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この作品には 〔ガールズラブ要素〕 が含まれています。

「嘘」

作者:春山 灘

 あの人を初めて意識したのはいつの事だっただろう。

 週末の体育館で、いつも小学生の子供たちにバレーボールを指導している彼女。


 肩まで伸びた無造作な黒髪。

 整った顔立ちとすっぴんでも綺麗な肌。

 背は高くないけどスッとした体形。

 年は多分、28の私よりも少し若い。


 白いラインの入った鮮やかなブルーのジャージを着た彼女は、腕を組んでコートの端に立ち、練習している子供たちを真剣に見つめている。


 綺麗な女性なのにどこか男性的で、時々子供に向ける無邪気な笑顔にドキッとさせられる。


 2階のランニングコースを走りながら、私はいつも彼女の姿を目で追っていた。

 なんとなく彼女に興味を持ったからだ。

――午後8時。


 自分に課したノルマを走り終えた私は、更衣室に戻って服を着替えていた。

 冬も間近に迫り、めっきり寒くなった最近の体育館は全くと言っていいほど人気がない。


 今日も広い更衣室に私一人。


 こんな状態でこの体育館は大丈夫なのだろうか? と少し心配しながら、狭いロッカーから取り出したバッグを肩に掛ける。

 そのとき、微かな足音が聞こえた。

 私は足音を聞きながらロッカーを閉じる。


 更衣室の出口に向かうと、ロッカーの陰から一人の女性が姿を見せた。

 バレーボールのコーチをしているあの女性だった。


 彼女の姿を見た瞬間、私の足は勝手に動きを止めた。

 彼女は会釈して私の横を通り過ぎる。

 私は反射的に踵を返し、自分が使っていたロッカーのドアをもう一度開いた。あたかも忘れ物をしたかのように。


 そして、すぐ傍のロッカーを開いた彼女に、何の用意もないままつい声を掛けてしまった。


「あの」

「ん?」


 彼女は手を止め、私の方を向いた。

 近くで見ると、整った顔立ちが更に際立って見える。


 彼女は既に上着を脱ぎ、華奢なわりに肉付きの良い腕を晒している。

 素肌を見せ付けられた気まずさと、掛ける言葉が見付からない焦りで顔が熱くなった。


「え……と、毎週来てますよね? バレーボールのコーチされてるんですか?」


 見れば分かるだろ! と自分にツッコミを入れたくなるようなマヌケな質問。


 すると彼女は微かに微笑み、口を開いた。


「趣味でね。私はこの通り身長低いし、才能なかったから子供たちに託したくて」

「そうですか。……あの、失礼ですけどおいくつですか?」

「私? 33」

「え!? もっとお若いかと思いました」

「あはは。化粧しないから肌の劣化が遅いのかもねー」


 彼女はそう言いながら、子供に向けるのと同じ笑顔を私に向けた。


 ――ドクン


 心臓が強く鼓動を打つ。


 私はどこかおかしくなってしまったのだろうか。

 同性の人にドキッとするなんて。


「……あ、すみません、お邪魔でしたね」

「ううん。バレーに興味あるの?」

「え? あ、はい。まぁ……」


 “興味があるのはバレーではなくて、あなたです。”


