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この作品には 〔ガールズラブ要素〕 が含まれています。

異世界に召喚されたかと思ったら勇者とか呼ばれてるけど、わたし普通の女の子だよ?

作者:イカ墨

主人公は異世界に転移してテンションが上がっております。

 ルンルン。今日から夏休みー。スキップなんかしてみちゃったりなんかしたりしてー。

 大学生になってから初めての夏! 

夏休み。それは受験戦争から開放されてやっと来た春。夏だけど気分的には春なのだ。

 受験が終わっても高校は学校行事に友達付き合いと何かしら忙しい。卒業した後の短い春休みも入学前のドキドキハラハラで心休まる暇はない。大学が始まってからは、覚えなくてはならないこと、決めなくちゃいけないことがいっぱいで、人間関係の構築も手を抜けない。ここで失敗すると一生に響くのだ、マジで。

そんな全てのしがらみから開放されるのが夏休み! いやぁ~、素晴らしいね!

 小中高の夏休みと違って大学は約二ヶ月も休みがあるのですよ。加えて大した宿題もないときたもんだ。パラダイスだね。自堕落してしまうね、わたし。

 んで、鼻歌をフンフンしながらやって来ました我が家。

 ドアを開けてまず向かうのはリビングに置いてあるケージ。わたしが帰ってきたのをいち早く察知したのか、尻尾をフリフリして可愛く座っているうちのマスコットがいた。ケージを開けてあげると、ぴょんぴょん飛びついてくる。


「かわうぃいいい。でも、おすわり!」


 愛犬タローはワゥと小さく鳴いてちょこんとお尻を床に落とす。これがまた可愛いんだわ。わたしを悶え殺す気ですか?

 ちゃんと言うことを聞いたので、わしゃわしゃと撫で回してあげる。うーん、至福の時ですな。


「お散歩行こうか」

「わぅ」


 そんなわけで近所の公園を散歩して帰ってきました。

 もう、行くときは『散歩! 散歩早く連れてけえ!』な感じだったのに折り返し地点まで行くと『はよおうち帰せよ、オラァ!』とばかりにリードを引っ張る困ったちゃん。

 はいはい、しょうがない子ですね、うちの子は。家に入って首輪からリードを外してやると、バビュンとリビングに向けて駆けていく。

 その後姿を眺めていた時だった。

 揺れる! 地震!?

 視界が揺れに揺れている。三半規管が揺さぶられる。

 でも家がギシギシいってない。地面からはゴゴゴゴという地鳴りもない。

 揺れているのはわたしだけ?

 ガクガクしながら考察していると足元が光りだす。常識的に考えてフローリングの床が光るわけがない。

 そうか、これはプラズマか! プラズマのせいなんだな!

 どこかの教授よろしく全部プラズマが悪いことにして現実逃避していると、足元から溢れだした光に包み込まれてしまう。

 体が引き裂かれるような、ぐにーっと引き伸ばされるような感覚に襲われるわたし。その感覚が収まると、今度は女の人の声が聞こえてくる。


「ようこそいらっしゃいました、勇者様」


 聞こえてくるというよりは脳内に響く感じ。骨伝導イヤーホンでも付けられたのかと頭を探るけど何もない。

 ちなみに今のわたしは蹲ったダンゴムシ状態だ。揺れで立っていられなかったし、光が眩しすぎて目も開けていられなかった。それが故のダンゴムシ。


「あの……勇者様?」


 優しげながらも困惑したような声に目を薄っすらと、そーっと、そーっと開ける。

 ちらっ。

 お姫様が見えた。なぜお姫様だとわかるかというと、綺羅びやかなドレスを着ていて桃色の髪の上にティアラが載っかっているのである。これはどう見てもお姫様でしょう。

 思い切って目を見開いてみると、両脇に人がずらっと並んでいました。百人くらいいるんじゃないかな?

 足元はフローリングの床ではなく赤いカーペッドで、とても広い空間だ。壁、天井は石造りっぽい。どう見ても我が家じゃないね。

 こちらを凝視している百人以上の方々は服装が様々だ。宣教師みたいな服だったり、簡易なスーツみたいなのだったり、ローブだったり、フルプレートアーマーの人もいた!

 どの人も道を歩いていても見ない現実離れしたファッションである。

 はい、わかりました。ここはコスプレ会場だな。

 なるほど。我が家にプラズマで摩訶不思議な現象が起こってここに飛ばされてきたというわけだ。どこかの教授が聞いたら大喜びしそうですね。

 それにしても、目の前のコスプレお姫様は姫様ルックがよくお似合いでいらっしゃる。白人っぽい顔立ちだけど、日本語ペラペーラだったからハーフの人かな。わたしと同い年くらいに見えるね。ただ、ピンク髪はどうかと思うよ? 似合っているけどさ。そういうキャラを演じているんだろうな。

 わたしのことを『勇者様』とか言っちゃっているけど、わたしは付き合えないよ。

 ま、コスプレ大会していたら摩訶不思議現象で閃光とともに人が現れました、とか興奮しちゃう気持ちもわかるけど、わたしは残念ながら一般人なのよね。


「ここがどこか教えてくれない? 帰ろうにも何も持ってないからさ、とりあえず電話貸して欲しいんだけど」


 コスプレ中に水差しちゃってゴメンね。部外者は速やかに退散いたしますよっと。


「……帰れません」

「……?」

「あなたの世界に帰すことはできないのです」

「意味がわかりません」

「あなたは勇者として召喚されました。そして……帰す方法はありません」

「っていう設定なの?」


 ピンク髪のお姫様が残念な子を見る感じでわたしを睥睨していらっしゃる。

 その目がマジでガチな雰囲気を漂わせているので、詳しく話を聞いてみる。

 ……ふむふむ。ここはケイスト神王国の王都にある王城の中であると。

 ケイなんちゃら国ってなんじゃらほい。そんな国、聞いたことありませんがな。

 ……ほうほう。国に迫ったとある危機を脱するために、異なる世界から『勇者』を召喚したと。けど、帰す方法はわかりませんと。

 呼んだら呼びっぱなしかよ。クーリングオフしなさいよ。チェンジしなさいよ。わたし普通の女の子だよ。

 厄介なことになったなー、というのが率直な感想だ。いや、そういう設定をガチで信じてるコスプレ集団という線も捨てきれていないけど。

 ところで、懇切丁寧に説明してくれているお姫様はエミリシアという名前だそうな。


「そういうわけで、国の危機を救ってほしいのです」

「危機って何……まぁ、『勇者』っていう時点で大体察しはつくけどさ。で、わたしは魔王を倒せばいいの?」


 きっとしょぼい装備を渡されて旅立たされるんだろうな。

 旅の途中で仲間を集めて友情を育み、魔王を撃破してハッピーエンドな流れですね。


「まおう、とは何でしょう? 倒してほしいのは怪獣なのですが」

「怪獣?!」


 ファンタジーかと思ったら特撮モノだったでござるの巻。

 なんでもその怪獣は二十年前に現れて災害のように国中を荒らしまわっているのだとか。

 大きさは王城と同じくらい(王城の大きさがわからなかったけど窓から外を見たら十階建てビル以上の高さはあった)で、顔は尖っている。常に飢えた様子で口からよだれを垂らしていて、その牙はあらゆるものを噛み砕くのだそう。もういくつもの村や町が壊滅させられていてほとほと困り果てているんだってさ。

 王都にもその怪獣が来たことが何回かあったけど、なんとか撃退したらしい。撃退と言っても攻撃は体毛に阻まれて全く通らなかったんだって。攻撃されるのが鬱陶しくて他の餌場に行っただけみたい。

 そんなものと個人で戦えと? 鬼畜ですか? 三分間だけ大きくなるとかできませんよ?

 わたしはやりませんが、とりあえずこれからよろしくたのんます、っつーことで姫様に握手を求めたらフルプレートの人たちに刃物を突きつけられました。

 ひぃぃいいいいい。刺さる! 刺さっちゃうって!

