週のはじめに考える 国が配った小さな「仮面」

2020年5月24日 02時00分
 ビニール袋に入った二枚のマスクが国から届いたのは四月末でした。「小ぶりよね。底をついたときのために取っておこう」。妻の提案で利用は見合わせました。
 五月に入りマスクは店頭に出回り始めました。ただ、いまだに布製マスクが届いていない世帯も多い。四百六十六億円以上計上したことも考えると、残念な対策だったと思わざるを得ません。
 新型コロナウイルスの感染拡大に伴い、マスクをめぐるさまざまな経済的動きがありました。マスクが金や原油のように現物市場の商品のように扱われたのです。

◆市場経済の持つ欠陥

 感染が広がるとマスクは急速に品不足となりました。ネットオークションを通じて高値で売ろうとする事態が頻発し、社会的批判を浴びました。
 商品不足に乗じて買い占めや売り惜しみで値をつり上げる。高値になったところで売り抜けて利潤を稼ぐ。こうした手口はマスクに限らず繰り返されてきました。市場経済の持つ構造的欠陥ともいうべき事象です。
 今回、国は国民生活安定緊急措置法を適用し転売規制を行いました。迅速な対応は評価できます。だが、その背景に国民の激しい怒りがあったことは間違いない。民意が政府の行動を促し、市場の欠陥を正した事例として記憶にとどめるべきだと思います。
 さらに忘れてはならない点があります。マスク供給の約八割を中国に頼っていたことです。中国というより一部の国に過度に依存していたことが問題と考えます。
 マスクは医療関係者にとって感染症の有無に関わらず絶対に必要です。医療現場でマスク不足が起きるのは憂慮すべき事態です。
 世界のマスク市場の約五割を握る中国は自国内の感染拡大を防ぐため一時、マスクの輸出を制限しました。この結果、不足は全世界に広がりました。

◆先人たちの努力と知恵

 国内では大小を問わずメーカーが生産を開始。マスクの生産経験のない企業も参入しました。しかし生産余力が小さかった上に準備にも一定の時間がかかり、市場に出回るのは遅れました。
 特定の製品を一国に依存するのはリスクが伴う。その国が外交上の戦略物資として利用しかねないからです。コロナ禍はこの当たり前といえる市場経済の原則を改めて露呈させました。
 マスクに限らず命に直結する製品については海外依存度を詳しく調べ直す必要があります。その上で、輸入の割合を減らすか備蓄を増やすといった工夫を直ちにすべきだと提案します。
 日本でマスクを広めたのは、明治時代に陸軍軍医総監だった松本良順(後に順と改名)といわれています。松本は海水浴や温泉の効能も説き、近代日本の公衆衛生の祖ともいえる人物です。
 当時、マスク着用の主な目的は生産現場で粉じんを防ぐことでした。汚れが目立つとの理由から色は白ではなく、黒が主流だったようです。
 国内でマスクが一般に広がったのは、大正期に世界的に流行したインフルエンザ(スペイン風邪)がきっかけです。この頃、政府が積極的にマスク使用を宣伝し生産メーカーも増え始めます。
 戦後、マスクの国内生産は減りました。一方で欧米に比べ日本人はマスクの使用に抵抗感を持たなくなっていました。
 コロナ禍による犠牲者は残念ながら増え続けています。国内でも増えていますが、米英やイタリアなどとの比較では少なく、緊急事態宣言の解除も進んでいます。その要因が医療関係者の壮絶な努力や、多くの国民の協力であることは誰も否定できないでしょう。
 ただ、要因の一つにマスクを使う習慣も入っていたとしたら、先人たちの努力と知恵に感謝せねばなりません。
 映画「アマデウス」でモーツァルトが宮廷作曲家サリエリのまねをするシーンがあります。サリエリは顔をマスクで覆い、こっそり眺めながら怒りに震えます。
 日ごろ使っているマスクでも、衛生上だけでなく仮面の役割も果たすように感じます。顔の一部を覆うことで心境は変わります。
 日本では衛生対策以外でマスクを着ける人が増えたといわれます。姿を一部でも消し安心感を得ようとしているのでしょうか。

◆マスクで集中力高め

 マスクをしていると自分の呼吸音がやや大きめに聞こえ、閉鎖空間から外をのぞいているような気がします。周囲を観察するための集中力が高まっているようにも思います。
 国や自治体が何をしているのか。その集中力で権力チェックの精度を高める機会だと考えます。国が配った「アベノマスク」が役に立つかどうかは疑問ですが…。

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