食というのは、その体験で頭の奥の1点をなんだかグイグイと刺激してくれて、そこから色々なものを想起させる面白いものだと思っています。
カレーですよ。
頭の色々な部分に連鎖を起こし、舌と脳みそだけだと思っていたら、体も、心も、知的な好奇心も、そこからの自分の行動も、何もかもに水面の波紋のように拡がりゆくものだと思うのです。そういう体験を港区海岸にあるスタジオで実感しました。
インド・スリランカ料理研究家の香取薫先生率いるキッチンスタジオペイズリーのメンバーの、これは総力戦、殲滅戦といってもいいもの。その勢いと白刃のような研ぎ澄まされた真剣さに打ちのめされました。
統率、熱量、喜び、情熱、そういうものがそこかしこで垣間見えたイベントで、なんの関係もないボクが涙ぐむ少し手前のような気持ちにさせられました。
真剣勝負のエッヂの上に立っている最中に、そういう中で喜びと遊びを見つけてしまうような、そういう簡単には体験困難な凄い時間をもらって帰ったと思っています。そういう催しでした。
まず、料理でそのものからとにかく刺激をたくさんもらえて、舌と頭と胃袋の勉強と運動になるのです。そしてその料理自体にどれにもきちんと訳があって、歴史とつながっていて、地域、宗教や民族や植生、気候までも含まれる背骨が見えてくるわけです。ちょっとでもその料理に興味を持とうものならば、そしてそのことを質問すればそれらがたちまち見えてきてしまう、すごい場所。
たぶん、このあとずっと経ってから、2018年の秋に「ラクシュミー食堂」という名前のとんでもないイベントがあったのだ、とあとあと語り継がれるであろう会だったのです。
そういう会に光栄にもご招待を受けたのです、わたしと、スパイシー丸山さんのふたり。
会場に入ると自らどんどん動き回ってお客さんをアテンドしたり説明をしたりしている香取先生を発見。ご挨拶をして少しおしゃべりしました。この日のお誘いに心からお礼を伝えました。
実はこれ、香取先生からのプレゼント、ご褒美だと思っているんですよ。スリランカフェスティバルをボクも、丸山さんも香取先生と一緒に頑張って、そのご褒美を本来の場所からではなく香取先生からいただいた。そう思っているんです。心から嬉しい労いだと感じて、報われたな、という想いがこみ上げました。
会場は食の映像と写真の会社、ヒューのキッチンスタジオで、ここがまたいい場所なんだよ。実はこの会社に友人のにっくちゃんが務めていて、今回のコーディネートをやってくれたのだとか。学生時代を知る彼女が大人になってカッコよく自分のこだわった道で仕事をしている姿を見ることができてとてもうれしかったですよ。
さて、まずはそのお料理。
会場に入ると小さなPPバッグに入った一式を渡してもらえます。スプーンと箸、ペーパーナプキン。お品書き、スタンプラリーのペーパー。
どうやらそのスタンプを押してもらう紙を各ブースで出して、スタンプとともに料理を引き換える仕組みのようです。これはいいね、とてもいい。楽しいし、管理もスムーズ。良いアイディアです。
そうこうしているうちにさっそくサンラサーのまりこさんや三井製パンのおとえさん、3103のことうださんなんかに捕まりつつ、丸山さんを探してみれば、ブースを構えるアジアハンターの小林さんにつかまっているのを発見。ボクもおもわず話し込みますが、さ、まずはごはんをいただきましょう。いきましょう。順番は自由なんですが、香取先生からリコメンドをもらったのでその順番で行くことにします。
アップルスープとミント味のポテト
まずスープから始まるのが嬉しいですね。インド料理を食べられる店でホテル(インドでホテルとつくレストランは多い)、レストランを名乗るお店はその矜持としてスープを用意する店が多いと感じます。そしてこれ、とにかくこれはもう出色の出来でいきなり夢中にさせられました。
りんごのポタージュスープ。簡略に言えばそうなるかもしれないこのスープ。これは本当に絶妙なバランスの上に成り立つスープで、おもしろくて心から素晴らしものでした。
食べてみると、あ、これはもしかするとフレイバリーダールとでもいうものではないかしら、という体感があったんですよね。でも、いや、違うな。食感にそういう感覚があるんですが、豆のとろみではないんですね。これはなんだろうか、、頭が激しく回転し、軋みを上げます。悩みに悩んでのち、いただいたこの日の品書きで答え合わせをするんです。これが楽しいの。実はこれはリンゴ、セロリ、玉ねぎで出来ていると書いてあります。なるほど、そう言う答えなのかあ。まったく絶妙なバランスの上に成り立っているスープで、とろみや塩加減がちょっとでも転ぶと暖かいりんごジュースになってしまうような繊細だけど食べ応え感じるもの。その繊細なバランスを見事にとってスープとして成り立たせているんですね。
答えあわせのそのまた続きで、香取先生に伺えば、にっこりと一言。「これはアングロインディアン」うむ!なるほど、合点が行くよ。こう言う組み合わせとバランス。西洋料理とインド料理の交差点。もう、なんといっていいかここまででお腹いっぱいだ(心の方)なんと楽しいんだろうか!!
