大阪市との裁判の結果、2020年5月31日を最後に「大阪人権博物館(リバティおおさか)」が一時閉館となりました

現在の場所から退去し、2022年からの再開を目指すとのことですが、再開場所はまだ決まっていません。つまり、本当に再開できるのかもわからない状態ということです

「リバティおおさか」といえば、部落差別問題を主に取り扱う、大阪の人権啓発を35年間リードし続けた博物館ですね

なぜそんな立派な博物館が閉館を?と疑問に思う人もいるでしょう

それは、橋下徹さんのせいなのです


第一次「リバティおおさか」弾圧(リニューアル強制)


2008年9月。当時、大阪府知事だった橋下徹さんは文楽協会をめぐる騒動でも知られる補助金見直し政策の一環として「リバティおおさか」を視察し、こんなイチャモンをつけました

曰く、

「差別や人権などネガティブな部分が多い」

人権啓発の施設に行き「差別、人権などネガティブな部分が多い」と文句を言うのは、さすがにちょっと意味がわからないですね。まっ、それがイチャモンのイチャモンたる所以ですが

橋下徹さんは補助金をたてに展示内容の変更を迫り、「リバティおおさか」は泣く泣くそれを受け入れます(それでも結局、補助金は減額されました)

そこで2009年5月、橋下徹さんの命を受けた大阪府職員と「リバティおおさか」とでリニューアルに向けたプロジェクトチームが発足します

協議の結果、【被差別当事者の差別への抵抗の歴史】をはじめとした多くの展示を外すことになりました
(独裁者の思考だね!)

また、「職業展示(大工になるにはどうしたらいいの?的な……)」のコーナーや「「生命」の体験コーナー(受精の仕組の説明とか……)」が新たに設置されることになってしまいます
(人権博物館でこれは謎すぎるね!)

こうして橋下徹さんの意向を強く反映し、橋下徹さんの許可が下りたため、「リバティおおさか」は2011年3月にリニューアルオープンとあいなったわけです

なお、リニューアルオープンにともなう展示の変更内容が、橋下徹さんの指示どおりだということは、歴史学者の住友陽文さんの調査によって明らかとなっています

しかし、これで「リバティおおさか」への攻撃は終わりませんでした


第二次「リバティおおさか」弾圧(補助金廃止)


2012年4月。橋下徹さんと松井一郎さんが「リバティおおさか」を訪れます。ちなみに、このときはすでに橋下=大阪市長、松井=大阪府長でした

なお、この「リバティおおさか」訪問の2ヶ月前に松井一郎さんは日本教育再生機構大阪のタウンミーティングに出席しています

さて、今回の橋下・松井の「リバティおおさか」訪問ですが……やっぱりイチャモンがつけられました

曰く、

「まだ差別や人権に特化されている。子供が夢や希望を抱ける展示になっていない。非常に残念」

「僕の考えには合わないので、市税の投入についてゼロベースで考えさせてもらう。自立してもらわないと仕方ない」

えぇっ!?

橋下徹さん自身の意見が通り、橋下徹さん自身が許可を出し、橋下徹さん自身の指示した内容が展示されたのに?

これがイチャモンのイチャモンたる所以ですね

まさにマッチポンプ。チンピラの手口です

こうして大阪府・大阪市からの補助金は、2013年度から完全にカットされてしまいました

収入の8割を補助金に頼っていた「リバティおおさか」は、その後、自立した運営を余儀なくされます

なお、このての公益にかなった施設や、利益に左右されず何かを求めることが望ましい団体に税金が投入されるのは当たり前の話です。公のお金が注がれることによって「◯◯は大切なことなんだよ」というメッセージを国や地方自治体が発することにもなります

国や地方自治体と公益団体の適切な関係については、↓の「アームズレングスの原則」の話がわかりやすいので、興味のある方はどうぞ


第三次「リバティおおさか」弾圧(賃料支払い要求からの立ち退き要求)


2014年11月。大阪市はそれまで無償で貸していた博物館の土地の使用料を「リバティおおさか」に要求してきました。その額、なんと年間3400万円(2015年4月から契約開始)

そんなもの、当然「リバティおおさか」に払えるわけがありません。博物館はそんなに儲かる業種じゃないですからね。もー、どんどん要求が上がっていって嫌になりますね

そもそも「リバティおおさか」が建つ場所は、もともと地元の部落住民が昭和初期に大阪市に寄贈した土地です。そこがまず小学校となり、その跡地に「リバティおおさか」ができたわけですね

"周辺は昔、渡辺村と呼ばれ、皮革加工などをする人々が集まっていた。リバティによると、敷地はもともと地元の有力者や住民の土地だった。昭和初期、子供たちの教育向上のためとして、市に寄贈した"

こうした歴史的経緯もあり、「リバティおおさか」側は無償の継続、あるいは使用料の減額を大阪市と交渉しました

しかし交渉はうまくいかず、結果、契約開始である2015年4月以降、「リバティおおさか」は【賃料を払わない不法占拠状態】になってしまったわけです

そこで大阪市は2015年7月に、立ち退きと賃料相当の損害金の支払いを求めて「リバティおおさか」を提訴しました

……ちょっとドン引くくらい漫画の悪役のようなやり口ですね

「リバティおおさか」は必死に裁判を戦いましたが、力及ばず

2020年3月、大阪地裁の和解案を受け入れ、損害金の支払いを免除されるかわりに場所を明け渡すことになってしまいました

このため2020年6月から「リバティおおさか」は閉鎖。2022年に新天地での再開を目指し活動をはじめました


「リバティおおさか」弾圧の深層


では、「リバティおおさか」はなぜこれほど苛烈な弾圧を受けねばならなかったのでしょう?

