スウェーデンの新型コロナウイルス対策が「完全なる失敗」に終わったと言える理由

スウェーデンは新型コロナウイルス対策としてのロックダウン(都市封鎖)を実施しなかったことで、当初は一部の賞賛を集めていた。ところが結果として、人口100万人当たりの死者数が世界的にも高い水準になってしまった。もはやスウェーデンの対策は「完全なる失敗」に終わったのではないか──専門家たちがそう考える理由。

Crowds in Stockholm

欧州諸国がロックダウン(都市封鎖)していた4月10日、ストックホルムの街を散策するスウェーデンの人々。NARCISO CONTRERAS/ANADOLU AGENCY/GETTY IMAGES

新型コロナウイルスのパンデミック(世界的大流行)が始まったばかりのころ、ネット界隈で政治評論家たちが繰り返していた3つの単語からなるフレーズがあった。政府のロックダウン(都市封鎖)措置が国民の権利を侵害していると人々が感じるたびに出てきた言葉とは、「what about Sweden(スウェーデンはどうなんだ)」である。

欧州諸国の大半が厳格な外出規制を敷くなか、実はロックダウンなど不要ではないか──そんな議論になる際は、必ずスウェーデンの例がもち出される。いまでも首都のストックホルムではレストランやバーが営業を続け、子どもたちは普通に学校に通っている。政府は疑わしい症状がある場合は外出しないよう求めているが、1人が感染したことで世帯全員が自主隔離に入るといった対策は実施されない。

だが、日常はこれまでとは違ってきており、人々の移動範囲は確実に縮小している。スウェーデン人はイースター休暇はどこかに出かけることが多いが、今年はそうした動きはほとんど見られなかった。民間企業では従業員は在宅勤務をしている。

こうした対策は当局から強制されているわけではなく、個人の判断に委ねられている部分が大きい。英週刊誌『The Spectator』は、これを「スウェーデンはロックダウンに代わる手段を試し、うまくいっている」と評価する。

スウェーデンは特殊だとの指摘もある。また単身世帯が多く、イタリアのように多世代が同居している世帯はそれほど一般的ではない。だが、あとでわかったことから判断すれば、スウェーデンは他国とは異なるという見方が間違いであったことは明らかである。

無視された批判

スウェーデンの人口は約1,000万人だが、新型コロナウイルス感染症「COVID-19」による死者は4,000人を超えている。5月12〜19日の平均では、人口100万人当たりの死者数は世界で最も多かった。

ルンド大学の疫学者ポール・フランクスは、「スウェーデンの状況はほとんど変わっていません」と指摘する。「ほかの国で事態が推移したことで、相対的に死亡率が注目されるようになったのです」

文化的に近く医療システムも似ている北欧諸国と比較すると、大きな違いが浮かび上がってくる。スウェーデンの死者数は、ノルウェー、フィンランド、デンマークの3カ国の合計の4倍に達しているのだ。

いったい何が問題だったのだろう。ロックダウン懐疑論者の“希望の星”だったスウェーデンは、いかに欧州でも最悪の感染国のひとつになってしまったのか。

ウイルス学者でスウェーデンの新型コロナウイルス対策を声高に批判してきたリーナ・アインホルンは、「悪い方向に向かい始めたのは1月の終わりだと考えています」と指摘する。アインホルンは中国の調査報告などを研究した上で、2月初旬には政府の感染対策の責任者である疫学者のアンデシュ・テグネルに、医学誌『ランセット』に掲載された今後の見通しに対する懸念を表明する内容のメールを書いた。

ところが、しばらくするとテグネルからは返事が来なくなったという。アインホルンは「公衆衛生庁と政府は批判的な声から自分たちを切り離すことにしたのです」と言う。「政府は2月初めからは一貫して、リスクを軽視する方向に歩んでいます」

当局の方針を変えられない理由

スウェーデンでは2月後半に「スポーツ休暇」と呼ばれる学校の休みがあるが、この期間には数千人がアルプス山脈の周辺地域でスキーを楽しんだ。これはイタリア北部で感染が爆発的に拡大していた時期と重なるが、国外で休暇を楽しんだ人たちに対する隔離要請などは実施されなかった。また、民間企業では在宅勤務に移行する動きもあったが、公務員は通常通りの勤務を続けていた。子どもも症状がない限りは学校に通っていた。

さらに、スウェーデンも英国と同様に検査能力と個人防護具(PPE)の確保が十分ではなかった。いまでも政府の感染対策の公式ページでは、マスクの着用は感染者が身の周りにいる場合にのみ推奨されている。アインホルンは「当初は無症状者が感染を拡大させる可能性は完全に否定されていました」と指摘する。

