう。


(二か月後。俺は御堂剣術寺を卒業し、日中は完全に手が空くことになる)


 つまり――勝負はそこから先の四か月。妖魔に襲われる危険がないこの期間、俺は毎日のように都へ行き、お金稼ぎに没頭しなければならない。


(……頑張ろう)


 一日でも早くここを引っ越し、安全な都へ移らなければならない。


 俺は強い決意を抱き、御堂剣術寺の教室へ足を踏み入れた。


 するとその瞬間、


「――おっ、『落第剣士』様のお出ましだぜ!」


「ほんと、毎日よく来るよなぁ……」


「まさか無限隊に入れるわけでもないのに、なんで剣術寺に通っているんだろうね?」


 同級生たちから、ひどい罵声(ばせい)と嘲笑が飛んだ。


 しかし――どういうわけか、今日は全然気にならなかった。


(都への出稼ぎ……定番の店番でもやるか? いや、でもそれじゃ四か月で引っ越し資金を貯めるのは難しそうだな……。神園(かみぞの)の家はとんでもなく高いからなぁ。やっぱりここは、ある程度の危険を承知のうえ、無限樹の低層で弱い妖魔を狩るか……?)


 お金のことで頭がいっぱいになっているからか、はたまた引っ越しという確かな目的ができたからか――とにかく、周りの雑音が全く気にならなかったのだ。


 それは授業中も同じだった。


 今日の一限目は『試合稽古』。なんの因子も持たず、御堂剣術寺で最弱の俺は、完全に一人浮いてしまっている。


「あー……。時近、悪いがお前は――」


 先生が面倒くさそうに口を開いたので、


「――あっ、はい。みんなの邪魔にならないよう、端の方で素振りをしていますね」


 俺は自分から日陰の方へ移動し、黙々と剣を振り続けた。


(いつもは、悔しくて仕方なかったんだけどな……)


 何故かわからないけど、今はみんなと剣を交える気にならなかったのだ。


「なんだ、あいつ……つまんねぇの……」


「なんか妙だな……。もしかして、変なもんでも食ったか?」


「ははっ、あり得る話だな! なにせあいつの家は、超が付くほどのド貧乏。空腹に耐えかねて、拾い食いでもしたんだろ」


 これまでずっと嫌だったみんなの笑い声や冷めた視線も、不思議とつまらないことのように思えた。


 その後、あっという間に時は流れ――明正(めいしょう)十年三月十五日、御堂剣術寺の卒業式を迎えた。

 卒業式と言っても、別に親族が参加するような大きなものじゃない。いつもの教室で、卒業証書を受け取るだけのとても簡素な式だ。


 卒業生へ証書が授与された後、


「――君たちの行く道に神の御加護があらんことを」


 先生が閉式の辞を読み上げ、卒業式はつつがなく終了した。

 御堂(みどう)剣術寺を無事に卒業した俺は、教室を出て大きく伸びをする。


「ふぅー、なんかあっさりと終わったな……」


 ここに通った三年間、正直つらいことの方が多かったけど……。

 いざ卒業となれば、ほんの少しだけ悲しい気持ちが湧いてきた。


「――さて、そろそろ帰るか」


 今日は『ハレの日』ということもあって、母さんが「お赤飯を炊いておくわね」と言ってくれた。

 彼女の手料理は、本当にどれもおいしい。それに赤飯を食べるのは久しぶりなので楽しみだ。


(明日からは、いよいよ都へ出稼ぎか……)


 今日は一日しっかりと休んで、気力と体力をしっかり蓄えておこう。


 そんなことを考えながら、帰りの一歩を踏み出したそのとき、


「――よぉ、時近。なんか最近、随分と調子に乗ってるじゃねぇか。えぇ?」


 背後から、敵意に満ちた声が掛かった。


「……久彦(ひさひこ)


 須藤(すどう)久彦(ひさひこ)、御堂剣術寺で最強の剣士だ。

 そんな奴の両隣には、凶悪な笑みを浮かべた同級生が立っていた。


「お前の澄ました態度が、このところずっと鼻に付くんだよ」


「そーそー、なんか反抗的なんだよなぁ。もしかして……一年前ボコボコにしてやったこと、もう忘れちまったのかなぁ?」


 久彦を中心としたこの三人組は、いわゆる『才能』というやつに恵まれており、無才(むさい)な俺をずっといじめてきた。


(もう一年も前になるのか……)


 ある日、俺はこの三人に呼び出され、剣を交えたことがある。


 悔しいけど、久彦たちは俺よりも遥かに強い。

 まともにやっても勝ち目なんてないのに、その日の勝負は卑怯にも一対三で行われた。

 当然ながら、結果は惨敗。俺は為す術もなく、ボロ雑巾のようにされてしまった。


「……いったいなんの用だ」


 警戒しながらそう問い掛ければ、久彦はクスリと笑う。


「あぁ、今日はせっかくの卒業式だろ? それなのに『証書を受け取って、はいさよなら』ってのは、ちょっとばかし寂しいなぁと思ってよ。――ほれ、最後に一勝負いかねぇか?」


「まぁ、お前に拒否権はないけどな」


「やっぱ卒業式をちゃんと締めるには、時近をボコっておかねぇとな!」


 久彦たちはそう言って、授業用の木刀を抜き放った。


 すると――。


「おっ! なんだなんだ、喧嘩か!?」


「はっはっはっ、こいつはおもしれぇぞ! 久彦たちがまた時近をいじめてるぜ!」


「これを見るのも最後かぁ……。なんとなく感慨深いもんがあるなぁ……」


 こちらに気付いた同級生たちが、ぞろぞろと集まって来た。


(はぁ……)


