英雄王の凱旋   作:トミサト

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第34話 始まる終幕

「あなたには、アインズ様のご計画に相応しい敵役になって頂かなくてはなりません。」

 

 魔皇ヤルダバオトは、目の前にいる女ヴァンパイアに言い放つ。

 

 そこには、魔皇ヤルダバオトとその横には白い仮面を被った小さな人間の子供がいた。

 

 そして、その前にはこのカリンシャを襲撃した時に、ヴァンパイアの軍勢を指揮をしていた女ヴァンパイアの姿があった。

 

 扉の陰に身を潜めていたアズロは、その光景を見て、今、何が起こっているのか理解できない状況でいた。

 

 アズロは、ただ息を潜め、その扉越しでその光景を見つめていた。

 

 

 時間は少し遡る。

 

 「ああ、今日も暇だなぁ。」

 

カリンシャの城壁にて、いつもの見張りをしていたアズロは、欠伸をしながら言った。

 数日前、このカリンシャを十万を超えるヴァンパイアの軍勢が出立していった。

 それでも、この都市にはまだ、五万を超えるヴァンパイア達が蠢いている。

 ヴァンパイア達に未だ、支配されているアズロ達は彼らから命令された事をいつものようにこなしているだけであった。

 城壁で見張りを行い、食料としている人間共の管理をしていた。

 そして、その食料の残りカスを拝借しているという毎日を送っていた。

 そんな毎日も、その日の食料の事で頭を悩ませていたあの時と比べたら、遥かにマシ、いや、こうして外敵の心配をしなくて暮らせている分、幸せではないかと感じ始めていた。

 そんな時であった。

 カリンシャを出立したヴァンパイア達が戻ってきたのだ。

 その数を大幅に減らして。

 カリンシャに戻ってきたヴァンパイア達の数は、以前の十分の一にも満たなかった。

 そして、戻ってきた奴らはヴァンパイアという化け物でありながら、恐怖の感情に支配されていたようであった。

 人間に近い姿をしているので、自分達にはその顔色は窺い知れないが、その雰囲気から自分達はそう判断した。

 その状況を尋常ではないと判断した我々は、緊急会議を行った。

 

「みんな、急に集まってもらってすまない。」

 

 アズロは、至急集まってもらった仲間を前にして言った。

 

「前置きはいいんじゃ。一体、ここで何が起こっているんじゃ?」

 

「それは、俺にもわからない。」

 

「それでこれからどうするの?」

 

「ああ、ここから逃げようと思う。」

 

「‼」

 

 その言葉に、集まった亜人達は衝撃を受ける。

 

「ここから逃げた所で、儂らにはいく所などないではないか。」

 

「そうよ。ここから出たっていく所なんてないわ。それなら、このままみんなと一緒にここに暮らしていた方が幸せよ。」

 

「奴らたちは、何者かにやられて逃げかえってきたんだぞ。そいつらがここに来たらどうするんだ?奴らでも敵わない化け物を相手にして俺達が生き延びられると思うのか?」

 

 アズロのその言葉に反論する者達はいなかった。

 

「具体的に、私達が逃げ延びるプランはあるのかしら?」

 

「ああ。」

 

「だが、夜になれば、奴らにすぐ追い付かれてしまうではないか?」

 

「それは、ここから逃げようとするからだろう?」

 

 アズロの言葉に皆の頭に?マークが浮かぶ。

 

「お前、一体、何を言っているのかわかっておるのか?まさか、頭がおかしくなったんじゃないか?」

 

「ジジイ。それは俺の話を聞き終わってから言ってくれないか?」

 

 アズロの言葉に皆、沈黙する。

 

「それじゃ、俺の話を聞いてくれ。」

 

 アズロは、自慢げに自分の立てた計画を皆に話した。

 

 

 

 日も落ちかけた夕方、アズロ達は、いつものように定時報告をする為に、ヴァンパイア共の巣窟に向かっていた。

 そして、アズロ達はこのカリンシャで最も大きな建造物内に入る。

 そこは、このカリンシャの中で一番大きな屋敷であった。

 おそらく、ここの領主が住んでいた屋敷であろう。

 アズロ達は、その屋敷に入ると最奥にある部屋へと向かう。

 その部屋の前に立つと、息を止め、その扉をゆっくりと開いた。

 

―ギィィィィ…

 

 扉は、ゆっくりと軋む音を立てて開く。

 扉が開いた先には、無数の人間の女達の躯が乱雑に寝転がっていた。

 その女たちの首筋には、奴らに噛まれたであろう歯型が残り、その歯型からは血が僅かに滴り落ちていた。

 その女達は、白目をむいて生気を無くし、その地べたにただ寝そべっていた。

 

「報告に参りました。」

 アズロ達は、今も部屋の奥のベットで女の首筋に噛みついている者に向かって跪き、言葉を発する。

 その者は、かつてアズロに対峙した若い兵士の男であった。

 

 

