食の喜びや感激というものは大変に多い昨今です。その幅も広く、それこそヘタな何かよりもセブンイレブンのお弁当や惣菜がえらくおいしかったりする油断ならない世の中です。
でも、そういう中で、代えがたい特別の食体験というものはあるもので。本当に代え難い、得難い体験でした。
先日、ご縁あって広報さんよりのお誘いをいただき、
「とうふ屋うかい 大和田店」
へうかがいました。
実はうかい、ずいぶん昔から知っていました。それこそまだ自分のクルマも持っておらず、オートバイに乗っていた20代の頃。そんな頃から相模湖周辺から山梨へ出かけることが好きで、下道が好きなボクは勝手知ったる通り道として国道20号をよく使っていました。
高尾山の鳥山、竹亭、そしてここ大和田店は今でも月に数回ほど、クルマで通りかかる場所にあるんですよ。
今回ついにあのいつもの国道沿いにある高い塀の中を初めて知流ことができました。
なぜ早く入ってみなかったのかと後悔することになるのはこの後数時間後、という話なのです。
とうふ屋うかい 大和田店は、他のうかい各店もそうなのですが、世界観の作り込みが本当に驚くべき素晴らしさなのです。
「一店ごとの明確なコンセプトに基づき歴史的な背景のある建物を移築し、日本の建築美と西洋の美術品の伝統美を融合させた、物語のある食空間を演出。季節ごとに選び抜いた食材を心と技で、最高の料理に仕上げる、うかいならではの至福の料理。そして、人の温もりの感じられるおもてなし。創業より今に伝わるうかいの心。この3つの要素が、うかいの世界を作り出しています。」
恥ずかしながらホームページより思わず全文いただいてしまったこの文章。驚くべきことに、本当になんのブレもなく、この言葉の通りなのです。本当に。わかっていたつもりですが、全然わかっていなかった。驚かされました。
大手町のお店で仲良くなった広報の木村さんからお声をお掛けいただいて、大和田店におじゃましました。
大和田店のマネージャーの大神田さんと店長の片山さんをご紹介いただいて、まずは庭巡りから。そう、巡るというのが相等しい表現だと感じます。
ちょっとした大きな旅館の規模を持つ広い敷地。庭には池があって鯉が跳ねています。いや本当に時折跳ねるそうなんですよ。池には朱が美しいちいさな橋が架かり、浴衣の女性客が東屋や水場で涼をとっています。
地下120メートルから組み上げる地下水が湧き出る水場が用意され、手をかざすとその冷たさに驚かされます。なんとも気持ちがいい。
赤い提灯が並び、縁台に赤い座布団。池のほとりにはかまどが設えられ、その羽釜の中には冷たく冷やしたほうじ茶がなみなみと満たされていて、自由に飲むことができるんですよ。なんとまあ、粋なもてなしです!
情緒溢れる風情で、どこをどう切り取ってもどうにも素敵な場所なのです。
時代劇はけっこう好きなんですけどね、これはあれだよ、「鬼平犯科帳」を思い出すね。
小径を進むと中村吉右衛門の長谷川平蔵が向こうから現れ今にもすれ違いそうな雰囲気です。ああ、ジプシーキングスのインスピレーションが聞こえてくるよ。
敷地の中に併設される白壁の作業所は、うかいグループ全店に供給するとうふを作る場所です。そうか、なるほど。先ほどの地下から湧き出るお水、あれはとうふにも使われるものなのか。
見どころたっぷりの庭を一回りして、さて、店内へ。お店の中も素晴らしいんですよ。
調度も灯りもセンスよくバランスされていて、見る場所見る場所が目に心地いい。調度品や家具、柱に至るまで「嘘のない世界観」が見て取れます。
なんというのかな、エセではないのですよ、この敷地の中にあるものは。すごいです。でも圧倒される、というのではなくて、あくまで心地がいい。そこが素晴らしい。
さて、お部屋は贅沢にも個室をいただきました。
腰も落ち着いて、いただいたのは
「昼膳」
です。
人気の昼のコースで、繊細で美しく、でもちゃんとお腹をいっぱいにして帰って欲しいというもてなしの気持ちも伝わる御膳でありました。
前菜三品
おさかなの南蛮漬けが大変美味しい。
夏らしくおさかなをいただくのに南蛮漬けは良い選択肢です。
卯の花も優しく繊細で、カレーばかりのボクはこういう儚い味をちゃんと食べねばいかんと反省しきり。そういうの、大事だと最近思います。
