英雄王の凱旋   作:トミサト

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第24話 動き出す策謀

 ナザリック地下大墳墓第九階層の執務室内でアインズは遠隔視の鏡の前に、一人座っていた。

 

(ま、まあ、アイツがいろいろやらかしてしまったのは、どこかに置いておいて、敵の戦力の分析をしなくては…)

 

 アインズは、先程の聖王国での戦いの考察を行う。

 遠隔視の鏡に、先程の戦いの映像が巻き戻して再生された。

 そして、開戦時のヴァンパイアの軍勢が映し出された。

 

(敵のヴァンパイアの軍勢は、想定していたより遥かに弱い低位のヴァンパイアだったな。はっきり言って、これならば十万だろうが、百万だろうが我々の敵ではないな。)

 

 そう思うと、アインズは、内心悔しがった。

 

 なぜならば、聖王国の公認でヴァンパイアの大虐殺が行えるのだ。

 ワールドアイテムの一つである「強欲と無欲」に経験値を貯蔵する絶好の機会であった。

 あの悪魔召喚さえなければ、それが可能だったと思うと、敵側の策士を憎まずにはいられなかった。

 

 そして次に、遠隔視の鏡は、イビルナイトの召喚を映し出した。

 

(生贄を使用してのイビルナイトの召喚…。中位悪魔召喚か。これならば、特に警戒する程の脅威でもないな。この程度なら、デミウルゴスの配下のものなら、殆どが使える程、初歩的な召喚魔法だ。)

 

 (しかし、この中位悪魔達を生贄にした上位悪魔の召喚が行えるというのであれば、警戒は必要となるな。)

 

 そう思いながら、アインズは次の映像に切り替える。そこには、転移してきた三体の悪魔が映し出された。

 

(フレアデーモン三体か、魔法の威力から大体六十レベルというところか。これも特に警戒には値しないが、今までこの世界で出会った敵としては最高レベルといっていいだろうか…)

 

 今回は警戒する程の強者は確認されなかったが、表に出てきていないだけの可能性が高いな。特に、ヴァンパイアを統率する首謀者、カルカを復活させた魔法詠唱者が同一人物でない場合は、最低でも、あと二人の強者が存在する筈だ。)

 

 できればデミウルゴスあたりと相談をしたかったが、どうやら今、他の仕事で忙しいらしいとデミウルゴスの部下から伝え聞いたので、それについては、後日にしようとアインズは思うのであった。

 

 

 

 

 

 ナザリック地下大墳墓内の第二階層の通路を、聖王国から一時的に帰還したアウラが歩いていた。

 ここに来る前、聖王国の経過報告をアインズにした際、褒められた事を自慢してやろうとシャルティアの元に向かっていた。

 シャルティアの部屋の前まで来るとドアをノックする。

 

「シャルティア。いる?」

 その声に反応して、重い音を立てながら扉が少し開いた。

 顔を見せたのはシャルティアではなく、ヴァンパイア・ブライドの一人が顔を覗かせる。

 

「も、申し訳御座いません。アウラ様。シャルティア様がご気分が優れないとの事ですので、申し訳御座いませんが、ご面会はご遠慮頂けますでしょうか?」

 

「気分が優れないアンデッドなんているの?」

 アウラがヴァンパイア・ブライドを睨みつける。その目線にヴァンパイア・ブライドはたじろぐ。

 

「も、申し訳御座いません。私からはこれ以上は申し上げられません…」

 ヴァンパイア・ブライドは困った顔をして言った。

 

―バァァィン‼

 

 その瞬間、アウラはドアを強引にこじ開けて部屋に突入する。

 

 ヴァンパイア・ブライドはその勢いで吹っ飛ばされて尻もちをついた。

 

 そのままの勢いでアウラはベットのある寝室まで一気に滑り込む。

 

 寝室に着くと、ベットの布団が人一人分程膨らんでいるのを発見し、すかさず、その布団を引き剥がそうとアウラは引っ張った。

 

「シャルティア~」

 

 しかし、布団も引き剥がされまいと内側から引っ張られる。

 

「やめるでありんす~」

 

 布団の内側からシャルティアの声が漏れる。

 

「友達が会いに来ているのに。何よその態度は~」

 

「友達はこんな風に会いに来ないでありんす~」

 

 アウラ対シャルティアの守護者対抗、布団引きが始まった。

 布団を引き剥がそうと引っ張るアウラ、布団を亀のように被り守りを固めるシャルティア。

 その勝敗は、すぐに誰でも想定できる結果となる。

 

 そう、布団の負けである。

 

 布団が二つに引き裂かれるとその勢いでシャルティアはベットの柱に頭をぶつける。

 アウラは壁まで吹っ飛んで壁に頭を打ち付けた。

 

 まさに、痛み分けであった。

 

「いててて」

 

「何するでありんすか‼」

 

 シャルティアは、アウラに迫り、激怒する。

 

 アウラは、そのシャルティアの顔を見て、驚いた顔で言った。

 

「あんた、その顔どうしたの?」

 

 その言葉に、シャルティアは急いで両手でその顔を覆い隠す。

 

「見るなでありんす~」

 

「あんた、凄いクマだけど、どうかしたの?ヴァンパイアだから寝不足じゃないだろうから、変な物食べたとか?」

 

 その時、アウラは見た。シャルティアの目の下に薄黒いくっきりとしたクマがあったのが。シャルティアの顔は普段から白いので、それははっきり、くっきりとしたパンダのようなクマであった。

 

「わからないでありんす。ここ最近できたのでありんすが。これでも昨日よりは大分よくなったでありんす。」

 