それには2つの側面があります

ひとつは「新自由主義的な行政改革

もうひとつは「右派の平和・人権施設攻撃

前者については、説明しなくても大丈夫ですよね。ようするに政治に企業の論理を持ち込み「小さな政府」志向で無駄(と新自由主義者が決めつけたもの)を省きまくる政治手法のことです

マスコミを騒がせた文楽をはじめ、交響楽団、大阪国際平和センター(ピースおおさか)など数多くの文化・施設がこの「新自由主義的な行政改革」の犠牲になりました

「リバティおおさか」もそうした流れに呑まれて弾圧を受けたわけですね

今回、「リバティおおさか」が閉鎖するにあたって出た記事も、僕が見た限りはこの側面から書かれたものばかりだったと思います

たしかにそれでも必要十分ではあるとのですが……

ですが、それだけでは零れ落ちてしまうものがあるのです


戦争資料の偏向展示を正す会~暗躍する日本会議~


"「特定の運動の主張ばかりを紹介しているように思えた」。市民団体「戦争資料の偏向展示を正す会」の山田喜弘氏(50)=大阪市=はかつての展示内容についてこう指摘する"

これは「リバティおおさか」を攻撃する右派市民の言葉です(なお、山田喜弘さんと同名の公明党地方議員がいますが、年齢が違うため別人であることが確定)

では、「戦争資料の偏向展示を正す会」とはいったいどういう団体なのでしょう

この団体は、1999年3月に「ピースおおさか」で映画『プライド・運命の瞬間』を上映したことで一躍有名になった団体です

『プライド・運命の瞬間』は東條英機を主人公に東京裁判を描いたウヨ映画。ウヨ企業の東日本ハウス(現・日本ハウスホールディングス)で当時会長をしていた中村功さんが東映に企画を持ち込んだのが撮影の始まりだったことや、東條役に津川雅彦さんを配したことなどが話題を呼んだウヨウヨしい作品です

「ピースおおさか」にはふさわしくない!ということで、一般市民からは反発を受けたかわりに、ウヨたちからはヤンヤヤンヤの大喝采を浴びました

「戦争資料の偏向展示を正す会」の蛮行はそれにとどまりません

2000年1月には、「ピースおおさか」で「20世紀最大の嘘『南京大虐殺』の徹底検証」(講師・東中野修道)を開催したのです

この集会には日本の心ある市民たちばかりか中国も敏感に反応し、重大な国際問題となりました

そして、これらは「戦争資料の偏向展示を正す会」にとっては「ピースおおさか」を「正す」行為だったのです

上映と集会の顛末を記したホームページには、以下のようなことが書かれています

"「戦争資料の偏向展示を正す会」(会長・青木匠、普段は「正す会」と略している)は、その名が示すとおり、ピースおおさかの偏向展示を是正することを目的とした市民グループである"

以上のことからわかるように、「戦争資料の偏向展示を正す会」は主として「ピースおおさか」を攻撃する団体です

もちろん攻撃対象は「ピースおおさか」だけではありません。本日の主役である「リバティおおさか」もです

大阪産業大学名誉教授の斉藤日出治さんが論文「「戦後」を問い直す ―ピースおおさか裁判と歴史認識をめぐる社会闘争」でこんなことを書いています

"大阪市・大阪府・八尾市などの議員が中心になって,1997年に「戦争資料の偏向展示を正す会」を結成し,ピースおおさか,大阪人権博物館,ヒューライツなどの展示内容を「偏向」あるいは「反日プロパガンダ」だとして批判して,集会,署名運動,市への申し入れ,冊子の刊行などの運動が高揚する"

斉藤日出治さんの論文では、地方議員と「戦争資料の偏向展示を正す会」の関わりが書いてあって面白いですね

さて、ここいらで核心に迫りましょう

核心とは、ズバリ「戦争資料の偏向展示を正す会」の正体です……まあ、会の名称が特徴的なんで、わかる人はとっくにわかっていると思いますが

「戦争資料の偏向展示を正す会」の正体は日本会議です

実を言えば、「ピースおおさか」での映画上映と集会の顛末を記した文章は、日本会議大阪の旧ホームページに掲載されていたものでした

日本会議ホームページにある「国民運動のあゆみ」にも、しっかりと「戦争資料の偏向展示を正す会」の設立が記されています(平成9年3月)

