ナザリックの核弾頭   作:プライベートX

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2分割の予定でしたが3分割になってしまいました。
すみません。


If~Abyss Watcher(中)

 「もう、大丈夫だ」

 

 血塗れの特大剣を背中に仕舞い、震える姉妹に淡々と言う。

 大丈夫だ、と言ったは良いが私自身この姉妹からして見れば"この騎士"達と何ら変わりはないだろう。

 ましてや、今しがた惨たらしく人間を斬り殺したこの身では説得力など無い。

 だが、害意は無いと示さぬにはどうしようもない。

 そして、姉妹をこのまま捨て置く訳にもいかない。

 

 「私は、君達を傷つけるつもりはない」

 

 片膝をついて、姉妹に目線を合わせて改めて言う。

 果たしてこれが最善なのかは分からないが、これ以上どうする事も出来ない。

 どうにも、儘ならないものである。

 

 「あ、いえ……ありが」

 

 「戦士さま!村が燃えて、村の皆が死んじゃう!皆を助けて!お願い助けて……お願いっ」

 

 見ず知らずの輩である私に、悲壮感と僅かばかりの期待が織り混じった懇願をする娘。

 "藁にも縋る"とはこの事を言うのだろうか。

 

 「……焼き討ち、か」

 

 「いきなり大勢の騎士が村に来て……両親が森に、森に私達を逃がしてくれて、その後……」

 

 泣き出した姉妹を見て自身の無力さを感じると共に、一種の罪悪感に似た何かを感じた。

 

 弱肉強食……強ければ生き、弱ければ死ぬ。

 弱者が弱者故に殺される他に理由を問うなら、その答えは至極単純である。

 "生きていない方が都合が良い"これに尽きる。

 そして、力なき者はその理不尽を受け入れるしかない。

 強者の崇高な思想や理念、或いは只の憂さ晴らしの為に死ぬ。

 それが弱者の故の定め、抗う力を持たぬ者は死んで当然だと……私はそう思っていた。

 だからだろう、姉妹を哀れむ程に感じるこの邪悪な感情は。

 これは、嘗ての自分に対する自己嫌悪なのだ。

 だが、私はこの忌まわしき過去の闇を祓わねばならぬ。

 

 そして……この闇を祓う機会は今をおいて他にはないだろう。

 

 

 「……勇敢な御両親に太陽の導きがあらんことを。相分かった、私が必ずや村を守ろう。案内を」

 

 「は、はい!こっちです」

 

 朱黒いマントを翻し、姉妹の後を追った。

 暫くは着かず離れずの距離で姉妹を追っていた男たが、おぼつかない足で村の方へと駆ける姉妹を追い抜くとすれ違い様に言った。

 

 「……ありがとう、後は私に任せなさい」

 

 「は、はい」

 

 木々の間から見える黒煙、事は一刻を争うと判断した男は姉妹にそう言うと、背中の特大剣に手をかけ風の如く駆け出した。

 

 駆け出して直ぐに、焼き討ちの喧騒と悲鳴が聞こえてくる。

 沸々と沸き上がる怒りが、否が応にも男の気持ちを高揚させた。

 見ず知らずの人間の為に怒りを感じる、こんな事が今まであっただろうか。

 らしくもない、と自分でも思うがこれも闇や火の熱よって失われていた物なのだろう。

 燃える村が目前に迫る中、男は風の如く駆ける速度そのままに一気に跳んだ。

 常人ではあり得ない、あまりに馬鹿げた跳躍力。

 森の木々よりも高く跳びあがり、眼下の燃え盛る村を確認する。

 同時に跳躍ざまに背中から抜いた特大剣を、倒れた村人に凶刃を振り落とさんとする騎士の一人に向かって投げつけた。

 

 

 

 

 「な、何故こんな事をっ」

 

 「はっ!さっさと死にや……ぶぁへらっ!!」

 

 無抵抗な村人を遊び半分で殺していた騎士の頭部に空から飛来した何かが直撃した。

 何かが弾けた、近くに居た者が認識出来たのはそれだけだった。

 そして、首から上が消失した騎士の身体が時間差で倒れる。

 一体、何が起きた?それが一同の率直な感想であろう。

 だが、その答えは直ぐに判明する。

 騎士の頭部を木っ端微塵に吹き飛ばし、辺り一面を脳髄と肉片が混じった血の海に変えた物の正体は、一本の剣だった。

 