 姫様の護衛の人は巻き舌で何か言ってるけれども、わからない。知らない言語だ。やはりここは異世界ということなのだろうか。

 エミー(エミリシアだと長いのでエミーと呼んでくださいと言われた)の通訳によると、「王族に気安く触るな!」とのこと。エミーとわたしは召喚時に『スピリトス』が繋がっているので、言葉が通じるんだとさ。よくわからん。



 はい、場所を移して王城の訓練場に来ました。

 なんで訓練場? わたしの戦闘力が見たい? はい、そうですか。いっちょやってみますかね。

 でも、わたしの視線は今、訓練場の端っこに釘付けなんだ。

 訓練場に入って真っ先に驚いたのはワイバーンが寝そべっていたことだよ。

 どうやらこれに乗って戦う騎竜隊なるものがあるんだとさ。

 うん。これで異世界確定しましたね。

 しかし、こういう異世界召喚ってチート能力がつきものだよね。なにせわたしは勇者とか呼ばれちゃっているわけだし。

 ステータス、スキル、魔法。そういうのある感じでしょう、この世界は。


「ふふふ、エミー、わたしのステータスってどうなってる?」

「すてーたす、ですか? よくわからないです」

「そ、そう……じゃあ、スキルは?」

「すきる、とは何なのでしょう? 聞いたことがありません」


 マ、マジでか……。

 このエミーと『スピリトス』が繋がった状態、発した言葉の概念が相手にもあれば意味が伝わるらしいのだ。例えばわたしが「ブラジャー」と言えば、エミーは「ああ、胸当てのことですね」とわかるわけだ。これが「乳バンド」でもエミーにブラの概念があるので問題なく通じる。一方「テレビ」と言ってもエミーには何のことやらわからない。「魔王」と言っても通じなかったのはその概念がないためだ。

 つまり「ステータス」や「スキル」と言って通じなかったということは、それに類する概念がエミーの中には存在しないということに……。


「なら魔法は! 魔法はあるでしょう?!」

「魔法、あります! ありますよ!」


 やったー、やったー!

 キャッキャ騒ぐわたしたち。

 それを無表情で見ている王都騎士団長さん。

 グラン騎士団長はわたしの戦闘力を測るためにわざわざお越しくださったのだ。これ以上お待たせするのも申し訳ないのでさくっとやるとしますかね。

 グランさんも護衛の方々と同じフルプレートで、それでいてごつい飾りがついていて、まさに団長といった風格の鎧を纏っている。白髪交じりで結構お年を召した風なのだが、体格がヤヴァイ。ボディビルダーも真っ青の見事な逆三角形。端々から見える筋肉が盛り上がりまくってる。首の太さが異常。肩と首の境目がわからないぜ。お前、絶対プロテインやってるだろ! じゃなかったステロイドやってるだろ!

 これまでのわたしなら確実に勝てないと断言できるが、なんと今のわたしは勇者なのである。

 魔力が馬鹿みたいに高いとか珍しい強力な魔法が使えるとかそんな感じだろ、多分。魔法の使い方はイマイチわからないけど、とりあえずやってみる!


「いきますよー」

「~~~~」


 グランさんは巻き舌で何言ってるのかわからないけど、手の平を上に向けてクイクイとやっている。「ばっちこい」と言っているのだと勝手に解釈する。

 よし、いくぞ。

 まずは体の中の魔力を意識する。そういうものが存在するのだと思うと体の中を魔力が流れているのがわかる気がする。それを手にどんどんと集めていく。

 次は詠唱だ。魔法といえば詠唱。詠唱といえば魔法。切っても切れない関係なはず。


「我が力よ、赤き烈火となりてここに顕現せよ。全てを灼き尽くす紅蓮の業火――ファイア!」

「…………」

「ファ、ファイア!」

「…………」

「ファイア?」

「…………」


 何も出ないんですけど。うんともすんとも言わないんですけど。

 頑張って詠唱考えたのに!

 グランさんが不思議そうにこっちを見ているじゃないか。


「あの、オトネ?」


 今さらながら判明するわたしの名前。音音と書いて音音おとねと読みます。


「ねぇ、オトネ。魔法は魔力を使わないと発動しないと思うのだけど」


 魔力使ってるよ、めっちゃ使ってるよ、と言ったらわたしの魔力は全然動いていないと指摘された。

 魔力を感じることができないと動かせないという次第で、エミーと額をごっつんこして魔力を流し込んでもらうことに。

 美人さんと顔を突き合わせるのはドキドキしますな。ちょっと口唇を伸ばしたらキスできてしまうよ。グランさんが無表情でこっちを見ているからやらないけどね! わたしにそっちの気はないし。

 で、早速魔力を流し込んでもらいました。

 これが魔力を動かす感覚か~。体の表面というか皮膚の裏側に薄い膜が張った感じだ。それを引っ張るようにズズズッと動かせる。全ての魔力を一点に集中するのは難しいね。要練習だわ。

 あ、最初にわたしが感じた魔力っぽいものは気のせいだったみたい。思い込みって怖いね。それに魔法を使うのに詠唱も必要ないんだって。さっきは随分恥ずかしいことをしてしまったようだ。てへりんちょ。

 魔力量を測るものはないのか聞いたら、そんな便利なものはないらしい。


『この水晶に手を当てて魔力を流してくれたまへ』

『はい』

『こ、この魔力量は……! 水晶が割れる!』

『ドッカーン』

『どっひぇー! まさか魔力測定器で測れないほどのお力とは、おみそれいたしました』

『うむ、くるしゅうない』


 みたいな展開を期待していたのになー。

 地味に魔法を撃って限界量を調べるしかないそうな。

 ふぅ……面倒だけどやりますか。いつまで経っても魔力が尽きないとかありえちゃいますぜ?

 なんたって勇者ですから。


「炎よ、出ろ!」


 手の平に魔力を集めて炎をイメージすると、ポンッと火が出た。

 魔法しゅげえええええええ。一生マッチ要らずですわ。

 ってあちちち。熱いわボケ!

 手の平の上で炎焚くとかアホか!

 ……魔法の使い方は大体理解できたので、次はグランさんに魔法を撃ってみる。

 もし怪我しちゃっても神官が回復魔法をしてくれるそうなので安心安全設計だ。


「ファイアーボール!」


 イメージするのに言葉は大事ってことで軽い詠唱をしてみました。

 綺麗なサッカーボール大の火球はグランさんに向かってまっすぐ飛んでい……かない。

 外れた。というか途中で落ちた。グランさんまで届いていない。

 ふむ、火球を作ることに意識が行き過ぎたのかもしれんね。次はいけそう。


「ファイアーボール!!」


 あなたに届け、わたしの想い!

 今度はまっすぐ速度を落とさずに飛んでいき……。

 ぽすっ。

 鎧に当たって掻き消える。

 届いたよー。ダメージはなさそうだけど、うまくいったね! 

 やった、やった! やっ……。

 ………………。

 …………。

 ……。


「はっ! 一体何が」

「……魔力切れで意識を失ったのですわ」


 わたしはエミーに膝枕されていた。ふかふかな感触が素晴らしいのだけど、周りの人の視線が痛い。グランさんは相変わらず無表情。はいはい、「王族に気安く触れるな!」だったもんね? 現在進行形で触りまくってますもん。この際存分に堪能しちゃうもんね。


「ん? うえぇ。口の中が苦い」

「魔力回復薬を飲ませましたからね」

「なるほど」


 しっかし、いきなり魔力切れとは恐れ入りましたな。はははは!


「この魔力量ってすごい?」

「すごいですわね。マイナス方向で」

「あちゃー」


 どうやら一般人の平均を大きく下回っている模様。

 駄目勇者でサーセン。

 さて、気を取り直して次行きますかね。

 ステータスなし、スキルなし、魔法はしょぼい、ときたら残るは身体能力でしょう。

 こういうパターンでありがちなのが召喚時に肉体が超強化されているとか、重力が地球の十分の一で相対的にめっちゃ怪力とか、酸素濃度が濃いので謎理論で身体能力が向上しているとか、そんなやつ。

 というわけで、グランさんを殴ってみます。

 わたしが本気出したら大気圏外まで吹っ飛んで行っちゃうかもね。

 なんたって勇者ですから。

 グランさんの側までタタタと駆けていって、拳を前に突き出す!


「オラァ!」


 ぺきっ。

 のおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお。

 指が! 指がああああ! 衛生兵カモーン!


「いってえええええええ。『ぺちっ』じゃなくて『ぺきっ』っていったよ、コンチクショー!」


 神官様に回復魔法飛ばしてもらって完治したけど、あれ絶対骨折れてたよ。

 うう、これで駄目駄目勇者決定か。


「オトネ、お疲れ様でした」


 その言葉を合図にするように「はい、解散解散」といった風で見物人たちは去っていく。

 訓練場に残ったのはわたしたちとグランさん、そして護衛騎士の皆さんだけだ。偉そうな国の重鎮らしき人々はこの場から興味を失ったように消えている。


「なんだかあっさり過ぎない? もっと落胆するとかありそうなものじゃないの」

「実は、勇者召喚は四回目なんです」


 え、そうなの?