 そんなことを正直に言える訳もなく、私は曖昧な嘘をついた。


 彼女の気を引く為の嘘を。


――


 この日を境に、頻繁に彼女と顔を合わせるようになった。

 8時にロッカーに行くと先に彼女がいたり、私が着替えていると彼女が現れたり。

 その度に他愛ない会話を交わし、どちらかが先に更衣室を後にする。


 だけど今日、そんな寂しい関係に終止符を打つべく私は動いた。

 彼女を食事に誘ったのだ。


「あの、このあと予定ってありますか?」

「ん? 帰って寝るだけだけど」

「ご……ご迷惑でなければ、一緒に食事とか……」

「いいよ」


 即答だった。

 最初の印象の通り、彼女は竹を割ったようなサバサバした性格のようだ。


 案外あっさりと承諾を得てしまい、拍子抜けしながらも嬉しさが込み上げる。

 先に準備を済ませた私は、目を逸らしながら彼女が着替え終わるのを待った。


「車で来てるよね?」

「あ、はい」


 彼女の私服は、シンプルでセンスのいい彼女らしいスタイル。

 飾り気がないと言えばその通りかも知れないけど、それが逆に彼女の魅力を引き立たせている。


「○○町のファミレス知ってる?」

「知ってます」

「じゃあ現地集合で。私も車だから」

「分かりました」


――


 外灯が点された駐車場に出ると、不意に冷たい夜風に吹かれた。二人で身を屈めながら「寒いね」と言い合う。

 私は先に自分の車に乗り、彼女を目で追った。


 彼女が乗り込んだのは、私の斜め前に停めてあった紺色の大きなワゴン車。

 車に詳しくない私でも彼女が車好きだと分かるぐらい、キチンと手入れされてキラキラ輝いている。

 これもイメージ通りでなんとなく嬉しかった。


 少し浮ついた気分で運転し、15分程度でファミレスに到着。

 週末の夜だけあって、広い駐車場はほぼ満車だった。


 少し待つと彼女の車も到着。

 車から降りて来た彼女に会釈し、私たちは一緒にファミレスに入った。


「そういえば今更だけど、お互い名前知らないよね? 私、金城瞳。年は……言ったっけ。33」

「あ、遅くなってすみません。西川要です。28です」

「カナメちゃん? いい名前」

「ありがとうございます。私も気に入ってるんですよ」


 若者たちで賑わう店内。

 私たちは今更ながらお互いの名前を知り、他にも自分たちのことを伝え合った。


 彼女の本職は家具工。バレーボールのコーチは、中学時代のバレーボール部の恩師に頼まれて引き受けたのだそう。


 女性なのに職人仕事に就いていることを知り、ますます彼女への興味が膨らんでいく。


 私は区役所の受付係で、代わり映えのない仕事に飽き始めていることを伝えた。


「え、公務員? すごいじゃん」

「全然すごくないですよ。安定はしてるけど地味な仕事だし。それより金城さんの仕事カッコイイですね!」

「まぁ、楽しいよ。職場も男ばっかりで楽だしね」


 運ばれて来た料理を食べつつお互いのことを話しながら、私はある一つの質問を投げるタイミングを見計らっていた。


 そして会話が一区切りした時、水の入ったグラスを口に運ぶ彼女に思い切って問い掛けた。


「あの、金城さんは結婚されてるんですか?」


 グラスを口から離し、彼女は答える。


「ん? 独身」

「彼氏は? 金城さん綺麗だし、さすがにいますよね?」

「いないよ。男に興味ない」

「え? っと……、それは……?」

「“女は好き?”とか? ふふ、実はそうだったりして」

「え、ちょっ……!?」


 予想外の言葉に心臓が跳ね、体温が上がる。


「昔からそう。ツラい恋しか経験ないんだ」


 単なる冗談かと思いきや、彼女は真面目な顔をして軽く目を伏せた。

 そんな彼女の様子を目の当たりにして、私は冷静さを取り戻す。


「……本当なんですか?」

「うん。新しく知り合った人には、仲良くなる前に伝えることにしてるの」

「……。どうして?」

「その方が傷が浅くて済むからだよ。仲良くなってからカミングアウトして嫌われたらツラいからさ」

「まぁ……そうですね」

「それでも一緒にいてくれる人とは親友になれるかも知れないし、大人になってからはそうしてる」