 なんというか、台無しだった。

 御堂剣術寺を卒業することに対し、ちょっとでも寂しく思った自分が馬鹿らしい。


(やっぱり、もっと早くに辞めるべきだったな)


『石の上にも三年』と思って、ずっと我慢していたけれど……。

 こんな腐り切った環境にいたら、『剣士として』成長する前に『人として』駄目になってしまう。


(まぁ、そんなことはもうどうだっていいか……)


 過去の判断を悔やんでいても仕方がない。

 そんなことよりも、今は目の前の問題に集中すべきだ。


(相手は格上の剣士――それも三人)


 こんなもの、(はな)から勝負として成立していない。

 きっと一年前と同じく、ボロ雑巾のようにされるだろう。


(どうせ勝てないのなら、せめて一太刀ぐらいはいれてやる……ッ)


 俺はゆっくりと木刀を引き抜き、それをへその前に置く。


 すると次の瞬間、


「「「……っ」」」


 久彦たちはゴクリと唾を呑み込み、一歩後ろへ下がった。


「と、時近……!?」


「な、なんだよこれ……っ」


「こんなの聞いてねぇぞ!?」


 奴等は顔を真っ青に染めながら、ブツブツと何事かを呟いた。


「……おい、始めないのか?」


 まるで石像のように固まった三人へ、俺がそう問い掛ければ、


「ひ、ひぃ……!?」


「に、逃げろ!」


 両隣の二人は回れ右をして、一目散に逃げ出した。


「あっ。お、おい……待てよ!」


 一人取り残された久彦は、強く奥歯を噛み締め――ギロリとこちらを睨み付ける。


「時近……お前、いったい何をした!?」


 奴は眉間に(しわ)を寄せたまま、厳しく問い詰めて来た。


「『何をした』って……別に、ただ木刀を構えただけだぞ?」


「くっ、とぼけるつもりか……落第剣士の分際で……ッ!」


 久彦は意味のわからないことを叫び、正眼の構えを取る。


 すると次の瞬間――奴の持つ木刀は、薄い水の膜に覆われた。


「……水の因子、か」


「へ、へへへっ、どうだ? これが因子の力、すなわち『才能』だ! 落ちこぼれのお前にゃ、一生縁のないものさ!」


 精神的優位性を確保した久彦は、いつにも増して凶悪な笑みを浮かべる。


「それじゃ行くぜ。――はぁああああああああッ!」


 奴は獰猛(どうもう)な雄叫びをあげ、斬り掛かってきた。


 しかし、


(……こいつ、いったい何を考えているんだ?)


 その動きはまるでチャンバラでもしているかの如く、随分とゆっくりなものだった。


「これでも食らいな!」


 久彦はそう言って、大上段からの斬り下ろしを放つ。


(握りも甘いし、踏み込みも浅い。それに何より、とにかく遅い……。やっぱりこいつ、俺を馬鹿にしているのか?)


 こんな斬撃、わざわざ剣で捌くまでもないな。

 そう判断した俺は、必要最小限の動きで迫りくる刃を回避していく。


「んなっ!?」


 いったい何に驚いているのか、久彦(ひさひこ)は大きく目を見開き、そのまま後ろへ跳び下がった。


「へ、へぇ……。今の連撃を(かわ)すなんて、少しはやるじゃないか……っ」


「……え?」


「だが、次の攻撃は本気だ! さっきの三倍以上の速度で放つ、最強最速の一撃だ!」


「…………いや、お前はいったい何を言っているんだ?」


 今の攻撃は、小さな子どもでも軽く避けられる程度のものだ。

 それが三倍の速さになったところで、(たか)が知れているだろう。


(どこまでも馬鹿にしやがって……。俺だって……この剣術寺で三年間、必死に努力を続けてきたんだぞ……っ)


 そうして俺が悔しい思いを噛み締めていると、


「水の太刀・弐式(にしき)――水瓶(みずがめ)突きッ!」


 久彦は奴の得意とする流派の技を繰り出してきた。


 しかし、やはりというかなんというか……。

 それはあまりにも稚拙(ちせつ)な突きだった。


(これはもう間違いないな……)


 やっぱりこいつは、心の底から俺のことを馬鹿にしているようだ。


「この……いい加減、真面目にやれ!」


 俺がちょっとした威嚇のつもりで放った袈裟斬りは――三つの巨大な斬撃と化し、凄まじい勢いで牙を剥いた。


「なっ!? が、は……ッ」


 全ての斬撃をその身に受けた久彦は、地面の上を派手に転がっていく。


「「「……は?」」」


 周囲の同級生たちは、シンと鎮まり返った。


「ひ、久彦……? お前、大丈夫か……?」


 恐る恐る声を掛けてみたが……返事はない。

 完全に白目を向きながら、ブクブクと泡を吹いていた。


「……うそ、だろ?」


 どうやら俺は、自分が思っているよりもずっと強くなっていたようだ。

※とても大事なおはなし!


この下にあるポイント評価欄【☆☆☆☆☆】から、1人10ポイントまで応援することができます!

(★1つで2ポイント、★★★★★で10ポイント!)

10ポイントは、冗談抜きで本当に大きいです……!


どうかお願いします。

少しでも

『面白いかも!』

『続きを読みたい!』

『陰ながら応援してるよ!』

と思われた方は、下のポイント評価から評価をお願いします。


今後も毎日更新を続けるための『大きな励み』になりますので……っ。

どうか何卒よろしくお願いいたします……っ。


↓広告の下あたりにポイント評価欄があります。

  • ブックマークに追加
ブックマーク登録する場合はログインしてください。
ポイントを入れて作者を応援しましょう!
評価をするにはログインしてください。

感想を書く場合はログインしてください。
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。