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デジタルフィルターの意義とResonessence Labsが複数のデジタル・フィルターを提供する理由

エイリアシング(エイリアス)とは

すべてのデジタル・オーディオ・システムでは、信号のエイリアシングと呼ばれるものを除去するためにデジタル・フィルターが使用されています。エイリアシングは設計の欠陥という類のものではありませんが、アナログ信号をデジタル信号に変換する過程で発生する数学的に発生する本来存在しなかったノイズ成分のことです。エイリアスは 「昔の」 アナログ録音フォーマットには存在しません。なぜならテープやビニールのレコードは連続信号をそのまま録音するため、このようなノイズ成分を発生させないからです。

エイリアシングの仕組み

有限のサンプリングレートに起因するエイリアシングの最初の経験は、60 年代や 70 年代のカウボーイ映画だったという方が多いのではないでしょうか。馬車の車輪が実際より遅く見えたり馬車の進行方向とは逆方向に回っているように見えたりしたことはなかったでしょうか。

これは、映画を撮るために使用したカメラに起因します。カメラは 1 秒間に 24 コマでシーンの撮影を行いますが、馬車の車輪の輻(スポーク)はそれよりずっと速い速度で回転しています。一つの輻間隔分より多く回転したところでカメラは映像を記録しますから、エイリアシングが発生して再生時に車輪が間違った回転数で動いているように見えるのです。

このような効果は、何かが非連続的な方法で描写されたときに必ず発生します。物理学者がこの現象を最初に発見したのは、結晶の振動を観測しているときでした。振動の周波数が上がると変な現象が発生し、エネルギーが間違った場所から発生するようになったのです。

非常に優秀な物理学者たちは、結晶が等距離に配置された個別の原子により構成され、(フォノンと呼ばれる) 振動が結晶内を伝わり、同等の距離にあるすべての原子によりサンプルされることを発見しました。これらの結晶片は、同距離におかれた有限数の原子により構成されていますので、(映画のコマ間で馬車の車輪が一つの輻分の距離を超えて移動したように) フォノン周波数が原子間の 1 周期を超えて移動した場合、フォノンの周波数が変化したように見えます。しかし、これは正しくありません。

フランスの物理学者、レオン・ブルリアン (Leon Brillouin) が、その原因を究明して結晶がフォノンのエイリアスを発生する 「ブルリアン・ゾーン」 と呼ばれる仕組みを最初に解明した内の一人でした。彼がこの発見をしたのは 1920 年代のことでした。

オーディオの世界において、この問題は一次元であるためブルリアンに比べればはるかに単純で、技術者はブルリアン・ゾーンを 「問題」 を発生させずに超えることができない特定の周波数と割り切って考えるのが一般的です。

サンプリングレートとエイリアシング

問題が発生し始める周波数は、サンプリングレートの半分です。たとえば、CD に録音されたデジタル音楽は信号を 44.1kHz で標本化していますので、物理学者が言うところの 1 次ブルリアン・ゾーンはこのレートの半分の 22.1kHz ということになります。技術者はこれを 1/2 サンプリングレート、時にはナイキスト周波数と呼びます。

たとえば30kHzの音をCDにエンコードするように依頼したとすると、再生時には 30kHz ではなく 14.1kHz が発生します。14.1kHz となった理由はお分かりだと思いますが、エンコードされた 30kHz と信号をサンプルした 44.1kHz との差になります。

このシナリオで、何かが間違っているわけでも欠陥があるわけでもありません。各過程では数学上完璧な操作が行われています。30kHz の信号は、1/2 サンプリングレートの 22.1kHz を超えてしまうため、44.1kHz で記録されるサンプルデータでは収録できないに過ぎません。

この問題にはどのように対処すれば良いのでしょうか?また、音楽コンテンツに 22.1kHz を超えるシンバルの音が入っている場合はどうでしょうか?

