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「中国マイナス成長~正念場の習近平指導部」(時論公論)

加藤 青延  専門解説委員
神子田 章博  解説委員

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(神子田)
新型コロナウイルスの感染拡大をきっかけに、マイナス成長に陥った中国。感染を世界中に広げたとして、内外から厳しい目が向けられています。正念場を迎える習近平指導部の課題について、中国担当の加藤委員とともにお伝えします。

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まずはウイルスの感染拡大がもたらした経済悪化の現状を見てみます。

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先週末に発表された中国の今年1月から3月のGDP=国内総生産は、前の年に比べて6.8%の減少となり、四半期ごとの数字としては、初めてのマイナス成長となりました。感染拡大を食い止めようと人の移動を厳しく制限したため、消費や生産が大きく落ち込んだことなどが要因です。

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その一方で、3月だけをみた生産や消費の数字は、1月から2月までに比べてマイナス幅を縮小し、中国経済は最悪期を脱したという見方もあります。それでも先月の自動車の販売台数が去年の4割程度にとどまるなど、需要の落ち込みが続いていることから、工場の稼働率はもとにもどってはいません。中国経済は、最悪期は脱したものの、本格的な回復はまだ先という状況です。
中国にとって今年は5か年計画の総仕上げとして、GDPを10年前の2倍に押し上げるとともに貧困問題を解消するという至上命題を抱えて臨んだ年でした。しかしウイルスへの対応に追われて、経済はかつでないほど失速。失業者の急増が、新たな貧困層を生み出す懸念も強まっています。
 加藤さん、習近平指導部は、こうした状況にもかかわらず、しきりに正常化をアピールしていますね?

(加藤)
確かに、習近平指導部は「いち早く新型コロナウイルスを克服した」と内外に印象付けようと前のめりになっているようにも見えます。
気が早いことに、ことし2月末には、「習近平国家主席の卓越した先見性によってウイルスを抑えこみつつある」と宣伝する本を販売しようとして、人々を驚かせました。「まだ感染が続いているのに不謹慎だ」という批判の声がインターネット上などで炎上し、この本はお蔵入りになりました。それでも迅速な収束をアピールしたかったのでしょう。

その後今月4日には、亡くなった人たちを追悼する活動を全国で大々的に行い、8日には武漢の封鎖を解除することで、中国は災難をすでに乗り切ったというイメージをさかんにPRしています。
ただ、中国国内では、免疫を持つ人が圧倒的に増えこれ以上は感染が起きないというような集団免疫のような状態になったわけではありません。またいつどこかで、感染拡大が起きても不思議ではない不安定な状況が続いているのです。外国人も、まだ原則入国が認められていません。

(神子田)
感染収束への道が平たんでないことに加えて、経済の状況も厳しい局面が続きそうです。

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国内消費が徐々に回復したとしても、主要な輸出先である欧米各国では感染拡大が急速に広がっています。各国で大量の失業者がでて消費が冷え込み、中国からの輸出も当面回復しそうにありません。さらに今後経済活動が活発になることで、コロナの感染拡大がぶりかえすおそれもあり、本格的な回復は夏までには望めず、それ以降という見方が強まっています。IMF・国際通貨基金も、中国の今年の成長率は1.2%にとどまると予測しています。
こうした中で注目されているのが、経済対策です。中国では、リーマンショックの直後に、大規模な経済対策を行いました。ところが、それが過剰な設備投資や、巨額の不良債権を生み、いまもそのひずみに苦しんでいることから、今回は巨額の財政出動は行えないだろうという見方が広がっています。
しかし私は、中国が大掛かりな経済対策をとってくる可能性はあるとみています。

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いわば中国が種をまく形で世界同時不況をもたらし、しかも、日米が巨額の経済対策を打ち出す中で、当の中国が、相応の対策をとらなければ国際的な威信を失うことになる。何よりもメンツを重視する中国が、自らの体面をたもつためにも大規模な経済対策を打ち出さざるをないのではないか見ているからです。実際に、中国共産党は景気を支えるために積極的な対策をとる方針を示し、地方の公共投資を行うための債券の発行枠を去年の2倍近くに増やした他、日本の赤字国債に当たる特別国債を13年ぶりに発行することを決め、巨額の財政出動を準備しているように見えます。次世代の通信技術である5Gのネットワークや電気自動車の充電施設といった次世代型の投資や、消費を刺激するためのクーポン券の給付など、国内の需要をもりあげるために様々な対策を打ち出すことが考えられます。

 加藤さん、そうした大掛かりな政策を行うには、全人代=全国人民代表大会の承認が必要になりますが、その全人代の開催について当局側はどう考えているんでしょうか?