 剣と言うには些かでか過ぎる鉄塊が、騎士の骸が横たわる地面に深々と突き刺さっていたのだ。

 

 

 

 「な、なんだぁ!一体、こんな……」

 

 無惨な死体となった同僚を見て取り乱す隣の騎士。

 そんな騎士の前に朱黒いマントを靡かせた何かが降って、いや何者かが着地した。

 

 「だ、誰だ!貴ぎゃっ!?」

 

 目の前の朱マントに誰何をしようとした時、首筋を歪な形をした短刀で振り向き様にザックリと斬りかれた。

 斬り裂かれた首から噴水の様に血を噴き出しながら騎士は倒れ、踠がいていた。

 暫くは倒れた後も動いていたが、やがて力尽き動かなくなった。

 

 朱黒いマントをした男が突然降ってきてから、時間にしてほんの数秒。

 その極めて短い間に、完全武装した騎士二名が殺された。

 襲撃者たる騎士達はおろか、村人さえも呆気にとられていた。

 

 一体、この男は何者なのだ?と言わんばかりに。

 

 正体不明の朱マントは地面に刺さっている巨剣を一息で引き抜き、血も拭わぬまま肩に担ぐと片方の手をダラリと垂らした独特の構え取る。

 そして、突然の闖入者に驚く騎士達に殺気まじりの低い声で言った。

 

 「……剣を引け、もう十分に殺しただろう」

 

 怯える村人達の前に立ちはだかると、呆ける騎士達に向かって男はそう言ってのけた。

 その時初めて、村人達はこの朱黒いマントの男は自分達を守ろうとしていると理解した。

 しかし、この見知らぬ戦士が戦ってくれたとて、この大勢の騎士を相手では多勢に無勢ではないか。

 結局は自分達の運命は変わらない。

 どうせ、死ぬのだと。

 僅かに見えた希望を現実と言う圧倒的な悪夢が飲み込む。

 だが、村人達が悪夢から目を覚ますのにそう時間は掛からなかった。

 

 「お前は、何者だ」

 

 隊長格の騎士が、目の前で構える男に問う。

 尖った帽子の様な兜を被り、身の丈程の長さのある巨剣と鎌の様な短剣を持った異様な戦士。

 その身なりは王国の物では無いが、相当な手練れの戦士であると言う事だけは一目で分かった。

 

 「……今一度言う、剣を引け」

 

 「ならばこちらも、もう一度言おう。貴様は何者だ?答えねば殺す、答えなくても殺す。脅しではないぞ」

 

 「……戯れ言を、返答は如何に」

 

 「どうやら、お前は本当に死にたい様だな」

 

 馬鹿な奴だと、侮蔑を含んだ笑いが騎士達に沸き起こる。

 

 そんな中、集まるを村人背に男は剣を唐突に一閃振った。

 鋭い剣閃は地面を鋭く穿ち、男と村人達の間に横一本の線を作る。

 

 「……最早、問答無用。これより先は我が屍を踏んで行け」

 

 男から闘気とも殺気とも言える何かが溢れ、一気に騎士達を飲み込む。

 その瞬間、まるで氷の魔人の手で心臓を鷲掴みにされた様な冷たい嫌な悪寒が騎士達を襲う。

 だが、それが同時に戦いの合図でもあった。

 

 「怯むなっ!総員っ!一斉に掛かれぇ!!」

 

 その一声で、騎士達は妙な構えを取る男に向かって一斉に殺到した。

 

 「はいだらぁっ!」

 

 謎の掛け声と同時に肩に担いだ特大剣を男は、渾身の力で横に薙ぎ払う。

 無用心に近づいた馬鹿な騎士数人は、身体を一撃で鎧もろとも両断され絶命した。

 巨剣の一撃はその見た目以上に凄まじく、半ば強引に両断された上半身は臓物を撒き散らしながら宙を舞い、燃える建物に直撃して漸く地面に落ちる程だった。

 

 続け様に男は獲物を狙う獣の様に低い姿勢から跳躍し、弓を射ようとした弓騎兵に一息で肉薄する。

 

 !!!!!!

