新型コロナウイルス感染者に対応するため、医療用防護服に身を包む医師たち。中央がモアナ・マチャド・バルボサさん(本人提供)

新型コロナ 世界からの証言① ブラジルから

新型コロナウイルスは昨年暮れに中国で感染者が初めて確認されて以来、瞬く間に世界に広がった。地域、世代、職業を問わず、世界中でだれもが日々の暮らしに様々な制約や変化を強いられた。人々はどんな変化に直面し、どんな思いを抱き、未来にどんな展望を描いているのか。グローブ編集部の記者が聞いた、統計数字からは見えてこない市井の人々のリアルな声をシリーズでお届けする。
1回目の今回は、最近の感染急拡大を受け、5月末現在で世界2番目のコロナ感染国となったブラジル北東部レシフェ在住の救急医モアナ・マチャド・バルボサさん(36)。自らが「戦場」と描写する医療最前線の苦悩を、SNSを通じて語ってくれた。(構成・山本大輔)

ブラジルの感染状況と対策

「(国民の)7割が感染する。どうしようもない」などと発言し、経済活動の早期再開ばかりを主張するボルソナーロ大統領と対立して保健相2人が相次ぎ辞任。感染者も急増し、今では米国に次ぐ世界2番目の感染者を出している。5月30日午後5時現在、感染者は46万5000人、死者は2万7800人(米ジョンズ・ホプキンス大の集計から)。

■利用される医療従事者

――新型コロナウイルスの世界的な感染拡大で、医療崩壊が相次ぎました。医師として、この状況に対応するのは大変だと思います。

ブラジルの医療現場に従事する私たちにとって、最も大きな問題は、国からも自治体からも支援が全く得られていないことです。政府は当初、国民に対して「事態に対応する態勢ができている」とのメッセージを送り続けましたが、対応の責任は、医療従事者に押しつけてきました。また、こうしたメッセージにより、感染しても医療が対応してくれるとして、マスクとアルコール消毒さえしていればいいといった楽観的認識が国民の間に芽生え、自宅待機しない人たちが多くでました。4月になって感染者が急激に増えた背景の一つだと考えています。

医師の中にも高齢者はいるのに、全く配慮はありません。私の周りでも、慢性疾患を持つ70代の医師が、コロナ対応にあたるよう強く求められました。欧米諸国のように感染が爆発的拡大をしていなかったころのブラジルで、最初に新型コロナウイルスに対応した医師たちの中から体調を崩す人たちが相次ぎました。5月下旬の段階で、知り合いの医師たちは、ほとんどが感染してしまった。私が感染するのも時間の問題かもしれません。

モアナ・マチャド・バルボサさん(本人提供)

私は普段、緩和ケアと救急医療を担当していますが、今はコロナ対応が仕事の全てとなっています。ぜんそくの持病があるため、感染者と向きあう時には、とても神経を使います。

ただ、医療をやめるわけにはいきません。その結果、自分自身が感染してしまっても、公的支援は何も用意されていません。人々の命を守ろうと必死になって最前線に立ち続ける医療従事者なのに、単に行政は利用するのみ。そして、体調を崩せば見捨てられる。とても悲しいことです。

――医療崩壊はブラジルでも起きたということでしょうか。

イタリアでの医療崩壊のニュースを聞いた3月、ブラジルでも感染者が増えることは予測していましたが、できれば、そのころには感染力が弱まってくれていることを真剣に祈っていました。なぜならブラジルは、欧米各国に比べて医療インフラが脆弱(ぜいじゃく)で、常に財政問題と向きあっている。イタリアで人工呼吸器が不足するなら、ブラジルではもっと事態は深刻になると容易に予測できたからです。私の勤務する病院はまだ恵まれている方ですが、ブラジル全体の医療環境を考えると医療機器や器具の不足は慢性的で、新型コロナウイルスの感染が広がる前から、どの患者に優先的に使用するのかを選ばなければいけない状況がありました。優先されなかった患者さんに対し、私たち医師は祈ることしかできません。

3月13日、新型コロナウイルス検査結果が陰性だったと報告したボルソナーロ大統領の投稿=ボルソナーロ氏のフェイスブックから

そのため、感染症対応は医療先進国よりもより困難を伴います。感染が疑われる全ての人たちにPCR検査を受けてもらうことはできない。感染者数が急激に増えた結果、集中治療室(ICU)が全く足りない状況に陥りました。爆弾が降り注ぐ中、戦場の最前線にヘルメット一つで立っているような気持ちになることがあります。仕事量も拘束時間も、感染流行前と比べて倍増しました。あまりにも忙しくて注意力散漫になったり、睡魔に襲われたりしないように、勤務シフトを調整する努力はしていますが、なかなか難しい。この取材にも、ようやく仕事の合間を見つけて答えています。

■戦略・支援なき戦場の最前線

――感染者対応に追われ、私生活は全くない状況ですか。日常生活ではどのような闘いを強いられていますか。

社会生活からは完全に除外されていると感じざるをえません。日々、感染者と向かい合っている医師ですから、ひとたび医療現場を出て私生活に戻ると、人々はまるで疫病から逃れるように私を避けます。感染拡大の危険性は自覚していますから、家族にも会わないようにしています。私に近づいてくれる人は今、患者さんだけです。

医療従事者の中には、正式な雇用ではなく、契約で働いている人も大勢います。保障がない。支援がない。理解もない。役割を果たした結果、自らも感染して死亡した医師を知っていますが、その人にも残された家族がいるのです。さきほど、戦場の最前線にいるような気持ちだといいましたが、なんの戦略もなく、さらに後方支援も皆無の状態で戦っているのと同じです。不安は非常に大きいです。

ブラジル・サンパウロの道路の壁に5月13日、ボルソナーロ大統領を批判する落書きを見つけた。「ボルソナーロは人殺し」と書かれている。感染拡大を受け、大統領を批判する落書きが増えている=岡田玄撮影

――今回の事態を受けて、これまでの生活は戻らないという見方があります。新しい日常、ニューノーマルという概念が出てきました。

私は今回の世界的なパンデミックを通じ、自分たちの人生にとって何が本当に重要なのか、世界中の人々が見つめ直す機会になればいいと希望します。

こんな家族を知っています。感染症拡大で在宅勤務や学校休校となったことで、いつもなら仕事や学校などの前後に顔を合わせるだけの家族なのに、ようやく食事を一緒にとる生活を過ごすことができているそうです。人間関係の重要性を再認識する人が増えればいいと思います。また、外出制限で自宅にいることが増えた今回の事態は、成果を追求されたり、慣れないことに適応したりする日々の様々なプレッシャーからある程度解放され、自分自身になれるチャンスなのだだと捉えてほしいです。

世界で同時に感染が拡大したことで、地球上の他の地域に住む人たちの健康状況にも関心を強めた人が私の周りにはいる。大流行によって、世界はつながっているということを強力に見せつけられた。別の地域で起きたことは、どこでも起きる。世界は一つなんだということを実感させられた。これをいい意味でのつながりと考え、SNSなどを活用しながら困難をみんなでシェアして乗り越えようとする行動がでてきたことに着目しています。中国の医療関係者たちが、感染症にどのように対応したのかを公開してくれたことは、医師として非常に助かりました。

グローバル・ユニオン(地球規模の団結)。これが私の期待するニューノーマルです。これがなければ、新型コロナウイルスという困難を乗り越えた後に待っている様々な新しい困難に、立ち向かうことはできないと考えています。