この問題に対しての Philips と Sony の最初に CD を考えた賢明な技術者が決定した回答は次のような根拠に基づきます。人間の耳にはおよそ 20kHz 以上は聞こえませんので、20kHz 以上の音を除去するアナログフィルターを作り、1/2 サンプリングレートの 22.1kHz より下にしてしまえば、20kHz を超える音がないためエイリアシングが発生することはなくなってしまいます。

ではどうしてサンプル レートを 100kHz まで上げて、問題が 50kHz まで発生しないようにしなかったのでしょうか。これは CD に記録するサンプル数が倍以上になってしまい、ビニル盤のレコードが記録する 45 分間の再生が難しくなってしまうからです。言い換えれば、商業的な理由によりサンプリングレートを可能な限り低く設定せざるを得なかったのです。オーディオファンには良い話ではなく、実際にこの制約を打破するには長い年月を要しました。現在では、ようやく妥協を許さない192 kHz でサンプルされた 24 bitの音楽を手にすることができます。

ここで、Philips と Sony が CD を実現するために 1970 年代に行わなければならなかった点に話を戻しましょう。問題は、22.1kHz を超える信号がオーディオ領域にエイリアシング (技術者の中には 「折り返し」 と呼ぶ人もいます) されてしまう点で、この問題を回避するために 22.1kHz (実際には 20kHz という値が使われましたが) を超える音をすべて除去するようなアナログフィルターが必要となりました。

これは簡単なことではありません。アナログ設計者に 20kHz は透過させて 22.1kHz を超える信号をブロックするフィルターを作るように求めていることになります。アナログ設計者なら誰でも、これはまったく簡単ではないと答えるでしょう。22.1kHz は 20kHz に近すぎるのです。「それは勘弁してもらって代わりに 20kHz を透過して 50kHz でブロックするというのはどうだろうか?」 とアナログ設計者はいうでしょう。それに対すて会社は 「それができないとアルバム全体を CD に押し込めないことになり、誰も CD なんて買わなくなってしまう」 と返答することになります。

幸運なことに、このフィルターはスタジオ用でデジタルのサンプルを取る前のものなので、貴方はこのアナログフィルターの開発にはお金も時間も十分にかけられるのではと思われるかも知れません。実際その通りなので、このA-D変換を行う前のアンチ・エイリアシング・フィルターは線形の位相特性と急峻なカットオフを持ちます。

CD再生システムとエイリアシング

しかし、これがスタジオだけの問題だという考えはすぐに間違いだということが分かるはずです。そして、ここには少し理解が難しい問題が潜んでいることに気がつきます。それは、スタジオで使用しているフィルターがオーディオ帯域に折り返されて音を劣化させる信号をブロックすることに成功しても、オーディオ帯域以外に折り返されるエイリアスは除去していないという点です。

この点はもう少し説明が必要ですが、例を使った方が分かりやすいかも知れません。10kHz が 44.1kHz のサンプリングレートで標本化されるとき、10kHz の信号が記録されることを希望し、期待します。ところが、このサンプリングにより 34.1kHz の信号も発生してしまうのです。再生時に聞きたい 10kHz の信号をブロックすることはできませんが、これが数学的に不可避なこととして、デジタル・サンプリングされたデータ中に 34.1kHz の信号を発生させてしまうのです。信号が 16kHz の場合、(44.1 – 16) kHz、すなわち 28.1kHz が発生してしまいます。

これがアンチ・エイリアス・フィルターがスタジオで必要となった理由で、30kHz は 14.1kHz(44.1 – 30 kHz) を発生しますので、30kHz が A/D コンバーターに入るのをブロックしなければなりませんでした。

しかし、再生に必要な信号、音楽の帯域である 0Hz から 20kHz までの信号はブロックする訳にはいきませんが、この帯域の信号は 24.1kHz から 44.1kHz の領域のエイリアシングを発生してしまうことになります。これにはどのようにして対応すれば良いのでしょうか?