 てことはあと三人わたしと同じ境遇の人がいるわけだ。


「その三人はもう亡くなりました」


 なにいいいいいいいい!?

 それどういうことよ。説明求む!


「一人目は奇妙な髪型をした男の人でした。頭頂部の髪を剃って縛った髪を頭の上に乗せているのです。そして衝撃的なのが、下半身裸だったのです。『厠! 厠はどこでござるか!? 拙者はもう我慢が……!』と言って広間で漏らしてしまいました」


 トイレ中に召喚されたんだね。可哀想な人だ。


「その方は剣の腕に自信があって、実際すごく強かったのですわ。片刃の反りの入った美しい剣を差していました。でも、その方は怪獣に挑んで……」

「どうなったの?」

「こう、ぷちっと」

「ああ、ぷちっとね」


 潰されちゃったんだ。

 うーん。古風なしゃべり方にちょんまげに日本刀。多分その人お侍さんだよね。

 召喚って時代関係なく連れてきちゃうものなんだろうか。

 それで、二人目は?


「二人目は多分男……の人だと思います。この人は全裸でした」


 服着てない率高いな、おい。

 でも裸なのに性別が多分とはこれいかに。


「その方はとても毛むくじゃらだったのです。喋りかけても『ウッホ! ウッホ!』としか答えてくれませんでした」


 それホモサピエンスにすらなっていない原人レベルじゃないか!

 いきなり時代が飛んでるな、過去方面に。


「ウッホさんはしばらく王城で飼われていたのですが、怪獣が攻めてきたときに戦力として駆り出されてしまいました」


 飼うとか言っちゃってるよ。名前までつけてるし。

 少し悲しそうな顔をしているのはウッホさんに愛着でも湧いたのかな。


「槍を投げたりして善戦したのですが、こう、ぱくっと」

「ああ、ぱくっとね」


 食べられちゃいましたと。

 そうなってくると三人目が気になってくるわけだが。


「三人目は女性の方でした」

「お、わたしと同じ」

「その方は年老いたお婆さんだったのです」

「そりゃまた難儀な」

「どうやらあっちの世界では身寄りの無い方だったようで、わたくしを娘か孫のように可愛がってくれましたわ」


 もしかして、その人も怪獣にやられてしまったのか。

 お婆さんを戦場に出すとか、この国は鬼畜すぎる!


「お婆さんはある日ぽっくりと逝ってしまわれました。その顔はとても穏やかで笑っているようでしたわ」


 イイハナシダナー。

 でも、それらの話を聞くと国の重鎮たちが期待しなくなる気持ちもわかるわ。

 勇者召喚って言っても勇者の素質とか関係なしにランダムで呼び寄せてるっぽいもんな。

 くぬぬ。つまりわたしはやっぱり普通の女の子ですよってことか。


「これからわたしどうなっちゃうの?」

「……怪獣を倒せないと、もしくは何らかの役に立たないと廃棄処分になるでしょう」


 廃棄処分とな!?

 それは困る。ていうか廃棄処分て何!


「国の中枢部の内情を知ってしまったのです。この城から放り出される時は死ぬ時だけですわ」

「なにそれこわい。じゃあ、エミーの世話係とか、下働きでもいいから雇ってくれれば」

「王城で働いているのは下働きでも貴族の方ばかりです。平民だと相当な能力がないと雇われないかと。それどころかオトネは言葉が話せない、読み書きすらできない状態なので……」


 やばい。わたし詰みかけてるじゃん。

 どうする、どうする?

 このままだとあの世へまっしぐらだよ。

 ぱっと思いつく方法はある。考えてみよう。

 第一の生き残る方法としては怪獣を倒すのが一番手っ取り早い。

 でも、そんなの無理無理。できたら苦労しないわ。そんな力持っていたら王都制圧できちゃうわ。だからこれはパス。

 第二の生き残る方法はチートを使うこと。

 ここで言うチートとはチート能力のことではなく、知識チートのことだ。

 しかし、うまい手が思い浮かばないんだよなぁ。助言とかアドバイス的なふわっとしたことはできるけど、ちょっとやそっとのことじゃ認められないだろうし、小娘の言うことに従うかどうかも怪しい。

 言葉が通じない。資本なし。人望なし。ないない尽くしでどうしようもないこの現状。

 なにかないか、なにかないか。うーむ……。

 まさに崖っぷち。さっきまでのチートで無双してやるぜ、からの崖からダイビング。お尻に火がついた感覚である。

 魔法が使える今なら尻からでも火が出せるかも。

 そんな馬鹿なことを考えていたら、ひらめきましたよ。さすがわたし。やれば出来る子なんですわ。

 あるぞ。単なる時間稼ぎにしかならないが、生き残れる方法が!

 本当に時間稼ぎにしかならないんだけどね。


「エミー、もしかしたらわたし、勇者の成長補正が付いてるかもしれない」

「本当ですか!?」

「っていう設定にしておいてくれない?」

「え?」

「このままだとわたし、歴史の闇に葬られちゃいそうじゃん。だから、成長すればいつかは怪獣を倒せるかもっていうことでひとつ」

「なるほどですわ。わかりました。そういう設定にしておきましょう」

「二人だけの秘密だね」

「っ! そうですわね!」


 エミーがいい人でよかったよ。勇者を利用することしか考えていない輩だったらアウトだったね。

 わたしに勇者の成長補正があるとエミーに信じ込ませて騙すことも考えたが、それはやめた。この異世界で唯一意思疎通できる、しかも高貴なお方。わたしの命綱的な存在であるからして、その人を騙すのは絶対によろしくないと思うのですよ。後々痛い目にあうのが目に見えている。

 言葉の端々でいい人オーラがにじみ出ていたしね。これで「あいつ普通の女の子ですぜ旦那」とチクられたら、わたしの見る目がなかったってことでスパっと諦めましょう。

 何を諦めるって? もちろん命ですよ! 命がけですよ!

 これで数ヶ月か一年くらいは様子見されるはずだ。やばくなってきたら「大器晩成型なんですぅ」とでも言っておこう。

 見切りをつけられるまでの間になんとかかんとか言語を習得して、王城での立場を確立しなければなるまいて。がんばろー。



 月日が経つのは早いもので、わたしが召喚されてからすでに二ヶ月が経過しております。

 まず言語に関する問題ですが、結論から言いますと、まだ簡単な文章を読むことしかできません!

 書くことはもちろん、喋ることも聞き取ることもからっきしです、はい。

 いや、これでもかなり健闘した方だと思うよ?

 とりあえずエミーだけがわたしと会話できるってことで専属教師になってもらったわけだけども、公務とか社交とか王族としての勉学とかでわたしと居られる時間はひじょーに少ない。その少ない時間で単語の意味を聞きまくって単語帳を自作。エミーがいない時間はそれをひらすら暗記するという勉強漬けの毎日。それでも二ヶ月かけてなんとか読めるかな程度である。

 言い訳させてもらうと、アルファベット表的なものが無いとかどういうことじゃ、こら!