「……あの」

「ん?」

「でも、それで離れて行った人っているんですか?」

「んー、言われてみるといないね。好きになった人はみんな離れて行くけど」

「……」


 彼女の秘密を知った今、抑え込んでいた感情が突然顔を出した。


「どうするかは要ちゃん次第。私は去る者は追わない」


 それは、出来れば気付きたくなかった感情。


「そんな……。私は去ったりしませんよ」


 私はそれを頭の片隅で自覚しながら、ずっと見て見ぬふりをし続けて来た。

でももう、これ以上自分をごまかすことはできない。


「あはは。ごめん、暗くなっちゃったね」

「いえ。……ちょっと、お手洗いに」


 一人の空間に逃げ込んだ瞬間、無理矢理抑え込んでいた気持ちが涙と一緒に溢れ出した。

 彼女へのこの感情が“恋”なのだと、私はこの時になってようやく認めた。


――


『宛先:金城 瞳

 件名:こんばんは。


―本文―


西川です。

今日は突然誘っちゃってすみませんでした。

さっきの話ですけど、私は距離を置いたりしません。

逆に話してくれて嬉しかったし、はっきり伝えられる金城さんがカッコイイと思いました。

ツラい時は何でも相談してくださいね。

また来週会いましょう。』


 想いを伝えたら叶うかも知れない。

 だけどそれは、相手が異性の場合とは意味が違う。


 自分の気持ちが怖い。

 彼女から気持ちを離すこともできない。

 私は、この期に及んで未練がましく自分を騙す手段を探る。

 自分を同性愛者だと認めたくなかったから。


『受信:金城 瞳

 件名:Re:こんばんは。


―本文―


気にしないで。また来週。』


 そっけない返信が彼女らしくて笑いが込み上げた。

 同時に、彼女に対するどうしようもない罪悪感で胸が苦しくなった。


――


 毎週、毎週。


 会う度にお互いの近況を少しだけ話して、少しだけ笑って、私は少しだけ彼女に嘘をつく。

 彼女に気持ちを悟られないように。

 彼女の気持ちが私から離れないように。


 そして時々、休みの日に一緒に過ごす。

 その度に感じるのは、彼女の隣を歩ける喜びと、彼女と笑い合える幸せ。

 そして、それ以上を望めない切なさ。


 進展を許さないのは他でもない自分自身。

 気持ちに蓋をして、嘘で隙間を埋める。

 そうしなければ自分が自分ではなくなってしまう気がした。


 私がつく嘘は、結局自分を守る為の嘘でしかない。

 それに早く気付いていれば、必要以上に彼女を傷付けずに済んだはずだった。


――


 想いを募らせながら心にブレーキをかけ、彼女と顔を合わせることが当たり前になった週末の夜。

 今日もいつも通りに会話を交わすものと思い込んでいた更衣室で、

 突然、彼女が言った。


「来週からしばらく来れなくなりそう」

「……え? どうしたんですか?」

「新しく資格取る為に勉強しなきゃいけなくて。仕事も忙しくなって来たしね」

「仕事の資格?」

「そう。これ取ったら昇格できるの」

「そうですか。頑張ってください」


 彼女のチャンスを素直に応援できなかった。

 連絡を取ればいつでも会える間柄になってはいたけど、週末の些細な会話を密かな楽しみにしていた私は、

 無性に寂しくなって、


「今日、暇ですか?」


 多分、泣きそうな顔で彼女にそう聞いた。


 彼女はいつも通り「暇」と即答する。

 いつもと違ったのは、私のざわついた胸と、私たちの行き先だった。


――


「あからさまにおかしいね。様子が」


 無理矢理彼女の車に乗せられ、彼女の運転で雪の夜道を走る。

 向かった先は彼女の部屋。


「いや……大丈夫です。戻ってください」

「一人暮らしでしょ? ほっとけないわ」

「……」


 彼女の優しさに涙が滲む。

 あの程度のことでここまで不安定になる自分に少し驚いた。

 自分で思うよりも無理をしていたのかも知れない。


 助手席で静かに涙を流し、抑え気味に鼻を啜る。

 彼女は部屋に着くまで黙ったままだった。


――


「まぁ、これでも飲んで。ちょっとは落ち着くかも」


 テーブルに出された温かい紅茶。