"日本会議が目を光らせている。
平和祈念館、戦争資料館などの展示を調べ、施設運営者に見直しを求めるのだ。
(中略)
抗議をうけ構想が宙に浮いたままの東京都平和祈念館(仮称)、大幅な見直しを迫られた大阪国際平和センター(ピースおおさか、大阪市)、堺市立平和と人権資料館ーー。"
(藤生明『ドキュメント日本会議』プロローグより)

「リバティおおさか」もまた、日本会議が目を光らせ、潰してきた施設のひとつなのです


おわりに


「戦争資料の偏向展示を正す会」=日本会議の論調にのっかった大阪の議員がいた事実も、見逃してはならないポイントかと思います

再び産経新聞のこの記事(https://www.sankei.com/west/news/151005/wst1510050006-n1.html)から引用させてもらいましょう

"「展示内容が人権というものですが、むしろ私らから見れば反日キャンペーンだと指摘する声もある」(20年3月、自民市議)

「一部内容が偏っており、研修・啓発施設として適切なのかどうか。公平な客観性・中立性を備えた博物館として生まれ変わらなければならない」(16年11月、自民市議)

市議会の議事録に残る市議たちの言葉だ。

戦争に関する資料を展示し、かつては自虐的な「偏向展示」と指摘されていた「大阪国際平和センター」(大阪市中央区、ピースおおさか)もあったため、ピースやリバティに対し、保守系の府議、市議や有識者からは「人権、平和、平等、反戦を隠れみのに、ゆがんだ歴史観や主張を繰り広げる反日施設」と指弾する声が強く上がったのだ"

そうした経緯もふまえて橋下徹さんの行政改革があったのだ、とするのが産経新聞の論調です

それに対して肯定的か否定的かという違いがあるにせよ、僕も同様の見解です

繰り返しになりますが、「リバティおおさか」の弾圧は「行政改革」の文脈だけでなく、「右派の平和・人権施設攻撃」という文脈でも見ることが必要なのです

※ちなみに議事録を調べると、産経新聞に掲載された前者の発言は太田勝義議員、後者は床田正勝議員でした


蛇足


「戦争資料の偏向展示を正す会」の正体が日本会議だということがわかると、橋下・松井が「リバティおおさか」を訪問する2ヶ月前の2012年2月26日に、日本教育再生機構大阪が「教育再生民間タウンミーティングin大阪」を開いた事実が重要に思えてきます

日本教育再生機構といえば、2006年に「新しい歴史教科書をつくる会」から分派独立した日本会議系の団体ですね

2月26日の「教育再生民間タウンミーティングin大阪」は、当時、日本教育再生機構大阪の理事長だった遠藤敬さんの尽力によって開かれました。遠藤敬さんは現在、「日本維新の会」で国会議員をしておられます

このタウンミーティングは、下野していた安倍晋三さんと松井一郎さん及び「維新の会」を結びつけたという意味でも重要です(森友学園問題にも絡んでくる話ですが、割愛させてもらいます)

このタウンミーティングの後、それまで歴史認識問題で慎重な姿勢を崩さなかった橋下徹さんは変わります(朝日新聞 2012.8.31「歴史認識に一転「持論」」)

「リバティおおさか」と「ピースおおさか」を合体させ「日本の近現代史を学ぶ施設」の構想を打ち出したり、突如として「慰安婦」問題で踏み込んだ発言をするようになったのです

また、安倍晋三さんが自民党総裁になれなかった場合、維新に迎え入れるか、もしくは「安倍新党」をつくるという話もありました

そして言うまでもなく安倍晋三さんの歴史認識は、バリバリの右派です

日本教育再生機構のタウンミーティングがキッカケとなって、当初は「新自由主義」的な面の強かった橋下徹さんによる「リバティおおさか」弾圧は、「右派の平和・人権施設攻撃」の面を強めたのでは……というのが僕の推測です


関連年表


1997.3

・「戦争資料の偏向展示を正す会」が結成

1999.3

・「ピースおおさか」でウヨ映画『プライド・運命の瞬間』が上映される

2000.1

・「ピースおおさか」で「20世紀最大の嘘『南京大虐殺』の徹底検証」が開催

2008.9

・橋下徹が「リバティおおさか」を視察。展示内容の変更を要請

2009.5

・リニューアルのため「リバティおおさか」と大阪府が共同でプロジェクトチームを発足

2011.3

・常設展を一新した「リバティおおさか」がリニューアルオープン

2012.2

・日本教育再生機構「教育再生民間タウンミーティングin大阪」

2012.4

・橋下徹&松井一郎が「リバティおおさか」を訪問→補助金廃止

2012.5

・橋下徹が「日本の近現代史を学ぶ施設」の構想を打ち出す

2014.11

・橋下徹が行政改革の一環として、大阪市の土地に建つ「リバティおおさか」に賃料の支払いを求める(2015年度から)

2015.7

・大阪市が「リバティおおさか」を提訴

2020.3

・裁判所の和解案を受け入れ、損害金免除のかわりに「リバティおおさか」は立ち退くことに

2020.6

・「リバティおおさか」一時閉鎖


参考資料