 

 宙返りしながら繰り出された巨剣は、遠心力も相まって人間はおろか騎乗していた馬すら真っ二つに両断した。

 おびただしい量の血と臓物が地面いっぱいに広がり、たった一太刀で血の池が出来上がった。

 残った弓騎兵は暴れだした馬から派手に振り落とされ、打ち所が悪く足を折ってしまった。

 馬とは賢い動物である、少なくとも自分が置かれた状況が理解出来る程度には。

 いかに訓練された軍馬とて、身近に死が迫れば取り乱しもする。

 ましてや死の権化の様な奴が近くに居れば尚更に。

 自分を縛る邪魔者を捨てると、馬は一目散に逃げた。

 

 「ま、待て……ちょっと、待ってぇ!」

 

 落馬し、無様に地に伏した騎士が必死の命乞いをする。

 恥も外聞もない、只々死にたくないその一心で命乞いをした。

 失禁はおろか大きい方すら漏らしているが、そんな些細な事を気にしている余裕など微塵もなかった。

 絶対に死にたくない、死にたくないのだ。

 その糞尿垂れ流しながら命乞いする姿は見苦しく、惨めそのものだった。

 

 「……駄目だな」

 

 尖った兜の隙間から一瞥したのちに男はそう答え、一切の容赦無く剣を振り落として騎士を叩き潰した。

 

 

 

 「馬鹿なっ!片腕でアレを振るのかっ!」

 

 奴の得物は人の持つ身の丈程ある巨剣。

 いや、剣と言うよりも鉄の塊と言った方が正しいのかも知れない。

 はったりや見栄で派手な武器を持つ輩は、愚か者と相場は決まっている。

 特に大きい得物を好む馬鹿は、死をもってその愚かさを知るものだ。

 

 だが、コイツは違う。

 

 そんな代物を、片腕で小枝の如く振っているだけじゃなく使いこなしている。

 あまつさえ、"武技すら使わず"にだ。

 

 (相当な手練れだと思ってはいたが、これ程までとはっ!)

 

 この場合、距離を取って弓矢を射るのが最善の策だ。

 だが、頼みの弓騎兵は真っ先に殺られた。

 今から弓を構えようにも、それを黙って見過ごす程奴は甘くはないだろう。

 奴は、間違いなく戦を知っている。

 それも、相当な場数を踏んだ歴戦の戦士である事に疑う余地はない。

 

 

 とは言え、こちらとて素人の集まりではない。

 奴が歴戦の戦士ならば、こちらも手練れをを当てるまでだ。

 

 「個々に当たるな!ジーン、ローグ、エリオット!連携して奴を仕留めろ!」

 

 だが、一体あの男は何者なのか。

 何故あんな奴がこんな所に現れたのか。

 この殺戮部隊の実質的な指揮官であるロンデスは、目の前で起きている現状を信じられずにいた。

 もっと正確に言うのであれば、信じたくなかったと言うべきか。

 

 そんな中、ロンデスの指示に反応したのは隊の中でも古参の騎士3名。

 彼等に油断も侮りもない、目の前の敵が歴戦の猛者だと認識した上での突撃を敢行した。

 各々が渾身の一撃を見舞うべく、男へと一気に肉薄する。

 

 「うおぉぉ!!」

 

 先頭のローグと呼ばれた騎士は腹の底から出した気合い共に剣を男に向かって剣を突き出した。

 

 その突きを評価するなら"非常に鋭い突き"、その一言に尽きる。

 派手さは無いが、一切の無駄なく人を殺せる突きである。

 たゆまぬ練磨、錬成をして漸く出せる一閃と言っても過言ではない。

 古参兵の面目躍如の一撃だった。

 

 (殺った!!)