感染対策を策定するシステムが方向性の変更を難しくしたという事情もある。スウェーデンでは専門機関の独立性が極めて高い。これは科学的な問題が政治化されないという点ではいいことだが、専門家たちが間違った決定を下してしまった場合、それを止めることができないことも意味する。

これまでは、政府も野党も安心して公衆衛生当局に感染対策のすべてを任せてきた。ルンド大学のフランクスは、「政治家たちは国民の指示を得られている限りは、専門家の意見に従うはずです」と言う。「ロックダウンを望む人は少ないでしょうから、国民もいまのやり方に満足しているのです」

フランクスはまた、スウェーデンでは一般的に当局と科学全般に対する信頼が高い傾向にあると付け加える。最近では状況を不安視する声も聞かれるようになったが、公衆衛生庁は依然として国民の強い支持を集めており、テグネルの人気も高い。彼の顔のタトゥーを入れる若者もいるほどだ。

ただ、アインホルンはそれも問題の一部だと説明する。「いちばん問題なのは、ひとつの意見しかないことです。それは公衆衛生庁の見解であり、特にテグネル個人のものなのです」

集団免疫の獲得を目指したが……

英国など当初は厳格な規制に否定的だった国が方向転換してロックダウンに踏み切るなか、スウェーデンは基本方針を変えていない。その結果、人口100万人当たりの死者数は隣国ノルウェーの10倍近くになり、近隣諸国は国境を開放してもスウェーデンとの往来は禁止している。テグネルはロックダウンを実施しなかったことで前任者から批判を受けている。

ルンド大学のフランクスは、「ノルウェーと同様の抑止策をとっていれば、確実に死者数を減らせたはずです」と断言する。スウェーデンのやり方は感染の第2波が起きたときに効果を発揮するという議論もあるが、時間が経つにつれノルウェーでも抗体保持者が増え、最終的には大きな違いはなくなるだろう。一方で、こちらも議論の余地はあるが、経済面での回復は早い可能性が高い。

テグネルは5月8日付の『フィナンシャル・タイムズ』紙とのインタヴューで、スウェーデンは免疫を獲得した人の割合が高いことから、第2波が生じた場合に感染者数はかなり少なくなるだろうと語っている。なお、公衆衛生庁の広報担当者は、ロックダウンを実施しかったのは集団免疫を獲得することが目的ではないと説明している。

いずれにしても最近の調査によれば、ストックホルムの住民の抗体保有率は7.3パーセントにすぎなかった。3月後半からロックダウンが実施されたロンドンでは、抗体保有率は17パーセントに上るとの試算もある。

フランクスは「新型コロナウイルスは思っていたほどには急速に広まりませんでした」と指摘する。抗体保有率は感染が集中したストックホルムでも、集団免疫が成立するとされる水準に近い50〜60パーセントどころか、10パーセントにも満たないのだ。感染者が少ないそれ以外の地域では、はるかに低いだろう。

テグネルは記者会見で、抗体が確立するには数週間かかるため、現在の抗体検査の結果は4月末の状況を反映している可能性があると語っている。

厳しい状況が続く?

ロックダウンを実施した国では、新規感染者数の推移はベルのような形になる。最初は大きく増加するものの、ピークを迎えると急速に減少に転じるのだ。

これに対してスウェーデンは米国に似ている。感染者数の減りは緩やかで、1日の死者数も高止まりしたままだ。欧州の各国がロックダウンを緩和するにつれ、スウェーデンでもショッピングセンターや公園などに人の流れが戻っており、犠牲者が増加する可能性はある。ただ、死者数が増えても感染抑止策に変更が加えられることはないだろうと、フランクスは言う。

ロックダウンなしでも第2波の被害を抑える簡単な方法がある。混雑した場所や老人介護施設などでのマスクの着用と(スウェーデンではCOVID-19による死者の半分は介護施設に入居する高齢者だ)、検査および感染者の追跡を徹底することだ。

アインホルンは「新型コロナウイルスはインフルエンザとは違ってクラスター(集団)で感染します」と指摘する。「特定の集団の内部で爆発的に感染が広まるのです。ただクラスターの外部では感染は比較的起こりづらく、抗体保有率が低いのもこのためです。こうした状況では、感染者の追跡と検査が非常に有効に機能します」

