当サイトでも、基本的に『障がい者』と表記させて頂くことになっています。
法人や組織、一部の地域も害をがいと表記する一方で、『障がい者の置かれている実情から目を背けている』との批判もあります。
では、当事者はどう感じているのでしょうか?
出典 Flickr
2016年11月28日に放送されたある番組で、リオパラリンピックで活躍した『一ノ瀬メイ選手』の言葉が話題になっています。
最近ではTOYOTA自動車のCMで
「イチローが嫌いだ。あの人を見ていると、限界という言葉が言い訳みたいに聞こえるから
でも、同じ人間のはずだ」
という印象的な言葉を口にしています。
多くの人の心に残っているのではないでしょうか?
一ノ瀬メイ選手とは
一ノ瀬選手は、先天性右前腕欠損症のため右腕が短く、地元のスイミングスクールで入会を断られた辛い経験があります。
小学4年でイギリスに留学し、大会にも出場し、高校3年の時にアジア競技大会で銅メダルを獲得しています。
5つの日本記録、そして50m平泳ぎのアジア記録保持者であり、英語も堪能、全英連第8回全国高等学校英語スピーチコンテストでは障がいの社会モデルについてのスピーチで優勝し、文部科学大臣賞・ 文部科学大臣杯を受賞しています。
トヨタ自動車のWEBサイトに私のインタビューのページができました。是非のぞいてみてください:) http://toyota.jp/wows/sp/special/sports/ichinose.html …
その一ノ瀬選手が「障がい者」という表現について言った言葉とは?
一ノ瀬選手の持論によると、
障害の害をひらがななのが嫌い。
害やからよくないやろでひらがなにする。
私からしたら腕がないとかが障害なんじゃなくて、それを持って生きていく社会が害なんで。
私からしたら障害は本人じゃなくて社会やから。
ひらがなに直して勝手に消さんといてほしい。
出典 人生が変わる1分間の深イイ話
とのこと。
この言葉に対し、Twitterでもコメントが寄せられていました。
「”障がい”という表記が嫌い」パラリンピックスイマー・一ノ瀬メイの持論に反響多数 https://t.co/XZlbADg7Vj @buzzmag_jpより
— SHIHO (@blaustern823) 2016年11月30日
いやほんと、「害」をひらがな表記にすべき、と主張する「当事者」を見たことないからね。みんなこういう気持ちやと思う。
本質的な問題提起をすると「ムキになるなよ」と笑ってごまかされる。腐った日本らしい話じゃないか。→『辻は「どっちでもいいです」と一言。一ノ瀬に反して関心のない様子に、VTRを見ていたスタジオの出演者は大ウケ』:「障がい」の表記は嫌い http://news.livedoor.com/article/detail/12345362/ …
一ノ瀬メイさんが、障害は自分ではなく社会にあるのに、「障害」を「障がい」と表記すると、その問題をごまかされているような感じがする。だったら「害」のままで、ちゃんとその問題に向き合う方がいいというようなことを言っていました。私も「がい」に違和感を感じていたのでとても共感できました。
障害を障がいと書くことに異議を申し立てをした一ノ瀬メイの視点は良い。ハンデがあることが害なのではなく、そんな社会が害である、平仮名にすることで誤魔化すなという提言は、ハンデがある人にしか言えない。♯深イイ話
「障がい」の表記を巡り、話題の一ノ瀬メイ。
堂々と言えるのは、ポリシーを持って生きる彼女だから。http://kindaipicks.com/article/000229
害の変更に積極的なのは、当事者よりもその家族や障害者団体だと言われており、多くの当事者たちの気持ちとは違う方向に動いてるのは確かなのかもしれません。
最近は、ひらがなにすることが増えてきていますが、現在でも論議は続いています。
障がい者の表記については、現在地方公共団体を中心に広がっているそうです。
変更の賛成意見と反対意見の間には、一ノ瀬選手が言う通り、『害という言葉の捉え方の違い』があるようです。
一部の推進派の意見をピックアップすると、「害は、公害や害悪、害虫などを連想させるため、社会が障がい者の存在を害であるとする価値観を助長していしまう」
「害は他人に害を与えるなどの負のイメージがある」
など、害=障がい者像を傷つける言葉だと認識している関係団体があることが分かります。
逆に、ひらがな表記に否定的なものだと、
「この害は、障がい者の社会参加の制限や制約など、社会との相互作用で生じた物である。社会の障害物や障壁が障がい者を作り出してきた」
「違和感を感じて逆に負のイメージを意識してしまう」
「障がい者が置かれている実情から目を背けている」
との意見もあるようです。
日刊スポーツさん(@nikkansports)が投稿した写真 - 2016 9月 10 8:29午後 PDT
当事者はどちらでも良いと感じている人がほとんどであり、前述した通り、周囲の家族や障害者団体が変更に積極的だという話しもあるそうです。
害をがいとしたところで、障がい者の置かれた状況や周囲のイメージは変わっておらず、根本的な解決になっていないという指摘もあるそう。
ちなみに、イギリスやアメリカなどでは、障害を否定的な物として表現しておらず、社会制度によって無力化された集団としてや、民族性・出自などと同じように捉えられているとのことです。
おかしな特別視はせず、一つの特徴として認めているということなのかもしれません。
Iwata Naokiさん(@naokixidea)が投稿した写真 - 2016 11月 26 3:22午前 PST
一ノ瀬さんは障害を個人の特徴として捉えており、社会が障がい者に向ける目を変えようと努力を続けています。
腕が短い人を見掛けた時に、
「うわ、あの人腕がない」っていう一言が
「あの人この前テレビで見たメイちゃんみたいだね」
に変わるだけで、なんか全然変わってくるんだろうな。
出典 人生が変わる1分間の深イイ話
メディアの露出を積極的に続けてるのも、これが理由なのだそうです。
障害者と障がい者、この違いをどう感じるかはそれぞれの経験や価値観によって全く変わってくるでしょう。
生まれ付きだったり、後天的なものだったり、事故によるものだったり。
当事者の方の状況もさまざまです。
当事者でない方も、生きている限り、自分が当事者になる可能性が常にあるということを忘れてはいけないと思います。
あなたは、この議論をどう思いますか?
出典 YouTube





新しい言葉を生み出すしか無いな。「痴呆症」を「認知症」に変更したようにね。