これには 20kHz までを透過させ 24.1kHz 以上をブロックする、別のフィルターが必要となります (24.1kHz がブロックしなければいけない最低周波数である理由は、スタジオでの録音が 20kHz までの信号であるので、その結果発生するエイリアスの最低周波数は 44.1k – 20k = 24.1kHz となるからです)。

これはスタジオで使われているフィルターと同じくらい難しいことがお分かりいただけるでしょう。さらに、ここでもまたコストおよび商業的な理由によって妥協を強いられます。CD再生システムで、必要とされるこのような特性を持つアナログ フィルターを使用しているものはほとんどありません。SonyとPhilipsの最初の主張により、耳には 20kHz を超える音は聞こえないのだから、フィルターはそもそも必要がないということにもなります。実際、最低価格帯のCDプレーヤーではおそらく非常に単純なフィルターを使用しているだけも大丈夫で、再生音もそれほど悪くはありませんでした。

これが、およそ 1970 年から 1980 年にかけての当時の最先端技術であったわけです。CDプレーヤーは技術のすばらしい結晶で、その堅牢さを売り物としていました。我々は 「Dark Side of the Moon」 (やそのほかのお気に入りのアルバム) をCDで再度購入することとなりましたが、CDを支えるすべての優秀な技術的側面にも関わらず、オーディオファンの中からは 「CDの音はビニール盤ほど良くない」 という声も上がり始めました。実際彼らの主張は正しく、妥協のない入念な設計によるアナログ・リコンストラクション・フィルター (再生用のフィルターはリコンストラクション・フィルターと呼ばれます) は投資に見合うだけのもので、オーディオファンのコミュニティーでその価値が認められるようになりました。

デルタシグマ型DACの登場

しかし技術はさらに進歩して、ここではとても詳しく語りきれないくらいの驚愕すべき革新的技術である 「デルタシグマ型」 と呼ばれるDACを生み出しました。これは二つの点において低中価格帯のオーディオメーカーが無視できない価値を提供することになりました。デルタシグマ型DACは 「より優秀」 なだけでなく低価格も同時に実現し、すばらしい設計と単に良好な設計を区別していたアナログ・リコンストラクション・フィルターのコストを下げることができるようになったため、全体の製造コストをも押し下げたのです。

デルタシグマ型DACとオーバーサンプリング

「オーバーサンプリング」 という処理によって、難しいフィルターの設計を、高価、精密かつ専門家に頼るアナログの世界から、低廉で設計が容易なデジタルの領域に移動させることでこの革新は実現されました。さらに、技術に詳しい人間の常識を覆すマーケティングの勝利といえる、「デジタル」 の方が優れていて 「アナログ」 が古くて劣ったという印象を与えることに成功した結果、ユーザーがこの技術を喜んで受け入れるようになったのです。

数学的な動作原理は次のようになります。デジタル・サンプリングされた信号を元のアナログの世界に戻すとき、つまり増幅して聴くことが可能な連続信号に戻すときにリコンストラクション・フィルターが必要となります。PhilipsとSonyが行ったことの結果、この問題は非常に難しいものになってしまいました。 彼らには商業的成功が必要でしたので、44.1kHz という低いレートで標本化を行いましたが、これが非常に優秀なアナログフィルターの必要性を増大させてしまったのです。もし200kHz を標準として選択していれば、アナログフィルターはこれ以上良くなりようも安くなりようもない抵抗とキャパシターだけで構成されるようなもっと簡単なもので済んだでしょう。

優れたアナログ・フィルターを使わなくてもそこそこの音はしましたので、この問題は回避することができました。人間の耳は最高でも 20kHz までしか聞こえないということは正しかったのです。しかし、オーディオファンをごまかすことはできませんでした。彼らが CD を聴いて 「何かおかしい」 と感じるまでにそれほど時間はかかりませんでした。ただしこの問題は、優れたアナログフィルター (と素晴らしく低ジッターのクロック) に投資して技術的に優れた仕事を行わせることによって解決が可能でした。それ故、ハイエンド製品、つまり高価格で素晴らしいCDプレーヤーが正当化されたのです。

技術がデルタシグマ変調器に発展して低価格のデジタル信号処理が簡単に利用できるようになるにつれて、新たなチャンスが生まれました。デジタルの設計だけで Philips と Sony が最初にやるべきだったことができるようになったらどうでしょうか? 信号を 44.1kHz の領域からたとえば11.29MHzの領域に移動できるとしたらどうでしょうか? 現在は2つのことが可能となりました。デルタシグマ型の 「仕掛け」 はレートが高いほどうまく働き、厄介なアナログのリコンストラクション・フィルターは、10 セントほどの単純な抵抗とコンデンサの回路で置き換えることができるのです。さらに音も申し分ありません。