今回の取材で話を聞いた専門家たちは、いずれも公衆衛生庁が現在の戦略に「固執」し、感染拡大の抑止に向けて役立つデータを無視していることに懸念を示していた。フランクスは「信頼できるすべてのデータと向かい合わない限り、当局はこれまでの方針を変えないでしょう」と言う。「そして死亡率が高止まりしたままの状態が続くのです」

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全米の抗議デモで制圧に使われた「非致死性の兵器」の本当の危険性

黒人のジョージ・フロイドが白人の警察官から暴行を受けて死亡した事件に抗議するデモ活動が、全米に広がっている。これに対して警察当局は、催涙ガスやゴム弾といった「非致死性の兵器」で制圧に乗り出したが、実のところこれらの兵器には人を死に至らしめる危険性が潜んでいる。

TEXT BY LOUISE MATSAKIS

WIRED(US)

Anti-police brutality demonstrations

SAMUEL CORUM/AFP/AFLO

この数日、全米の数十の都市で警察官による残虐な行為に対する抗議活動に数万人が参加している。ミネアポリスで5月25日に黒人男性のジョージ・フロイドが警察官に拘束された際に死亡した事件に端を発するものだ。

抗議活動の多くは平和的に進められている。だが、ソーシャルメディアやニュースの報道では、警察が催涙スプレーや催涙ガス、ゴム弾などの群衆を制圧するための兵器を使用している映像が流れている。映像には挑発的な行動がほとんど見られないにもかかわらず、事前の警告もなく、抗議者やジャーナリスト、見物人や少なくともひとりの子どもに対して、こうした兵器を警察官が使っている様子が映し出されているのだ。

警察の制圧で多数の負傷者

同様の兵器は過去数十年にわたり、世界中の警察で使われている。一方で、これらの「非致死性」の兵器は安全ではなく、被害者が死亡する可能性があることが研究で明らかになっている。

「催涙ガスやゴム弾を非致死性兵器と呼ぶことは完全に誤りです」と、ロヒニ・J・ハールは指摘する。ハールはオークランドのカイザー医療センターで緊急医を務め、群衆制圧用兵器の専門家としてカリフォルニア大学バークレー校の公衆衛生学部で講義を受けもっている。「すべての兵器と同じように、どのように使用されるか、誤用されるかによって致死性は異なります。これほど広く使用されるようになると、必然的に死亡者や重傷者が出てくるのです」

実際にこの数日、警察が群衆制圧用の兵器を使ったことで多数の負傷者が出たことが報告されている。シアトルでは警察が子どもの顔に催涙スプレーを噴射したと報じられている。ニューヨークでは、警官が若者の防御用マスクを取り除き、相手が両手を挙げて服従の意を示しているにもかかわらず、催涙スプレーを浴びせかけた。

狙われたジャーナリストたち

ロサンジェルス、サンアントニオ、ダラスなどの都市の警察も、抗議者に催涙ガスを使用している。そしてワシントンD.C.では6月1日夜、ドナルド・トランプ大統領が教会の前で写真撮影できるように、ホワイトハウス周辺で平和的に抗議活動をしていた人たちが催涙ガスで排除されたのである。

多くの場合、警察は報道関係者を標的としていた。フリーランスフォトグラファーのリンダ・ティラドはミネアポリスで、ゴム弾と思われるもので撃たれて片目を失明した。ケンタッキー州ルイヴィルでは、テレビの生中継中に現地リポーターのケイトリン・ラストが「撃たれる!撃たれる!」と叫んでいる様子が撮影されている。警察がゴム弾か、目や皮膚を刺激する催涙弾のようなもので、ラストとフォトジャーナリストのジェームズ・ドブソンを狙ったのだ。

カリフォルニアのラジオ局KPCCのレポーターのアドルフォ・グズマン=ロペスは、カリフォルニア州ロングビーチでの抗議活動の際にゴム弾で首を撃たれ、あざができて出血もした。フォトジャーナリストのアンドレ・メルチャールズは、ミネアポリスでの抗議活動中にゴム弾で撃たれたときの様子を、野球のボールが当たったときの「100倍ぐらい痛い」と『New York』誌に語っている

命中精度が低く危険な“ゴム弾”

警察が最近の抗議活動で使用した兵器は多岐にわたる。専門家のハールによると、それらの多くは複数の素材を組み合わせた物であるという。

例えば「ゴム弾」とは、研究者がキネティックインパクト発射体(KIPs)と呼ばれる兵器の一種を指すためにしばしば使用される用語である。ところが、これらの多くは実際にはゴム製でない。「いま使われている兵器の大部分は、金属と硬くて危険な発泡体を混合したものか、ゴムの内部に金属の破片が含まれたものです」とハールは言う。ちなみにKIPsには、プラスティック弾、ビーンバッグ弾、スポンジ弾、ペレット弾なども含まれる。

