吊り革に捕まっていると大きな揺れが。
そのはずみで前に抱えていたカバンが座席に座っていたおばさんにぶつかってしまった。
そのおばさんはしばらくこちらの顔を見たあと深呼吸して、「イッターい!全然大丈夫じゃないですよ!」ととびきり大きな声を上げた。
その時のおばさんの目といい、顔つきといい、今思い出しても背筋が凍る。
僕は恐怖の中でもう一度、「すみませんでした」と謝った。
でもおばさんは恐ろしい目でこちらを睨みつけたまま何も言わない。
周りの乗客がチラチラとおばさんを見ているのを感じる。
沈黙の時間によって少しだけ恐怖心が和らいだ僕は疑問を感じ始めた。
そしてその疑問をおばさんにぶつけてみた。
「カバンがあたったのは申し訳ありませんが、僕それほど怒られることをしました?」
おばさんはまた何も言わなかった。
痺れを切らした僕はもう一度言った。
「僕それほど怒られることをしました?あ?」
おばさんは黙って下を向いた。
こんなヒステリーおばさんが社会の底辺で蠢いていてちょっとでも下手に出た人間に噛み付くんだと思うと恐怖を感じた。
そんなことを考えながら下を向いたおばさんの頭頂を眺めていた。
そのまま、おばさんが顔を上げることがなかった。
10分位で僕の最寄り駅に到着すると僕はおばさんの方を見ながら電車の扉を出たが、おばさんは下を向いたままだった。