「でも、ヴァンパイアが病気になるとか聞いた事ないし、何か心当たりないの?」

 

「心当たり?ん~~。…ないでありんす。」

 シャルティアは、掌で顔を隠しながら答える。

 

「そうなる前、何かおかしな事したんじゃないの?なんか変なの召喚したとか、眷属にしたとか。」

 

「そんな事してないであり、ん……」

 その途端、掌で隠されたシャルティアの顔がどんどん蒼ざめていく。

 そして、体と硬直させる。

 

「ほら、やっぱり心当たりあるんじゃない。」 

アウラは、ニヤリ顔でシャルティアの顔を覗き込もうとした。

 

「出ていって…」

 シャルティアは、呟く。

「は?何?」

 アウラは、聞き返す。

 

「急用ができたので、部屋を出て行ってほしいでありんす‼」

 シャルティアは慌てた様子でそう叫ぶと、アウラを部屋から強引に追い出した。

 

「シャルティア!何すんのよ!」

 アウラは、部屋のドアを数回叩くも、諦めたのか暫くして立ち去った。

 

 そして、部屋に一人となったシャルティアは、頭を抱えて呟いた。

 

「どうすればいいでありんすか…このままではアインズ様に叱られてしまう…」

 

   

   

 

 

 

 

 ヴァンパイアの襲撃から一夜明けた昼間、王都より遥か西方の荒野に、数十のテントに囲まれて、大きな教会が立っていた。

 教会内の祭壇の前には、黒いローブを纏う一人の女性が立っていた。

 その女性―カルカ・ベサーレスは、苛立ちながらその両腕を祭壇に叩きつける。

 

「なんなのよ‼あの魔法詠唱者は‼」

 カルカは大きな声で叫ぶ。

 

 それもそのはずだ。せっかく仲間を増やし、戦力を整えて、彼のお方から遣わされたという悪魔の力も借りて、ようやく王都を支配下におけると乗り込んでみたら、小さな魔法詠唱者のとんでもない魔法で、あっという間に全滅しかけたのだ。

 

 カルカは昨日の戦いを思い出す。

 

 開戦と同時に、とんでもなく大きい岩が降ってきて我が仲間を屠った光景を。

 

 また、怪しげな魔法陣が仲間達の大半を呑みこんでいく光景を。

 

 その光景を見たカルカは、即座に撤退を判断し、今に至るという訳だ。

 

 あんなとんでもない魔法を使う存在が、まさか、王都にいるとはとても想像ができなかった。カルカは、これからどのような行動にでるべきか考える。

 はっきり言って、あのような化け物魔法詠唱者がいるのであれば、例え、また、仲間を十万人、二十万人増やした所で、同じ結果になるのは目に見えている。

 カルカは後悔した。王族としてのプライドから、正々堂々と王都を陥落しようと襲撃の予告をした事を。

 もし、襲撃の予告をしなければ、あの化け物は現れず、目的通り聖王城を制圧できたのでないかと考えると、過去の自分をぶん殴りたい気持ちになっていた。

 

(南聖王国に戻って、戦力を立て直すべきかしら…)

 カルカは、思案する。

 南聖王国を支配下においたというのは、半分が本当であり、半分が嘘である。

 さすがに、南聖王国の国民すべてをヴァンパイアにするという事は、カルカにはできなかった。そのため、一部の権力がある貴族のみをヴァンパイアにして従わせたのだ。

 南聖王国の国民達は、今、自分達を支配している者達がヴァンパイアだとは気づいていないだろう。

 しかし、ようやく目的地である王都まで来たのに、再び、南に戻る事は、彼のお方からのご命令を更に遅らすことになる。それはどうしても避けたい。

 

「これからどうすればいいのよ‼」

 カルカは苛立ちからか、再び、祭壇を大きく叩いた。

 

「随分、お困りのご様子ですね…」

 教会内に不気味な声が響き渡る。

 

「何者ですか⁉」

 突然、響き渡る不気味な声に、カルカは驚き、虚空に向かって叫ぶ。

 

 その声の主は、祭壇の影から姿を現す。

 それは、黒い仮面を被ったデミウルゴスであった。

「これは失礼。お久しぶりですね?」

 その声に、カルカは振り向くと目を大きく開けて固まった。

「あ、あなたは、ヤ、ヤルダバオト…」

 そう呟くと、カルカの体は小刻みに震え始める。

「あ、あなたは、魔導王に滅ぼされたのでは…」

 かき消されるほどの小さい声でカルカは呟く。

「どうやら貴方は、ご計画について、主人から詳しくは聞かされていないようですね。」

 仮面をつけたデミウルゴスは、カルカに優しく語りかける。

「あのお方の事を、あなたは知っているのですか?」

「ええ。よく知っていますよ。貴方の主人と私は同僚ですから。」

「‼」

 その言葉にカルカは更なる衝撃を受けた。

「貴方では、少々、このご計画の相手としては物足りないと思いまして、援護させて頂きました。」

「援護?」

「貴方はお気づきではないようですので、それはそれでいいのですが、ご計画の最終段階に向けて、あなたには私の指揮下に入って頂きます。」

 

「あなたの事など信じられないわ!それに私の主人はあなたではない。」

 

「…そうですか。それでは、一旦、失礼させて頂きます。今度はあなたの主人と一緒に訪問させて頂きますね。」

そう言うと、デミウルゴスは祭壇の影に溶け込んで消えていった。

 

そして、誰も居なくなった教会内でカルカは呟く。

「シャルティア様…。私はどうすればいいのですか…」


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