オーバーロードに寄ると、サトラナ成分が減ります。
困りますね·····
『単独行動とは、何かが起きるフラグである』
これはホラー映画やサスペンスドラマ·····はたまたミステリー小説が好きな人なら、よくわかるのではないだろうか。そのようなジャンルの映画やドラマや小説において、登場人物の一人が仲間や家族と離れて行動する時は、みている人や読んでいる人はまず、こう思うはずだ。
"あ、こいつ襲われるな·····"と。
場合によっては感情移入してしまい、「○○! 後ろ、後ろ!」と心の中で、あるいは声に出して叫ぶこともあるのではないだろうか。
そういう意味では、王宮という警備の厳しい場所から遠く離れ、僅かな供回りのみを連れて海へ行く王族などは、完全に狙ってくれと言っているようなものだろう。
特に、今の悟とラナーは微妙な立場にある。国王の後継者候補または、禅譲のための帝国との交渉役だと思われているのだ。どちらにも反発はあるだろうし、疎まれもする。
そして立場の危うい人物が強行手段に出る時·····それははたいてい一発逆転、起死回生を狙ってのものである。そういう立場の者からすれば、今の二人は美味しい餌にしか思えないだろう。
「サトル、ここでするのはダメよっ·····あっ、そこ触ったらダメっ·····」
悟とラナーは抱き合いながら海を漂う。まあ、足がつく場所なので、正確には海の中でずぶ濡れになりながら口づけをかわしたり、軽いボディタッチをしたりとイチャイチャしているだけなのだが·····。
正直言って若い男女が、場所も考えずに楽しんでいるようにしか見えない。
悟の生きていた時代には廃れていたが、一世紀前の言葉で表現するなら、完全にバカップルである。
その二人が一国の第三王女と、その配偶者である大貴族という組み合わせだとわかるものは少ないだろうが。
もちろん例外はいる。最初から知っていた場合だ。
「すげー羨ましい·····」
「ナザリック候·····殺す·····俺のラナー様を·····」
「誰がお前のだよ! お前なんかがラナー様に相手にされるはずないだろ!」
「俺もあんな美しい王女様相手にやりたいわ·····」
「·····ラナー様·····いやアイツらを殺していいんすよね。でも姫様·····いや女はせっかくだから皆で楽しんでからでいいっすか?」
「あんな美人の姫を抱けるチャンスなんすよね、早くやりましょう。もうたまらんス!」
浜辺近くにある木々·····小さな森のような場所だ。その陰に潜む人影がおよそ百。みな野盗のような格好をして武装しているが、どことなく品はあった。まあ、会話は欲まみれだが。
悟やラナーの事を知っているらしいので、純粋な野盗ではないだろう。ちなみに全員が男だ。
彼らの目線の先には当然のように件のバカップルがおり、ずっとイチャイチャしている。白いドレスの女──ラナー王女──の美しさ、そして遠目からでもわかる透けた下着に目を奪われる。
人数は二人と百人だ。しかも一人は女で戦力外と来ている。百人で一人を倒せばあとは一人残った美人を慰みものにして楽しみ放題だ。まあ、百人目が楽しむころには生きていないかもしれないが、使い道はあるだろう。
ハッキリいって楽な仕事だというのが全員の認識だった。ナザリック候に直接的な恨みはないが、妬みはある。だから誰もこの仕事に躊躇はない。
「隊長、早くやっちまいましょうぜ。たまらん!」
「馬鹿者。ここで隊長と呼ぶな! カシラと呼べ。·····我らは軍ではない。野盗集団"夜明けの襲撃団"なのだ。今回の我らの任務は簡単だ。盗み、殺し、犯す。つまり急ぎ働きだ。そして相手はナザリック候·····いや、若い男一人だ。ラナー王女·····いや、女は好きにしてから殺せ。行くぞ!」
隊長もとい、カシラの押し殺した一声に、皆やる気満々で頷く。二人を知っていることからも、やはり、単なる野盗ではないようだった。
ちなみに今は夜明けではなく、昼間だ。
再び海へと目を向けると、相変わらず抱き合いながら、熱いキッスをしている二人がいる。
「·····もう、サトルったら。後でゆっくりしましょ。それより·····」
「チッ、やはり来たか·····」
悟もラナーも招かれざる客に当然気がついている。·····と言うよりも、王都を出た時からチラチラと姿はみているのだから、知っているが正しいかもしれない。
「ついに来ましたね·····。いつかは来ると思っていましたけど。数人は捕縛してくださいね、サトル」
「ああ。俺のラナーに危害を加えようと企てている奴らだけど仕方ない。·····ラナーは俺が守る」
悟は、そう告て来訪者へと向き直った。
(素敵よ、サトル。真剣な眼差し·····凛々しい横顔·····私のサトル·····)
