英雄王の凱旋   作:トミサト

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第31話 王都にて

 まだ日が昇る前の早朝、親衛騎士団宿舎内のドアをノックする一人の少女がいた。

 

「レメディオス様!お時間です。起きて下さいますか!」

 少女は、ドアをノックしながら大きめの声を上げる。

 

 暫くすると、ドアが開いた。

 

そして、下着姿のレメディオスが顔を覗かせる。

 

「ああ、今、起きた。ご苦労だったな。」

 

「いいえ。それでは朝食は用意しておきますので、お好きな時間にお越し下さい。」

 そう言うと、その少女はその場を後にする。

 

 レメディオスは、頬を叩くと、

 「よし‼」

 と声を上げ、服を着替え始めた。

 

 朝日が昇り始めたころ、親衛騎士団の訓練施設内にて銀色の全身鎧を着た兵士が大剣を振り回していた。

 その全身鎧は、だだの全身鎧ではなく、分厚い金属で覆われた重騎兵用の全身鎧であった。兵士は、その重装備をした上で、大人一人分はあろうかという大剣を振り回して鍛錬を行っていた。

 その動きは、お世辞にも速いという動きではない。しかし、その重装備で動ける事自体がすでに常人の域を超えている。

 その兵士は、一時間以上はその状態で動き続けていた。

 そして、体力の限界が訪れたのか、大剣を石畳に突き刺してその動きを止めた。

 兵士は兜を脱ぐ、そこには汗まみれになったレメディオスの顔があった。

 

「はぁ、はぁ、こんな事ではモモン様に触れる事すらできん…」

 レメディオスは、息切れをしながら呟いた。

 

 この鍛錬は、レメディオスが考案した。

 昨日のテストのモモンの動きは、恐らく重装の鎧を常日頃から装着し、その状態で自由自在に動けるようになる事で培われたものと考えたからだ。

 そう考えたレメディオスは、昨日の夕方には親衛騎士団を訪ね、重騎兵用の鎧と亜人討伐の戦利品で亜人が使用していた最も一番大きな大剣を借り受けてきた。そして、昨日の夜に鍛錬を行い、今朝もその鍛錬に励んでいたという訳だ。

 

(モモン様がいつまで聖王国に滞在されるかわからない。モモン様が魔導国に帰られる前に、テストに合格できるよう鍛えねば…)

 

 レメディオスはそうは思いつつも、例え、テストに合格できなくともモモンについて魔導国に行く気だった。今のレメディオスは聖王国に未練はなかった。

 レメディオスは、すでに聖王国に命を捧げる聖騎士ではなく、モモンに命を捧げるただの女となっていた。

 

 早朝の鍛錬を終了したレメディオスは、朝食をとり、そして、念入りに水浴びをする。

 なぜならば、我が君に汗臭いなどと思われたら、今度こそ本気で自害するしかないと考えているからだ。

 水浴びを終えたレメディオスは、モモンから贈られた軍服に着替えた。

 そして、鏡の前に立ち、鏡の下の棚に置いてある化粧箱を開けた。

 この化粧箱は、今は亡き妹ケラルトが成人の際に贈ってくれたものだ。

「姉さんに気になる男性が現れたら使ってね。」

 そう言って贈られたこの化粧箱だが、一生使う事はないと思い、屋敷の倉庫に眠っていた。昨日それを探し出し、この親衛騎士団の宿舎に持参した。

 そして、生まれて初めて化粧をした。口紅を塗り、香水をこれでもというくらい体に振りまいた。

 

 「よし‼」

 そう言うと、レメディオスは宿舎を後にした。

 

 レメディオスは、モモンが滞在している聖王城へと向かう。

 レメディオスが自分の屋敷ではなく、親衛騎士団の宿舎に寝泊まりするのは、鍛錬の為という事もあるが、一番の理由は、聖王城が近いという事だ。

 少しでもモモン様の近くにいたいという気持ちがそうさせたのだろう。

 モモンから指定された集合時間は朝八時であるが、七時には聖王城の正門に到着していた。

 

 「モモン様が従者、レメディオス。モモン様をお迎えに来た。」

 正門の門兵にそう言うと、正門脇の通用口が開く。

 

 その通用口を通り抜け、レメディオスはモモンが滞在している聖王の別邸を目指す。

 聖王の別邸は、聖王城内の端に位置している。主に、国賓級の来客があった際、その滞在に使用される屋敷である。別邸とはいっても、聖王城内の聖王の部屋と同等の装飾がなされ、むしろ、城と隔離されている分、聖王城内の聖王の部屋より暮らしやすい。