しかし、そんなにうまい話だけではありません。データが 44.1kHz でサンプリングされると、11.29MHz の領域でフィルターが必要となります。44.1kHz からオーディオ周波数を引いた音域が存在するので、これはあらかじめ予想されることです。デジタルフィルター設計用ツールは広く存在し、44.1kHz とそれよりはるかに高い周波数 (256倍) の 11.29MHz の間で必要に応じてエイリアスを除去するデジタルフィルターを設計することは難しいことではありません。

メーカーはこのアイデアを売り込まなければなりませんでしたが (不要な信号を除去する程度を表す) 抑止率を達成するのが重要であると認識していました。最初のデジタル・オーバーサンプリング・フィルターは線形位相のもので、110dB 以上という驚異的な抑止率を達成していました。これで問題は解決し、低価格の素晴らしいデジタル・オーバーサンプリング・フィルターが低価格の素晴らしいシグマデルタ変調器を動かし、超低価格のアナログ フィルター非使用の出力に対応しました。これでみんな幸せになり、お金が流れ込み始めました。実際にこのような状況となりました。

デルタシグマ型DACへの疑問

しかし、CDの革命よりは少し長くかかったものの、デルタシグマ変調器についても、しばらくたつとオーディオファンがまた 「何か音がおかしい」 と言い始め、完璧としかいいようのないデジタル信号処理の世界のどこに誤差が入り込む隙があったのだろうかと真剣に考え始めるようになりました。

その存在自体がほとんど信じられないような、新しいシステムのエイリアシングと引き替えに、明らかにノイズレベルの高いビニール盤に戻った人も多くいます。また、オーバーサンプリングを原因と疑って、コストや製造の難しさにもかかわらず、アナログ・リコンストラクション・フィルターの動作は少なくとも理解が可能であるし、専門家ならばきちんと動作するフィルターを設計してくれるだろうということで、より低い周波数で動作するノンオーバーサンプリング(NOS)のDACへと戻る人もいました。

メーカーでさえオーディオファンの懸念の原因は理解できませんでした。実験室の測定では何ら問題は発見できませんでしたが、ハイエンドのメーカーでは、仕様を全部満たしてもその人の 「ダメだ」 という一言でプロジェクトをキャンセルすることのできる 「オーディオ・マイスター」 という役職を社内に抱え始めるようになりました。メーカーは、オーディオファンの耳が測定結果や設計手順に勝っているという事実を認めたのです。

最初に分かったのは、エイリアシングがあったのはデルタシグマ型のDAC自体であったということです。Sabre DACにはこのようなエイリアシングが存在しないということが、新しい特長としてESS Technology社の売り文句となっています。また、Sabre DACを採用したハイエンドオーディオ製品の批評でも、この点は認められているようです。もっと詳しく知りたい場合には ESS Technology社のウェブに多くの情報が掲載されています。

オーバーサンプリング・フィルターの仕組み

Resonessence Labsは Sabre DAC を用いるだけでなく、デジタルのオーバーサンプリング・フィルターの技術も使用しています。例えばINVICTAの場合、ソフトウェアバージョン2.1より前までは、Resonessence Labsは Sabre DAC に組み込みのデジタル・オーバーサンプリング・フィルター (Sabre DAC にはユーザーが変更不可能な 2 種類の選択可能なオーバーサンプリング・フィルターがあります) に頼っていましたが、ソフトウェアバージョン2.1以降からオーバーサンプリング・フィルターを自分たちで制御するようになりました。これは、内蔵デジタルフィルターのエンジンをカスタマイズされたコードでプログラムし直すことにより実現しています。

なぜなら、我々自身もオーディオファンであること、そしてお客様や私たちも Sabre DAC チップのデフォルト構成には含まれていない特定のフィルター特性を好むことを理解しているためです。Sabre DAC の内蔵フィルターが数学的にはほとんど完璧なのに、どのようにしてそれよりも好ましいフィルターを実現することができるのでしょうか?

