【谷本真由美】コロナ対策に成功しているのに「失敗した」と思い込む不思議な日本人 なぜこれほど自信が持てないのか

写真拡大 (全5枚)

日本の奇跡

イギリスでは3月の後半に外出禁止令が出てまる2ヵ月になります。一時期に比べると落ち着いてきたものの、いまやイギリスは死者数が3万6000人を超え、欧州最大です。

ここ1ヵ月ほどの間、イギリスで目立ち始めたのは政府や専門家を非難する声です。

高齢者や中年以上の人がよく見ている、民放ITVの朝のニュース番組“Good Morning Britain(GMB) ”や、その後に放送されるワイドショーは、コロナ以前は料理や芸能人のゴシップを緩々と流していたような番組ですが、最近は政府の対策を強く批判する報道が目立っています。

これらの番組が代表するように、イギリスでは現状への不満を溜めている人がかなり増えてきました。一方で、最近よく目にするようになったのが、日本や韓国、台湾といったアジア諸国のコロナ対策を評価する報道です。

5月中旬のロンドン(Photo by gettyimages)

3月の終わり、私は「このままでは日本もイギリスやイタリアのようになってしまう」という警告を含んだかなり厳しいコラムを書いたわけですが、日本は今や、先進国の中では死者数がトップクラスに少なく、コロナ対策では世界屈指の成功例とみなされています。

欧米では、日本はなぜ死者数が少ないのかについて 「日本の奇跡」 という風に取り上げるようになっているほどです。

喜ばしいことに、私のパニックじみた予測は大きく外れましたが、これは様々な制約がある中で、日本の皆さんが、何よりも外出を「自主的に」控え、衛生を徹底する努力をし、日本政府や日本の感染症の専門家の方々が、日本の国情や国民性にあった施策をとったということです。

言うなれば、官民共同の「オールジャパンによる努力」が実った成果だといえるでしょう。昨年のラグビーワールドカップでは日本が大躍進しましたが、まさに「ワンフォーオール、オールフォーワン」(一人は皆のため、皆は一人のため)の精神と思います。日本人は、一丸となればこのような素晴らしいことを成し遂げられるのです。

「国民にお願い」しかできないのに

日本は法治国家であって独裁国家ではないため、個人情報の保護や民主主義を無視した強権的な手法を取ることができないこと、また世界で最も高齢化が進んだ社会であり、普段から医療機関もギリギリの状態だという非常に厳しい条件があるということも忘れてはなりません。

他の先進国で、日本ほど厳しい条件に直面している国は、実はあまり多くありません。

例えば、個人情報の保護や民主主義の手続きに関しては、日本の政治や司法の仕組みは国民をかなりしっかりと守るように設計されています。これは何より、先の戦争の反省があるからです。

Photo by gettyimages

日本ではあまり指摘されませんが、むしろアメリカやイギリス、イタリアなどのほうが、危機の際には政府が強権を行使できる仕組みになっています。反政府活動家やテロリストなどへの対処も、これらの国の方が日本よりうんと厳しいのです。

ところが、日本にはそういった仕組みがありません。ですから、コロナ対策でも日本は相当に不利な立場にあったといえます。政府は国民に「お願い」することしかできない。罰金刑や禁固刑で縛ることもできません。

それでも「お願い」しただけで、感染防止のために皆が一生懸命努力をしました。 震災の際にも、多くの人が協力し合いましたよね。これだけの制約の中で皆が協力して困難に立ち向かえるのは、本当に素晴らしいことです。

イギリスの死者数は日本の数十倍

どうかみなさん、日本の人がどれだけ統制が取れているか、どれだけ地域や母国を思っているか、どんなに他人のことを考える思いやりのある人が多いかということを、今一度意識して、自信を持って下さい。これは本当に、誇りに思っていいことなのです。

冒頭にも述べたように、日本の素晴らしさをいま意識しているのは、海外の人々です。

先日、イギリスでは公共放送チャンネル4のリポーターであるCiaran Jenkinsさんが、自身のTwitterで日本とイギリスの死者の数を比較したところ、6.4万件「いいね!」され、話題になりました。

日本の人口:1億2600万人
コロナでの死者数:624人
イギリスの人口:6600万人
コロナでの死者数:3万1855人
どんな見積もりだとしても、驚くべき結果だ
(This is staggering by any estimation)(※データはツイート当時のもの)

日本の人口はイギリスの2倍近いのに、死者は1000人未満です。イギリスの死者数は「公式」には3万6000人を超えている上に、自宅死や老人ホームでの死者の数を含めていないので、その実数は6万人を超えるとも言われています。正確な死者数を比較したら、日本の100倍近いかもしれないのです。