 絵本のくせに文体が硬すぎるんじゃい、アホンダラ! ということです。

 文法とかさっぱりわからんちんなので書くことはできません。けれども、未知の言語をなんとか読み解けるまでになったのは褒められポイントだと思うのですよ。

 わたし、がんばった。

 次にスピーキングとリスニングについてですが……。

 これに関してはエミーが言葉を発すると全部日本語に聞こえてしまうので、メイドの皆さんにご協力いただいた。

 読み書きはできなくても会話ができるようになればなんとかなるでしょ。海外に放り出されても割とすぐ喋れるようになるって聞くしー、と楽観視していたけど、考えが甘々でした。

 巻き舌すぎて聞き取れねえ……巻き舌すぎて発音できねえ……。

 だって、皆さん口を開くと、ぶるぁぁぁああああああああああ、なんですもの。

 ゆっくり喋ってくださいとリクエストしたら、ゆっくり巻き舌でぶるぁぁぁああああああああああ、してくれましたよ。器用だね。

 わたしもあと一、二年修行すればぶるぁぁぁああああああああああ、できそうな気がする。それまでは飴玉レロレロして舌の筋力を鍛えますよ。

 あ、そういえば勉強している過程で都合の良い嬉しい事実が判明した。

 この世界の学力、かなり低レベル。せいぜい高校程度といったところ。結構優秀なはずの王族付きのメイドさんたちでも簡単な掛け算割り算くらいまでしかできないのだ。

 だから大学入学程度の学力を持っているわたしは王城の事務職としてやっていけるというわけである。受験戦争を生き抜いた歴戦の勇士に勝る者なし。

 まぁ、その前に言語の壁を突破しないといけないんだけどね……。

 現在のわたしは、王城の食い物を消費して汚物を垂れ流すだけのゴミにも劣る存在ですから、とにかく言葉の通じないサルからエボリューションすることが肝要なのですな。

 そんなわたしも王城では一応勇者ということでお客様待遇の扱いを受けている。

 その代わりというかなんというか勇者らしい訓練も施されているのである。

 訓練とはなんぞや、と問われて答えるならば大きく分けて二つ。魔法と武術だ。

 魔法の扱いについては、わたしはとんでもなくうまいらしい。現代知識とか魔法を題材にしたフィクション作品を見ていたおかげだと思う。

 この結果に国の重鎮はたいそう喜んだ。

 ただ、魔力量の少なさがネックなのよね。なにせ赤子並みの魔力しかないのだから。

 というわけで魔力量を増やす筋力トレーニングならぬ魔力トレーニング、略して魔トレを中心に魔法の訓練をしている。

 方法は筋トレと同じく魔力をひたすら使いまくるだけ!

 これには現代知識を用いて、インターバルを設けたり、食事面に気を遣ったり、しっかり休む日は休んだりしていたら一般人並みに魔力量が上がった。元の魔力量の三倍か四倍くらい膨れ上がったみたいで、こんなことは普通ありえないらしい。さすが勇者様だとか言われた。

 うーん、元々の魔力量が低すぎてすごく上がったように見えるだけだと思うなぁ。実際、最近は魔力量が上がりづらくなっているし。

 この結果に国の重鎮はさらに喜んだが、一部では顔を顰めている者もいた。「あんな小娘は勇者ではない。殺せ」という勢力があるそうな。国も一枚岩ではないということね。確かにわたしは勇者ではない普通の女の子だからなんとも言えない。

 武術はグランさんに剣術を教わっている。もうグラン師匠だね。

 毎日のように訓練で付き合ってくれるので、「騎士団長って忙しいんじゃないの?」って聞いたらエミー訳で「問題ない」だとさ。嫌な顔はしてないから甘えさせてもらっている。

 いや、無表情だから内心どう考えているのかはわからないけれども。

 最近、エミーがいる時はちょっとだけ機嫌良さそうだなってわかるようになってきたけど、ポーカーフェイスすぎてやっぱりわからん。

 剣術訓練の内容はグラン師匠と遮二無二打ち合うというもの。

 筋力もつくし、体力もつくし、判断能力も培われる。ただし、一撃もグラン師匠に当たったことはない。

 グラン師匠はでっかいなりしてるくせに動きが速すぎるんだよ~。もうあの人が怪獣倒せばいいと思う。

 そんな風にわたしは勉強に魔法に剣術に明け暮れる日々を送っている。

 で、今日は休日。

 誰が決めたわけでもなく、わたしが決めました。自主休講ならぬ自主休日ってやつです。

 適度な休みをとった方が効率のいいことって多いよね。急がば回れとはよく言ったもんだ。

 先人の知恵に感心しながら王城の庭を散歩していると、茶色い雨がザーッと降ってくる。


「今度は泥か」


 別に異世界の雨が茶色いとかではない。人影を探すと、四人の若い男が薄汚い笑みを浮かべてこちらを見ていた。

 一ヶ月くらい前から嫌がらせっていうかイジメを受けているんだよね。そこは異世界らしく魔法を使ったものでさ。靴に画鋲を入れるくらいなら可愛いもんだよ? たまにナイフが飛んできたりするからね!

 わたしも魔法を使って防ぐんだけど、いい加減煩わしくてしょうがない。イジメてくる奴らは文官見習いで、わたしのことをよく思わない勢力の人たちの息子らだ。直接は手を出せなくても息子を通してなら嫌がらせもできるし、何かあっても(例えばわたしがうっかり死んじゃっても)揉み消せるか罪を軽減できるんだとよ。わたしがイジメられたと報告しているのに、今現在泥雨を降らされたのがいい証拠だ。エミーからエミーのお父さん――つまり国王――にチクったりもしたんだけど、いくら王様って言っても勝手に罰することはできないんだそう。厄介だね。

 というわけで、イライラ発散のためにも一発シメとこうと思います。


「来いよ、へなちょこども! 魔法なんか捨ててかかって来い!」

「~~~~!」

「何言ってるかわかんねえよ! 男なら口じゃなくて拳で語れや!」

「~~~~、~~~~!?」

「ぶるぁぁぁああああああああああ!」

「!?」


 なんか巻き舌でまくし立ててきたので、こっちも巻き舌で対抗してみました。これにイジメっ子ズはかなりビビってる様子。ざまあ。

 こいつらには面と向かって直接魔法を撃ったり殴ったりする度胸はないようだ。こちらを指差して罵倒っぽい言葉を言いまくっている。わたしは汚い言葉は習ってないのでなんて言っているのかまるでわからないのだけれども。


「~~~~!!」


 おい。今、「エミリシア」「役立たず」「無能姫」と言ったか?


「オラァ!」


 わたしは瞬間的にそいつを殴っていた。

 残った三人の内の一人が襲いかかってくるが、そいつも殴り飛ばす!

 風魔法で加速した拳はさぞ痛かろう。わたしの手も痛いけどな!

 魔法なんか捨ててかかって来いとは言ったけど、わたしが魔法を捨てるとは言っていない。


「エミーが頑張ってるのはわたしが一番知ってるんだよ! いつもいっつも勉強してて、どの文官よりも頭良いんだぞ! お前らとエミーのどっちが役立たずか一から説明しないとわからないのか、馬鹿どもめ!」


 啖呵を切ったはいいものの、多勢に無勢だ。訓練しているとは言っても女一人で男四人相手は正直キツイ。

 殴り飛ばした二人は起き上がって残りの二人と合流する。その後、散らばってわたしを取り囲むように距離をとった。

 やっべえ。こいつらる気マンマンだ! 魔法を放つ態勢を整えてやがる!

 なにか起死回生の一手はないかとキョロキョロ辺りを見回すと、見知った桃色髪が植木の影からちらりとはみ出ている。

 わたしはイジメっ子ズを刺激しないようにボソボソ呟いた。その一拍後。


「キャー、賊が出たわー。誰か来てー」


 なんという棒読み。

 そのおかげでメイドさんやら護衛騎士の方々やらがわらわら出てきたのでよしとしますかね。イジメっ子ズは散り散りになって逃亡済みだ。

 わたしがやったのは風魔法で声を植木の裏にいる人に伝えただけ。この世界の人は声が空気の振動で伝わることをまだ知らない。

植木の裏にいる人とは言うまでもなくエミーだ。ちなみに「誰か呼んできて」と伝えたのだが、普通に側にいる護衛騎士の人に頼めばいいのに。


「ありがとう、エミー。助かったよ」

「いいえ、こちらこそありがとうございます」

「ん? なんか感謝されることやったっけ?」

「い、いえ。なんでもありませんわ!」


 随分と顔が赤い。普通は接することがない荒事に出くわしちゃって興奮しちゃったのかな?

 それにしてもなんであいつらはエミーを侮辱するようなこと言ったんだろう、という疑問をぶつけたらエミーは答えてくれた。

 エミーには弟君がいて、エミーがどこかに嫁ぐか継承権を放棄しない限り次の王様っていうか王女はエミーになるんだって。貴族にエミー派と弟君派がいて、お互い王にさせたい方について睨み合っている状態。わたしのことを良く思っていないのは弟君派でイジメっ子ズもその派閥。当の姉弟仲は非常に良好なご様子。周りが騒いでいるだけだね。

 くそっ、あいつら次会ったらまた殴ってやる!