 一口飲むと、彼女が言った通り少し気分が落ち着いた。


 改めて部屋を見回す。

 来る前に予想した通りの、こざっぱりとしたシンプルな部屋。


 可愛らしい鏡台が部屋の隅に置いてあったり、壁に動物の写真が沢山貼られていたりと、所々に意外な女性らしさが見える。

「で、何があったの?」


 ストレートな物言いが彼女のいい所でもあるけど、場合によっては困らされることもある。


 今がその“場合”だった。


 だけど、傍目から異変が分かるほど均衡を崩した心をごまかし切れる訳もなく。

 私は観念して、胸の内を吐き出すことにした。


「金城さん……」

「もう瞳でいいよ。そう呼んで」

「……瞳さん、私……」

「うん?」

「その、好き……みたいです」

「私を?」

「はい」

「……元気がないのはそれが原因?」

「そうです」

「いつから?」

「はっきり覚えてないんですけど、初めて話す前からです」

「ふふ、一目惚れ?」

「二目惚れぐらいかな……? よく見たら中性的で綺麗な人だなーって、思って……」


 そう言った時、横に座っていた彼女の身体が私に近付き、温かい手の平が私の頬を包んだ。

 驚いて彼女に顔を向けると、すぐそこに彼女の顔が迫っていた。


唇が重なる。


 優しく触れ合うだけのキスは、ほんの一瞬で私の身体を熱くした。


「……こういうことしても、嫌悪感はない?」

「はい……」


 もっと触れて欲しい。

 それが正直な気持ちだった。


 だけど、ここで触れられてしまったら、やっとの思いで押し留めていた気持ちが溢れ出してしまう。


 彼女はそんな私の気持ちも知らずに、堤防を切り崩すような言動で私に迫った。


「もっと試していい?」

「もっと、って……?」

「エッチ」

「女同士で!?」

「好きって、そういうことでしょ?」

「でも……付き合ってる訳じゃないし」

「じゃあ付き合おうよ」

「そんな……、簡単に言わないでください」

「簡単じゃない」

「……え?」

「私もさ、ずっと見てたんだよ。要のこと」


 彼女が初めて見せる顔。

 私への愛しさが混じった、ひどく悲しい顔。


 彼女が好きなのは紛れも無い事実。

 でも、同性の人との行為に対して恐怖心がない訳ではない。

 当たり前だ。普通の状況ではないのだから。


 たった一言“怖い”と、正直にそう伝えればよかった。

 そうすれば彼女は理解してくれたはずだ。


 だけど私はここでも嘘をついた。

 彼女を傷付けることよりも、彼女に嫌われることの方が怖くて。


「ごめんなさい、そういえば生理でした。今日」


――


 自分から好意を伝えておいて、私は彼女の好意を拒絶した。

 感情と理性の間で彷徨い、彼女を傷付けた。


 私は一体どうしたかったのか。


 自分の部屋の床に座り込み、テーブルに肘をついて頭を抱える。

 ベッドに横になり、眠れないまま暗い天井を見つめる。


 そしてまた、退屈なだけの毎日を繰り返す。


――


 あれから彼女に連絡していない。

 彼女からの連絡もない。

 相変わらず週末の体育館には通っているけど、当然ながら彼女の姿はない。


 小学生のバレーボールは、最近は年輩の男性が指導している。彼女が言っていた中学時代の恩師かも知れない。


 彼女の立ち位置に他の人が立っているのが寂しい。

 今までの私なら、これ以上想いを募らせずに済むと、ホッと胸を撫で下ろしていたに違いない。


 でも今、そんな気持ちは微塵もない。

 ただ、寂しかった。


 メールを打つ指はいつも途中で止まる。 途中で止まった指をそのままクリアボタンに移し、最初から何もなかったかのように文字を消去する。


 最初から何もなければ、こんなに苦しい思いをせずに済んだ。

 彼女を傷付けずに済んだ。


 考えても仕方のないことを考え、無駄な時間ばかりが過ぎて行く。

 そうやって前に進むこともできないまま、いつの間にか3ヶ月の時が過ぎていた。

――


 そろそろ暖かくなって来て、この体育館の利用者も少しずつ増え始めた。

 それでもやっぱり“賑わう”という表現とは程遠い有様。