KIPsは金属の弾丸と比べて、遠くから狙いを定めるのがはるかに難しい。ゴム弾の効果について参照できる学術研究はほとんどないが、研究者は1970年代からその命中精度の低さについて警告している。

群衆制圧用の兵器が健康に及ぼす影響についての2016年のレポートには、「従来型の弾丸とは異なり、キネティックインパクト発射体(KIPs)は変わった形状をしていたり、大きかったりする。このため前方に直進するのではなく、転がるように進む」と説明されている。このレポートは専門家のハールが共同執筆し、人権擁護の医師団体と自由人権団体の国際的ネットワークが発行したものだ。

「簡単に言うと、KIPsは穿通性外傷を与えるリスクを軽減するために速度が抑えられている一方で、命中精度が低くなることが多い」という。そして至近距離では「致死性をもつ可能性が高い」ことを、同研究は明らかにしている。

2002年に発表された別の研究では、イスラエルの警察が2000年の抗議活動で使用したゴム弾で撃たれた151人について調査されている。調査したイスラエルの研究者はハールらと同様に、「ゴム弾の命中精度の低さや不適切な狙いの定め方」によって「かなりの数の人が重傷を負い、死亡した」ことを明らかにしている。

この際には負傷して死亡した人が3人いたほか、多くの人が失明など深刻な合併症を患った。「そのため、この弾は群衆を制圧する安全な方法とみなされるべきではない」と、研究者は結論づけている。

催涙ガスがウイルス拡散につながる危険性

催涙ガスもまた危険である。子どもや高齢者、慢性疾患を持つ人なども含め、近くにいる人々に無差別に影響を与える兵器なのだ。

さらに厳密に言えばガスではなく、空気中に霧のように広がる粉末を金属製容器から放出する。さまざまな種類があるが、すべて痛みを感じる2つの受容体の1つをターゲットとして、目や鼻、口、肺の敏感な組織を刺激する。この化学物質に晒された犠牲者は意識が混乱するので、群衆を排除するためによく使用される。

米疾病管理予防センター(CDC)は、催涙ガスなどの「暴徒鎮圧剤」は、視力障害、嚥下障害、火傷、吐き気、嘔吐などを引き起こす可能性があると指摘している。長時間晒されると、失明や呼吸不全などのより深刻な症状が現れ、死に至る場合もある。6月1日にフィラデルフィアで撮影された映像では、道路の脇に追い詰められ、悲鳴を上げて、安全に逃げられない状態に見える抗議者たちに警察が催涙ガスを噴射していた。

新型コロナウイルスのパンデミック(世界的大流行)のなか、催涙ガスの使用は特に惨事を引き起こす可能性がある。催涙ガスによる犠牲者は、せきやくしゃみの発作に襲われるが、これによってウイルスが拡散する可能性が高まるのた(ただし現在のところ、抗議活動が新型コロナウイルス感染者の急増につながったというデータはない)。

問題の本質から目をそらすな

催涙ガス自体からのリスクに加え、催涙ガスを噴霧する鉄製容器によるリスクもある。21歳のバリン・ブレイクは週末にインディアナ州で抗議活動に参加した際、催涙ガスの容器で頭を殴られて片目を失明した。

催涙ガスによって意識が混乱し、パニックになった群衆が先を争って逃げ出そうとすることもある。ヴェネズエラのナイトクラブで17人が亡くなった2018年の事件がその一例である。

催涙ガスはほかの化学兵器と同様に、1997年に批准された化学兵器禁止条約のもと、ほぼすべての国で戦争における使用が禁じられた。しかし、抗議活動や群衆を制圧するために依然として多くの場所で一般的に使用されている。公民権団体は2018年、米国境警備隊が子どもを含む非武装の移民の一団に催涙ガスを使用したことを非難している。

抗議者を制圧するために使われる兵器が注目されることで、今回の抗議活動がそもそもなぜ起きたのかという点から注意がそれないようにすべきだと、ハールは言う。群衆制圧用兵器の行き過ぎた使用と、いま起きている数千人規模の抗議活動は、まさに同じ問題に根ざしているのだ。それは特に黒人を対象とした、警察による理由のない暴力である。

「いま起こっていることは、警察による暴力に対する抗議活動です。それが本当の焦点なのです」と、ハールは言う。「その点から注意がそれないことを望んでいます」

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