(加藤)
習近平政権としては全人代を一刻も早く開きたいと考えているように思えます。
準備のため今月末に常務委員会が開かれることも決まり、早ければ来月中を視野に全人代を開く準備が進められているものとみられます。
しかし、仮に北京が無事であっても、全人代の期間中は中国全土から5000人もの人たちが北京に集まり、全人代そのものが、巨大なクラスターにもなりかねない危うさも依然残っています。なお感染状況を見据えたうえで具体的な日程を判断せざるを得ないように思えます。

(神子田)
厳しい局面にぶつかる習指導部に、さらに追い打ちをかけているのが、中国をめぐるサプライチェーンの見直しの動きです。

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日本政府は今月まとめた経済対策で、中国を念頭に、特定の国に生産が一極集中している製品や部品の生産拠点を国内や東南アジアに移転する場合、その費用について、大企業は2分の1、中小企業に3分の2まで補助する政策を打ち出しました。中国で生産活動が止まった余波で、現地から部品や材料を輸入して生産している自動車メーカーなどで一時生産ができなくなったことなどが背景にあります。ただ、中国からみれば、経済回復に日本の技術や資金が求められる中、日本企業が中国での事業を縮小するのは痛手です。またこの動きが中国離れと受け取られ、改善が進む日中関係を再び悪化させるおそれもあるだけに、日本としては、中国側に丁寧に説明していく必要があります。

 加藤さん中国にとって厳しい動きが各国にひろがっていますね。

(加藤)
本来ウイルスの発生源とみられる中国が、WHO・世界保健機関に影響力を行使したり、マスクや医療機器を贈る支援外交で国際的な存在感を高めたりするかのような動きを強めていることに、欧米諸国の警戒感が増しています。

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中国は、大胆な強制措置で、武漢の感染拡大を食い止めたことを実績に、「自分たちの感染防止対策こそ世界の手本になる」と胸をはり、支援外交に力を入れています。
このため欧米諸国からは、「謝らないばかりか恩を売るのか」という警戒が高まり、アメリカからは国内の感染拡大を早く知らせてくれなかった「中国が悪い」との反発の声が上がりました。
これに対して、中国外務省の報道官は、「ウイルスはアメリカ軍が武漢に持ち込んだかもしれない」とツィッターにつぶやき、アメリカ側を挑発しました。
するとアメリカ側では、メディアが問題のウイルスは「武漢市内にあるウイルス研究所から漏れたのではないか」と相次いで報道。責任のなすりあいのようになってきました。
経済や安全保障が中心だった米中の覇権争いを、新型コロナウイルスがさらに激化させる形になったといえます。

(神子田)
米中の対立激化は、各国の協力が求められる感染防止の取り組みに水を差すことにもなりかねません。経済的にもいまや世界のGDPの6分の1近くを占めるようになった中国。感染の収束と経済の立て直しの行方は、今後の世界経済をも左右することになります。習近平指導部には責任ある対応が求められています。

(加藤 青延 専門解説委員 / 神子田 章博 解説委員)

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「緊急事態宣言 全国に拡大 対策は新たな局面へ」(時論公論)

伊藤 雅之  解説委員
中村 幸司  解説委員

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新型コロナウイルス対策の特別措置法に基づく緊急事態宣言の対象地域が、2020年4月16日、全国に拡大され、日本の対策は新たな局面に入ったといえます。そのねらいと課題を考えます。

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安倍総理大臣は、4月17日の記者会見で、緊急事態宣言の対象地域を全国に拡大したことについて、大型連休に向けて、「感染者が多い都市部から地方へ人の流れがうまれるようなことは、絶対、避けなければならない」と強調しました。
これは、現状では、感染拡大を抑え込む対策が不十分だという強い危機感の表れでもあります。

緊急事態宣言の対象区域は7つの都府県だったのに、なぜ、全国的に広がったと考えられるのでしょうか。

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政府の諮問委員会は、緊急事態宣言の判断のポイントとして、▽累計の感染者の数、▽累計の感染者数が2倍になるまでにかかった期間、▽感染経路のわからない感染者の割合の3つの要素を示しています。
4月7日の緊急事態宣言で対象となった区域は、7都府県でしたが、さらに6道府県を加えた上の図の13都道府県は、感染者が累計で100人を超えているだけでなく、多くで1週間ないし10日未満で累計の感染者数が2倍になったり、感染経路が分からない人が半数以上になったりしていて、重点的に対策を進める必要があるとされています。
そのほかの地域でも、感染者の集団=「クラスター」が相次いで見つかるなどしています。当初から懸念されていたことでしたが、緊急事態宣言の区域から他の地域=地方に人が出て行くなど自治体を越えた人の動きを抑えられなかったことがあるとみられ、こうしたことが全国を対象区域にした理由としてあげられています。

安倍総理大臣は会見でも、大型連休を前にした対策強化の必要性を強調していました。それだけ、大型連休が重要なポイントになっています。

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上の図は、国内の感染者の日ごとの推移です。3月の3連休のころ「自粛疲れ」などと言って、警戒が緩んだとされていますが、その2週間後以降、感染者が急増しました。
3連休のころは、1日に確認される感染は、全国で数十人規模だったのです。

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それが4月現在では、1日数百人規模です。
検査態勢が整ってきた影響もあるかもしれませんが、感染者数が概ね10倍と大きく増え、状況は深刻です。
関係者が危機感を抱いているのは、3連休の「緩み」の後の急増は抑えられたとしても、大型連休に警戒が緩むようなことがあると、今度は感染拡大を抑えられず、「爆発的な感染者の増加」が起こると考えているためです。