 やられっぱなしでこのイライラは収まるまいぞ。


「オトネが無事で本当に良かったですわ」

「また襲ってきそうだけどね」

「オトネにも護衛騎士を付けましょうか?」

「うぅ……四六時中付いて回られるのは性に合わないんだよなぁ。あいつらが大人しく牢屋に入っててくれればいいのに」

「そうですわね」


 そんな会話をしていた次の日。

 なぜかわたしは牢屋にいます。

 どうしてこうなった……。

 掛けられた手錠が魔力を散らすせいで魔法が使えない。しかも常に魔力切れ寸前状態だから体がだるい。とりあえず寝よう。おやすみなさい。ぐう。


 ウェイクアップわたし! アンドグッモーニン!

 テンション上げないとやってられないですよ、もー。

 丸一日くらい寝たけど、体のだるさはとれーず。手錠掛かったまんまだから当然ですね。

 とりあえず腹減ったから飯寄越せ、飯!


 今日も朝がやって来ました。晴れかな? 雨かな? 牢屋の中じゃわからないよおおおおおおおお。

 誰か説明プリーズ! もう五日間くらいぶち込まれてるんですが。

 食事は割と美味しいですよ? 食っちゃ寝生活もそれはそれで快適だけど、いい加減に説明してくれませんかねぇ。

 と、ぶーたれているとコツコツ複数の足音が近づいてきて牢屋の扉の前で止まり、久しぶりに扉が全開になる。


「オトネ!」


 抱きついてきそうなぐらいの勢いと声色だけど、他の人が見ている手前、できないこの感じ。

 いいところに来てくれたよ、エミー。説明プリーズ。

 ……ふむふむ。

 イジメっ子ズがわたしに殴られたと上に報告して、問題になったと。エミー派と弟君派で一悶着あって勇者の謹慎処分に落ち着いたと。

 謹慎っていうか監禁されてますが?

 ふんふん。弟君派の重鎮が手を回して牢屋に閉じ込めただと!?

 ……殴らなくちゃいけないリストがまた追加されましたな。

 で、もう牢屋から出してくれるわけ?


「それが……怪獣が攻めてきまして、勇者様に迎え討ってほしいとのことです」


 ついにこの時が来てしまったか。最悪のタイミングだな。

 エミーはわざわざわたしのことを『勇者様』と言った。その目は「あなたは戦わなくていい。逃げて」と告げている。よほど不本意なのだろうな。

 それでも、わたしは……。


「わかった。今行くよ。早くこの手錠を外してちょうだいな」

「え? なんで!」

「だってわたし、勇者なんでしょ? 死中に活ありってね」


 このままだと怪獣に王城ごと潰されてエミーが死んでしまう。それなら一か八かやってみるのも一興ってなもんでしょう。

 そもそも魔力切れでどうやって一人逃げるんだっていう後ろ向きな理由。

 ともかく全力でやってみるしかないじゃない。

 そんで、やって来たのは王城の一角にある塔の上の会議室。

 おっさんたちが顔突き合わせてあれじゃないこれじゃないと巻き舌で議論を交わしております。

 わたしの役目は一番槍で突っ込んで行くことですでに決定済みな模様。

 勝手に決めんなよお!

 捨て駒扱いされて無視されているので、会議室の片隅で魔力回復薬をゴクゴクグビグビやけ酒のごとくいってます。


「苦い! あ~、まずい! もう一杯!」


 もう四杯目だけど、まだ魔力はいっぱいじゃない感覚がする。お腹タプタプだよ~。

 もしかして手錠で常に魔力使ってる状態だったから魔力量アップしたのではあるまいか。うん、きっとそうだ。図らずも魔トレをやっていたわけだ。不幸中の幸いってやつだーね。

 もう数杯飲んで、魔力充填完了。窓の外には今にも攻めてこようとする怪獣の姿が見えるらしいので、覗いてみる。

 王都の城壁の外にいたのは城壁よりさらにでかい生き物。確かにこれは怪獣だ。

 体は茶色と白の体毛にびっしり覆われていて、刃物が通るとはとても思えない。

 口は常時開き、鋭い牙を覗かせている。だらりと伸ばした舌と荒い息遣いがここまで聞こえてきそうだ。

 鼻は真っ黒で尖っていて、先っぽは湿ってテカテカ輝いている。耳は数キロ先の音でも聞き分けられそうな立派な三角耳。

 目はクリっとまん丸で可愛い。四足歩行の……柴犬じゃねえかああああああああああ!

 しかもあの首輪、見覚えがある。めっちゃある!

 どう見てもあの愛らしい物体はうちの愛犬タローだよ!

 なんでタローが? ていうかでかすぎない? 二十年前からってどういうこと?

 とまぁ疑問は多々尽きないわけですが、あれがタローなら割と簡単に決着が着くかもしれんですよ。


「皆様、お待たせしました」


 会議室に颯爽と登場したのは防具を纏ったエミー。

 姫騎士だよ! 姫騎士ですよ、皆さん! 写真に撮って残しておきたい凛々しさだね。

 そしてまた始まった会議という名の巻き舌披露大会。

 危機が目前に迫っているというのに会議は紛糾しまくりんぐ。誰が最初に犠牲になるか押し付け合い、からのインテリ風な人が奇を衒った作戦を出して却下されるの繰り返し。

 この国大丈夫ですか?

 ながーい会議の末、作戦は決まった。一般兵を突撃させて気を引きつつ勇者であるわたしが攻撃。その後は流れで騎士団が突撃したり、遠距離から弓矢を撃ったりの物量押せ押せ脳筋作戦。B級怪獣映画でも大体こんな感じだよね。大抵は攻撃が全く通じなくて潰されるやられ役だけどさ……。

 最初に一般兵を突撃させるのはエミーの案だった。少しでもわたしが死なないように配慮してくれたのだろう。エミーの中では数百人の一般兵<わたしの命なんでしょうな。気持ちは嬉しいけどわたしとしては心苦しいのですよ。

 市民は王都の内側の地区へと速やかに避難していく。上から見ると、その様子がよくわかる。人がゴミのようだ、ふはははははは!

 なんてやってる場合じゃないね。ってタローがゴミのような移動する粒々に興味持っちゃってるよ!

 これやばくない? 伸びをして今にも襲いかからんと、もとい遊ぼうとしてるんだけど。

 こりゃ早急に対処しないとイカンね。


「エミー! 後のこと頼む!」


 わたしは窓に足をかけて身を乗り出した。


「オトネ! いくら絶望したからって投身自殺はやめてください! まだ……まだ死ぬと決まったわけではありません!」


 別に投身するつもりは全くもってないのだけど、事態は一刻を争うのですよ。

 タローが飛びかかったら市民の皆さんがぷちぷちっと潰れてしまうからね。

 さて、一世一代の魔法を使おうか。

 魔力の扱いはこの二ヶ月間で練習を欠かしたことがない。体の中で魔力を動かす分にはあまり魔力を消費しないから、いくらでも練習できたのだ。

 魔力を集積するにはイメージが大事だ。魔力は血のように流れているものではなく、膜のように体の内側に張っている。これを集めようとしてクシャクシャに丸めてしまうと、途中で詰まってうまくいかない。大きなビニール袋を折りたたむようにちまちまと小さくして集めていくのだ。これにはなかなか集中力がいる。

 よっし、やっと魔力が集まった。後は魔法を発動するだけ。

 イメージするのは拡声器。発動するのは風魔法。

 王都中に、いや、この国中に届けわたしの声!


「タロおおおおおおおおおおおおお!」


 お、ビクッとしてこっちを向いた。でも、このままじゃこっちに向かってきてしまうよ。

 飛びかかるより被害甚大になったら本末転倒だ。


「タロー!! お す わ り!!」


 おお、ぼすんと砂煙を上げてその場にお尻を下ろしたぞ。

 ここでもういっちょダメ押しだ。


「わたしが行くまで! ま て!」

「わぅ」


 タローは小さく鳴いて(それでもこっちまで聞こえる音量で)、大人しくおすわりの姿勢のままだ。

 やってやったぞ! これでなんとか……。

 ああ、魔力切れで、意識が……窓から落ちる……マズイよ、これ……。

 落ちる寸前でグイッと腕が引っ張られる。

 あ、グラン師匠いたんですね……無口だから気付かなかったよ……。

 室内に引き戻されたわたしは、柔らかい感触といい匂いに包まれる。


「エミー、わたしをタローのところまで連れて行って……後は、頼……む……」


 最後に見えたのはエミーの泣きそうな顔と無表情ながらも嬉しそうなグラン師匠だった。



 クチュ、クチュ。

 息苦しい。口の中が苦い。なんぞこれ!