繰り返しになりますが、ここでも試聴プロセスを頼りにするしかありません。我々 (やベータ・テスターとして参加していただいた主要顧客) は、試聴時にはたとえ数学的には正確でないようなフィルターでも、好まれるものがあることを予見することができるようになりました。興味深いことに、試聴者の全員が同じものを好むことはありませんでした。Sabre内蔵の数学的に完璧なフィルターを選んだ方もいましたが、主要顧客のほとんどがそれとは少し異なったフィルターを選択しました。これに対応して、INVICTAソフトウェアバージョン2.1以降では7種類のフィルターの中から選択することができるようにしました。そこで、どうして7種類を準備したかを説明するために、デジタル・フィルターとそれらが人間の耳にどう聞こえるかについて以下触れていくことにします。

IIR型とFIR型

デジタル・フィルターは、「無限インパルス応答」 型 (IIR) と 「有限インパルス応答」 型 (FIR) の 2 種類に区別されますが、実際のところ 「ブラック ボックス」 の環境でいずれかのフィルターを使用した場合に IIR かどうかを識別することは不可能です。これは離散時間型フィルターのインパルス応答には等価のFIR係数があるという特性によるものですが、それならば FIR フィルターだけを使えば良いはずなのにどうして IIR と FIR フィルターという区別があるのでしょうか。

その答えは、IIRとFIRの設計手法にあります。一般的に使用される設計ツールでは、既知のアナログ・フィルターをIIRフィルターで置き換える方が簡単で、数学的に「完璧な」フィルターは FIR フィルターとして設計する方が容易なのです。

たとえば、あるアナログフィルターの「音が良い」といわれる理由は、低分散、低群遅延、あるいは基本的に 「プリリンギング」 がないといったことに起因するのかも知れません。そうであれば、このフィルターをIIRフィルターとしてコピーしようとするかも知れませんし、反対に群遅延は重要ではなく、IIRとしての実現は困難だがFIRとしては容易な位相の最適化を選択しようとするかも知れません。このあたりの理解を深めるためには、これらの項目をきちんと定義して、それらが聴感上どのように受け止められるかを知る必要があります。

分散とは周波数に伴う遅延の変化です。我々の耳は、聴感上分散があるメディアを体験せずに進化してきました。我々の耳には分散フィルターはどのように感じるのでしょうか? 自然界には存在しないものなので、おそらく聴覚のシステム中で分散を最小化したいと感じるでしょう。しかし、分散は周波数の異なる音が違う時間に耳に到達するだけで、歪みを発生するような仕組みではありません。こうした異なる到達時間は、最初は望ましくないように思われるかも知れませんが、発生周波数範囲が限定されているような音源では、実際には音場の心地よい広がりとして感じられるかも知れません。

たとえば、トライアングルとシンバルがバスドラムの近くに一緒に存在する場合、トライアングルとシンバルの音は主に高音でドラムは低音ですので、分散型のフィルターを通すと異なった時間に到達してしまいます。耳には、歪みとしては聞こえず、これらの楽器が異なった距離に置かれているものと判断してしまいますが、これはある意味望ましいことかも知れません。しかし、広い周波数帯域を持つピアノの場合には異なった感覚となります。分散型のフィルターでは、周波数によって音が発生している場所 (枠の両端というように) が異なって聞こえますので、ピアノが聴取者の近くに置かれていると感じるかも知れません。しかし、ピアノの置かれている方向やマイクまでの距離に応じて、不可解で 「非現実的な」 音になってしまうことも考えられます。

群遅延は、信号をフィルターに加えてから出力が発生するまでに経過する平均時間と関連しています。分散の原因となるのは、周波数を持った群遅延のばらつきです。特定の数式が群遅延とフィルター中の位相シフトを関連づけています。実際、群遅延は位相変化の導関数です。このため、非分散型のフィルターでは、周波数に対しての位相変化は (係数が定数となるために) 線形でなければいけません。このことが、拡散のないフィルターを 「線形位相フィルター」 と呼んだりする理由となっています。

FIR フィルターは係数を対称に設定することで完全に線形位相とすることができます。このため、非分散、したがって線形位相のフィルターが望まれる場合、FIRフィルターが良い選択となります。