緊急事態宣言を全国に広げることで、対策のねらいも変わってきています。

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誰から感染したのかわからない感染者が多いことが問題になっています。それは、水面下にまだ感染が確認されていない人が何人もいる可能性があるためです。いまや、各地でこうした状況になっている可能性があります。

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外出を自粛し、テレワークを行うなど、いま求められるのは人との接触を「8割減らす」ことだと専門家は話しています。これまでの対策は、症状が出て、見えてきた感染者の封じ込めでしたが、併せて、水面下の見えない感染を広げない対策にも重点を置くという新たな局面に入ったということだと思います。
緊急事態宣言の対象を広げることで、全国でこうした対策を徹底することが必要になっています。

安倍総理大臣は、対象地域の全国拡大とあわせて、緊急経済対策に盛り込まれた現金給付を収入の減った世帯に30万円を給付する方針をあらため、国民一人あたり10万円を一律に給付する考えを表明しました。この二つの決断の関係を考えます。

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緊急事態宣言の対象地域の拡大によって、社会と経済活動への影響は全国に広がります。感染が確認された人が少ない自治体からは「想定していなかった」などと戸惑う声も出ています。
また、国民に一律10万円を支給するため、一度決定した補正予算案を組み替えるのは、異例中の異例です。
対象地域を全国に広げ、すべての国民に協力を求めるなら、現金給付も支給対象を限定せず、すべての国民に一律にする必要がある。そして、それが方針を転換する大きな理由になる。
一方で、一律の給付であるからこそ、全国で外出の自粛などに国民の理解と協力が得られる。
全国拡大と一律給付は、切り離せない一体のものとしての決断だったのではないでしょうか。

特に現金給付は、大きな方針転換でした。

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一律10万円は、もともと公明党や野党側が主張していたもので、自民党内にも求める意見がありました。
安倍総理は、「国会議員などには必要ないのではないか」という考えを示すなど、対象を限定することにしました。
事態を動かしたのは、公明党です。山口代表が、「対象が限定されることなどに批判が強く、国民の理解は得られない」と一律10万円の給付を迫りました。
安倍総理は、補正予算案が可決・成立した後に、さらなる対策として検討する考えを伝えました。しかし、山口代表は、あくまでも補正予算案の組み替えを求めて一歩も引かず、連立の枠組みそのものにも影響を及ぼしかねない状況になりました。最終的に安倍総理は、方針の転換に踏み切りました。
この方針転換によって、給付対象は広がり、収入が多い人にも支給されること。また、あてにしていた30万円が減ることになる人も出ることから、反発も予想されます。

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一方、野党側にとっては、もともとの主張が通った形にもなります。見通しの甘さや予算案の提出の遅れによる給付の遅れなど、政権の責任を追及する声も早くもあがっています。
また、自民党内からは、公明党の主張を全面的に受け入れたことに不満も聞かれます。
安倍総理は、17日の記者会見で、一連の過程で混乱を招いたことについて、「私の責任であり心からお詫びを申し上げたい」と陳謝しました。安倍総理にとっては、感染拡大の防止を、効果が目に見える形で実現すること。
そして、現金の給付など緊急の対策を、必要な人に漏れなく、できるだけ早く届けることが、課題であり、重い責任にもなったといえます。

緊急事態宣言の地域の全国拡大のねらいとして掲げられているのが、医療態勢を守ることです。感染が必ずしも広がっていない地域になぜ今、対策が必要なのでしょうか。

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対策をしないと、表面化する感染者が急増して、医療機関が患者の増加に対応できなくなる、「医療崩壊」が起こる危険があります。いったんそうなると、新型コロナウイルスの患者の治療だけでなく、日常的な医療にも影響が広がってしまいます。

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特に地方の中には医療態勢が弱い地域もあります。そうしたところでは、今は感染者が少なくても、患者の増加で一気に地域医療が維持できなくなることが懸念されています。

では、これからの課題を考えます。
感染は地域を超えて広がります。特に、自治体を超えた人の流れをどう抑制していくか、都道府県が個別に対応するだけでなく、隣接する地域、広域的な自治体間の連携が不可欠です。
また、国には、こうした地域間の取り組みの効果が上がるような、調整と十分な情報提供。そして、独自の対策を打ち出す自治体への財政支援も課題です。

わたしたち国民も、緊急事態宣言を、あらためて重く受け止める必要があります。
というのも、4月7日の緊急事態宣言で対象となった7都府県では、目標とされる人と人との接触を8割減らすことができていないとみられているからです。地域の商店街や公園などに人が集まる光景がみられ、また土日は外出自粛ができていても、平日は人の動きが十分減っていないと指摘されています。
人との接触を8割減らせなければ、感染者の減少に長い期間が必要になるとされています。国民ひとりひとりがもう一度、自らの行動を変えることができるか、そのことが問われています。

(伊藤 雅之 解説委員 / 中村 幸司 解説委員)

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