「僕はニュータイプを決して支持しない」 ガンダムは歴史そのもの、続編に興味はない 安彦良和のTHE ORIGIN(後編)
『機動戦士ガンダム』で1980年代に一大ブームを巻き起こした安彦良和さんだが、自作の不振と世界史の激変を受けて89年、きっぱりとアニメ界を去ることになる。「歴史は動く。でも人間は変わらない」。挫折のなかで新たに得た認識を手がかりに、歴史漫画の道に進んだ。
「日本はどこで間違ったのか」 歴史に挑む
専業漫画家になって安彦さんが取り組んだのは、古事記に登場する神々や神話上の人物を生き生きと描いた『ナムジ 大國主』『神武』や、日清戦争や日露戦争に材を取った『王道の狗』『天の血脈』など、日本の古代史と近代史に焦点を当てた作品群だ。
いずれも、東アジアの融和を目指す者と覇道を唱える者の対立構図が仕組まれ、理想主義の挫折も主題になっている。アムロ・レイのように弱さや矛盾をはらんだ人間臭いキャラクターたちが交錯する歴史群像劇としての物語は、ガンダム同様、勧善懲悪とは程遠い。ノモンハン事件までの昭和裏面史に迫った『虹色のトロツキー』では、満州を舞台に、戦後タブーになったとも言える「アジア主義」に切り込んだ。
安彦 僕にとっては、学生運動の挫折の、ひとつの「総括」ですよね。まあ新左翼崩れですから、世界は基本的には進歩し続けるし、人間は賢くなるという理想をやっぱり信じていた部分があったんです。でもその甘さを突き付けられた。
父親の世代があれだけの戦争を経験していながら、なぜ自分たちの歴史感覚はこんなに鈍感なのだろう。だったら、歴史を問い直さなければならない。そう考えたんです。
敗戦の反動で皇国史観は否定され、天皇制や国家神道に結びついた古代神話の時代にはフタがされてしまいました。膨張主義や侵略の片棒を担いだとされたアジア主義や五族協和の思想も葬られた。あれほどの人を不幸に巻き込んだ「国体」というものの正体も分からないまま。でも、日本がどこで間違ったのかを知るためには、封印してきたものにも正面から向き合うべきだと思いました。戦後に勧善懲悪のかたちで教え込まれた歴史を再構築する必要があるだろう、と。
安彦 アニメ作品でこうしたテーマを描くのはなかなか難しい。でも個人的な営みの漫画なら、身の程知らずの大きな問いだって描けてしまう。漫画というジャンルのこの自由さもまた、主に手塚治虫さんが見つけてくれたものです。
しょせんはサブカルチャーだけれど、サブカルだからこそ描けるものがある。そういう思いで細々とやってきました。
――その作業のなかで、「総括」できたことはなんでしょうか。
安彦 戦前は暗黒の軍国主義で戦後は明るい民主主義の時代だった、という戦後教育が生み出した構図は、ウソだということです。あの戦争で、国民は決して単なる被害者だったわけではない。満州に夢を抱き、戦果を喝采して戦争遂行に協力した人たちも多かった。それをただ「だまされていた」と言って片付けるべきではない。
これはいまの時代にも当てはまります。「日本が右傾化している」とか「こんなはずじゃなかった」とか言うけれど、その政治体制を国民は選挙で選び続けている。そこを見つめないと、同じ過ちを繰り返しますよ。
同じ志向の人たちで固まって、対立する人たちを決して理解しようとしない。これは右にも左にも言えることです。むしろ「リベラル」と言われている人たちにこそ、その傾向は強いんじゃないでしょうか。
国の指導者と国民を切り離し、良識を持った人間なら安倍首相なんかを支持するはずがないと思い込んで、自分たちの「正義」にあぐらをかいている面はないだろうか。「リベラル」の側にさえいれば歴史に支持されると思い込み、「民主主義は大事だ」「9条を守ろう」と主張するだけではダメなんです。
僕は安倍政権による改憲には反対だけど「9条にノーベル平和賞を」なんて思わない。アメリカに寄り添って平和を享受してきた戦後日本なんて醜い国ですよ。ベトナム戦争が典型ですが、日本はアメリカの戦争に紛れもなく加担してきた。そこを見つめないで「平和主義を守ってきた」というのは欺瞞です。
安彦 「リベラル」な人たちが否定するポピュリズムだって、一面では民主主義の発露であり、一国主義はグローバリズムへの抵抗の動きだとも言える。格差も貧困もLGBTや同性婚も、そんなに単純な問題ではないですよ。
リベラリズムには基本的に性善説的な考えがあるけれど、幼児虐待や継子いじめの事件を見ても分かるとおり、人間は「獣」性も備えている。理性の限界を認めたうえで、きれいごとだけでなく本音をさらけ出し、互いに分かり合えないと思っていた者同士、腹を据えて議論をする。そこから始めないとダメです。
オウム事件に衝撃 歪んだ『ガンダム』理解に危惧
――2000年代から『ガンダム』をリライトした漫画『機動戦士ガンダム THE ORIGIN』を描き始め、その後アニメ化するにあたっては総監督を務めました。再びガンダムとアニメの世界に戻ってきたのはなぜでしょう。