FIR型フィルターの課題

対称型のFIRフィルターは、線形ではありますが別の予期せぬ現象を引き起こします。最初の現象はほとんどの場合に問題とはならないもので、群遅延と呼ばれる信号がフィルターを通過するときの遅延がフィルターの総遅延の半分となるという現象です。フィルターの総遅延時間は、不要な信号を大幅にリジェクトしようとすると大きく増加することが分かりました。不要な信号を -110dB抑止するフィルターは、不要信号のリジェクションが -60dB のフィルターより必然的に群遅延時間がかなり長くなってしまいます。

群遅延は重要ではないように思われます。デジタル音楽ソースの再生で群遅延が 1ms あったとしても何が問題となるのでしょうか? 事実、すべての音楽が同じチャンネル経由の場合には何も問題はありません。サラウンド・システムでチャンネルごとに別々の DAC 経由となる場合に、群遅延の差は大きな問題を引き起こします。大きな群遅延の差によって、音場が完全に破壊されてしまうのです。

線形位相FIRフィルターで発生する 2 番目の現象は 「プリリンギング」 と呼ばれるもので、中心となる 「ステップ」 の直前に次第に大きくなる小信号をフィルターが出力してしまうという傾向です。さらにステップの後でも変化後の出力レベルで小さなリンギングが見られます。ステップの後のリンギングは、アナログ・フィルターでは一般的なもので、フィルターの高いQ値に起因しています。

鐘を槌で打つとその後で少し響きがきこえますが、これが 「リンギング」 という言葉の語源となっています。対称型の FIR フィルターで発生するプリリンギングは、まるでいつ鐘が鳴らされるかを鐘が知っていて、その直前に小さな響きを発生するようなので奇妙な感じがします。これは直感とは相容れないため、多くのオーディオファンの懸念となり、その結果プリリンギングのないフィルターが求められるようになります。

しかし、この特性は直線位相フィルターでは実現することができませんので、プリリンギングを完全に抑えようとするフィルターは分散型となります。いわゆる 「最小位相」 フィルター (「最小遅延」 フィルターとも呼ばれることがあります) は、実質的にプリリンギングを持たないように設計された (したがって、インパルス応答の最大値がフィルターの最初にあるため、低い群遅延を持つ傾向のある) フィルターです。ただし、線形位相ではありませんので分散を持つことになります。

アポダイジング・フィルター

もっとも、妥協も可能です。この場合、線形位相としてフィルターを設計することができます。このフィルターは対称なインパルス応答を持つことになりますが、「窓」 関数を用いて係数のリストを 「変形」 することが可能です。この窓関数はプリリンギングを一定レベルまで抑えますが、プリリンギングを抑えようとすればするほど、フィルターとしての動作を妥協することになります。つまり、フィルターが抑止しようとする信号のブロックがうまくいかなくなるのです。フィルターの係数に窓関数を適用してプリリンギングを軽減しようとするようなフィルターはアポダイジング・フィルターと呼ばれることがあります。ここで、Apodize の意味は 「足切り」 をするということです。

いろいろな長短がここで論じられましたが、とりわけアポダイジング・フィルターでは、時間領域で最適に設計されたフィルターは周波数領域では最適とはならないという基本的な関係が示されました。この 2 つは非常に基本的なところで関係しており、物理の世界全体を支配するものと同じ関係となります。ハイゼンベルクの不確定性原理によれば、粒子の位置を正確に知ろうとするとその粒子の運動量は分からなくなってしまい、その逆もまた真であるということになります。数学的には、一つ (たとえば位置) が他方 (たとえば運動量) のフーリエ変換であるとすると、位置の 「幅」 をより明確に特定すると、そのフーリエ変換である運動量の 「幅」 はより不明確になるということです。

それほど深遠ではないオーディオの世界では、周波数領域の挙動は時間領域の挙動をフーリエ変換したものですので、一方が良くなれば他方が悪くなるのです。

音源のハイサンプリングレート化の利点

しかし良い話もあります。ここでの説明はすべて非常に低いサンプリングレートを使用した場合のものです。デジタル音楽のほとんどは、44.1kHz (DVD では 48kHz) でエンコードされているため、この問題に対処しなければなりませんが、近い将来にサンプル レートが 192kHz やそれ以上になると、この問題はそれほど深刻なものではなくなります。プリリンギングの基本的な完全除去、エイリアスの抑止、分散の防止を同時に実現することができるようになるのです。INVICTA、CONCERO HD/HP、HERUS+では、すでにこのメリットを活かして、88.2kHz 以上の音源ではフィルターのプロセスを単純化しています (※)。

