「さあ、サトルいきましょう」
二人の初夜の翌朝·····あれだけの事をした――いや、させられた――というのに、ラナーはぐったりしている様子もなく、元気いっぱいだった。
(あれだけぐったりしていたのに·····念の為ポーションを使って正解だったかな)
悟はヤリ過ぎた·····いや、やり過ぎたと反省した結果、気を失うように眠っているラナーに対して、回復ポーションを使うという選択肢を選んだ。その効果は抜群で、ラナーの体力は完全に満タンになっているようだ。
(·····これ、何回でもいけるんじゃ·····いかんいかん)
悟は昨晩の事を思い出し、邪な事を考えるが。脳裏にペロロンチーノの顔が浮かび、慌ててそれを打ち消した。
気を取り直して悟は、愛しい新妻を優しい目で見つめる。
ラナーはすでにピンクを貴重にした柔らかい雰囲気のドレスに着替えている。
「えっと、どこにいくのかな?」
ニコニコと微笑み意気込むラナーに悟は訝しげに尋ねた。
(それにしても、ぐっと大人びた感じになったな。なんでだろうか·····)
昨日まで、並ぶ者のない美少女だったのが、今は少がとれて並ぶ者のない美女になったと悟は思う。もちろん贔屓は入っているが事実そうだった。
「新婚旅行ですよ? 悟が結婚式をあげたら二人で新婚旅行しようっていったのに、忘れるなんて·····ひどい」
プーッと頬を膨らませるところは相変わらずだが、色香が違う。やっぱり美女に
「ああ、そうだったね。ごめんごめん。もちろん、忘れていたわけではなく、今日からだと思ってなかったんだよ、はははっ·····」
右手で頬をかきながら、乾いた笑い声を上げる。
「それを忘れているって言うのですよ。もうっ!」
「ごめんごめん。支度はできてるから·····すぐ出かけられるよ」
ちなみに支度をしたのは悟ではなく、お付きのメイドであることは言うまでもない。
「じゃあ、いきましょう。楽しみですね」
機嫌が直り、ラナーは自然に悟と腕を組む。
「そうだね。でも良いのかな? こんな時期に王都を離れて·····」
「だからこそですよ! 気分転換しなくっちゃ」
悟が気にするのには理由がある。王都が不穏な空気になっているのだ。皆が皆疑心暗鬼になって色々とギクシャクしている。もともと、王派閥と貴族派閥にわかれてやり合っていたのだが、今はさらに最近、王都にはある噂が飛び交っている。それは、今後の王家にとって重大な内容だ。
飛び交う噂は尾ヒレどころか羽が生えたり、天地がひっくり返っていたりするものもあるが、噂の内容を簡潔に纏めるとおおよそこのようになる。
リ・エスティーゼ王国の現国王であるランポッサ三世は、長い長い葛藤の末、遂にというべきか、ようやくというべきか·····とにかくある決断を下した。それは国の行く末がかかる重大な決断だという。
そう、王は近々のうちに勇退を発表するつもりだそうだ。そして、当然勇退発表と同時に次期国王も指名される。ずっと空位だった王太子の座が遂に定まるのだ。
次期国王の有力候補は、当然最有力と言われていた第一王子バルブロ!
と思いきや、バルブロは王の意中の人物ではないそうだ。
なんと有力候補は、大逆転で第二王子ザナックらしい。見てくれはよくないが、頭がいいって評判だから賢い王様になるのでは、と一部で期待されているとか。
いやいや、ザナックなんかじゃないって話もある。
かの第三王女の婚約者·····改め、第三王女の配偶者となった"太陽王子"ことナザリック候の名が上がっている。目た目もラナー王女と釣り合いのとれる美丈夫だし、領地も安定して治めているという話から候補に上げられているらしい。
可哀想なのは、第一王子バルブロ。彼はは辺境の地に禄が与えられれ、王宮からも王家からも追放されるらしい。
これが、王都に流れる噂だ。当然名前が上がった三人の耳にも入っている。
「ありえん! 次期国王はこの俺様だ」
「出元がハッキリしないのが不気味だが、こうなって欲しいものだ」
元々仲の良くない二人の王子は、今や顔を合わせることもなく、互いに護衛に守られて生活している。
しかし、これとは別の噂もあった。こちらはあまりにも現実離れした荒唐無稽な話だが、世界の歴史を紐解けば前例はあるかもしれない。もっともこの世界の歴史ではなく、悟がいた世界の歴史での話だが。
それは、バハルス帝国へ国を売る·····いや、禅譲するという説だ。
いわく、ランポッサ三世は子供に国を譲るより、優れた手腕を発揮している皇帝に任せた方が民の為になると判断したというのだ。
「このままでは、我が子は皇帝の門前に轡を並べることになるだろう」
ランポッサ三世が呟いたらしい。お喋りな側近が酒の勢いで洩らしたとか洩らさないとかで。
これに付随した噂がある。それは·····ナザリック候とラナー王女は、新婚旅行と称して帝国へ行き、ランポッサ三世の意を受けて禅譲の相談に行くのではないか? そして帝国に国を差し出して、一族の安寧を試みるのではないか?
こんな噂がまことしやかに囁かれているのだ。
「本当にいいのかな。凄く嫌な予感がするんだけど·····何かが起きる·····それも良くない何かが·····俺はそう思ってるんだけど」
とにかく悟は不安だった。よく物語の中では留守にした場所でも、出かけた先でも事件が起きるものだ。
「大丈夫ですよ。それとも、サトル·····私と旅行するのが嫌なのですか?」
「違う違うそうじゃそうじゃない。もちろんラナーと旅行に行くのは楽しみだよ。でも、俺は不安なんだ。悪い事が起きる·····そんなパターンだから」
「そんなパターンなんて聞いた事ありませんよ、サトル。早くいきましょう。楽しい新婚旅行へ」
この後結局ラナーに押し切られ、悟は新婚旅行へと旅立つ事になる。最小限の護衛をつけたお忍び旅となる。
ちなみにこの旅の目的地は悟も知らない。ラナーが行きたい場所があるという事だったので、全て彼女に任せているのだ。