 その別邸前の広場が集合場所だ。

 レメディオスは広場の前に来ると、動きを止める。

 なぜならば、すでに広場に佇んでいる者が居たからである。

 レメディオスは、その者にゆっくりと近づいていく。

 

「青の薔薇の魔法詠唱者。早いな。」

 レメディオスは、そこにいた者―イビルアイに話し掛けた。

 

「ああ。モモン様をお待たせする事などあってはならないからな。」

 

「まあ、その通りだな。」

 

「それよりもその顔どうした?お化けメイクなどして仮装パーティーにでも出る気なのか?」

 

「な、なんだと!」

 イビルアイの言葉に、レメディオスは叫ぶ。

 レメディオスは、生まれて初めて化粧をした。まあ、出来上がりは当然の結果だったという事だ。

 

「そ、そんなに酷いのか⁉」

 

「ま、まさか、お前、それは化粧をしたつもりなのか?」

 

「…」

 

「悪い事は言わない。すぐに顔を洗って来い。モモン様の目の毒になりかねん。」

 レメディオスは、イビルアイの言葉に従い、水飲み場で顔を洗って戻ってきた。

 

「これでどうだろうか?」

 

「ま、まあ、いいんじゃないか…」

 実際は口紅が口元の脇にまだ薄っすら広がっていたが、イビルアイは、まあ及第点だと思い言う。

 

(それにしてもこの女、化粧をしてくるとは、モモン様に確実に惚れているな。この女の実力行使(夜這い)も警戒せねば…)

 

 そうこうしていると、他のメンバー達が集まってくる。

 そこには、ネイア、ラキュース、ガガーラン、ティア、ティナ、後は、親衛騎士団の数名の兵士がいた。

 本日はこのメンバーが、この王都の視察をしたいというモモンに、道案内兼従者として付き従う。

 集合時間の八時になる前に、聖王の別邸の扉が開き、モモンが現れた。

 現れたのはモモン一人だった。そこに美姫ナーベの姿はなく、ダークエルフの少女達も居なかった。魔導王は昨日の内に魔導国に戻ったので、当然いない。

 モモンは集合場所の広場まで歩いてくる。レメディオス達は整列しひざまづき、モモンが近づいて来るのを待つ。

 

「今日はよろしく頼む。」

 

「はい!精一杯務めさせていただきます!」

 モモンの言葉に、レメディオス達が気合を込めた言葉で返す。

 

「それでは、モモン様これからどこに向かわれますか?」

 ネイアがモモンに質問する。

 これは当然だ。王都の視察をしたいとは言われたが、具体的な行先を提示してもらわなければ案内しようがない。

 

「そうだな。今日は聖王国の内周を一回りしたい。」

 

「それでは、馬が必要になりますね。至急準備して参ります。」

 ネイアはそう言うと、馬の宿舎に駆け出そうとする。

 

「待ってくれ。私の馬は要らない。」

 

「は、はい?それではモモン様はどうされるのですか?」

 

「私の足なら用意している。」

 モモンのその言葉の後、別邸の屋敷の影から大きな何かが飛び出してきた。

 

―ドスン!ドスン!ドスン!ドスン!

 と、大きな足音を立てて、その巨大な何かは姿を現す。

 

 それは、魔獣であった。

 

 その巨大な体に白銀に輝く見事な鎧を纏い、

 

 鋭い爪をした四足を持ち、

 

 尻尾は長く蛇のようにうねり、

 

 真ん丸で輝く瞳には恐ろしき力が漲っていた。

 

「影武者殿~~~‼」

 その魔獣は、モモンを見つけると凄まじい速さでモモンに駆け寄る。

 

 魔獣は、モモンの寸前でピタッと止まると、

「は!しまった!今は殿でござった!」

 魔獣は訳の分からない事を口走ったが、人語を話す事ができる魔獣など初めて見た者達は、その驚きを隠せなかった。

 

「すまない。少し驚かせてしまったようだな。これは私の騎獣、森の賢王だ。」

 モモンの言葉に、皆、口を開けてポカンとしていた。

 

 そして思う。

 

 こんな恐ろしき魔獣をも従える。さすが、モモン様だ、と。

 

 モモンはその恐ろしき魔獣に颯爽と騎乗する。

 

 まるで、絵本に出てくる勇者のように。

 

 そして、言った。

 

「それでは、道案内を頼めるかな?」


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