「ご苦労様さま~。それで何か変わった事はありましたか~?」

 ベットで女を貪っていた若い兵士の男はアズロ達に聞く。

「はい。いつも通り異常は御座いませんでした。」

 アズロ達は、声を揃えてその者に告げる。

「そうですか~。それでは休んでいいですよ~。」

 その若い兵士の男―クルトは言った。

 

 クルトのその声を聞いて亜人共は、スゴスゴとその場を去る。

 

 その光景を見て、クルトは優越感を爆発させる。

 

 そして、亜人共が去った後、クルトは、ただ食料となった女たちの血を貪った。

 

 自分の体がはち切れる衝動に駆られながらも。だだ、自分の欲望を満たそうと。

 

 

 クルトは、聖王国の南、それも聖王国の端の端の領地に生まれた。

 

 それも、領地の中でも疲弊した農地を与えられた最底辺の貴族の子供として。

 

 その暮らしは、農民と変わらなかった。むしろ、農民でなかったからこそ、そのごみ共のご機嫌う貴族としてその領地を治めていた。

 

 その暮らしは、楽ではなかった。

 

 物心ついた時には、自分達が皆に疎まれるという事を肌で感じていた。

 

 幼き頃から、自分も朝から晩まで畑を耕した。

 

 父も母も一緒に畑を耕した。

 

 しかし、疲弊した土地では実りも少ない。

 

 その実りも税収として国にほとんどが持っていかれる。

 

 父はとても善良な人間であったが、その善良さからかあらゆる者に搾取されていた。

 

 疲弊した土地、それに不満を持つ領民達の板挟みにあった父は、その過労からか自ら命を絶った。

 

 父に先立たれた自分達には更なる地獄が待っていた。

 

 領地は年端も行かない自分へと移譲された。

 

 そして、領民達の憎しみは自分へと向けられた。 

 

 だから、自分は笑顔を絶やさなかった。

 

 自分が笑っていれば、皆、呆れて何処かに行ってくれた。

 

 自分は処世術として笑い続けた。

 

 そんな日々を送っていた時、母が突然、果物ナイフで自分を刺してきた。

 

「ごめんね。ごめんね。」

 

 そう言って、母は自分を刺してきたのだ。

 

 その言葉を聞きながら、自分は意識を失った。

 

(そうだよね。母さん。僕はこの世のすべてを真っ白にしたかったんだ。そんな、僕は生きていたらいけないよね。)

 

 そう思った。

 

 でも、そうはならなかった。

 

 自分が目を覚ました時、目に映ったのは母の顔だった。

 

 母は、白目をむいて口から泡を吹いていた。

 

 汚物を垂れ流し、部屋には異臭が漂っていた。

 

 そして、天井からつり下がった縄は、母の首を絞めいていた。

 

 その時、思ったんだ。

 

 ああ、母さんは、真っ白な世界に行けたんだ、と。

 

 その時の幸福感は、今も忘れられない。

 

 自分も早く、その世界に行かないといけない。

 

(だけど、この世のすべての人たちも一緒に連れていってあげないといけないよね。母さん…)

 

 

 

 アズロ達は、部屋を出るとすぐさま行動を開始した。

 

 当面の食料を確保すると、アズロ達は、カリンシャの城を目指す。

 その城は、ヴァンパイア達が占領する前は、カリンシャでは普段は使われていない城であった。

 それは、ヴァンパイア達が占領した今では少し変わっていた。

 日陰での生活を余儀なくされた奴らにとって見たら絶好の日陰ポイントであった。

 奴らは、その城を占領し、日中はその城でほとんどの者が休んでいた。

 

 アズロ達は、その城を目指し、食料を大きな皮袋に詰め、それを背負って走っていた。

 城の目の前に到達すると、向きを変え城の側面へと走り出す。

 

 アズロ達が、城の側面の広場に到達するとその動きを止める。

 

 その時、突然、その広場の中央の土が盛り上がった。

 

 盛り上がった土の中から小さな影が姿を現せた。

 

「アズロ‼遅くなったチイ!」

 

 その小さな体の小動物のようなモンスターは土山から顔を出してアズロの名を呼んだ。

 

 鉄鼠人。鋼のような体毛を持つ。そして、土を掘る事に関しては、右に出る者はいない程の亜人である。要は鼠亜人である。

 

 しかし、その体は鉄鼠人と呼ばれる者の中ではかなり小さい。

 

 彼は、その小さな体のせいで他の仲間から迫害されて生きてきた。

 

 彼にとって見たらアズロ達は自分を認めてくれた初めての仲間だった。

 

「チュー。ご苦労だったな。それでいけそうか?」

 

「いけるチイ‼この下に見つけたチイよ!」

 鉄鼠人―チイは答えた。

 実際は、自分はチイという名前であるが、皆がチューと呼ぶのでチイはその名を気に入っていた。

 