「んん? ん、ん……ぷはっ」

「……起きましたか、オトネ」


 なんでわたしはエミーさんとマウストゥマウスをしているのでしょう。


「意識を失ったまま薬を飲んで下さらなかったので、口移しで……」


 なるほど。しかし、舌を挿れる必要はないと思うのですが?


「そ、それは口を開けるために仕方なくですね」

「なーるほど。ファーストキスはレモン味と言うけど苦かったね」

「そうなのですか? わたくしは二回目ですわよ」

「なんと!」

「一回目の相手はオトネです」

「にゃにいいいいい!?」


 知らず知らずのうちにファーストキスを奪われていたらしい。初めて訓練場にて魔力切れで倒れた時も、エミーは口移しで飲ませてくれたのだそうな。

 一回目も二回目もわたしみたいな普通の娘で申し訳ないこってす。

 そんなやり取りをしている間にもわたしの体はガタンゴトンと揺れる。エミーの胸はポヨンポヨンと揺れる。この違い、なんだろうね。悲しい。

 現在、タローのいる場所に向かって街中を馬車で絶賛移動中のようです。

 何気に初めて城下町に来たわけですが、車窓から眺めても皆さん避難済みで人っ子一人いないので、廃墟みたいに見える。

 しばらくして城門を抜けると、山っていうかタローが鎮座していた。

 改めて近くで見るとでっかいな、おい。

 わたしはタローの前まで進んでいき、他の人たちはエミー含めて遠くから観察している形。


「おっす! 久しぶり!」

「わう!」


 わたしにとっては二ヶ月ぶりだけど、タローにとっては二十年ぶりの世界を越えた感動の再会だ。

 タローははぁはぁ言って興奮を抑えている。その息が生温い風となって暴風のようにわたしに吹いてくる。

 抱きしめてやりたい、撫でてあげたい。けれども、いかんせん大きすぎるのよね。

 ほら、手を伸ばしても全然届かない。


「わぅ」

「え? ちょっ、まって! これ『お手』じゃないから!」


 タローのそのドでかい前足がわたしの上に……。


「いだい、いだい! 骨折れる! 折れてる! あばばばばばばばばばばばばばば」


 ……ふぅ。死ぬかと思った。異世界に来て一番の命の危機を悟ったよ。

 神官さん四人がかりで回復魔法かけまくってくれたから全身複雑骨折でも完治! 魔法万歳!


「タロー、ちゃんとここで大人しくしてるんだぞ?」

「わぅ……」

「わたしだって寂しいんだ。またすぐに来てやるからな」

「くぅん」


 で、王城にとんぼ返りするわたしたち。

 帰ったら兵士の方々が巻き舌混じりの歓声で出迎えてくれた。

 わーい! 勇者様の凱旋じゃーい!


「よくぞ怪獣を手懐けてくれた、勇者よ!(エミー訳)」


 わたしを手放しで褒めてくれるのはエミーパパ、この国の王様。頭がピンク色だ。

 あ、いや、頭がピンク色っていうのは色情魔って意味ではなく、髪の色がってことね。


「なんぞ褒美を与えようと思うが、何がよいか?(エミー訳)」

「では……」


 王様に希望を言って謁見の間を退場する。世間話とかはしないのだ。無駄な会話はない。決められた台本通りに進む謁見。

 と思ったのだが、王様に呼び止められる。


「……娘をよろしく頼むぞ(エミー訳)」


 頼まれなくてもよろしくしますよ、パパさん。

 あと、隣で通訳してる娘さんが恥ずかしがっているので、そこまでにしてやってください。

 王様が一瞬見せたのはただの父親の顔だった。


 良いことがあったんだからお祝いしなきゃね! ってことで宴です。

 勝利の宴は大いに盛り上がった。というか、わたしが一番盛り上がった。

 なんたって今まで散々こっちのことを見下してきた奴らの鼻を明かしてやったのだからね!

 大いに飲んで歌ってやりましたよ、テーブルの上で。イエー、ウィーアーザチャンピオン!

「神聖な王城で何たることを!」的な文句を言ってくる偉そうなメタボオヤジがいっぱいいたけど、ワタシ言葉ワカリマセーン。日本語で喋ってくださーい。

 わたしをイジメてくれやがった奴らはパーティ会場の隅っこで「ぐぬぬ」な感じのオーラを出して睨んできやがりますが、その視線が心地いい。よし、いいぞ、もっと睨め! わたしを拝めるのも今の内しかないんだからな。

 嫌がらせをしてきた輩の名前はエミーを通して王様に報告済みだ。褒美の内容がこれ。奴らをしっかり罰すること。ついでに一発全力で殴らせる権利付き。因果応報ってやつですな。行き先は牢屋かな? 斬首台かな?

 まだガンつけてくる奴一人一人にそのことをエミーが通訳して囁いてやると、今度はブルブル震えだした。

 あらあら、寒いのね。

 今夜は震えて眠るがいい。暖かいベッドで眠れるのも今日が最後だぞ。うはははは!

 そういえばタローは今頃何をしているんだろうな。

 心配だったタローの処遇は、結論から言うと基本放置という方向に落ち着いた。

 わたしにべったり懐いて腹を見せて(でかすぎて腹が見えないけど)服従の姿勢を示すほど可愛い子だ。けれども、異世界の人にとってはやはり恐怖の対象である。暴れないのをいいことに攻撃されちゃわないか心配だったのだ。

 そこで一計案じて放った、王都の番犬にすればいいんじゃね? というわたしの素晴らしい提案は満場一致で却下されましたよ。エミー、お前もか!

 タローは雑食で何でもバクバク食べるので、それこそ家畜でも人間でも食べちゃうので王都の近くで飼うのは禁止された。だから王都から離れた海の側に放し飼いすることになったよ。タローの足でちょっと歩いた距離に湖もあるから飲水には困らないはず。腹が減ったら勝手に魚食べてくれい、タローさん。わたしもたまには様子を見に行くよ。

 結局タローを制御できるのはわたしだけなので、王城内でのわたしの株はストップ高だ。これより上がっちゃうと王様より偉くなっちゃうね。

 民衆の間では怪獣を従える真の勇者であると評価がうなぎ登りらしい。

 わたしの声は風魔法で王都全体に響き渡っていたのであるからして、それに反応してタローがおとなしくなったのを民衆はしっかり見ていたのでありますな。巷では『王都の守り神』という二つ名まで付いてるとかなんとか。

 王都が危険=わたしが危険な時は呼べばタローが駆けつけてきてくれるので、これから本当の守り神はタローになるのだけどね。

 というわけで、なんやかんやあったけれども一件落着と相成りました。異世界で自分の立場というものを確立したわけです。やったぜ。

 悲しいかな、日本にはもう帰れないけどね!

 パーティ終了後、エミーに「この後暇なら二人でお茶しませんか?」とお誘いを受けた。

 ひゅー! ナンパの常套文句だよ! 同性に言われるとは思わなかったね。

 そして、現在エミーの部屋でお紅茶とお茶菓子を優雅にいただいておりますわ。


「王国を救っていただいてありがとうございます。やはりオトネは勇者様でしたわ」

「なはは。別に大したことはしてないよ」


 本当に大したことはしていない。褒められるとしたら愛犬の躾をちゃんとしていたことくらいかな。

 ダージリンに似た風味のお茶をグビリと喉に流し込む。味はダージリンなのに色は真っ黄色なのが不思議だ。先入観とは恐ろしい。このお茶を見ていると連想するのがトイレの……いや、この先はやめておこう。せっかくのお茶が美味しく飲めなくなってしまう。

 渋いストレートティーに合うのはあまーいクッキーだ。バターたっぷりでしっとりタイプのわたし好みな味付けですな。

 クッキー、茶、クッキー、茶、クッキーと交互にポリポリゴクゴクしていると、なんだか違和感があることに気付く。手にしていたカップの中身がなくなったところで、その違和感の正体がわかる。

 あ! お世話係さんがいないんだ!

