
投資業界のカリスマの一人、澤上篤人氏が考える長期投資のあるべき姿を、同社最高投資責任者の草刈貴弘氏との対談形式で紹介する。
すさまじいスケールの金融緩和が始まろうとしている
澤上篤人(以下、澤上) 「ようやくカネ余りバブルがはじけ始めたぞ」と思ったのもつかの間、新型コロナウイルスの猛威を前に世界は金融緩和に拍車を掛け始めた。今回は、この先の展開を草刈と話し合ってみよう。
リーマン・ショック以来、世界はずっと金融緩和を続けてきた。それが限界に近づいたことをはっきりさせたのが3月からの世界的な株価暴落だ。
草刈貴弘(以下、草刈) 株式市場に動揺が広がったのは、新型コロナが欧米にまん延する前。実は原油価格の暴落が引き金でした。原油価格維持のために生産量を調整してきた石油輸出国機構(OPEC)とロシアの話し合いが物別れに終わったことが大きかった。
原油価格の急落は2016年と18年にも市場を揺るがせています。米国では多くのシェールオイル開発企業がハイイールド債(債務不履行リスクの高い低格付け債)を発行しているので、原油価格が下落すると、これらの債券でデフォルト(債務不履行)が多発し、市場に大打撃を与えるのではないかと考える投資家が多かったためです。
澤上 今回の原油価格の下落に追い打ちをかけたのが新型コロナのパンデミックだ。人の動きが止まり、世界中の経済活動がまひしている。
1930年代の世界恐慌時に匹敵するマイナス成長も覚悟しなければならない、と各国政府は対策に乗り出している。世界全体で総額8兆ドルの経済対策費が用意され、中央銀行は無制限に近い金融資産の買い取りを宣言するなど、すさまじいスケールの金融緩和が始まろうとしている。
草刈 特に米連邦準備理事会(FRB)の対応は素早かったなと思います。3月に入ってすぐに金利を下げ、2週間後には1%の追加利下げを実施。まさに電撃的でしたね。2月下旬時点で米政府は感染拡大に対して楽観的な発言をしていたのに、一気に動くところは単純にさすがだなと思います。
澤上この非常事態においては「またぞろのバラまき」などと言うつもりはない。一刻も早い収束と、その後の生活再建、経済活動の復活は、万民の願うところだ。
ただ、問題は収束後だ。前代未聞の大量の資金は、世界経済が落ち着きを取り戻すにつれて行き場を失い、余剰資金となって暴れだす。結果はバブルの再燃だ。
草刈 今回の財政出動はとんでもない規模になりました。もちろん、経済を沈没させないために必要な措置ではありますが、その後の回収に大きな課題が残るでしょうね。リーマン・ショックの時以上にモラルハザードに対して厳しい目が向けられるでしょう。
例えばハイイールド債市場は、訳があって高い金利を払う発行体がいて、そのリスクを引き受ける投資家がいるから成立します。最後は中央銀行や政府が救済してくれるということになれば、バブルに浮かれた方が得をすることになってしまう。
澤上 今回は投入される額が半端ではない。やはり強烈なバブルが起こるだろう。特に株式市場では乱高下の激しいバブル相場となる。
景気対策で各国の財政赤字は深刻化し、中央銀行の財務は肥大化、信用力は低下する。株式市場は先行きへの警戒感を高めるはずだ。
先行きへの警戒感? そう、パンデミック騒ぎで免罪符を得たかのように、日米欧の政府はもはやブレーキを掛けることなど考えずに財政出動に走り始めている。FRBがジャンク債まで買い始めたのがそのいい証拠だ。
政府への疑念が拭えない中での強烈なバブル相場だ。株価が乱高下するのは当然だろう。
草刈 これまでもバブル崩壊といった金融市場に大きな影響を与える事態が生じると、政府は金融・財政の両面で景気を支え、そして、その時に注ぎ込まれたお金が次のバブルを生んできました。今回の緩和マネーが、どのような姿で我々の目の前に現れるのか注目です。
もはや金融緩和政策の限界は超えた
澤上 移動制限が解除されれば、需要は即座に立ち上がってくる。これによって思わぬ物価上昇を招くことも起こり得る。
中国などの構造的な供給過剰問題は解決されていない。経済のグローバル化で安価な労働力の供給圧力は高まるばかりだ。ITイノベーションによる省力化も続いている。世界的に見れば物価は上がりにくいのは確かだろう。
それでも、各国の財政支出拡大と税収の減少、国債増発とそのファイナンス、中央銀行の財務肥大化に伴う信用力低下とマーケットの波乱に対する脆弱さなどは、見過ごせないレベルだ。これは誰の目にも明らかだし、どれもがお金の価値を下げる要因になる。
一気にインフレの炎が燃え上がるのではなく、あちこちでさみだれ式にインフレの火が灯り、次第に経済全般へと燃え広がっていくといった展開も考えられる。
草刈 今回は、生産設備が破壊されたわけではありません。ワクチンの開発が進み、治療法の確立や重症化させない手法が分かれば経済は再び動き出します。
その時、問題になるのがバラまいたお金(債務)の回収ですよね。収束すれば債務は返さなければならない。しかし、収束しても需要は増えず、良くて元に戻る程度でしょう。経済成長によって債務を返すのは難しい。
いずれ財政が脆弱な国から経済的に揺さぶられ、信用不安が起きるのでしょう。新興国は成長のための資金が賄えず、成長スピードは損なわれるかもしれません。
先進国も無事では済みません。経常収支や債務比率、民間貯蓄率などを比較され、疑念を持たれたら国債が売られるかもしれない。
資産価値が下落するバランスシート不況となれば、投資は弱含み、雇用は低迷、経済は停滞、デフレ懸念は強まるかもしれません。しかし、金利は低く、溢れる緩和マネーはマーケットに滞留し、金融資産の価格だけは上昇する。金融資産を持つ者と持たざる者の格差が拡大する恐れもあります。
これは政治や地政学に直結します。欧州連合(EU)分裂や中東紛争、米中対立激化などを引き起こすかもしれません。何が起きても不思議ではない時代になります。
澤上 はっきりしているのは、もはや金融緩和政策の限界は超えているということだよ。「資金(貨幣)を供給すれば」のマネタリズムでは、どうにもならなくなってしまった。
どうなるのか? 貨幣で経済を動かすのではなく、需要と供給で経済が動く本来の姿に立ち戻っていくのだろう。それこそ、我々、長期投資家のよって立つところだ。
1973年ジュネーブ大学付属国際問題研究所国際経済学修士課程履修。ピクテ・ジャパン代表取締務めた後、96年あえてサラリーマン世帯を顧客対象とする、さわかみ投資顧問(現さわかみ投信)を設立
草刈貴弘(くさかり・たかひろ)
2008年入社。ファンドマネジャーを経て13年から最高投資責任者