 

 男の身体に吸い込まれるように向かっていく刃を見て、勝利を確信したローグは兜越しにほくそ笑みを浮かべた。

 間もなく感じるであろう、刃が肉を貫く感触を待ちきれないと言わんばかりに。

 

 「……遅い」

 

 だが、現実とは常に非情なものである。

 男はまるで羽虫を払う様な動作で突き出された剣を逆手に持った短曲剣でガキンと弾く。

 渾身の突きを弾かれ、見事に体勢を崩し強制的に無防備を、"死に体を晒す"ローグに男は容赦なく特大剣のフルスイングを叩き込んだ。

 

 「ひっ!?」

 

 それを"致命の一撃"と世人は言う。

 どう足掻いても死を免れない、所謂会心の一撃。

 常識など一切無い馬鹿げた威力で振られた巨剣は、直撃したローグの上半身を鎧共々木っ端微塵に吹き飛ばす。

 細切れになった身体の肉片や臓物が後ろに続く二人に血の雨の如く降り注いだ。

 

 「ぬあぁぁっ!」

 

 同僚だった物を全身に浴びながらも些かの動揺もせずに突撃をするジーンとエリオット。

 伊達に数多の戦場を経験した訳ではない。

 この手練れを前にして、隙を見せたら死あるのみ。

 仲間の死すら踏み台にして、コイツを殺らねばならない。

 そんな不退転の決意を胸に、エリオットは剣を振りかぶり斬りかかる。

 

 (刺し違えてでも、必ず殺すっ!)

 

 無駄死にはしない。

 後に続くジーンの為にも、奴に抱き付いてでも隙を作ってみせる。

 そうすれば……

 

 「な、がっ!?」

 

 何故そこに剣がと、自分の腹に生えた鉄塊を見てエリオットは思った。

 

 直後に暗転した意識、それは永遠に目覚める事のない死出の旅立ち。

 唯一幸いだったのは、死に様は兎も角として痛みを感じる前に死ねたと言う事だろうか。

 仲間の為に、と自己犠牲も厭わないエリオットの決死の突撃は無慈悲な一突きであっさり幕を閉じたのだった。

 

 「あ、悪夢だ……」

 

 瞬く間に仲間二人が殺られた。

 奴等は腑抜けた貴族のボンボン息子の騎士擬きではない。

 生え抜きの猛者二人が、一太刀も斬り結ぶ事なく一方的に殺られた。

 

 "コイツは尋常ではない"

 

 改めてそう強く認識、いや確信した。

 しかし、だからと言って何が出来ると言うのか。

 荒れ狂う暴風の如く迫る横薙ぎに振られた鉄塊の様な巨剣。

 良く見れば、その先端には死体が刺さったままである。

 だが、そんな事はこの男にとって全く問題になっていない。

 そんな常軌を逸した怪力で振られた鉄塊を、こんな"なまくら"でどう対処すれば良いと言うのか。

 そもそも、コイツと戦う事自体が正気の沙汰ではなかった。

 我々は、それに気が付くのが遅かったのだ。

 迫り来る鉄塊を避けなくては確実に死ぬと理解はしていた。

 だが、圧倒的な死の恐怖と絶望の中で動ける程強い人間などそう居ない。

 残されたジーンは構えた剣ごと身体を叩き斬られ、敢えなく絶命した。

 

 「そんな、そんな馬鹿なっ……!」

 

 ロンデスは挽肉になった戦友の死体を見ながら、その一言を何とか吐き出せた。

 戦いにすらなっていない、一方的な殺戮。

 数の有利など無いに等しく、この場に残っているのは自分と数人の騎士、あとは指揮官であるベリュースのみ。

 こんな戦力で到底太刀打ち出来る訳がないと、ロンデスは判断した。

 だとすれば、残された選択は撤退しかない。

 

 「ひぃぃっ!誰か早くアイツを殺せ!たった一人相手に何をしているっ!?」

 

 ベリュースが癇癪気味に無責任な事を喚き散らす。

 

 (それが出来るならとっくに殺っている!馬鹿な事を言うなクソッタレめっ)

 

 喉元まで出かかった不満を飲み込み、冷静に思考を切り替える。

 

 一度引いて立て直す、何とか時間を稼いで撤退をせねばならない。

 

 「て、撤」

 

 「……甘い」

 