 彼女と会えなくなって何度目の8時を迎えただろう。

 私は週末のこの時間、相変わらずこの更衣室で彼女の姿を探す。


 いるはずのない人の姿を追い求めるなんて、私にもこんな恋に恋する一面があったんだな。


 人ごとみたいにそう考えながら、ロッカーから取り出したバッグを肩に掛けた。


 ――そして。


 私はこの日、とうとう幻覚を見た。

 白いラインの入った鮮やかなブルーのジャージ。それを身に着けた綺麗な女性が私に近付いて来る。

 服装まで正確に再現できる私の妄想力は大したものだ。


「要」


 服装だけでなく、声まで正確に再現してしまった。

 ついに私の頭は狂ってしまったのか。


「久しぶり」


 いや。

 狂っているのは私の頭ではない。


「……! なんで?」


 現実の方だった。


 今自分が見ているのが幻覚ではなく現実だとようやく理解した私は、今度は唐突に湧き出した疑問に混乱してしまった。


 今日、バレーボールの指導はいつもの男性がやっていた。

 彼女の姿はコートの中にはなかった。

 それなのに、どうして今ここに彼女がいるのだろう?


 混乱しながらも彼女に会えたことが嬉しくて、私は目に涙を浮かべていた。


「もう来ないと思ってました……」

「“しばらく来れない”って言ったんだよ。……って、無理もないか。あのとき半分放心状態だったもんね」

「そうでしたっけ……。瞳さん、今日バレーの指導してました?」

「してないよ」

「じゃあ、どうしてここに?」

「いちゃダメかな?」

「そんなことは……。あ、そういえば試験は? 資格取れました?」

「取れたよ」

「……そっか。おめでとうございます」

「ありがとう」


彼女はそう言い、何事もなかったかのように微笑んだ。


「相変わらず要は真面目だよね」

「え?」

「毎週キッチリ6時に体育館に来て、キッチリ2時間走って、キッチリ8時に帰って行く。私みたいなアバウトな人間とは違うよ」

「融通が利かないだけですよ。仕事でもそれが反省点だし……」

「要はエリートだからね。私と違って」


 突然機嫌を損ねたように子供みたいなことを言い、ふて腐れる彼女。

 急な態度の変化に、またもや私は混乱してしまった。


「そんなお堅い職に就いてるし、模範でなきゃいけない訳でしょ? 人として」


 事実なのにカチンと来た。

 でも、彼女の不機嫌の理由は分かった。

 あの日、嘘をついて彼女を傷付けたまま連絡もせず、伝えた想いを無責任に放棄した私を怒っているのだ。


「そんなこと、ないです……」


 彼女に悪いことをしたという引け目から、あまり強くは言い返せなかった。


「自分が普通じゃなくなるのが怖いのは当たり前だよ。それなら普通に生きればいい。その為に必要な嘘もある。そんなの私だって分かってるけど……」

「……」


 彼女はやっぱり全てを理解していた。

 きっと彼女は、今までこうして傷付いて来たのだろう。


 “結局あなたも同じだった”。


 そう言われているようで急に胸が苦しくなった。


「これからもう、ここには来ないからさ。顔合わせなくて済むように。それだけ言いに来た」

「嫌だよ……」

「……え?」

「やっと会えたのに……。もう会えないのは、嫌だ……」

「意味分かんない。一体どうしたいの?」

「瞳さんに会えないぐらいなら普通じゃなくたって構わない。一緒にいたいです……」

「……」

「今まで私、瞳さんの気持ちなんて考えてなかった。自分のことばっかり考えて、嘘ばっかりついて……私、最低でした」


 溢れ出す涙。

 彼女は黙ったまま私の顔を見つめている。


「ごめんなさい……! 瞳さんを傷付けて……」


 私たちの他に誰もいない更衣室で、私は彼女に抱き着き、泣きわめいた。

 彼女は私の身体に両腕を回し、背中を優しくさする。


「……ホントだよ。私がどれだけ泣いたか思い知れ。バカ」


 そして私は、彼女に最後の嘘をつく。


「バカじゃないですよ。エリートです」



『「嘘」』 おわり



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