日本は見逃されている可能性のある超過死を加えても、イギリス並にはなりませんし、死者数、感染者数とも、欧米とは桁が違います。Jenkinsさんの “by any estimation”(どんな見積もりだとしても)という言葉には、統計の手法による誤差や超過死者数を勘案したとしても驚きだ、という思いが強く現れています。

不思議がるイギリスの人々

確かに、日本には検査数が少ないといった問題もあります。しかしそれでも、日本の対策には一定の効果があり、うまく行っているようだ、という意見の人がイギリスでも多いようです。

私がこのツイートに対して、

「私は日本出身です。イギリスの人々の行動を見ていたら、これは納得できる結果です。イギリスでは誰もマスクを付けていないし、手洗いうがいもしない。土足で建物の中に入るし、自己中心的で個人主義、トイレや公共の場の衛生状況はひどく、CTスキャンやMRIが少ない。政府の対応も遅い」

と返信したところ、イギリスだけでなく、遠くはナイジェリアなど世界中の方々から様々な意見が寄せられ、ちょっとした議論の場となりました。

しかし驚くべきことに、日本を批判する意見はほとんどなく、 むしろ日本の習慣や対策を褒めるものが大半で、イギリス政府やイギリスの人々の行動を批判するものばかりでした。

寄せられた反応の概要をまとめると、以下のようになります。

・日本文化はお互いのために振る舞うことが中心のようだ。イギリスの文化は自分、自分、自分ばかり。

・日本の方が人口密度が遥かに高いはずなんだ。ひどい結果だ。我々は市民を守るために働こうと思ってないリーダーに、ひどい目に遭わされてるんだよ。

・日本が本当にこのウイルスで最悪の事態を避けたとしたら、それは日本の人々の行動によるもので、日本政府がやったわけじゃない、ということは断言できる。

・日本人は常識に耳を傾ける、集団主義的な社会で、何よりコミュニティを守ろうという意識が強い。俺、俺、俺という自己中心的で未成熟な社会じゃない。

・日本の人たちは「STAY AT HOME」の意味をちゃんと理解していることを考えれば、家にとどまらず出歩く人が多いことで(イギリスの)政府だけを批判することはできない。ちゃんとわかってない人がいるんだよ、ロンドンは。

・日本にはイギリスのような肥満の問題がないからでは?

コロナ以前から、日本が世界で最も高齢者人口が多いことは、イギリスや欧州の他の国でもよく知られています。欧州でも高齢化は問題になっていますから、ニュースやドキュメンタリー番組で取り上げる際には、必ず日本が事例として挙がるほどです。

それだけ高齢者が多いのにもかかわらず、新型肺炎の死者が桁違いに少なく、さらに経済もかつてのように上向きではないのにもかかわらず、自粛中の経済的な打撃も比較的小さく抑えていることに、驚いている人が多いのです。

日本では、企業による大規模解雇がほとんど行われていません。イギリスやアメリカは、外出禁止令前後に大規模な解雇を行った企業が多く、失業者が急増しています。私の知人にも、十分な体力がある大企業に勤務していたのに、解雇になった人がいます。本人に持病があったり、家族がいるなどの個別事情への考慮は一切ありません。日本と異なり、実にドライで利益重視の考え方なのです。

イギリスだと失業手当も雀の涙で、中年以上だと次の仕事だってそう簡単にはみつかりません。住宅ローンの支払い、生活費、教育費で頭を抱える人が大勢です。

政府の補償は「雇用中」でなければ出ません。それを知っていた上で解雇にした企業がたくさんあるわけです。自営業でも、年間の利益が約600万円を超えたら補償は受けられません。企業が従業員を簡単に解雇せず、中小企業や自営業に対しても国や自治体から様々な支援がある日本のほうが、実に情があります。

そして、ネットで海外の声を観察していると、イギリスだけでなく他のヨーロッパの国々やアメリカ、さらにアフリカや南米でも、日本の驚異的な現状が大きな注目を集めていることがよくわかります。

「日本を褒める反応」というと、日本人には「どうせ保守派や、いわゆる『ネトウヨ』が誇張して言っているのだろう」と思う人が多いようです。しかし、先にも挙げた通り、これは決して虚構ではなく「人々の実際の声」なのです。

日本への注目が高まっている

消費者の行動が、このような動きを裏付けています。

例えば、イギリスでも外出禁止期間中に家で料理に凝る人が増えているのですが、普段はカレーやケバブが「エキゾチックな食事」であるイギリス人の間で、いま日本食の人気が異様に伸びているのです。