読者の多くから、フィルター処理の単純化に関するコメントをもっと明確に説明して欲しいという意見が寄せられました。特にデータ源が 44.1kHz (あるいは 48kHz) より高いサンプリング・レートの場合には、DAC側では24k – 44.1k 領域にエイリアシングがないものと見なし、デジタルのオーバーサンプリング・フィルターを新しいサンプリング・レートの半分の周波数に変更設定するという部分です (44.1kHz のサンプル領域から単純にサンプリングしてコピーを作ることはできません。より高いサンプリング・レートへと音源をエンコードするか、特性の良いフィルターを使って外部でアップサンプリングする必要があります)。

さらに、PC や Mac の音楽プログラムを使って 44.1kHz (または 48kHz) のアップサンプリングを行っている場合、DACはこのソフトウェア・ベースのアップサンプリング品質を向上させるようなことはしません。逆にDACはPC や Mac のソフトウェアが完璧であるものと見なします。これは (上記の) 内部フィルターを新しいサンプリング・レートと思われるものに変更設定するだけであるため、オーバーサンプリング処理には何の役にも立ちません。

どれが一番よく聞こえるかを決定するため、高度なアップサンプリング用ソフトウェアをお持ちの場合には、それを使用してサンプリング・レートを上げ、 たとえばINVICTAであれば前面パネルのLED表示でレートを確認して、フィルターが「邪魔にならないように」、サンプリング周波数が変更になっていることを確認します。

なお、この注で触れられている考察はすべてソフトウェアベースのアップサンプリングに関するもので、DAC内蔵のフィルターに関するものではありません。

ソフトウェア・ベースのフィルターをDAC内蔵のフィルターの能力と比較するには、お使いの音楽ソフトウェアでアップサンプリングを無効に設定して、INVICTA、CONCERO HD/HP、HERUS+に直接 44.1kHz (または 48kHz) を入力します。上で説明したフィルターのどれかを使用してDACのフィルターがアップサンプリングを実行しますので、好みに合うものを選択してください。PC のものが良ければそれを使用し、DAC内蔵のものが良ければそちらを使用します。

Resonessence Labsのフィルターに 「魔法」 のようなものはありません。デジタルフィルターの働きを理解することのできる有能なソフトウェア・プログラマーなら、INVICTAのフィルターと同じものを処理能力の高いPC環境でなら作ることができるかも知れません。(ただし、そのソフトウェア・エンジニアは、Windowsの 「便利な」 機能をバイパスする必要があることも理解するでしょう。カスタムなフィルターとの干渉が全くなくなるようなレベルの制御を Windowsで実現するには、非常に多くの問題を解決しなければなりませんが、ハイエンドの音楽ソフトウェア開発者はこれらの問題すべてを熟知しています。)

Resonessence Labs独自のオーバーサンプリング・フィルター

以上でResonessence Labsが7種類のフィルターを提供している訳がお分かりいただけたのではないかと思いますが、各フィルターの内容は以下の通りです。IIR およびアポダイジングの詳細な特性図はここを参照してください。

1. Sabre DAC 組み込みの急峻なロールオフ・フィルター;Sabre Fast Roll-Off

OLED ディスプレイ パネルには 「Sabre Fast Roll-Off」 と表示されます。 これは、対称な係数を持つ 「古典的な」 FIR フィルターです。このため、線形、非分散型です。非常に優秀な -115dB の抑止率をもつため群遅延は 35 サンプルと比較的大きくなっており、44.1kHz の CD では群遅延が 800us 程度となります (サンプルレートが上がると当然群遅延は小さくなります)。このフィルターにはプリリンギングがありますが除去に関しては完璧で、22.1kHz を超えるサンプルレートのエイリアシングは出力で発生しません。