 いつもならお茶が減ってきたあたりで『おかわりいかがですか?』『ワタシ、オチャ、モラウ。アリガトウ』という会話がなされるはずなのにそれがない。

 そう、エミーと二人っきりなのである。

 貴族でも側仕えを常に侍らせるのが当たり前なこの世界。王族がお付きの者なしにいられる時なんて寝る時ぐらいしかない(なんとトイレの中にまで同伴してあれこれ世話してくれるのです!)。

 しかしながら、性根が小市民のわたしにとっては二人っきりの方が気楽でいいんだけどね。

 中身の無くなったカップを見詰めていると、エミーがおかわりを注いでくれる。


「オトネがしてくれたことにわたくしはいくら感謝してもしたりないのですわ」

「感謝なんて一回してくれればわたし的には無問題なのに」

「そうはいきません。召喚された勇者様が事を成してくれた際、召喚者はすべきことがありますの」

「すべきこととはなんぞや?」

「身も心も捧げることです」


 なにそれ超重いんですけど。


「お姫様が身も心も捧げるとかダメでしょ。政治的なアレとか王位継承権的なアレで。それに勇者が男だったら酷いことされちゃうよ? 性的な意味で」

「それでも構いません。異なる世界から勝手に攫ってきて国の大事を押し付けた挙句、元の世界に帰すことはできないのですから。わたくしの方がよっぽど酷いことをしています。人生を捧げるくらいは当然なのです」


 うーむ。確かに、拉致されてきてイジメられて怪獣(愛犬)と戦わされて帰れなくて……ホント碌でもないな、勇者召喚。


「でも、身も心も捧げるって具体的にどうするのさ」


 わたしが男だったら、それなんてエロゲー? な感じの展開になってたね。それは間違いなく言えるよ。エミーってすごく美人でボインちゃんだもの。

 でも女勇者だとどうなるんだろ? 一生の親友的なポジションに収まるのかな。


「言わなくてもわかるでしょう?」


 俯いて恥ずかしがりながらも椅子から立ち上がってスルスルと服を脱いでいくではありませぬか。

 そのド迫力な双房を寄せては上げてジリジリと迫ってくるエミー。退るわたし。

 もうわたしの後ろにはベッドしかありませんが?


「ご奉仕させていただきますわ」

「そ、それは男と女でやるものじゃないのかなあ」

「あら、女同士でもちゃんとまぐわいはできますのよ?」

「まぐわいとか……! 姫様が卑猥な単語を言ってはならんと愚考するのですが!」

「じゃあ、貝合わ……」

「うわあああああああああああ」


 卑猥度増してるじゃないですかー! やだー!

 言い合っている間にもわたしの退路は確実に絶たれていく。

結局エミーに押し倒されてしまいました。服もまるっと脱がされました。

 そして……。

 まぁ、その後の展開は一言で言うと『それなんてエロゲー?』でした。



 皆様おそようございます。朝です。朝チュンです。限りなく昼に近いけれど、まだ朝です!

 メイドさんたちは空気を読んでわたしたちを起こしには来なかったようです。

 いやー、昨日はすごかったねー。昨日っていうか日付変わった後も日が昇る寸前までまぐわっちゃったからね。

 もうね、あれだけディープにヤッちゃうとまぐわいとか言っても全然動じなくなっちゃうんですわ。汗やら色んな汁やらでグッチャグチャになって、まぐわれまぐわってまぐわいまくった一晩で熟練のマグワイヤーに進化したからね。

 こういう経験は、女相手はもちろん男相手にもやったことがない。つまりは純潔のバージンロードをひた走っていたわたしですが、脇道に逸れて大人の階段を二段飛ばしで駆け上がっちゃった気分であります。

 始めはずっとあんあん攻められてたわけですが、途中でわたしが攻めに転じてみたのですよ。するとどうでしょう、エミーのなんと反応のいいこと! 一撫でする毎に甲高い声を上げて、エミー汁プシャー! ってなもんですよ。わたしよりあんあん言っていたね。

 俗に言う『ピンク髪は淫乱』、これマジでした。

 それにしてもエミーはどこでこんなことを教わったんだろうね?

 テクニックがすごかったよ。ネットもエロ本もないこの世界じゃ誰かに直接教えてもらうしかないと思うんだが……。

 ということで、気になることはすぐに聞いてみよう。

 ちょうど全裸のお姫様が目を擦って起き上がってきたとこだしな。寝起き突撃インタビューといきますか。


「エミー、おはよう」

「おはようごじゃいまふ」


 頬を両手で挟んで額に優しくちゅっ。

 エミーは寝ぼけ顔から真っ赤な茹でダコになってシーツで胸を隠す。可愛いね。

 大人の階段をてっぺんまで登り切ったわたしはこんなキザなこともできてしまうのだ。


「ちょっと気になるんだけどさ。エミーはどこでエロエロなテクニックを?」

「そ、それは……」


 ん? ん? やましいことでもあるのかね? どれ、お姉さんに話してみなさい。

 もじもじしてゴニョゴニョ言ってるエミー。「もう着替えませんと」と誤魔化して逃げようとするが、逃さない。


「言いなさい、エミー。ほれほれ」

「あんっあんっ」


 ぐったりするほど攻めてやったら、やっと事の次第を吐いてくれましたよ。

 なんでもメイドさんに教えてもらったらしい。メイドさんたちの中にはそっち系の趣味がある人がいて、数人がかりペアになってエミーの目の前で手取り足取り教えてもらったんだと、実演で!

 メイドさんんんんんんんんんんんんんんんんんんんん!!

 エミーはメイドさんたちがギシアンしているのを見ていただけで、わたしとシたのが初めてだったみたい。

 ネットとかエロ本の生半可な知識なんかお話にならない。そりゃ生で本物のギシアン見たらテクニックも身につきますわ。見稽古ってやつですね!

 ……この城の風紀大丈夫なんですかね?

 さらに衝撃の事実。そのメイドさんたち、グラン師匠の直属メイドだそうで、グラン師匠に命令というかお願いされてエミーにエロエロなことを教えたらしい。

 グラン師匠おおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!

 あの人無表情でなんてことしてくれちゃってんの!? とりあえず結果的にグッジョブです!

 なんでもグラン師匠はそっち系推奨というか女の子同士がイチャコラしているのを見る(覗き見はしない主義)のがライフワークなんだってさ。

 それ知っちゃったら明日からどんな顔して会えばいいのかわからないよ……。

 あの無表情はニマニマを抑えるためのペルソナだったんだね。エミーが来て嬉しそうに見えたのは、わたしとエミーが揃って(イチャイチャしているように見える)いたからだったんだね。これからは存分にイチャイチャを見せつけてくれようぞ。


「なんか色々わかってスッキリしたわ。でも、もっとスッキリしたいから、もう一回戦いこうか?」

「オトネ、だめっ、ぅ、ん、あんっ……」


 痺れを切らしたメイドさんが突入するまで情事は続けられましたとさ。めでたしめでたし。



 はい、おはようございます。

 わたしが真の勇者と呼ばれるようになってから一週間経ちました。

 さてさて、本日はタローの様子を見に行こうと思います。同行するのはエミーと護衛騎士六人、お世話係二人の御一行様。

 のんべんだらり馬車に揺られて数時間、やって参りました青い海! 気温は真夏!

 水着はないから泳げないけど、浜辺でキャッキャウフフもまた楽しい。

 だけれども、フルプレートの護衛騎士さんたちとごてごてした服を着たお世話係さんたちの汗が滝のごとくやばいことになっているので、お遊びは中断する。

 脱水症状になる前に氷魔法でキンキンに冷やしたジュースをプレゼントしちゃう。こういう時は水分だけでなく糖分も摂取すると良いのですよ。本当は塩分も入ったアクアなエリアスみたいなのが体に吸収されやすくて一番良いんだけどね。ちなみに氷魔法は現代知識を応用したわたしの専売特許なのです。氷魔法とは言いながら冷やすまでしかできなくて、凍らせることは無理なんだけど地味に感謝される魔法です。

 皆さん落ち着いたところで本来の目的を達成するとしましょう。

 脇に魔力回復薬を用意して準備完了。魔力を集中して風魔法を発動!