ラナーは、緊張からではなく悟の魅力にドキドキしている。
「貴様らは何者だ。私たちに何用かな?」
鋭い眼光で睨みつつ、落ち着き払った低い声をだす。威圧感のあるまるで魔王のような声だ。
(サトルの低い声カッコイイ·····もうドキドキしちゃう)
百人に囲まれた大ピンチにも関わらずラナーはまったくに気にせずときめいている。
「なあに、こんなところで、いい女侍らしてお楽しみのようだからよ、俺らも混ぜて貰おうかと思ってな」
「ゲヘヘ·····そう言うこった」
男達は、下卑た視線をラナーに送る。白いドレスが透け·····ていたのだか、一瞬にして、黒い豪奢なマントで覆われラナーの体を隠す。
「貴様らごときに見せるものかよ。ラナーは私の全ては、この私の物だ。·····このクズどもがァァァ!」
男達全員が怯むような低く怒りに満ちた声。気のせいか一気に気温が下がったように感じる。
「一人で何ができる。せいぜいお前の目の前で、楽しませてもらうぞ!」
威勢とは裏腹にカシラの声は震えているし、声もそんなに出ていない。しかし、本人も、その配下もそれには気づいていない。
「あら、声が震えていますわよ?」
「ははは。ビビっているわりには、よく吠えるじゃないか」
ラナーと悟は、それに気がついていた。二人には余裕がある。悟は、自分の実力がこの世界において抜けた力を持つ事を理解していたし、ラナーは悟を全面的に信頼しているのだ。
「な、なんだとっ·····」
カシラはひっくり返りそうな声だった。
「貴様らは私のラナーを汚そうとした。だから、許さん! 〈火球
悟の周囲に十の炎の球が浮かび上がる。
「うはあっ·····綺麗ねサトル」
「そうだろう? 私も好きなんだよ·····」
まるで宝石でも見るような会話だが、百人の野盗に囲まれた状況は変わっていない。
「うおっ!」
「魔法?」
「まさか、
「こ、こ、コケー脅した!」
野盗達に動揺が走る。
「どうした? かかってこないのか。ではこちらからいくぞっ!」
一斉に野盗達に向けて放たれた火の玉は彼らをあっという間に飲みこんでいく。
よくあっという間にというが、それすら許さず·····つまり悲鳴を上げる間もなく半分近い人間が一瞬にして消しとび、その姿を残骸すら残さずに消してしまった。
「なあっ·····」
それから数瞬·····カシラが我に返ると、すでにカシラ以外は全滅していた。
「な·····百人いたんだぞ·····百人の"兵"が·····いたんだぞ·····」
これは重要な情報だが、カシラはそれに気づいていない。ラナーがニコリと笑みを浮かべ、悟も頷く。
「お前が最後だ。だが、貴様には利用価値がある。だから生かしてやろう」
「くっ、そうはさせんぞ」
カシラはみずからの喉に剣を突き立てようとする。
「·····残念」
いつの間にか後ろに回りこんだ悟が、ポンとカシラの右肩を叩いた。喉を刺すギリギリのところで、カシラの体が動かなくなってしまう。
「···············」
声を上げる事ができないが、言いたい事はわかる。"動けない! 何をした! "だ。
「ああ、麻痺させたんだ。自決されても困るのでな。·····すまないな、ちょっと情報を貰うぞ。〈
動けないカシラの頭を悟は右手のブレインクローで鷲掴みにし、記憶を探った。
◇◇◇
「やはり、ボウロロープの手の者ですか·····」
ラナーは悟の報告を聞いてもまったく驚かない。彼女からすれば想定内だったのだから当然だろう。
「このまま旅行を続けるのか? きっと良くない事が起きるぞ?」
蒼白い顔の悟が張りのない声を出す。
「もちろんです。せっかくの新婚旅行なんですよ?」
「そ、そうだよね。ゥッ·····」
蒼白い顔をさらに真っ白にした悟が海に向かって這い寄るように向かい、胃の中のものを吐き出した。
「ゔゔっ·····」
ラナーの為にと興奮していた時は気がつかなかったのだが、冷静になってみて自分のした事の恐ろしさを感じた悟はこの調子である。
「サトルは優しいのね。私を汚そうとした相手なんだから、気にしてはいけないのですわ。つまりモンスターを退治しただけですよ、サトル」
ラナーは優しく悟の背中を撫で、落ち着いたところで手をとり、起き上がらせる。
「でも、ラナー·····」
言いかけたセリフは途中でラナーに唇を塞がれ、言えなくなってしまう。
「貴方の罪はこれで、消えました。全て私の為なのですから」
ラナーはそう言ってもう一度唇を重ね、悟をぎゅっと抱きしめた。
「全て私が受け止めます。だからサトルは何も気にしないで·····」
悟は静かに頷き、今度は悟から長い、長いキスをするのだった。
サトラナ成分を保ちながらの、オーバーロードらしさって難題ですね。
まあ、基本はサトラナなので、二人のイチャイチャ話になるけども。