 一時撤退の号令をかけようとした矢先、ロンデスの視界は暗転した。

 敵を前に呆然と立ち尽くして、斬られぬ道理はない。

 まして、その相手は泣く子も黙るファラン不死隊。

 信仰深いロンデスだったが、信じる神に祈る事も懺悔する事も出来ぬまま、首をはねられ死んだ。

 残された身体は、首の断面から噴水の様に血を吹き出しながらドサリと倒れた。

 

 「……見くびるな、逃がす訳がなかろう」

 

 「ひぃぃぃっ!!かはぁあ……」

 

 ロンデスから吹き出る血を浴び、ベリュースは白目をむきバタリと倒れ気絶した。

 一体何故こんな男が指揮官なのだろうか。

 誰もお飾りのベリュースなどアテになどしておらず、ロンデスが殺られた事で部隊としての統制は完全に崩壊した。

 残った騎士達は蜘蛛の子を散らすように逃げ出す。

 だが、男は先程の言葉通り誰一人逃がすつもりなど無い。

 

 一体どうしたらそんな動きが出来るのだろう。

 男は異常な脚力からなる不規則な動きで、逃げ惑う獲物を追い詰め次々と狩っていく。

 ある者は突かれ、ある者は斬られ、またある者は叩き潰される。

 まるで巨大な獣が人間を食い散らかしている様だ、と遠巻きに見ていた村人達はそう思った。

 騎士達の悲鳴、いや断末魔が村じゅう至る所で響き渡り木霊する。

 先程までは村の住人達の悲鳴を聞いて笑っていた者達が、まさか自分が悲鳴を上げるとは夢にも思わなかったであろう。

 男が一通り狩り終わるまでさほど時間は掛からず、いよいよ残ったのは失禁して気絶している間抜けが一人。

 そう、ベリュースである。

 

 「おい、起きろ」

 

 男はベリュースの太股に剣先を少し刺した。

 見るからに軽傷ではあるが、一度も斬られた事のないベリュースはまるで足を失った者の様な振る舞いでのたうち回った。

 

 「いたっ!いひゃいっ!いひゃい!」

 

 「……黙れ、見苦しい」

 

 特大剣をベリュースの前に突き立て、見下しながら男は言う。

 圧倒的な死の権化を前にして、ベリュースは再度意識を失いかける。

 しかし、刺された足の痛みが意識を現実に繋ぎとめてしまう。

 

 「た、助けてくれ!金なら払う!200いや500金貨!」

 

「……」

 

 男は目の前で命乞いをするベリュースを只黙って見ていた。

 何も答える気にならない、答えたくないと思わせるに十分な醜態だった。

 

 「お、俺はこんな所で死んで良い人間じゃないんだ!み、見た所お前は傭兵か何かだろ!?金ならある!な、欲しいだろ?金!」

 

 黙って見下している男に、ひたすら媚びを売るベリュース。

 反応しない事を話に興味があると勝手に解釈し、ペチャクチャとひたすら喋り続ける。

 男はそんな愚か者の眼前に剣を突きだし、剥き出しの殺意そのままに言った。

 

 「……この"だんびら"に聞け。己の命が金で買えるかどうか」

 

 「か、金かねを、沢山あげる、から……金を」

 

 男の無茶苦茶な返答が自分を生かすつもりなどないのだと、ベリュースは漸く気が付いた。

 そして、尖った帽子の様な兜の隙間から見えた男の"目"が全てを物語っていた。

 

 「……死ね」

 

 それが、ベリュースが最後に聞いた言葉だった。

 

 

 

----------------------

 

 

 

 

 襲撃者たる騎士達が男に悉く屠られ、漸く村人達は安堵した。

 しかし、依然として目の前の素性の分からない男に対する疑念や恐怖は拭われていなかった。

 何せ、完全武装の騎士の集団をたった一人で皆殺しにしてしまう程の戦士。

 それを、手放しで恐れぬなと言う方が無理な話だ。

 とは言え、命を救って貰いながらお礼を言わない訳にもいかない。

 意を決した村長が、男に話しをかけた。

 

 「も、もし……戦士様」

 

 「すまない、全ての者を救う事は……出来なかった」

 

 「とんでもございません!貴方様が居なければ私共は皆死んでおりました。村を代表してお礼を……」

 

 「……粗方片付けたが、まだ油断は出来ぬ」

 