そしてそこに合わせるのがミントポテト。これもいいです。しっとり目に仕上げたポテトスライスにチャートマサラが振ってあるんですが、これがね、ミントフレーバーになっていて、しゃれてるんです。控えめな味付けですがジャガイモの旨みやしんなりした食感が良くて、ジャガイモの味を邪魔しないバランスの優秀なもの。この二つの組み合わせの屋台をやったら大評判になるんじゃないだろうか。これは調理用のボウルいっぱい飲めるよ、っていうか飲みたい。
アミラー
アミラーは日本人が見えばこれはカレーだな、と思うビジュアルの汁かけごはん。さらさらで酸っぱ辛い、爽やかな味付けです。ああ、これいいな。切れ味のある酸っぱさと辛さで食べると爽快感がありました。小さめカットのお芋がねっとりきて、そこに枝豆のぽくぽくぽりぽりした食感が重なったりと楽しい食べ応え。なんだかこれが本当に美味しくて、味も食感も良い意味で引っかかりがなくて、さらさら、さらさらといくらでも食べられてしまいます。料理を受け取るときに「半分くらい食べたらバターミルクをかけて差し上げるのでここに帰ってきてね」と言付かりまして。ほお、バターミルク。名前のイメージからいけばもっと濃くてくどい感じかなあ、と思いきや。まったくそうではないんだよね。香りが少しプラスになり、思うよりも酸味は消えないという感じ。これはさらにするすると食がすすむ感じで恐ろしい。
答え合わせをすると、これはにんにく風味の酸っぱい田舎料理のようです。オディシャー州のスープカレーのようなものなんだね、なるほど、なるほど。
香取先生に伺うと「インド料理の中でこれが一番好き!」とのこと。「ちょっとマニアックな料理だけれど、えいやと今回のメニューに入れたら皆さんがおいしいおいしいと喜んでくれていて、ホッとしました」うんうん、とてもいいです。「これはもうお茶漬けね」とおっしゃるのが確かのその通り、と思えるさらさら感。サンバルの原型になった料理であるという説もあるそうです。ああ、なんだか納得いくな、この味と内容。豆を入れずにとろみを抜いたサンバル的かもしれません。いいなあこれ。
ウプマ
ウプマは実はあまり好きじゃなかったんですよね。レストランでは積極的に頼まない感じでした。が、これ。知っているウプマとはまったく違う体験をしてしまったよ。ウプマのあのもそもそした感じが苦手なのですが、ところがこれ、驚くべきことに滑らかでしっとりしていて、でもその中に粒子感があるというもの。舌の上を上品で細かいエンボスがついたビロードで撫でられるような食感とでも言いましょうか。穏やかな味です。そこに辛く仕上げた温かいトマトチャトニをかけてあるんですが、これが思ったよりも辛くインパクトがある。この組み合わせがたまらないのです。ウプマ自体はやんわり味だけど、あつあつの少し手前くらいの温度に調整されているため辛いトマトチャトニと組み合わさると個性が際立つ感じ。ウプマの中の繊細に刻まれた野菜が食感に変化を出してきて食べていてとても楽しくなるんです。
さあ答え合わせ。これはどうやら東インドスタイルのものらしいです。南インドではココナッツチャトニを合わせることが多いですよね。植生の関係か、東インドではココナッツをふんだんには使えないためトマトチャトニで食べることが多いそう。おーなるほど、食べ物はこうやって、地域や気候や植生と必ずセットになっていて、それを知ると成り立ちが見えてくるんだよ。実に楽しい。「コーンはね、私が好きだから入れたの!」と香取先生。かわいらしいなあ。そう、料理はこうでなくちゃ。歴史をそのままに再現、それも大事。でも食べて一番いいと思うもの、おいしいと思うものを作る。そこからフォーカスが外れてしまうと残念、その料理は途端に色を失ってしまうと思うんですよね。香取先生の味。そこが大事です。
サモーサー