「よし‼それじゃあ案内してくれ!」

 チイは、地中に自分が開けた穴を更に広げて掘り進んでいく。そして、アズロ達は、チイが開けた洞穴を潜っていった。

 

 ここから逃亡しようと思った時、アズロは考えた。

 ただ、外に逃げただけでは奴らに簡単に追い付かれる。

 ならば、逃げなければいいのではないかと。

 このカリンシャ内で奴らに気付かれない場所を見つけて、身を潜めてやり過ごせばいいのではないかと。

 そう思い立ったアズロは、このカリンシャの中で奴らに見つからない場所を探した。

 ここで暮らしている間に仲間に協力を仰ぎ、その場所を探していた。

 アズロは、目をつけていた。

 カリンシャの城に王族が身を潜める部屋、または、逃げ出すための抜け道があるのではないかと。

 そう思ったアズロは、チイに城の地下を調べる様頼んでいたのだ。

 そして、ついにチイはそれを見つけてくれたのだ。

 

 アズロ達はその穴を突き進む。

 

「ハハハ!すべては俺の思い通りだ!」

 

 アズロは、すべて自分の計画通りに進んでいる状況に杞憂する。

 

 掘り進まれた穴をひたすら進んでいるとアズロは穴の出口を見つける。

 

 アズロはその出口から勢いよく飛び出した。

 

 どうだ見たか!という感じで着地した。

 

 そこには、薄暗い石畳の通路が広がっていた。

 

 そして、アズロはその通路にて穴から仲間が出てくるのを待つ。

 

 ひたすら、待つ。

 

 しかし、アズロの後に続くものはいなかった。

 

 「あれ?」

 アズロは思わず声を出す。

 

 アズロは、酷い方向音痴であった。

 

 それは自分が一番良く分かっていた。

 

 (また、やっちまったのか?)

 

 そう思ったアズロは慌てて周りを見渡す。

 

 もしかしたら、奴らの巣窟の真っ只中にいるかもしれないと思ったからだ。

 

 そして、周りにヴァンパイアがいないのを確認し、胸をなでおろした。

 

 その時、目の前に扉がある事に気付いた。

 

 その扉は半開きになっており、その扉の先の部屋からは光が漏れていた。

 

 アズロは、その扉の陰に身を潜めながら部屋の中の様子を窺う。

 

 その部屋の中では、目を疑うような出来事が起こっていた。

 

 かつて自分の主であったヤルダバオト様がそこにはいた。

 

 そして、ここのヴァンパイア達を仕切っていた女ヴァンパイアがその眼窩でひざまずいていた。

 

 その光景をみて、アズロは夢でも見ているかと思った。

 

「あなたには、アインズ様のご計画に相応しい敵役になって頂かなくてはなりません。」

 

 ヤルダバオト様はそう仰った。

 

 そして、ヤルダバオト様の横には仮面を付けた人間の子供がいた。おそらく髪が長いので女であろう。

 

 その光景を見て、アズロは興奮した。

 

(ヤルダバオト様。生きておられたのだ。そして、我々を救いに来てくださったのだ。)

 

「シャルティア様。私はあなた様のご命令を遂行するべくこうしてここまでまいったのです。」

 その女ヴァンパイアは、ヤルダバオト様の横の女にすり寄る様に声を上げる。

 

「何の事でありんすか?すべてはアインズ様のご計画でありんしょう。」

 その女ヴァンパイアの言葉に、人間の小さな女は言い放つ。

 

(アインズ?あの魔導王、アインズ・ウール・ゴウンの計画?一体どういう事になっているんだ?)

 

 アズロは扉の陰で聞き耳を立てて考え込む。

 

「貴方…いえ、この世のすべてはアインズ様のご計画に過ぎない。という当然の事が貴方如きでは理解できませんかね…」

 

 魔皇ヤルダバオトのその言葉にアズロは衝撃を受ける。

 

(アインズ・ウール・ゴウン。すべては奴の計画に過ぎなかったという事のなのか?俺達は、奴の手のひらで踊らされていた人形に過ぎなかったということなのか?俺達は一体何の為に戦ったのだ…。そして同胞たちは何のために死んでいったのだ…)

 

 アズロは絶望した。

 すべてが幻だった事に。

 そして、自分達がただの虫けらに過ぎなかったと知って。

 

 しかし、次の瞬間、アズロは目には光が宿っていた。

 

(俺達は生き残ってやる!たとえ、この世を統べる魔王からでも!)

 そう決意したアズロは、勢いよく壁の穴へと飛び込んだ。

 

 

「デミウルゴス。どうしたでありんすか?」

 しばらく無言であったデミウルゴスにシャルティアが声を掛ける。

 

「いえ、このご計画に虫けら達がどのように関わってくるのかが楽しみでね。」

 そう言うと、デミウルゴスは嬉しそうにほくそ笑む。

 

「これで、なかなか面白い駒が出揃いました。さあ、クライマックスに参りましょう。」

 デミウルゴスは、指揮者の如く両手を広げた。


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