 「な、なんと!?一体私達はどうすれば……」

 

 「……兎に角、皆を頑丈な建物へ。あと森に幼い姉妹が隠れている筈だ、誰か迎えに行って貰えぬか?」

 

 「分かりました、直ぐに行かせます!誰か!誰か森へ行ってくれ!他の者は集まって……」

 

 村長の掛け声で、慌ただしく村が動き始める。

 また騎士達に襲われるのかも知れないと言う恐怖が、村人達を動かす原動力になっていた。

 

 

 「皆慌てるな、避難は怪我人や女子供が優先だ!」

 

 「村長殿、直ぐに皆を建物へ……何か来る」

 

 「何ですと!?」

 

 「案ずるな、私が居る限り賊に好き勝手はさせぬ」

 

 男は背中の特大剣を抜くと肩に担ぎ、臨戦態勢を取る。

 

 「戦士様、こんな時に失礼を承知でお訊きします。何故、見ず知らず私達の為に貴方は戦って下さるのですか?」

 

 村長は再び剣を構える男に、男に対する拭い切れない疑念をぶつけた。

 何故、この戦士は命を懸けて村を守ってくれるのか。

 その疑問は、村長だけでなく生き残った村人も同じだった。

 

 「……親を殺され、己の命も危うい時に"村の皆を助けて"とあの姉妹は私に言った。そして私は約束した、必ずこの村を救うと」

 

 「約束ですか……?」

 

 「……我が命を懸けるに値する約束だ。亡きあの姉妹の両親の為にも、私はこの村を必ず守る」

 

 男の答えは、村長達にとって期待以上のものだった。

 彼らはこの男が正体不明の不審者ではなく、この村を命懸けで守ろうとする気高い戦士なのだと認めざるを得なかった。

 

 そんな問答をしているうちに、村に近付く集団の全容が目視出来る距離になってきていた。

 巻き上げる大量の土煙が、接近する集団が騎兵である事を告げている。

 あの騎士達の別動隊か又は本隊か、細部など分かる筈もない。

 

 「……村長殿、貴方も早く避難を」

 

 「此処は私の私達の村だ。それに恨み言の一つ位奴等に言ってやらねば……殺された者達にあの世で合わす顔がないのでね」

 

 戦士には戦士の矜持が、村人には村人の矜持があると男は感じた。

 村長が己の命を懸けて決めた事だ、これ以上口を出すのは彼の決死の覚悟に対する侮辱以外のなにものでも無い。

 男は黙って剣を構え、迫り来る集団に備えた。

 

 騎兵の集団は隊列を組んだまま村に入って来たが、どうも様子がおかしい。

 まず先ほどの騎士達と鎧兜が違う事、そして村を襲うにしては敵意が無さ過ぎる。

 妙な違和感を感じながらも、男は構えを崩さず騎兵達と対峙した。

 

 「私はリ・エスティーゼ王国、王国戦士長ガゼフ・ストロノーフ。この近隣を荒らし回る騎士を討伐する為に、王のご命令を受けで村々を回っている者である」

 

 「王国戦士長……」

 

 「この村の村長だな、横にいるのは一体誰なのか……教えて貰いたい」

 

 「あ、あぁこの方は旅の武芸者様でございます。村が襲われ危ない所を助けて頂いて……」

 

 「なんと」

 

 王国戦士長ガゼフストロノーフと名乗った者が馬から降り、未だ構えを崩さない男の前で頭下げた。

 何処の誰かも分からない、剣すら下ろさない不審者でしかない私に、だ。

 

 「この村を救って頂き、感謝の言葉もない。高名な戦士とお見受けするが、是非名を聞きたい」

 

 男は特大剣を地面に刺し、構えを解くとガゼフ・ストロノーフに向かってお辞儀をして答えた。

 

 「名は……カヌス。当てなき旅をしている只の武芸者だ」

 

 男は"カヌス"と名乗った。

 それは、とても古い言語で【灰】を示す意味の単語だった。

 "薪の王"だった嘗ての自分は、あの暗い世界で燃え尽きた。

 今の自分は、薪の残り滓である"灰"でしかないと言う自嘲と皮肉を込めたものであった。

 