安彦 僕にとって『ガンダム』とは、最初の『機動戦士ガンダム』、いわゆるファーストガンダムだけ。スタッフの一人として責任を負わなければならないと思い続けているのも、ファーストだけです。それはあくまで、戦いに巻き込まれていく「小さき者たち」を描いた物語です。
でもその後にシリーズ化された作品では「ニュータイプ」という要素がどんどん比重を占めていった。
ニュータイプとは『機動戦士ガンダム』の終盤で登場した重要なモチーフ。アムロやシャアなど、モビルスーツを自在に操る特殊な感応力や超人的な洞察能力の持ち主で、宇宙進出によって覚醒した新たな人類と説明されている。
安彦 人類の革新=ニュータイプが世界を変える、それが『ガンダム』のテーマなんだと誤解する一部オタクや評論家がその後どんどん現れました。じっさい続編の何本かはそう解釈するしかないような作られ方をしています。
しかし、これでは選民思想です。学生運動の時に語られた「前衛党が先頭に立って革命を実現し、大衆を導く」という発想とも同じです。レーニン主義に立つこの考えは、旧左翼と変わりません。自分たちの正義を疑わずに仲間を粛清した連合赤軍事件のことが、悪夢のように思い出されました。
安彦 そして95年には、さらに醜い事件が起こりました。オウム真理教による地下鉄サリン事件です。
彼らは、危険なほどにサブカルと癒着していた。じっさい『ガンダム』の影響を指摘する人もいました。「ポア」という言葉で殺人を正当化する思想は、紛れもなくニュータイプ思想に通じます。
これはまずい。『ガンダム』の理解の歪みを是正するためにもう一仕事しなくては――。それが、結局サンライズの要請に応えて『THE ORIGIN』を描いた動機です。
10年以上の大仕事になりましたが、『ガンダム』前史の開戦の経緯やジオン公国が唱える選民思想のいかがわしさを、ある程度は描き込めました。『ガンダム』から後付けの余計な思想をとっぱらうことができたと思います。
もう一本だけ『ガンダム』を作ります
――安彦さんにとっては、それが作り手としての責任であり、人生や歴史を描くということにつながるわけですね。
安彦 謙遜ではなく、人生も仕事も、僕はメジャーとは縁がなかったですから。サブカルチャーの、そのまた裏街道を歩んできたと思っています。でも、それがよかったとも思っています。
自分では選ぶことのできない時代、割り当てられた時間のなかで、抗(あらが)えない大きな状況に巻き込まれながらも、必死で生きている。歴史を見つめるということは、そういう生身の人間が生きて呼吸をしていたことを、しっかりと想像することだと思います。
そういう意味で言うと、『ガンダム』はもはやフィクションではない。色んな人間がうごめいて、自分にはつかめない大きな流れに翻弄されて……。これは歴史そのものですよ。富野由悠季はよくぞこの世界を作ってくれた、と思います。『THE ORIGIN』を描いている間は、歴史物をやっている時と同じ気持ちでしたね。
僕のなかで、作り話である『ガンダム』と、近い過去や遠い昔に思いを馳せて紡ぐ物語は、こうして互いにつながっているんです。
――安彦さんの10年区切り説で言うと、2020年代はどんな仕事が待っていますか。
安彦 あと5、6年は仕事を続けたいですね。本業の漫画で、連載中の『乾と巽』に決着をつけたい。これはロシア革命の話、シベリア出兵の話です。きわめて評判の悪いマイナーなテーマですが、実は日本が世界史にからんだ巨大な体験だったと思います。それをまさに「小さき者」の視点から描きたい。これも僕なりの「総括」ですかね。
アニメでは、最後にもう一本、『ガンダム』ものを作ろうと思っています。詳しい内容はまだ明かせませんが、僕が愛してやまぬファーストガンダムにまつわるものです。楽しみにしていてください。
(取材・文=石川智也 写真=野呂美帆)
プロフィール
〈やすひこ・よしかず〉 1947年、北海道遠軽町生まれ。弘前大学を除籍後の70年に虫プロに入社し『新・ムーミン』などの原画を手掛けた後、73年にフリーに。『宇宙戦艦ヤマト』『勇者ライディーン』などに携わった後、79年放映の『機動戦士ガンダム』でキャラクターデザインと作画監督を務め、社会現象とも言えるブームを巻き起こした。89年に専業漫画家に転進し『ナムジ 大國主』(日本漫画家協会賞優秀賞)『虹色のトロツキー』『王道の狗』などの歴史物を発表。2001年から11年まで連載した『機動戦士ガンダム THE ORIGIN』は累計発行部数1千万部を超えるヒット作となった。総監督を務めたアニメ『機動戦士ガンダム THE ORIGIN I 青い瞳のキャスバル』(15年)で四半世紀ぶりにアニメの現場に復帰した。
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