茄子の揚げ浸しもいい。ただもう美味しい。季節の野菜はこう使うという教科書のような和の前菜です。
胡麻とうふ
これはなんというか、誤解を恐れずにいうと豆腐という食べ物から少し逸脱した、ちょっとスイーツに近いものと感じます。
香ばしくかおり、ぐっとねばり、思った以上にキャラクターを持っています。なんかすごいぞこれ。鼻を抜けるゴマの香りにため息が出ます。おいしい。そこにほんの少しわさびが乗り、甘味ではないよ、と現実に引き戻してくれるという寸法。とても楽しいなあ。
ゆば刺し
大変繊細でありながらも存在感強いゆば刺し。意外や食べ出もあって、その食べ出を支える出汁がまた美味しくて。
食べ終わるのが残念な小鉢だったなあ。
揚げ炭火焼き
これがね、大変によかったのです。
すごく好き。
揚げを炭火で焼いただけのもの、であるわけですが、もともとこだわりのとうふを提供するとうふ屋うかいの揚げなわけですから。うまいに決まっています。それを炭火で炙ってやって良い焦げ目がついて出てくる。こりゃあもう美味しいに決まっています。
可愛らしい岡持ちに入ってやってくるそのプレゼンテーションも素晴らしい。そして熱々を口に持って行くと、おやおや、これはどれも違うたれが添えてあるのね。これはうまい。うまいなあ。薬味でますます味が引き立ち夢中にさせられます。これはいいものだねえ。
くみあげとうふ
さて、豆腐がやってきました。これがもう出色の逸品。
なんというのだろうね。何も調味を載せずに口に運ぶと舌が驚くんですよ。ただなめらかなだけの舌触りとは違うんです。いい意味でちゃんと舌へのひっかかり、インプレッションがあるのがね、驚きで。
どう例えるべきか迷いますが、例えば大豆を皿に平らに敷き詰めて、その上を撫でていくと心地よくでしゃばりすぎないでこぼこが指の腹に気持ちがいいでしょ。それが舌の上で縮尺小さくなって行われている感じとでもたとえましょうか。
鼻を抜けていく大豆の優しい香り、まろやかな特製醤油で変化をつけてやったり、塩でシンプルに味わったりと自在です。豆腐というのは素晴らしいものだなあと思い知ります。
食事
食事はちらし寿司でした。女性に人気だそうです。わかるな、それ。心配りのあるいいものです。この時点でもう随分お腹がいっぱいで、しかしこの美味しいちらし寿司は残すに忍びないものなわけで、気がつけば食べきってしまいました。
甘味二品
ずんだ餡のどら焼きと冷たいもの。どちらもしゃれているんです。ちゃんとこのコースの最後に来るべきチョイスになっていると感じます。
ホットコーヒーまでたどり着いて我に帰る、という寸法。や、まったく素晴らしかった。
この日はあいにく平日の昼に八王子まで付き合ってくれる美女が見つからず、ひとりで出かけたわけですが、広報の木村さんに丸々半日おつきあいいただけて、ありがたいやら嬉しいやら。木村さんとはずいぶん長く、深い、価値のあるおしゃべりができたのが返す返すも価値がある時間でした。
とうふ屋うかいというこの場所。まずはこの空間を食事とともに楽しんでいたつもりだったのですが、気づけば知らぬ間に木村さんとのごくパーソナルなおしゃべりの時間になっていました。
思うにここ、うかいという場所。その空間や時間を楽しむことを深く堪能できるわけですが、そこからスライドアウトしてこの場所が会話を楽しみ人との深いコミュニケーションの手助けをしてくれる、いわば快適な背景になってくれて、人がくっきり浮かび上がる空間にもなってくれる、二つの顔を持つ場所であるということがわかる体験をしました。とうふ屋うかい 大和田店。素晴らしい場所と料理ではありますが、あくまで人を浮かび上がらせてくれる、そういう場所だと感じました。
しかしやっぱりまんまと冒頭に言ったとおりになってしまったなあ。
なぜもっと早くにここに訪れていなかったのか。後悔しております。
大人が覚えておくべき場所、でしょうか。大事な場所になりました。
とうふ屋うかい 大和田店―とうふ料理―
〒192-0045 東京都八王子市大和田町2-18-10 TEL 042-656-1028
営業時間/平日 11:30 ~ 14:30 L.O. | 17:00 ~ 19:30 L.O.
土日祝 11:30 ~ 19:30 L.O.