 「カヌス殿、か……」

 

 「戦士長!周囲に複数の人影が村を囲む様に接近しつつあります!」

 

 先程まで静かだったと言うのにまるで見計らった様なタイミングだ、とカヌスは思った。

 そして、何よりも感じたのが"魔"の気配である。

 

 「全く、ゆっくり自己紹介も出来ませんな」

 

 「……呪術師、か。戦力の出し惜しみとは小賢しい真似を」

 

 「分かるのか、カヌス殿」

 

 「十中八九、間違いない。魔の気配を隠しもせぬとは、随分と嘗められたものだ」

 

 「呪術師……魔の気配、もしや魔法詠唱者か!」

 

 魔法詠唱者、その一言でガゼフの部下達は動揺していた。

 無理もない、呪術や魔法を極めた者を剣で相手にするのは非常に骨が折れる。

 並みの戦士では傷一つ付ける事すら叶わず、只々一方的に蹂躙されるのが関の山だろう。

 ましてや、相手は魔法詠唱者の部隊だ。

 如何にガゼフが王国最強と言えど、まともに戦えるとは到底思えない。

 最早、不利を通り越して無謀である。

 

 

 「……この上は、機先を制し打って出る他ない。私が仕掛けよう」

 

 「馬鹿な事を申すなカヌス殿!犬死にしたいのか!?」

 

 突拍子もないカヌスの提案、いや宣言にガゼフは怒鳴っていた。

 村を包囲する者達が魔法詠唱者、それを相手に一人で仕掛けるなど正気の沙汰ではない。

 まして、このカヌスと名乗る戦士は自国の村を救ってくれた恩人である。

 犬死にさせたくない、させる訳にはいかなかった。

 

 「我々も共に打って出よう。カヌス殿だけを行かせてはリ・エスティーゼ王国の戦士の名折れだ」

 

 「……」

 

 カヌスは黙りこみ、ガゼフ等を訝しげに眺める。

 皆、見るからに屈強な戦士である。

 だが、彼等から滲みでる"恐怖"をカヌスは敏感に感じとっていた。

 恐怖とは、生きとし生ける者全てが持つもっとも原始的な感情。

 心の底に潜む"死の恐怖"と言う名の怪物は、一度解き放たれれば容易く身体を蝕み支配する。

 優秀な戦士だからこそ、今自分達が置かれた状況を正確に理解しているだろう。

 

 そう、まともに戦えば死ぬと言う事を。

 

 

 「……失礼を承知で言わせて貰うが、臆病風に吹かれては満足に戦えないのではないか?」

 

 「何だとっ……「待てっ!!」

 

 カヌスの歯に衣に着せぬ物言いにガゼフの部下達がいきり立つ。

 自分達だけならまだしも、王国最強の戦士ガゼフ・ストロノーフが臆病者だと言われたのだから。

 いきり立つ部下達をガゼフは制しカヌスを真っ直ぐ見据え、静かに問うた。

 

 「カヌス殿は……死ぬのが怖くないのか?」

 

 「……死は恐ろしい。だが、それ以上に恐ろしいのは"死すべき時に死ねぬ"事だ」

 

 「ならば、その死すべき時が……今だと言うのか」

 

 「……ああ、死ぬには良い日だ」

 

 剣をガゼフへと向け、不死隊の儀礼のポーズを取るカヌス。

 その所作や剣の荘厳さ、何よりカヌスから発せられる強烈な覇気でガゼフ達は一歩も動く事が出来なかった。

 

 「……さぁどうする、異国の戦士よ」

 

 カヌスは静かに構え、剣の切っ先でガゼフに問い返した。

 

 

 "今日、死する覚悟はあるのか"と。

 

 

 ガゼフは目を瞑り、剣を抜く。

 そして、天に剣を掲げ腹の底から吼えた。

 

 「確かに死ぬには良い日だ。だが!死ぬのは今日ではない!何故ならば……今日は"戦う日"だっ!」

 

 ガゼフはそう言ってのけた。

 それが、カヌスの問いに対する答えだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




基本的にファランの男のキャラクターは崩壊しています。
何卒ご了承下さい。
誤字脱字は確認次第修正します。

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