実はサモサもウプマと並んでボクがインド定食レストランで積極的に注文しないものの一つ。理由は当たり外れが多いのと、もそもそするものが多いから。でも今回のサモサはまったく心配していなかったんですよ。なぜなら調理の担当にことうださんがいたから。何しろ彼女はコロッケ屋さん。揚げ物は揚げ物やさんが担当と素晴らしい人選で大安心。絶大に信用してしまいますね。皮は思うより全然バサバサせず、フィリングのマサラポテトが滑らかで上品。香り、味は日本人がカレーと認識するもので、いい意味で下世話とも取れると思います。で、そういうのがとてもいい。なのにそれがこの上品な食感というのはとても面白いんです。とてもいいもの。おなかがふくれるのはサモサの特徴ですが、いやなふくれかたをしないのが不思議だったねえ。もう一つ食べたかったねえ。
カレー
raraカレー
チキンの食感と味わいがしっかりでた旨み強い感じのカレーで、滋味深いという言葉がぴったりくるひと皿です。キーマカレーベースにさらに肉が入る日本人も好むであろうセンスいいまとめ。パンジャーブのスタイルなのだそう。これはおいしい。変なふうにスパイスのいくつかが前のとび出すタイプではなく、まああそういうのも楽しいのですが、繊細で高度なバランスでまとめてあるのが美点のカレーです。よくまあこの感じを360人分の大量調理で出せるもんだなあ。これはとんでも無いことです。ただ香取先生の味をなぞればこうなるかというと、絶対にならない。強くて思い切りのいい調整をかけないと無理だと感じます。それでいてこのまろやかでで繊細な感じ。すごいなあ。
牡蠣のカレー
牡蠣という食材は強く癖があって、そのまま食べる以外の調理ではなかなか手強い素材だと思います。ところがその癖を抑え込むのではなく、解放する感じの面白さがあるんですよね、このカレー。牡蠣をローストして仕上げてあり、それを受け止めるソース部分が鰹節的な味わいを持たせてあります。ああ、こうやるのかあ。なるほどこうかあ。これは新鮮、おもしろいなあ。アクセントのトマトが効果的で。とはいえインドのスタイルでは無い気もして香取先生にうかがうと、「これはね、NHKの「きょうの料理」で「おもてなし料理部門」で優勝をとった大事なレシピなんです」というお話し。ああ、そうか、そういうことなのだね。このカレーはちょっと麻薬的な、悪魔的な魅力があるカレーでどうにも止め難い、中毒性があります。おいしすぎます。すごく好み。参ったなあ。
カヴニアリシ
ミターイかな。インドの生菓子。あんこっぽいっていうか、ひとくちおしるこなのか、粒あんか、というビジュアルですが、どちらかというとタピオカの方が近いかもしれません。甘さ控えめで日本人にも食べやすい。この名前のスイーツは知らなかったなあ。他のお料理の話も含めてもう少し香取先生やみなさんに色々と聞いてみたかったです。
食事を堪能していると、ジャガジャーン!と大きなサウンド。あ、ボリウッドダンス!急に香取先生の生徒さん、この会場に来ている人にとってはインストラクターの皆さんがダーっと自分のブースからやってきて踊りだしました。スンダリーズ!!知ってる。香取先生のダンスユニット!!踊る、踊る、踊る!この人たちおかしいんじゃないか!(笑)あんな量を前日や前々日にどんどん仕込んでここで会場の準備をしてお客さんを迎えてその上それを1日2回やって。それでこんなに切れ味あるダンスかよ(笑)しんじゃうぞ(笑)
とにかくこのサービス精神というか、きた人に目一杯楽しんでもらおう、でも勉強もしていってもらおう、何か掴んで帰ってもらおうという、強い意志の柱のようなものを感じます。それもこれも、とにかく言い出せばきりがないほど香取薫という人物のこだわりや、やって来たこと、それを生徒さんたちも一体となって寸分の狂いもなく香取イズムとして体現しているのです。きちんと隅々まで行き届いています。ちょっと頭が痺れてくるような体験でした。
お食事会でもなければ発表会でもない、これは彼女の、香取薫先生の、、、なんといおうか、それはつまりお釈迦様の掌とでも言いましょうか、そういう場所につまみ上げられて気持ちいい思いを時間中ずっとさせてもらえるような場所でありました。圧倒的だよ、香取先生!!心から感激しました。