イギリスの中流以上御用達の高級スーパーWaitroseは、自社サイトの買い物検索で「日本食」が53%も増加した、と報じられています。

イギリス人は日本人に比べ、食に関しては本当に保守的で、海外に行ってもイギリスのものしか食べないという人もいます。人の家に招待されても、「私はこれが嫌い」「これは食べない」と堂々と言う人も多いですし、新しいものに挑戦しようという風潮が乏しいので、いつも似たようなものを食べている人が少なくありません。

20年ほど前までは、外国料理といえば「イギリス風の中華やカレー」で、イタリア料理、ドイツ料理でさえも手をつけない人が本当に多かったのです。

ここ20年ほどで、 EUから大量に人が入ってくるようになり、航空券が値下がりして海外に行く人が増えたので、今ではタイ料理やスペイン料理も普通になってきましたが、それでも食べない人はまったく食べません。まして日本料理となると、まだまだ非常にエキゾチックで意味不明な食べ物、と思っている人も少なくありません。

Waitroseで買い物をする人々は、世帯年収がだいたい1000万円以上程度はあり、海外旅行に頻繁に行くお金がある中年以上の層で、非常に健康意識も高いです。しかし、基本的には保守的なため、カレーや中華は食べていても寿司を食べたことがないという人もいますし、日本食に積極的に手を伸ばそうという人は、まだあまり多くはなかったと思われます。

その 「保守的な人たち」が日本食に注目しているのは、コロナの死者数が少ない日本の健康的な食生活にあやかろう、という行動の反映だと見ています。

Photo by iStock

日本でも「免疫力を高める」といわれるキムチや納豆の売上が急増していますし、アメリカでも、韓国とドイツのコロナ対策がうまくいっているという理由で(もちろん、コロナに効くという科学的根拠は示されていませんが)、キムチやザワークラウトの売上が伸びています。どこの国でも、コロナ対策でうまく行っている国にあやかろうという人が多いわけです。

メディアでも、コロナ以後に日本食が登場する機会が増えています。例えばイギリスの富裕層向け保守系新聞のテレグラフには、日本食のレシピが掲載され、普段は遺跡や寺の記事ばかりのNational Geographicは「味噌を使った5つの料理」という記事を掲載しています。

なぜ日本が突然、こんなに注目されるのか。今イギリスに身を置いていれば、よくわかります。

イギリス人は路上でパーティー

なにせ日本と違って、イギリスは外出禁止令を破って警官と暴力沙汰になる人が数百名単位で毎日のようにいますし、ルールをどんどん無視して人の家に訪問したり、公園で日向ぼっこする人、遠出する人だらけです。感染者に唾を吐かれ、コロナに感染して亡くなってしまう人も相次いでいます。

5月8日の欧州戦勝記念日は、75周年記念だったこともあり、ルールを無視しまくって路上でパーティーをやったり、バーベキューをやる人が続出しました。

私の家の近所でも、路上でのパーティーを巡って口論が起きました。パーティーをやっている人たちからすると「一体何が悪いんだ」ということなのです。

Photo by gettyimages

富裕層は、スコットランドやイギリス南部にある別荘に出かけて、ホリデー気分で滞在しています。その中にはベッカム夫妻やテレビに出ている有名シェフ、さらにスコットランド政府のコロナ対策の最高責任者なども含まれていました。

イギリス政府のコロナ専門家会議メンバーの科学者は、ルールを破って不倫相手と密会し、バッシングを受け辞任しました。

こんな状況にうんざりしているのは、イギリス人だって同じです。だからこそ、多くの人が自粛要請に自主的に従い、うんと清潔な環境で健康的な生活を送り、肥満が少ない日本に羨望の眼差しを注いでいるのではないでしょうか。

「配慮」という日本人の重要な資産

集団主義で従順で潔癖性な日本人は、このコロナの時代において、多くの国の人々にとって「お手本」とみなされています。

「他人に配慮できる」ということは、実はとても高度な文化です。相手の心、置かれた状況、短期的ではなく中長期的な自分の行動の影響などを「瞬時に判断し、予測する」という「想像力」がなければ無理だからです。

これは単に計算が早いとか、知識がたくさんある、他人を出し抜くのがうまい、といったことよりも、遥かに繊細な感覚と感受性を要求される能力です。日本人には、そういう資質を持った人が大勢います。これは他の国にはない、重要な文化的資産です。

それに気がついていないのは、今の日本の状況が当たり前だと思い込んでいる日本人だけです。

ポストコロナの世界では、衛生環境がよく、統制が取れていて、地味だが真面目で、自分よりも他人のことを考えよう、という国が安全な「投資先」「協力先」として脚光を浴びていくはずです。

それはまさに日本です。

第二波を防ぐためにも、努力を継続し、再び「ジャパン・アズ・ナンバーワン」の世界が来るように頑張ろうではありませんか。