 わたしの声が増幅されて風に乗って辺りに響く。


「タロー! カモーン!」

「わう!」


 とんでもない地響きを鳴らして現れたのは我が愛犬タロー。

 まだ成犬にはなっていない成長期だったけどさ。でかくなりすぎでしょ、あんた。

 結構魔力を使ったので、エミーに魔力回復薬を飲ませてもらう。

 え? もちろんエミーの口移しですよ? その方が元気出るじゃないですか。

 元気出すぎて今夜もハッスルしちゃうね。

 命令待ちのタローの前に立つ。前回の前足で骨バキバキの失敗を活かして、今回はおすわりからの伏せをさせる。顔の近くに寄って行くと、鼻をスリスリ押し付けてきたり、舌でベロンと舐めてきたりする。身体中よだれまみれだけど仕方あるまい。でかくなっても、ういやつよのう。なでなで。

 御一行様はまだタローが怖いようで、遠巻きにこっちを見ている。


「うーん……本当は抱きしめてあげたり、抱き上げてあげたりしたいんだけどなあ」

「わぅ?」


 タローは『もう抱きしめてくれないの?』と言いたげな顔だ。

 いやさ、体毛がふわっふわすぎて皮膚に辿り着くまでが至難なのですよ。なんとか辿り着けても抱きしめるっていうよりは埋もれる感じになっちゃうからね。下手するとタローが身じろぎしただけで潰れるよ、わたし?


「ホントでかくなりすぎだよ、おまえ。今も可愛いけどさ。もうちょい小さくなれない?」

「わぅ!」


 なにその『できまっせ』みたいな返事は。

 って、うぇぇええええええええ! タローがシュルシュル小さくなっていく!

 瞬きする間に小さくなったタローは二ヶ月前に見た仔犬のままだった。

 おまえ、全然成長してないな。でかくなったのは大きさだけだったのか。

 なにはともあれサイズ変更されたので、遠慮なく抱きしめて撫で回す。

 これだよ! この感触だよ!

 タローを抱きかかえてエミーたちに見せに行く。


「……かわいい」


 そうだろう、そうだろう。うちの子は最強最かわなのである。

 女性陣には概ね好評だが、男性陣はまだ警戒して身構えている様子。でも、ちらちらこっちを見てほんわかした顔しているから陥落するのも時間の問題かも。

 で、小さいなら王城でも飼えるんじゃない? というわたしの提案とエミーの強い希望によってタローを連れて帰ることになった。

 今は馬車で移動中であります。エミーの豊満な胸に抱かれて寛いでいるタロー。今だけ譲ってやるが、夜はわたしがその位置をいただくからな!

 行きと同じくのんべんだらりと車中で過ごしていると、急に馬車が止まる。

 どうした?


「賊が出たようです」


 窓から外を窺うと、二十人くらいの人に囲まれていた。

 馬は殺されてしまったようなので、すぐ逃げられるように馬車の外に出る。

 賊の人たちはなんというか黒ずくめだった。漆黒のローブに黒頭巾で顔を覆って素顔が見えないようにしている。暑くないのかね?

 半分くらいは剣を携えているが、もう半分は素手だ。多分魔法使いだろう。盗賊って感じじゃないな、こいつら。

 人数では向こうが上だし、こちらは戦闘職じゃない人が数人いる。その中にはエセ勇者のわたしも含まれているのである。

 もし戦端が開かれたら被害は免れないだろうな。顔見知りが死ぬのは見たくない。


「まるで秘密結社みたいな格好した奴らだね」

「まさかあの秘密結社ですか!?」


 な、なんだってー! 知っているのか、エミー! ってなリアクションしたくなるような反応だ。

 エミーの声を聞いた賊の一人が『ばれちゃあしょうがねえ』という感じで進み出てきて黒頭巾を取る。

 誰だよ、このおっさん。

 そして、語り出すおっさん。

 以下、エミー訳の独断と偏見でお送りします。


『俺たち、なんちゃら結社は約二十年前に多大な犠牲を払って悪魔を召喚した。そいつは文字通り悪魔だった。結社のあらゆるものが壊され、食われたよ。しかもそいつはどんどん大きくなりやがる! いくら悪魔を崇拝する俺たちだってそんな奴を手元においておく訳にはいかないから、野に放したさ。悪魔は期待以上の働きをして、この国を滅茶苦茶にしてくれたよ。俺たちなんちゃら結社も再び勢いを取り戻すことができた。だが、最近その悪魔が勇者に手懐けられたと言うじゃないか? それで悪魔の様子を遠くから見張っていたのだが、そこに現れたのがお前たちだ! いきなり悪魔が消えたがどういうことだ? あれがいなくなると困るのだ。どこへやったのかさっさと吐け!』


 ということですな。なんと人騒がせな。

 もしかして……もしかしなくてもわたしがこの世界に召喚されたのって巡り巡ってこいつらのせいなのでは?

 おかげでエミーに会えたのは感謝だが、お仕置きは必要だと思いますぞ。

 それにこいつら、目の前に悪魔がいることに気付いていないらしい。ま、大きくはなれても小さくなれるとは普通思わんし、しゃーない。ここ二十年、ずっと大きかったみたいだし、タローめっちゃ可愛いし。

 それにわたしが勇者だというのも知らないっぽい。民衆はわたしの声を聞いただけで姿はお披露目してないから当然だね。王様にはわたしのお披露目は数年待ってもらうようにお願いしてある。だって、異世界語ペラペラになったら城下町とか歩いてみたいんですもん。ウインドウショッピングしたいんですもん。

 喉元にナイフを突きつけられているようなピンチだけど、タローを差し出したくはない。その気持ちはエミーも同じようで、タローをきつく抱きしめている。

 ついに堪えきれなくなった賊の一人が魔法をお世話係さんに向かって放つ。

 なっ! 見せしめってやつか、このやろっ!

 ピキィィイイン。

 あれ? 魔法がなんかバリアみたいなのに弾かれている。賊が驚いているのは当然として護衛騎士の皆さんも驚いているぞ。そして、わたしとエミー、お世話係さんたちも驚いている。

 でも驚いていないのが一人、というか一匹。犬なのにドヤ顔だ。


「あっ、タローちゃん」


 エミーの腕から抜けだしたタローは、稲妻のような速さと軌道で賊の間を駆け抜けていく。

 いや、違う。駆け抜けているだけじゃない。腕や足を食いちぎったり、喉笛を掻き切ったりしてる!

 なんというスプラッタ!

 結局、一分もしない内にほとんどの賊は戦闘不能になった。と思いきやタローは林の中へ駆け出して、口元をさらに血で染めて帰ってくる。まだ潜んでいた奴らがいたようだ。

 わたしの目の前まで来ておすわりして『ほめて! ほめて!』って感じで尻尾振るから、とりあえず撫でてあげる。血濡れの舌でペロペロ舐めないでえ!

 気持ちは嬉しいよ。ありがとうね、タロー。もう『タローさん』と呼んだ方がいいのだろうか……。

 チートはタローさんの方だったようです。

 危機は脱したのだけれども、この惨状は筆舌しがたいものがありますな。

 護衛騎士さんはまだ生きている賊を縛って王城まで連れて行くそうな。しかしながら、そいつら部位欠損しているから出血多量で途中で死んじゃうと思うよ?

 護衛騎士さんも同じことを考えていたようで、傷の比較的浅い輩だけ残して他はさくっと止めを刺す。

 さすが異世界。ドライですな~。かくいうわたしもこいつらみたいに敵対してくる輩にはどうとも思わないので、異世界色に染まってきている。

 気を取り直して王城に帰りますか!

 あ、馬がいないから馬車が使えないんだった。歩きかよお!

 さすがにお姫様を歩かせて帰るわけにはいかないので、護衛騎士の一人に走ってもらって新しい馬車を呼んでもらうことになった。おつかれさんでーす。

 エミーは馬なし馬車に腰掛けてそわそわしている。血を見たせいで若干興奮しているみたいだ。今夜は激しくなりそうだね。

 まさかタローがただでかいだけではなく、こんなにも強いとは……王城で飼わせてもらえるだろうか?

 そんな心配をしながらわたしたちは新しい馬車を待ち続けるのだった。



 ――それから数年後。

 わたしとエミーの二人とタローの一匹は様々な艱難辛苦を乗り越えた。

 タロー排斥運動が起こったり、わたしが嫁がされそうになったり、偽勇者が現れたり、エミーを娶ろうとした隣国の王子の股間を殴ったら隣国が攻めてきたり、タローが人語を喋ったり、わたしとエミーが結婚したり、タローが国のマスコットになったり……エトセトラ。それこそ数えきれないほど嬉しいことや悲しいことがあったけど、わたしは幸せです。

 まぁ、いまだに周りから勇者とか呼ばれてるけど、わたし普通の女の子だよ?


一気に書き上げたら思いの外長くなってしまった短編。

次は短くストレートに書きたい。

百合を。

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