対象機種:INVICTAシリーズ全機種、CONCEROシリーズ全機種、HERUSシリーズ全機種

2. Sabre DAC 組み込みの緩慢なロールオフ・フィルター;Sabre Slow Roll-Off

OLED ディスプレイ・パネルには 「Sabre Slow Roll-Off」 と表示されます。 このフィルターは急峻なロールオフ・フィルターで発生する群遅延を軽減するために設計されています。対称型のインパルス応答 (つまり、対称な係数を持ちます) で、線形の非分散型です。良好な抑止率を持ちますが、24kHz 近辺から始まる緩やかなものなので、音楽のコンテンツに 20kHz 近辺の信号が含まれる場合、出力にその影響が現れますが、それ以上の周波数に対しては抑止されます。群遅延ははるかに小さく、6.25 サンプル、44.1kHz に対しては 140us となっています。このフィルターにもプリリンギングがあります。

対象機種:INVICTAシリーズ全機種

3. オリジナル設計の最小位相 IIR フィルター;Minimum Phase IIR

OLED ディスプレイ・パネルには 「Minimum Phase IIR」 と表示されます。このフィルターは、アナログ・フィルターのプロトタイプから開発されたもので、プリリンギングがまったくありません。これを実現するために、フィルターの急峻性を妥協しています。4 次のアナログ・フィルターに相当するものです。分散型の非線形フィルターですが、分散はゼロのプリリンギングと対応して絶対最小に最適化されています。

対象機種:INVICTAシリーズ全機種、CONCEROシリーズ全機種、HERUS+

4. オリジナル設計の最小位相で緩慢なロールオフ・フィルター;Minimum Phase Slow Roll-Off

OLED ディスプレイ パネルには 「Minimum Phase Slow Roll-Off」 と表示されます。 このフィルターは 抑止帯域で -100dB を達成し、上の IIR フィルターの特性を凌いでいます。非対称係数のため線形位相のフィルターではありませんが、分散を最小として事実上ほとんどプリリンギングが出ないように設計されています (実際には若干のプリリンギングがあります)。

対象機種:INVICTAシリーズ全機種

5. オリジナル設計の線形位相のアポダイジング・フィルター;Linear Phase Apodizing

OLED ディスプレイ パネルには 「Linear Phase Apodizing」 と表示されます。 (このフィルターは CONCERO でも利用可能です。) 完全に対称型のインパルス応答を持つため、線形位相、非分散型です。このフィルターは fs/2 で -96dB という高抑止率を持ちますが、プリリンギングは最小限に抑えられています。ベータ・テスターの方々の多くはこのフィルターを好まれました。

対象機種:INVICTAシリーズ全機種、CONCERO HD/HP、HERUS+

6. オリジナル設計の線形位相で急峻なロールオフ・フィルター;Linear Phase Fast Roll-Off

OLED ディスプレイ パネルには 「Linear Phase Fast Roll-Off」 と表示されます。 「古典的な」 線形位相フィルターのカテゴリー中では究極の FIR フィルターで、-120dB という超高抑止率と非常に平坦な帯域特性を誇り、組み込みの Sabre DAC 急峻ロールオフ・フィルターの性能を凌ぎます。

対象機種:INVICTAシリーズ全機種

7. オリジナル設計の線形位相で緩慢なロールオフ・フィルター;Linear Phase Slow Roll-Off

OLED ディスプレイ・パネルには 「Linear Phase Slow Roll-Off」 と表示されます。 組み込みの Sabre DAC 緩慢ロールオフ フィルターの高機能版として設計された、線形位相で非分散型の低群遅延を持つ、帯域内でリップルが少なく Sabre の緩慢なロールオフ・フィルターより抑止率の高いフィルターです。

対象機種:INVICTAシリーズ全機種

上記のフィルターは、オーディオファンの方がフィルターの選択をしやすくするために、音楽の再生中にグリッチや再生プログラムを乱すことなくフィルターを切り替えることができるようになっています。このため、中断なく慎重な試聴をすることができ、特定の音楽プログラムに対して最適なフィルターを選択することが可能です。

本ページはResonessence Labsの本国webサイトの記述を翻訳したものに加筆修正をして公開しています。原文は本国webサイトでご確認いただけます。

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